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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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イメージアップ演説

翌日、ナイト王子の話で虹の王都は溢れていた。


『金と権力で虹の玉座を買った極悪王子』


という噂がナイト王子の水の国での功績を抑えて優勢を占めていた。

それもそのはず、国の外の話など、普通の虹の民は知らないのだ。

だから、虹の国で起きた事実だけが取りざたされる。

世継ぎ姫をたぶらかし、ランド領主ジャミルが座るはずだった玉座を奪い、金と権威で黙らせた。


「フロント、王都中でナイト王子の悪評が広まっているぞ」

「知っている…」


グレイがフロントの部屋に入ってきて報告する。

部屋の中にはフロント以外に、ライガを始め他の4人の忍び衆も全員揃っていた。

グレイの報告にフロントは一瞬鋭い視線を向けたが、机上に視線を戻し、何やら計画を立てている。

国王直下の騎士であるフロントが計画を立て、ライガ達忍びが核になりその計画を実行する役割である。

ナイト王子とネティア姫をくっつけるために演じた『闇の騎士団』がそれに当たる。

しかし、この時は何の計画も知らされていなかった。

すべての計画がおじゃんになった末に編み出したフロントの即興、後で知らされて否応なしに手伝わされたのだ。

何とかうまくいったから良かったが、下手すれば反逆罪で死刑だった。

いつも闇の騎士団のような感じではないが、たまに命懸けの計画を立てることがある。

しかし、それはほんの一割程度だ。

その他の計画はほぼ完璧と言っていいほど綿密な計画を立てるので、フロントには皆絶大な信頼を置いていた。

略奪愛で広まってしまったナイト王子の悪評もきっと彼なら逆転できると、誰もが期待していた。


「よし、できた!」


フロントが満面の笑みを浮かべて勢い良く立ち上がった。

ライガ達がデスク周りに集まる。


「正攻法で行く!」


フロントが力強く宣言した。


「私が公衆の面前に立ち、ナイト王子がどんなに素晴らしい人物であるか教えるんだ!」


幼少期ナイト王子と兄弟として過ごし、一番王子のことを知っているフロントにしかできない仕事だった。


「で、俺達はどうするんだ?」


ライガが役割を聞くと、


「人を集めてくれるだけでいい。公衆はきっとナイト王子の素晴らしさに耳を傾けてくれることだろう」


フロントは机上の資料を数点持ち上げて、自信満々だった。


「じゃ、頼んだぞ!」


フロントは鼻歌を歌いながら足取り軽く部屋を出ていく。

とても重要な任務を遂行しに行くようには見えなかった。


「…若…」


フロントが出て行った後、グレイ達が不安げな視線をライガに送ってきた。


「ありゃ、駄目だな」


ライガも一緒だったので、忍び衆は大きな安堵の溜息を吐いた。

いつもは冷静沈着なフロントだが、ナイト王子と許嫁のフローレス姫のこととなるとどうも雲行きが怪しくなる。

フロントが先ほど見せた資料だが、ナイト王子の幼少期の写真やら、学生時代から今日に至る偉業のスクラップだった。

もちろん、目玉はシープール領の平定。

しかし、ごく最近の花嫁候補殺到や親子喧嘩の末に謹慎処分、廃嫡の記事まであった。

プラス要因になるかは怪しい。


「フォローが必要なだな」


ライガは大きな溜息を吐いて部下達に指示を出す。


「聴衆の中に紛れ込み、フロントが滑ったらフォローを入れる。王の一族の間者は見つけ次第穏便に排除する!」

「流石、若、我々もそうした方がいいと思います」


グレイ達が感心していると、まだ続きがあった。


「そして、絶妙なタイミングでフロコ(フロント)を助けて惚れさせてみせる!」


忍び衆は硬直してしまった。


「さあ、そうと決まれば行くぞ、お前達!!」

「「…おー…」」


ライガの熱い声に対して忍び衆は消え入りそうな声で掛け声を上げた。




