報復の狼煙
ナイトとネティアが目覚めた後、縁談は超特急で進められた。
虹の女王ティティスは水の王ウォーレスの謝罪を受け入れ、2人の結婚を承諾した。
その後開かれた晩餐会で、水の国の第一王子ナイトと虹の国の世継ぎ姫ネティアの婚約が発表された。
会場が騒然となったのは言うまでもない。
次期水の王を確実視されていた水の国の第一王子が突然、虹の国に婿入りするという前代未聞の話に驚かない者は誰もいないだろう。
しかも、なぜ、水の国の第一王子が出てきたのか、人々の疑問は尽きない。
***
ジャミルは自室に籠り1人で強い酒を煽っていた。
虹の王になるという夢が潰えた自棄酒だった。
「荒れているな…」
赤く燃え立つような瞳で、ジャミルは侵入者を睨んだ。
「ヘーゼルか…」
「邪魔して悪かったな…少し、お前と話がしたくてな…」
ヘーゼルはジャミルの近くに来たが、椅子に座らず、話し始める。
「王都でネティア姫とナイト王子の結婚の発表があった」
「知っている。だから、飲んでいる」
ジャミルは酒を煽る。
「癪だな」
「癪だが、もう事実が覆ることはない」
ジャミルは苛立たし気に酒を注ぐ。
「このまま何もしないのでは気が晴れんだろう?」
「そうだが、私には何もできん。賠償を受け入れたからな…」
ジャミルは酒を煽って、苦い顔をする。
「お前は何もできないが、我々なら問題はあるまい」
ヘーゼルの言葉にジャミルはようやく酒を飲む手を休める。
「何かするのか?」
「無論だ。事実は覆すことはできん。だが、王家に後悔させることはできる。ナイト王子との結婚はツッコミどころ満載だからな。王家よりの虹の民でも、我々に味方するだろう」
「それは見ものだな…」
「だろう?ミゲイルがやる気でな。すでに、ブラッドと共に王都に入って準備を進めている」
「ミゲイルがな…」
ヘーゼルの冷笑に、ジャミルの顔が緩む。
***
ネティアはフローレスと2人で庭園を散策していた。
ふと、空を見上げ、虹の結界を見上げる。
前世の双子の妹の成れの果て。
いつもと変わらない日課の散策だった。
だが、外ではあらゆる物事が進められている。
ネティアが犯してしまった愚行の事態収拾に多くの者が走り回っている。
虹の国の玉座を継ぐ者として恥ずかし限りだった。
土壇場で、婚約者を取り換えたのだから。
「心配いらないって」
先を歩いていたフローレスが振って励ましの言葉をくれる。
「ジャミルとナイトを比べたら、私だってナイトを選ぶわ!だって、優しいし、ジャミルより強いし、頭いいし、カッコいいわ!それに、たった1人でも私達を最後まで守ってくれたもの!」
ネティアがジャミルとの婚約を破棄し、ナイトを夫にすると宣言したのはランド軍の真っただ中だった。
今にして思えば、場所を考えるべきだった反省している。
主を無下にされたランドの騎士達の怒りの矛先は当然、ナイトに向かった。
それでもネティアとフローレスを見捨てることはなかった。
前世と同じだ。
ネティアはそれが不安だった。
前世ではたくさんの仲間がいた。
しかし、現世でも同じ仲間ができるとは限らない。
ネティアが不安そうに手を胸の前で握り締めていると、
「大丈夫よ、きっと、うまくいくわ。フロントが何とかしてくれるわよ」
と、フローレスが気楽に言った。
フロントはネティアとフローレスをいつもそばで見守ってくれていた頼もしい存在。
彼もまた、ナイトと同じくネティア達を最後まで守ってくれるだろう。
「そうね…」
ネティアは前世で見た2人の男の後ろ姿を瞼の裏に見て、フローレスを見た。
前世の妹と姿が重なる。
胸が苦しくなったネティアはフローレスの下に駆け寄り、抱きしめた。
突然抱きしめられたフローレスは驚いていた。
当然のことだが、彼女は何も知らない。
『今度はあなたを守ってあげられる!ナイト様もフロントもいる!そして、前世にはいなかった私達の両親がいる!!』
と、教えたかった。
だが、監視の目は必ずある。
ネティアとフローレスが生まれた時から。
「ネティア、大丈夫?」
