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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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水の国の忍

「俺達が一番か…」


虹の王宮に一番最初に帰り着いたのはレッド、ブルーの駕籠に乗ったナイトだった。

ナイトは人気のない、南の王宮の裏庭で降ろされた。


「他の奴らは大丈夫なのか?」

「皆、無事に逃げおおせたもようです」

「直にここへたどり着くでしょう」


レッドとブルーは恭しく報告すると、


「では、またのご利用を!」


駕籠を担いで去っていった。


『なり切ってるな…』


ナイトは聊か呆れた。

2人はたぶん、駕籠を片付けに行っただけだ。

1人に残されたナイトの下に、馬の蹄の音が聞こえてきた。

ナイトを突き落としたフロント達が乗る馬の蹄だ。


「くそ、兄貴、一発ぶん殴ってやる!」


と仁王立ちで待っていると、騎影が見えた。

しかし、馬の上にある影は1つ。


「どうどう!」

「フローレス!?」


馬を操っていたのはフローレスだった。

剣の扱いもさることながら馬の扱いも見事だった。

フローレスは軽やかに馬から降りた。


「兄ちゃんは!?」


フローレスは憮然として事の顛末を話した。





抱えていたナイトを落とした後、フロントはフローレスを振り返った。


「ナイト!!ちょっと、あなた何するのよ!?」

「フローレス様、私、ちょっと所用を思い出しました」

「何、私も馬から突き落とす気?」

「まさか!」


フローレスの冷たい切り返しにフロントは苦笑いを浮かべる。


「そんなことするわけないじゃないです!私は紳士ですよ!」「さっき、生き別れの弟を落としたじゃない?」

「あはははは、定員オーバーだったもので…」


全力で走っている馬の息が少し回復しスピードが上がった。

追いかけてくる間者達を大きく突き放した。


「ナイトなら大丈夫ですよ、ほら!」


法被姿のレッドとブルーが駕籠を持って現れ、落ちていたナイトを回収した。


「私が降りますから、手綱をお願いします」

「はいはい、行ってらっしゃい」

「あと、ナイトに『ごめん』と伝えておいてください」

「自分でいいなさいよ」

「はい…それではまた後で」


フロントはそう言い残すと疾走する馬上から木の枝に飛び移って、森の中に消えた。







「逃げやがったな!後で覚えてろよ!」


ナイトは地団太を踏んだ。


「ところで、ネティアはまだかしら?」

「そうだ、ネティアは!?」


思わず出て行ってしまったのでネティアのことはすっ飛んでいた。


「大丈夫っすよ!」


ライガの声が茂みから聞こえてきた。

見ると手を振るネティアの姿が高いところに見えた。

何かに乗っているようだ。

ゆっくり近づいてくると、その正体が明らかになった。

牛だった。

ライガの他にイエローとグリーンの姿もあった。

王の一族の間者達はナイト達に気を取られ、ネティアには気づかなかったようだ。

忍び達を見回すと、1人足りない。


「グレイは?」

「ウォーレス王についていったっす」


ナイトはちょっとだけホッとするも、どうしようもない怒りが込み上げてきて、傍にあった木の幹に拳を打ち付けた。

その場が静まり返る。


「取りあえず、部屋に戻るっすよ。水の騎士達も戻ってるでしょうし」

「そうだな…」


ナイト達は部屋に戻ることにした。




***




フロントは王都の外れにある安宿を訪れていた。

2階建てで30部屋位の中宿だが人気はない。

貸し切りにさているのだ。

その人気のない宿の長い廊下を歩きながら、フロントは物思いに更けていた。

ネティア姫がランド領に旅立った後、ジャミルとの婚姻を阻止するため、最後の望みをレイガル王はフロントに託した。

育ての親であるウォーレス王に引き合わせたのだ。

再会の挨拶を交わした後、言葉が続かなかった。

話したいことが山ほどあって、どれから話したらいいかわからなかった。

それに最重の要件は、ウォーレス王の実子ナイトをネティア姫の婿欲しい、という切り出しにくい話。

だが、それとは別に聞きたいことがあった。

ナイトとウォーレス王の間にできた大きな亀裂の原因を。




『異界の娘だった…』




ポツリと呟かれた第一声にフロントを思わず聞き漏らすところだった。

突然明かされた育ての母の衝撃の真実だった。