***




昼過ぎ、フロントが王都中心にある大きな公園でナイト王子について演説すると言う話が広まり、大勢の虹の民が話を聞きに、またその姿を見に集まってきていた。

双子姫の騎士であるフロント自身の人気も高かった。

騎士、術者としての資質はもちろん、政治にも明るい。

その上、容姿端麗で、あの魅惑的な紫の瞳で微笑を振り撒くと女性達が卒倒するのだ。

公園には老若男女問わずやってきたが、特に、若い女性はフロント自身が目当ての者が多かった。

その中に、王の一族の間者も紛れ込んでいた。


「相変わらずの人気だな…」

「フロントは騎士としても術者としても、貴賤に関わらず庶民達を助けているそうだ。それにあの容姿だ、若い女達が集まるのは仕方あるまい」

「こんな状況で、あれをコケにできるのか?」


間者達は一様に重い顔になる。

下手にフロントに野次を飛ばそうものなら、公園にいるフロントファンにボコボコにされることだろう。

彼らは敵わない戦いに臨もうとしていた。

例えるならば、火中の虫か?


「失敗するにせよ、それが我々の任務だ。一か八かやるしかない。もしかしたら、フロントの人気を落とすことが少しはできるやもしれん」


負け戦かもしれないが、彼らも成果を上げなければならない。


「フロント様よ!」


若い女達の黄色い声が上がる。

公園の噴水の前に設置された壇上にフロントが上がるのが見えた。


「作戦決行だ…」


王の一族の間者達は散らばった。







「そろそろ始まるわね…」


壇上のフロントの姿をソワソワと怪しい若い女が見ていた。

普通の街娘の様相を呈しているが、頭に白い頭巾、顔には大きなサングラスとマスクを着けている。

黄色い声を上げるフロントファン?

と言うよりは、息子の晴れ舞台を見に来た母親と言った感じが強い。


「もう、うまくやってよ、フロント…」


女は祈るような気持ちでサングラスを上げた。

父親譲りの赤い瞳が心配そうにフロントを見つめる。

実はこの怪しい女はフローレスだった。

姉姫ネティアに、『フロントが何とかしてくれるわよ』と言った張本人だ。

しかし、内心は不安過ぎて、フロントの演説を聞きにこっそりやってきたのだ。

もちろん、絶大な信頼を置いている。

だが、今回は何か嫌な予感がして居ても立っても居られなかったのだ。

その予感の理由がフローレスが闇の騎士フロントに捕まっている時に延々と聞かされた『弟自慢』だった。


『…まさか、公の場であれはしないわよね…』


壇上のフロントにフローレスは心の中で問いかける。

フロントは聴衆に余裕の笑みを振りまいて、マイクを取った。


「今日は私の話を聞きに来てくれてありがとう」


フロントのトークショーのような演説が始まる。

若い女達がまた黄色い歓声を上げると、フロントは手を振って応える。


『何、ファンサービスしてんのよ!』


フローレスは焼きもちを焼きながら、許嫁に突っ込む。


「私がちょっと怪我で眠っている間に、虹の王室に大変な事件が起きていて、正直びっくりしている」


『どこがちょっとよ!最後まで寝てたじゃない!!タヌキ!』


まさか、聴衆の中にフローレスが混じっているとも知らず、フロントは演説を続ける。


「しかし、これは私にとってはいい事件だったと思う。私はずっと、世継ぎ姫ネティア様とランド卿との結婚には反対だったからだ。私は決死の覚悟でネティア様のランド行きを阻止しようとして、遠ざけられたのだから…」


この話を聞いて、王の一族の間者達が黙っているわけには行かない。


「いい事件?これは虹の国を揺るがす重大事件ではないですか!?」

「そうだ、王家側の一方的な婚約破棄により、国内の内情が悪化したとは思わないのか!?」


不満と欺瞞、野次として噴出した。

同調する聴衆もいるが、これらを出したのはだいたいが王の一族の間者だ。


「行くぞ…」


焙りだされた間者排除にライガ達忍び衆が密かに動き出す。



『いいわよ、フロント!その調子よ!』



フローレスはホッと胸を撫でおろし、事の成り行きを見守る。


「確かに、ネティア様の心変わで国の内情は悪化したのは事実だ。虹の王になるはずだったランド卿の怒りは計り知れなかっただろう。しかし、その怒りを前にしてもネティア様が選ばれた方は逃げ出さなかった…」