「もう大丈夫よ…ちょっと、不安になってしまったの、ごめんなさい」
ネティアはフローレスから離れて、涙を拭った。
フローレスが心配そうに見上げてくる。
「お腹が空いたわね、何か甘いものを食べたら元気が出るかも」
「そうね、それがいいわ!私、サラに言ってくるわ!」
フローレスは顔を輝かせると、庭園を駆けて行った。
元気な妹はどうやら本当に小腹が空いていたようだ。
ネティアはおかしそうに見送りながら、また空の虹を見上げた。
『この力はあなたに…』
***
ミゲイルは虹の王都の高級ホテルの一室から国民の様子を窺っていた。
突然決定したネティア姫と水の国の第一王子との結婚話に困惑が広がっている。
だが、もともと虹の国に住んでいたウォーレス王の息子と言うことで、どちらかと言うと民意は好意的なようだ。
「ウォーレス王の人気は相変わらず絶大だな」
外から帰ってきたブラッドが面白くなさそうな表情でミゲイルのいる窓辺に近づいてくる。
他国らから来て、虹の国で武功を上げ、この国を去って他国の王になった虹の国の元英雄。
後にも先にも、ウォーレス王以外存在しない。
駆け落ちしてきたらしいこの王は、身分を隠し、先の王ベルドが新しく作った正規軍に入隊し、身一つで武功を上げた本物実力者だ。
その点は称賛に値する。
「ウォーレス王が称賛に値する人物であることは知っている。だが、その息子が同じとは限らない…誰かさんのようにな…」
ミゲイルが冷たい笑みを浮かべて皮肉を言う。
「男のくせに男が好きな奴に言われたくないな」
「僕達は互いを必要としている。だが、貴様は女なら誰でもいいんじゃないか?」
「馬鹿言え、俺にも選ぶ権利がある」
「もう選んでいるだろう」
「…あれは、たまたま当たっちまったんだ…」
痛いところを突かれたブラッドは、憮然とする。
ブラッドには妻子があった。
むしゃくしゃしている時にたまたま傍にいた女だった。
父の有能な部下の娘とあって、無下にはできなかったのだ。
「マリアには近づくな」
「え、せっかく王都に来たのにか!?」
「王都に来た目的をもう忘れたのか?」
「ちゃんと、覚えてるさ…」
「なら、計画を遂行する」
「了解」
投げやりに踵を返すブラッドにミゲイルは念を押す。
「妻子を大切にするんだな。でないと、足元を掬われるぞ」
「はいはい!」
ブラッドは苛立たし気に応えて部屋を出て行った。
「どうにも信用できないな…」
ミゲイルの呟きに控えていた赤毛の騎士が進み出てきた。
「ミゲイル様、わたくしがブラッド様のお手伝いをしてまいりましょうか?」
「頼むぞ、ニール。今回はブラッドのアホに邪魔されたくないからな」
「お任せください…」
ニールは静かに敬礼すると、急いでブラッドの後を追った。
「さて、どうでる?フロント?」
王宮にいるであろう宿敵を睨んで、ミゲイルは問いかけた。
***
火蓋は酒場で切られてた。
ごく普通の虹の国民である若者達が今話題のネティア姫の結婚の話に至った時だった。
「ナイト王子って、どんな人なんだろうな?」
当然、ネティア姫の結婚相手であるナイト王子の話題になる。
「この国では、あまり知られてないが、国外じゃ子供でも知っている有名人だぞ」
仲間内に水の国と行き来している商人が口を開く。
「我らが英雄であり、現水の王ウォーレス様のご子息。父王の優秀な遺伝子を受け継いでいらっしゃるんだ。世界一で知られる光の国の名門学園を首席を貫いて、卒業され、帰国されてからは海賊に占拠されていたシープール領を平定して自領にされた。国民の信頼は厚く、次期水の王間違いなしと目されていたお方だ」
話を聞いた仲間達は歓声を上げたが、
「何でそんな方が虹の国に婿入りされるんだ?」
当然の疑問が返された。
「そうだよな、世界一豊かな国の王になれる方が、何でまた虹の王なんかに?虹の王になったら、魔物との戦いで生涯を終えるようなもんだよな」
仲間達が頷く。
虹の国に婿入りするということは、虹の王になって魔物との戦いに生涯をささげるということだ。
水の国の王子ならしなくてもいい苦労だ。
ドン!