その話をしたとき、父のいつもの明るい笑顔は悲しげだった。


『異界に帰ったのだ…愛想をつかされえてしまってな…』

『そんな…!?』


にわかには信じられなかった。

ウォーレス王とミズホ王妃はフロントの理想の夫婦であり、父と母だったのだ。

一時とは言え、2人に育ててもらったことをフロントは幸せに思っていた。


『まだ幼いナイトにはとても言えなかった。それに、ナイトはとても賢い子だ。母恋しさに異界へ行こうとするかもしれないと思ってな…』


ウォーレス王は言葉を区切ってフロントをじっと見つめる。


『お前にも黙っていて悪かった。お前も時空を操る力があったからな…』


フロントは静かに俯いた。

確かにフロントは時空を操る特殊な能力を持っていた。

まだ時空を渡ったことはないが、できないこともない。

もし、ナイトに頼まれたら2人で会いに行っていたかもしれない。


『このことはまだナイトには言わないでくれ。私の口から直接伝えなければならない…それが、私の償いなのだ…』

『償い?』

「私はミズホを手放すつもりなど毛頭なかった…そのために、私は大きな罪を犯した…自分の立場を利用して…』


フロントはその時、ウォーレス王の罪の告白を聞いた。




『父さん…』



項垂れて懺悔をする父の姿を思い出し、フロントは胸が苦しくなった。

ウォーレス王の犯した罪は大きい。

だが、王であるがために彼は捌かれることがなかった。

国を導くため、そして、残された唯一の家族ナイトのために生きるしかなかったのだ。

フロントはウォーレス王の心情を察すると居た堪れない。

その時、自分が傍にいて支えてあげたかった。

だが、その時フロントも大きな過ちを犯し、虹の王都から追放されていた。

2階へと上る階段を上る足取りが重い。

踊り場で一旦足を止め、心を落ち着かせた。

これからそのウォーレス王に会うのだ。

これからのことにつてい話すためだ。

レイガル王の言葉は虹の民の心を確かに掴んだ。

だが、言ってはならないことを2つも言ってしまった。

虹の国には害はない。

被害を受けるのはウォーレス王だった。

1つ目はプライバシーの問題、2年前の大喧嘩の理由。

これはナイトが虹の国に来た以上そのうちバレただだろう。

もう1つは公の問題だ。

ナイトが『初代虹の王の生まれ変わり』であることだ。

ウォーレス王は宗主である光の王にナイトが初代虹の王の生まれ変わりであることを話していない。

もし、その事実が光の国まで届いたら、ナイトに好意的だったと言う光の王の態度が急変するかもしれない。

虹の国は光の王家の血筋を引かない唯一の王家。

光の王の権威の届かない国であり、歴史的に多くの罪人を無条件で受け入れてきた経緯があったからだ。

今、ウォーレス王は慌てていることだろう。

風の国と水の国以外国交を持たない虹の国だが、別段鎖国しているわけではない。

どの国の民も普通に出入りできる。

水の国の第一王子であるナイトが虹の国婿入りするという確定情報が流れている以上、各国が探りを入れに来ないはずはない。

つまるところ、光の王の耳に入るのは時間の問題ということだ。


『光の王はどう出るだろうか?』


フロントは考えずにはいられなかった。

強制的にネティア姫との婚姻を破棄させるだろうか?

あるいは武力を持って、虹の国を攻めに来るだろうか?

悪い考えしか浮かばず、フロントは頭を抱えつつ、ようやく2階へたどり着いた。



ブゥオゥオンン!


キャン!!




フロントの前面に光の壁が出現し、飛んできた何かを弾いた。



ザク!



床に刺さった短剣を見てフロントは我に返った。

身に着けていたアミューレットの防御魔法が発動しことにようやく気付いたのだ。


シュ!シュ!!


鋭く風を切る音が迫る。

フロントは槍を召喚すると即座に、2つ短剣を叩き落した。

そして、敵の正体を探る。


『ヘーゼルか、それとも、ミゲイルの手の者か?』


暗躍を得意とする2人の敵の顔が浮かんだ。

額に冷や汗が流れる。

ボーとしていたとはいえ、敵の気配に全く気付けなかった。

アミューレットの防御効果がなければ危ないところだった。

しかし、妙だと思う。

この宿は極秘にウォーレス王が借り上げた場所だ。

そんな場所に王の一族の間者が入り込んでいるとは到底思えない。


『まさか、水の国の者?』


そうとしか考えられなかった。

フロントは姿を見せない敵の気配を探る。

空気の微動の流れを右から感じた。

姿は見えない。

だが、すぐそこまで来ている!