フロントは間を置く。


「その方は、水の国のナイト王子!この方こそ、ネティア様が待ち続けた運命の相手にして、この国を導く次期虹の国王だ!」


フロントは背後に用意していたナイト王子のアイドルさながらのキリリとした大きなパノラマ写真の幕を下ろした。


「おおおお!!!」

「まあ、いい男!」


歓声と戸惑い、混乱の渦が起きた。


「ナイト王子のお顔を初めて見る者もいるだろう。なかなかのいい男だろう?ネティア様が一目惚れされたのも頷ける…」


『ネティアは一目惚れなんかしてなかったわよ』


フロントの発言が怪しくなってきた。

見守るフローレスと忍び衆は嫌な胸騒ぎを覚える。


「ナイト王子について、悪評が流れているようだがそれは全て嘘だ。和睦するためにランド領主に多額の賠償をした。大国である水の国の出した賠償額が小国である我が国では破格過ぎて、金で買ったと言う噂が流れたのだろう。だが、賠償は当然のことだと思うが?」


フロントの話に聴衆の大半が賛同している。

王の一族の間者は別の質問を投げかける。


「そもそも、水の王の逆鱗に触れ、謹慎中の水の国の第一王子がなぜ、この国にいたんだ!?」


当然の疑問が投げかけられた。


「ナイト王子は虹の国で生まれられた。生れ故郷である虹の国のことを気に掛けてくださっていたのだ。ネティア様がランド領に赴くことをお知りなり、謹慎場所から近いこともあって、心配になってわざわざお忍びで様子を見に来て下さったのだ。お2人は幼い頃、『一度お会いになられていた』からな…」


フロントは虹の王の条件の1つを強く強調する。


「話が出来過ぎている!仕組まれたことではないのか!?」


聴衆からの質問にフロントは惚けた顔をする。


「仕組まれたこと?謀反が起きたことか?」

「謀反が起きなければ、ネティア姫の心変わりはなかったはずだ!」

「謀反が起きなければ、ナイト王子が巻き込まれることもなかったな」

「その謀反、ナイト王子が仕組んだことでは?」


的外れな憶測をフロントは鼻で笑う。


「水の玉座を約束されていたナイト王子がそんな馬鹿な真似をなさる理由はない」

「密かに恋心を抱かれていたのではないか?ネティア様はお美しい方だと聞いている」

「恋心?幼い頃の顔しか知らないのに恋心など芽生えるか?今日まで交流もなかった」


確かにと、聴衆の中からも声が上がり、質問者はやり玉を変える。


「ならば、ウォーレス王が仕組まれたのではないですか?ナイト王子とは不仲で、水の国ではウォーレス王をしのぐ人気とか。現王妃との間に男児を設けておられる。前王妃の子であるナイト王子が邪魔になって、この虹の国に追いやったとも考えられる…」

「あのウォーレス王が息子の偉業を恐れるなど考えられない。ウォーレス王は、虹の民なら誰でも知っている虹の国の英雄だ」


そうだ、そうだと、ウォーレス王のことを知る聴衆から賛同の声が幾多も上がる。

圧倒的なフロントとウォーレス王の人気を前に、王の一族の間者達は、敵わない、と諦めかけていた。


「しかし、そのような根も葉もない話が出てくることもわかる。ウォーレス王は素晴らしいご子息に恵まれた…」


しみじみ呟いて、フロントはナイトのパノラマ写真より少し小さめスクリーンを出した。

そこにはクマのぬいぐるみを抱えた幼児のナイトが映し出されていた。


「ウォーレス王がまだ虹の国いらした頃、私はお世話になっていた。その時にナイト王子のお世話をさせてもらったのだが、何とも愛らしいこと。人見知りをせず、誰にでも愛嬌を振りまく様は、まるで天使のようだった…」


聴衆の時が止まった。

フロントのナイト王子アピールならぬ、弟自慢が始まってしまった。


「お父上に似て聡明で、教えたことはすべて覚え、いつも成績はクラスで一番。それもそのはず、この私と同じ勉強をしてたのだから、同年の子がナイト王子に追いつけるはずがない。言うまでもないが、剣術だって飛びぬけていた。私が時々負けてしまうこともあった。文武両道で人気もあった。その上に、水の王家の血統。妬まれない方がおかしい」


フロントはナイトの写真を幼少期から順にスライドしていく。

聴衆は唖然として話を聞き続ける。


「光の国の超名門学園に入学されてから、ダントツの首席をキープ。他の王家とも親交を深められ、人徳も集められた」


ナイト王子の卒業写真のスクラップ記事がスクリーンに映し出されている。


「卒業後、その明晰な頭脳を見込んだ父君のウォーレス王がナイト王子を水の国でもっとも荒れ果てた領地、シープールの領主に任命されたが、期待通り、見事に平定。シープール領を貿易都市として生まれ変わらせた。領民達からの信頼を勝ち得、実力で地位と名誉を獲得された。世界が認めた本物の実力者だ。さすが、ネティア様は見る目が違う」