突然、テーブルが叩かれ、コップの酒が飛び上る。
「それは決まってんだろう、愛の為さ!」
「愛?」
キョトンとする仲間達にナイトの話をした商人は熱く語り始める。
「そうとも!愛以外に何があるんだ!?」
「………ないです…」
あまりの迫力に仲間達はビビって肯定してしまう。
「略奪するほどの燃え上がった愛!それがこの国を救うんだ!」
「しかし、愛だけじゃこの国は救えないぞ」
「愛だけじゃないさ、ナイト王子はウォーレス王同様、文武両道に優れていらっしゃる。魔物何てなんのその!しかも、シープールの海賊達を手懐けた人徳の持ち主!そして、金持ちだ。水の国の潤沢な資金と物資そして、人材が虹の国に流れ込めば虹の国は変わると思わないか!?」
「なるほど…それは、一理あるな…」
仲間達はナイト王子押しの商人の話に傾いた。
ネティア姫とナイト王子の結婚を祝して乾杯しようという段取りになった。
ガタン!
突然、奥の席のグループが立ち上がって近づいてきた。
怒っているのか目がギラついている。
全員赤毛であるのを見るとランドの者のようだ。
「黙って聞いてりゃ、嘘八百並べやがって!」
「嘘八百だと!?」
ナイト王子押しの商人が反発する。
「何が愛だ!?一目見てネティア姫を気に入ったんだろうよ、美人らしいからな。どうやったかは知らないが、親父に頼んで金で虹の国の玉座を買ってもらったんじゃないのか!?」
「ナイト王子はそのような方ではない!」
否定するが、赤毛の集団は鼻で笑う。
「果たしてそうか?俺達が聞いた話じゃ、ウォーレス王にはもう1人息子がいるらしいじゃないか?自分より人気がって生意気で邪魔な前妻の息子を追い払うにはちょうど良かったんじゃないか?」
「ウォーレス王はそんな方では…」
「どうだか、ランド領主にはマーメイド島を加えた破格の賠償金。虹の王家にはそれを上回る金が入るだろうな。ナイトを引き取ってくれた礼としてな」
ナイト王子押しの商人が言葉に窮する。
虹の王家にランド領主以上の大金が支払われることはまず間違いない。
それにナイト王子とウォーレス王の不仲も有名だ。
ウォーレス王が可愛い第二王子を跡目に据えたいと思っても不思議ではない。
「だが、それだと、虹の王家が玉座を売ったことになる」
「ティティス女王やレイガル王はそんな方ではないはずだ…」
ナイト押しの商人の仲間達が助け舟を出してくれた。
「そうだとも、女王様も王様も金で転ぶような方ではない!」
仲間達の助けを得て、ナイト王子押しの商人は力強く言い切った。
「そうだろうか?聞けば、諸侯から税をちゃんと徴収できていないらしいじゃないか?王族と言えども、金に目が眩んでもおかしくないだろう」
赤毛の集団は『そうだ、そうだ』と囃し立てる。
だが、ナイト押しのグループも負けてはいない。
「お前ら、王都の人間じゃないな。王都に住まう虹の民なら誰でも知っている、虹の王家の慎ましさを!」
「そうさ、この間もレイガル王は川で釣りをしておられた。小魚を10匹ぐらい釣って『夕食にする』って、持って帰られてた」
とても一国の王の行動とは思えない話に赤毛の集団は沈黙する。
「ティティス女王様だって、そうさ。ほとんど神殿にしかいらっしゃらない。だから、白の法衣姿しか見たことがない。あれはきっと、他に服を持ってないからだと、俺は思う」
「実は俺も、そう思ってった…」
「だろう、絶対そうだよな?」
同じ考えを持っていた仲間がいてさらに強調する。
そして、締めくくる。
「逆にだ、あの方達が金で転ぶところを見てみたい」
虹の国の王と女王の慎ましいエピソードを聞かされ、
「「なんだそりゃ!!?」」
と叫んだのは赤毛の集団とナイト王子について熱く語った商人だった。
因みに、彼は王都には住んでいなかった。
ここを起点に、ナイト王子に関して嘘と真実と憶測がばらまかれた。