警護強化
フロントは移動魔法でナイトを新しい部屋に案内した。
ナイトの部屋にはすでに、水の騎士3人の姿あった。
「王子!目覚めたんだね、良かった!」
「レイガル王に殴られたと聞いた時は、本当、心配したぜ!」
緑の髪の騎士と、赤髪の騎士がすぐに駆け寄ってきた。
「リュック、ルビ…心配かけて悪かった」
ナイトは2人に笑って見せた。
茶髪の騎士は2人の後ろで、神妙な顔をしていた。
その騎士の顔を見て、ナイトの表情から笑みが消える。
「お疲れ様です、水の騎士の方々。女王陛下のお許しが出ましたので、ナイト王子をお返しします。以後は、ご自由に行動なさって結構です」
「わかりました、双子姫の騎士」
茶髪の騎士が代表してナイトを引き取る。
フロントは部屋を出て行こうとした。
「もう行くのか?」
ナイトに呼び止められる。
不快そうな声だった。
虹の王家に婿入りを決意したナイトは、これからフロントが色々世話をしてくれると思っていたのだろう。
そうしたいのは山々だったが、まだ国レベルでの話が追いついていない。
そのため、いろいろとやることがあった。
「大ごとになってしまったからまだやることがあるんだ。ナイトもあるだろう?」
振り返って、言い聞かせるように言う。
茶髪の騎士がナイトを待っている。
「時間ができたらゆっくり話そう」
「…約束だからな」
ナイトは不服そうだったが、渋々引き下がる。
「では、ごゆっくり、ナイト『王子』…」
フロントが敬礼して退室する。
ナイトは憮然とした顔で見送る。
『王子』呼ばれたくないようだった。
フロントも抵抗がないわけではないが、これが2人の今の立場だった。
ドアを閉めた後、不意に笑みがこぼれた。
『変わってないな…』
突然の別れの時から、すべてが変わったような気がしていた。
だが、変わらないものもあった。
『さて、可愛い弟と双子姫様のためにもうひと働きしますか』
フロントはまっすぐ廊下を歩きだす。
交差する廊下を通り過ぎると、左右の廊下からそれぞれ1人の騎士が出てきて、フロントの後ろを歩く。
偶然を装って現われたのだ。
2人は正規軍の騎士、闇の騎士団で雇ったアルバイトだ。
フロントは振り返らずに指示を出す。
「…事は順調に進んでいる。ネティア様とナイト王子の御婚姻の決定が出るまで警備を強化する。王の一族の妨害を断固阻止する」
「了解、招集をかける」
次の交差点で3人は何事もなかったように別れた。
「さて、あの人にも帰ってきてもらわないと…」
フロントは元来た廊下を振り返って人の悪い笑みを浮かべた。
***
ナイトはアルトからの報告を受けて驚愕していた。
覚悟していたとはいえ、自領地であるシープールへの損害は想定以上だった。
「大丈夫ですか、王子?」
「俺は大丈夫だ、覚悟はしていた…だが、まさか、マーメイド島を出すとは…」
父王にしてやられたと思う。
ナイトが気を失っていることをいいことに、賠償の名の元シープールの財力を露骨に削いだのだ。
ナイトがいなくなった後、自分に反抗的なシープールを抵抗させない狙いがあるのは見え見えだ。
「このことをシリウスは知っているのか?」
「いえ、シリウスをシープールに帰した後に、陛下がお決めになりましたので…」
ナイトは大きな溜息を吐いた。
いくらナイト贔屓のシリウスと言えども、こればかりは怒るに違いない。
「シリウス、怒るよね?」
「シリウスは百歩譲ってくれるかもしれないが、さすがに、シープール領民は黙ってはいないよな」
リュックとルビがシープール領民の反発を予測する。
「王子、シープールのことは私にお任せください。シリウスを説得して領民達を納得させます」
「…すまない、俺のせいで迷惑をかける」
「王子の迷惑はいつものことです」
アルトがニヤっと笑う。
ナイトがシープール領主に任命された時から、王命でナイトの従者になった。
始めは父王のお目付け役だと思って警戒していたが、ナイトの無理難題、無茶な命令をこなした。
そのうえ、ナイトの違法な行為を見て見ぬふりをしてくれた。
『王子のやり方は違法です。ですが、人道に外れているとは私は思いません。法は人々の間に諍いが起きぬように定められたもの。もし、その法が原因で諍いが起きているのなら、その法は合っていません。作り直す必要があります。法は所詮、人が作ったものですから』
と言ってくれた。
法に触れる行為をしたとき、ナイトは本当は不安だった。
しかし、アルトの言葉のお蔭で自分に自信が持てた。
迷いなくシープール領主として執政を行うことができた。
今ではアルトにも絶大な信頼を寄せている。
彼に任せておけば何とかしてくれる。
「はははは、そうだったな。だが、必ず、後で、シリウス達に謝りに行かないとな…」
「それまで私とシリウスで頑張ります。それより今はネティア姫とのご結婚の準備をいたしませんと…」
「結婚の準備ね…」
ナイトは部屋を見回す。
最初の監禁部屋からすると、かなりのランクがアップだ。
クローゼットやベッド、机椅子など、生活に必要な必需品の他に高価絵画や壺のなどの調度品も置いてある。
貴賓のための部屋であるのは間違いない。
水の国の第一王子であるナイトの身分からすれば当然の待遇だろう。
しかし、ナイトは身一つで虹の国に乗り込んできたので、持ち物が何もなかった。
大きなクローゼットがあっても何も入れるものがない。
「御心配には及びません。陛下が王子のために身の回りのものすべて手配なさっているようです。明日にでも水の王都から届く予定そうです」
「手回しがいいな…」
「王子が虹の国に婿入りすることを確信なさっていたからでしょう。ご愛用のものは後で私に仰っていただければシープールから届けさせます」
「ああ、頼む…」
ナイトの胸中に不安がよぎる。
虹の国民は祝福してくれるだろうか?