フロントは咄嗟に後方へ飛ぶ。

上から下へ空気が斬られた。

フロントの槍を叩い落そうとしたに違いない。

敵の第一撃はかわした。

すぐさま反撃すべきところだったが、あいにく後退した場所がまずかった。

上ってきた階段で、足場が悪い。

それに、襲ってきた者が本当に敵かわからない。


『まずは、相手の正体と目的を突き止める!』


フロントは槍を構えて、攻撃に備えた。

上段から無数のナイフ、いや、氷の刃が飛んでくる。


「やはり、水の民か!『炎の陣!!』」


槍の柄を地に着くと、火柱がフロントを中心に上がり、飛んできた氷の刃を溶かした。


「今度はこちらから行くぞ!」


フロントは火柱を3つに分裂させ、シャッフル。

防御と目くらまし。

2つの火柱カモフラージュだ。

炎の魔法で守りを固め、足場の悪い階段から2階へ上がる。

氷雨の攻撃が止んだ。

しかし、変わりに巨大な氷の一閃がフロント目がけて振り下ろされた。

間一髪、回避するも火柱は消失。

空気の流れは流れるように逃げたフロントを追いかけてきた。

空気の流れと殺気だけで敵の攻撃をかわす。

かまいたちのようだが、切れ味は刃物だ。

切られた傷からそう察する。


「すべてを照らし出せ、『来光』!」


敵の攻撃が止んだ一瞬のスキを突いて、フロントは光の魔法を試みた。

敵の姿がぼんやりと浮かぶ。

敵は水魔法で自身を覆っているようだ。

人影を包む水面のきらめきが見て取れる。


「炎よ、我が槍に宿れ!」


フロントは炎の槍で相手の水魔法の隠れ蓑を突き破ろうと、突進し連撃を放つ。

鋭い一撃は、敵の横腹を掠めたが、水の守りは完全に炎の槍を防いでいる。


「ならば、切り裂くまでだ!」


フロントは間合いを長くとって、槍から炎を消した。

大きく深呼吸すると、追撃してくる敵に槍を振り下ろし、風魔法の連撃を放つ。


「食らえ、『風圧』『風刃』『風槍』!!!」


始めの槍の一振りで、強烈な風圧で敵の足を止め、次の風の刃で水魔法の隠れ蓑を切り裂きに成功。

そして、最後の槍の一撃を敵に命中させた。

敵は壁まで吹き飛ばされた。

だが、地に足を突くことはなかった。

水魔法の隠れ蓑が取れ、正体が露わになる。

技や紺色の忍び装束からもわかるように、水の国の忍でまず間違いない。

黒に近い紺色の髪に、紺碧の瞳がフロントを見つめて不敵に笑った。

瞬時に寒気に襲われた。


『霜柱!!』


いつの間に仕込まれていた敵の罠にフロントかかっていたのだ。


『油断した…』


霜柱の檻に囲まれ、フロントは敗北を認めざる得なかった。


「火輪!!」


突然現れた、炎の輪が霜柱を斬り溶かした。


「無事か、フロント?」

「助かった、ライガ…」


フロントは助けに来てくれたライガに素直に礼を言った。

普通なら絶対に礼は言わない。

大きな舌打ちが聞こえた。

フロントとライガは身構える。


「仕留めそこなったか。さすが、虹の双子姫付きの騎士と忍だな…綺麗な顔をしている割にはなかなかやる」


その言葉にフロントではなく、ライガが反応した。


「何!?お前、まさかフロント狙いか!?ダメだぞ、フロコは俺の物だ!」


ドス!!


「ぐわあああああ!!!」


ライガはフロントの槍の柄で廊下の果てまで薙ぎ払われた。


「若ああああああああ!!!」


突然現れたグレイがライガを追いかけていく。

ウォーレス王についていったのでこの宿にいたようだ。

その彼が手出ししてこなかったところを見るとこの水の国の忍はやはり敵ではない。


「…お前、今味方を攻撃しなかったか?」

「あれは味方じゃない、滅ぼすべき『巨悪の根源』だ!」


フロントが吐き捨てるように言うと、水の忍は呆れた顔をした。


「まあいい、ただ一対一に戻っただけだ。今度は助けは来ないぞ」

「助けなどいらない。ただ油断していただけだ!」


水の忍びのあざ笑う口調にフロントはプライドを傷つけられた。


「なら、見せてもらおうか?」


水の忍は氷の槍を作り出して構える。

フロントと得物を合わせてきた。

癇に障る。


「望み通り、見せてやろう!」


氷の槍に対抗してフロントは炎の槍を持つ。

気を読む。

一騎打ちの勝負。


「行くぞ!」


フロントが突進すると、水の忍も突進してきた。

フロントの顔には怒り、水の忍の顔には冷笑が浮かんでいる。

相反する槍刃が激突するまさに直前…





「やめんか!!!!サクマ!!!!!!」





突然の怒声に、フロントと水の忍、サクマは攻撃を止めて声の主を探す。

ライガが吹き飛ばされた廊下の反対側に威風堂々とした騎士が立っていた。


「ち、ソーダのジジか…」


サクマが苦々し気に呟いて氷の槍を消失させた。


「ソーダ?水の国の将軍の名前…」


フロントが呟くと、そのソーダが立つ横の部屋からウォーレス王がゆっくりとした足取りで出てきた。


「出やがったな、クズ王!」


フロントは驚いてサクマを見る。

賢王と名高いウォーレス王をクズ王呼ばわりしたのは彼だけだろう。


「これ、サクマ!陛下に対して無礼だろう!!!」

「はっ、クズ王にクズって言って何が悪い!」


サクマは激高する水の将軍にも臆することなく、水の王の悪口を言いまくる。


「ソーダ、別に良い」

「しかし…」

「いいのだ。サクマよ、ちょうどお前にも話があったのだ。中に入るがいい」


ウォーレス王はサクマの悪口を気に留めた様子もなく、部屋へ誘う。


「はっ、嫌な予感しかしねぇ」


サクマは反吐を吐いて渋々中に入る。

その背中を睨みながらフロントも後に続いた。









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