「へぇ、大したものだな…ナイト王子は…」

「さすが、ウォーレス王のご子息」

「親が親なら子も子もだな…」


ちょっと、危なかったが、フロントの話術により聴衆はナイト王子に期待を示し始めた。

フローレスも期待を強くする。


『何か、ナイトが自分でそんなこと言ってたわね…他人のふりしてからだろうけど、でも、ネティアが惹かれたのは、もともとあったナイトの本質よ』


他人のふりをして自分をアピールしていたナイトだが、決して、ネティアに無理強いすることはなかった。

ネティアの意志を尊重して、最後まで守ってくれた優しさだとフローレスは思った。

ネティアがランド軍の真っただ中で婚約破棄を宣言した時も、ナイトはネティアとフローレスを諦めずに守ってくれたのだ。

その時の光景を思い出して、フローレスは溜息を吐く。


『ああ、ネティアがいなかったら、私が惚れてたわ…』


と、婚約者の演説中に不謹慎にも思ってしまった。


「しかし、ネティア様はそんなことは知らなかった。ナイト王子の正体を知らぬまま、恋に落ちられたのだ!」


フロントは話を続けていた。

その声には熱が入っていた。

聴衆が釘付けになる。


「ナイト王子の正体をお知りになったのは、王宮に帰ってきてからだ。それまでネティア様は何1つお知りにではなかった。それでも心を許してしまったのは一重に、ナイト王子のお人柄が良かったからだ!冷血なランド領主なんて目に入らなくなったわけだ!」


フロントはバンとまた幼少期のナイトの写真をスクリーンにアップした。


「子供の頃からそれはそれはお優しい方だった。両親を思い、こんな私を兄と慕ってくれ、家族の記念日には必ず何かサプライズのプレゼントを用意してくれていたのだ。バレバレだったけど…そこが、また可愛くて、可愛くて…」


「始まったな…」


ライガ達忍び衆が大きな溜息を吐いた。

フロントの兄バカぶりを聞いた聴衆は開いた口が塞がらない。

フローレスはズッコケていた。

辛うじて、


「ナ、ナイト王子、可愛い…」


フロントファンがフォローを入れていた。


「もちろん、友達へのプレゼントも忘れなかった。これは、木製のクマの貯金箱。危なっかしい手つきで小刀を使い、削られていた。もう、手を切やしないと、私は気が気でなかった…」


「だああああああ!!!やめないさい!」


壇上に白頭巾にマスク姿のフローレスが駆けあがってきた。

聞くに堪えられなかっくなったのだ。

帰り支度をしていた王の一族の間者達も足を止め、あっけらかんとしている。


「その声は、フ、フローレス様!?何でここに!?」

「何でじゃないわよ!?心配だったからこっそり、聞きに来たのよ。心配したとおりになったわ!」


「フローレス様、乱入か…夫婦喧嘩勃発だな」


ライガ達忍び衆は大きな溜息を吐いて撤収の準備を始める。


「ええ!?そうですか!?私的には、上手くナイト王子のアピールできたと思うのですが!?」

「途中までは良かったわよ!ナイトの人柄の良さをアピールしたいのはわかるけど、子供の頃のプレゼントの話はいらないわ!」

「感動エピソード何ですよ!?皆、聞きいたら、グッときますって!ね!?」


フロントは聴衆へ問いかけた。


「あ、あれ…?」


公園は閑古鳥が鳴いていた。

その中をライガ達が清掃を始めていた。

あれほどたくさんいた聴衆はというと、帰路についていた。


「え、あれが噂のフローレス姫?」

「なんか、おばさん臭くない?」

「双子のネティア姫が顔を見せちゃいけないから、変装してるんだろうけど、あれはないわね…」


フロントファンは出てきたフローレス姫を見て幻滅した。


「ああ、何かどうでもよくなっちゃった…」

「帰ろう」


頼みの綱のフロントファンも、許嫁のフローレス姫が出てきたことで、夢から覚めてしまったようだ。

ナイト王子イメージアップ大作戦第一弾は、一応の成功をおさめた。

しかし、フロントは自分の人気を犠牲にすることとなった。












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