世継ぎ姫の婚約者が突然他国の王子にすり替わったのだ。
困惑は必至だろう。
果たして、生まれ変わった自分は受け入れてもらえるだろうか?
自分が創り、夢見た国に…
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!
廊下からものすごい音が響いてくる。
「何だ!?」
「わかりません!」
「戦車が近づいてくるみたいだ!」
「王子を守れ!」
ルビは2刀の剣を抜き、ナイトの前に立つ。
左右をアルトとリュックが固めた。
4人はドアを凝視する。
ドン!!!!
部屋の前に到着したのか地鳴りは止んだ。
替わりに、
『ゼファーゼファーゼファーゼファーゼファー…』
息を切らしているような人の呼吸音が聞こえてきた。
その音がだんだん小さくなっていく。
どうやら、息を整えているようだ。
呼吸音が聞こえなくなると、
ドカ!!!!!!
扉が開いた。
風圧がルビ達を襲った。
風魔法かと思われたが、ただドアを開けただけだった。
大男がドア扉の向こう立っていた。
大きすぎて首から上が見えない。
かなりの怪力の持ち主だ。
黒々とした無精髭がドアから中を覗く。
「ナイト、待っていたぞ!!!!!!」
爆音がまたもやナイト達を襲う。
ナイトはその爆声に聞き覚えがあった。
「ロンおじさん!!」
ナイトが名前を呼ぶと、無精髭の大男は人懐っこい笑みを零し、そそくさと中に入ってくる。
そして、一目散にナイトに突進してくる。
恐るべき突進スピードと凄まじい形相に恐れをなし、主を守ると壁になった3騎士はあっさり逃げ出した。
「ナイト、大きくなったな!!!」
ナイトをまじかに見つめて、ロンは涙ぐみ、鼻水を垂らした。
「ははは、大袈裟だな」
突進してきた大男を前にしてもナイトはにこやかに笑っていた。
逃げ出した3騎士は、改めて主をすごい人物だと思った。
「大袈裟なものか!?突然、水の国なんかに引っ越しおって!どれほど、儂が、悲しんだか…!!」
「ちょっと、泣かないでよ!」
「これが泣かずにいられるか!!お前はな、儂の儂のアイドルだったんだ!!」
ロンは号泣した。
「王子、その方は?」
ルビが柱の陰から恐る恐る
「ああ、親父の元部下の人だ。よく遊んでもらったんだ」
ナイトはルビ達にロンを紹介した。
「そうだったな、お前は水の国の王子だったな…」
ロンは思い出したように呟き、手で涙を拭って、ハンカチを取り出すと鼻をかんだ。
そして、キリっと居住いを正し、
「儂は虹の王直下の正規軍の将軍の1人ロンだ。水の騎士の方々、驚かせてすまんかった」
と名乗り、謝罪した。
「あの噂に名高いロン将軍でしたか。お会いできて光栄です。私はアルトと申します。後ろにいるの私の後輩で、リュックとルビです」
「あれを見た後で、さらっと挨拶した」
「さすが、アルトだ」
リュックとルビはアルトの変わり身の早さに感心する。
「ロン将軍のような方が直々に来られるとは、何か差し迫ったことでもありましたか?」
いきなり正規軍のトップが来たので、アルトは少し顔を曇らせた。
ランド領主一派の報復を疑ったのだが、
「いや、そうではなくて、、早くナイトに会いたくて…いや、ナイト王子の身辺警護の『王命』を受けたので馳せ参じた次第です」
ロンは本音を出しかけて、用意していた口実を出した。
アルトの顔から曇りが取れた。
取りあえず、心配はいらないと判断したようだ。
「本音出たよね、王命強調して掻き消したけど」
「ここまで来たら正直に言えばいいのに」
「本当だぞ!ナイト王子は、その、ランド領主からネティア様を奪ったようなものだからな。当然、王の一族達から恨みを買っている。だから、警護が必要なのだ!!」、
リュックとルビの指摘にロンは慌て弁解した。
「なるほど、確かに理にかなっていますね」
「そうなのだ。だから、安全が確認されるまではこの儂が命に代えてもナイト王子をお守りする所存です。だから、水の騎士の方々、よろしく!」
アルトが弁解を受け入れてくれたのでロンは強引に話をまとめた。
「安全が確認されるまでって、どれくらいだ?」
ロンと部下達のやり取りを楽しそうに見ていたナイトは口を開いた。
「それは知らせが来るまでだ。取りあえずは、今日の内はこの部屋から出ない方がいいだろう」
「ああ、また待機か…」
ロンの答えにナイトはうんざりした。
虹の王宮に来てから、監禁、療養、待機とずっと室内に閉じられっぱなしだ。
すると、ロンがモジモジと口を開いた。
「…ナイト王子、ご退屈でしょう。何かして遊びましょうか?」
「遊ぶって、例えば?」
「鬼ごっこなんてどうです?鬼さんこちら手の成る方へ」
ロンが手の平を広げた。
そこには剣で斬られた傷が、
どこかで見覚えがあった。
闇の騎士のリーダーが召喚したバーサーカーに付けた傷に似ている。
闇の騎士のリーダーが兄フロント、ならば、バーサーカーは…
「まさか…!?」
ナイトが気付くと、ロンはニタっと笑った。
あのバーサーカーはロンが変装していたのだ。
「もう、脅かしやがって」
ナイトは頬を膨らませた。
異界の狂戦士が召喚されたと本気で思っていたのだ。
「戦いに強敵がいなかったら燃えんだろう?だが、大事なお前に本物の怪物はぶつけられん。それに、どれくらい強くなったか、直接知りたかったから…」
ロンは茶目っ気たっぷりにウィンクする。
「ネティア様にいいとこ見せられただろう?」
「…まあね」
ナイトは苦笑いをして返した。
「おじさん、この部屋の広さじゃ鬼ごっこは無理だよ」
「それもそうだな。外に出られるようになったら、必ずやろう!今度は絶対、捕まえて見せるからな!」
ロンはリベンジを宣言した。
「じゃ、何して遊ぼうか?」
「まだ遊びに拘るんですね?」
リュックが脱力した笑いを零す。
「おじさん、俺も遊びたいのは山々だけど、俺もう子供じゃないからさ。今、外がどんな状況か教えてよ」
「ああ、そうだったな…」
ロンは懐からゴソゴソとメモを取り出す。
外見に似合わず、彼はメモ魔だった。
「女王陛下達は、今は形だけの会談をしているころだ。結婚の話は裏でついているからな。そんで、今夜の晩餐会でさっさと婚約発表。明日、早々に国民に発表する」
ロンが今後のスケジュールを簡潔に説明してくれた。
ナイトの不安が溜息となって出る。
虹、水の国同志の話し合いは必須。
決定事項だったとしてもだ。
そして、すべての国民への周知と理解。
ナイトは溜息を漏らし、ロンに弱音を零す。
「俺、虹の民に受けれいてもらえるかな?だって、ジャミルからネティアを奪ったみたいなもんだからさ」
ナイトは虹の民の心証が気になった。
前世から愛し合っていたネティアとは真実の愛で結ばれた。
だが、それはごく一部の人間しか知らない。
世間から見れば、突然現れ、婚約者中の姫を奪った性悪王子に見えているだろう。
虹の国民が納得しなければ、結婚などできない。
「まあ、そこはフロントが何か考えがあるみたいだぞ」
「え、本当に?」
兄がナイトのために動いてくれていると知って少しだけ気持ちが軽くなった。
兄は思いもよらぬ名案を思いつくのだ。
だが、今回はさすがに上手くいくか心配だった。
ナイトがネティアを奪ったのは間違いのない事実だ。
「心配するな、この虹の国は前世のお前が創った国だ。必ず受け入れられる」
「…だと、いいな…」
ナイトは不安な胸中を胸に窓の外に目をやった。
空は何事もないかのように青く、虹の結界が色鮮やかに生えていた。