愉快な仲間達
フローレスに布団を剥ぎ取れたナイトとネティアが渋々ベッドから降りてきた。
目覚めた2人を前にフロントは狼狽した。
風邪の薬を飲ませるため、始めは冗談でフローレスに迫っていたのだが、ちょっと下心が出てしまった。
2人は深いに眠りの中にあり、ちょっとやそっとでは起きないだろうと思っていたのだが、ばっちり犯行現場を見られてしまった。
双子の姉とその夫となるナイトが目覚めたことでフローレスはホッとしていた。
2人は気まずそうにフロントを見て、そして、残念そうに大きな溜息が漏らした。
「「「はあ…」」」
しかし、2人分の溜息にしては大きな音だった。
天井裏から5人の忍び衆が降ってきた。
「ああ、また未遂か…」
「せっかく女王陛下にいい知らせを持っていけるかと思ったのに、スクープはまた先延ばしか…」
レッドとブルーがカメラを手に残念そうに呟く。
忍び衆5人の溜息も混じっていたのだ。
「おおおおおお、お前らも見てたのか!?」
フロントが顔を真っ赤にして叫ぶと、5人は親指を立てるジェスチャーで答えた。
「ドンマイ!」
「また次があるさ!」
グリーンとイエローがエールを送ってきた。
「人のプライベートを盗み見るな!」
「プライベートも何も、公認なんだから別にいいじゃない?」
イエローが屈託なくフロントに反論すると、
「そうさ、皆心待ちにしているんだから」
グリーンが軽快に援護する。
「フロント、気を落とすな。我々は常にお前とフローレス様の仲を見守っているからな。もっと堂々とアタックしてもいいと思うぞ」
グレイがフロントの肩を叩いて締めくくると、フローレスを除く全員が頷いた。
常時監視されていた。
「…もっと堂々とって…公の場でそんな恥ずかしいこと堂々とできるわけないだろう…」
フロントは顔を真っ赤にして、フローレスを見る。
フローレスは、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けた。
さっき、強引に迫ったことを怒っているようだ。
「フローレス様…」
フロントは泣きそうな声で想い人の下へ行く。
「あれはその、ほんの冗談だったんです」
「…冗談ですって?」
弁解すると、フローレスは目を吊り上げた。
フロントは慌てて言い直す。
「あ、いえ、始めはそうだったんですけど、ちょっとだけ本気になちゃって…それで、試しに…」
「試しにって、何!?」
フローレスが声を荒げたのでフロントは土下座した。
「フローレス様、許してください!ほんの出来心だったんです!でも、フローレス様のお体が心配だったのは本当です!だから、どうしても薬を飲んでほしくて、つい強引に迫ってしまいました!」
土下座したままでいると、フローレスが息を吐く音が聞こえた。
「まあ、いいわ。許してあげる」
「ありがとうございます…」
許しを得たフロントはホッと胸を撫でおろして、顔を上げる。
やり込められたところを見た傍観者達はニタニタと笑っていた。
『あとで絞めてやる…』
フロントは密かに心に誓った。
「良かったな、兄ちゃん」
ナイトが笑いを堪えて近づいてきた。
どうやら、敵陣に置き去りにしたことやレイガル王の攻撃の盾にしたことは今は忘れているようだ。
「ナイト、目が覚めて良かった。色々悪かったな、体、大丈夫か?」
「ああ、何ともない。ネティアのお蔭だ」
ナイトの後ろでネティアが微笑む。
「それは良かった、強くなったな…」
フロントは感極まって大きくなった弟を抱きしめた。
「ずっと、会いたかった」
「俺もだよ、兄ちゃん」
ナイトも抱擁を返してくれた。
感動の再会、話したいことがどっと口から溢れてきそうだった。
しかし、邪魔が入る。
「ところで、フロント、『若』はいずこにいらっしゃる?」
抱擁を終えた直後、空気を読まずにグレイが割って入ってきた。
二重に不快な感情が込み上げてきた。
「そうだよ、兄ちゃん。ライガはどこにいるんだ?」
ナイトにも聞かれたので、フロントは一瞬押し黙ってから、
「…ライガは土に還った…」
ぼそりと呟く。
「え?」
ナイトが呆けた顔をする後ろで、グレイが泡を吹いて倒れる。
「グレイ!」
それを仲間の忍び衆が慌てて支える。
「土に還ってどういうことだ?」
意味が分からずナイトはネティアとフローレスにその答えを求める。
双子姫は微妙な顔をしている。
フロントは暗い笑みを浮かべる。
「とうとうやった…」
「やったって、ライガをか?」
「そうだとも、ナイト。あの忌々しいライガの息の根を止めてやったんだ」
物騒な言葉にナイトが押し黙る。
フロントは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ライガにすべての証拠隠滅させた後、口封じにこの世から抹消した」
「うわあ、汚ねぇ奴!」
グリーンが野次を飛ばした。
「これで、世界の平和は保たれる。皆、ライガこのとは忘れて幸せになろう!」
フロントはフローレスの肩を抱く。
「ライガがそう簡単にやられるとは思わないけど?」
とネティアが苦笑すると、フローレスも、
「もう、ライガはあなたが好きで、あなたのために変な思い付きを手伝ってくれたのよ。それに報いてやりなさいよ」
フロントは身震いした。
「私がライガに報いるって、何を意味するかわかりますか?」
「まあね。あ、私は気にしないわよ」
「気にしてください!」
フロントはすがるようにフローレスに叫んだ。
「皆、何のことを話してるんだ?…」
新参者のナイトだけが話についていけない。
「ナイト、私はライガに狙われている。ライガはワニだ。私はワニに狙われた鶏だ」
「鶏?」
フロントのたとえにナイトはさらに困惑する。
その横でフローレスが噴き出す。
「ぶあは、誰が鶏よ!ライガがワニならあなたは恐竜よ!」
フローレスが例えを直すと、
「フローレス様、恐竜はワニを怖がりません。もっといい例えがあります」
と、グレイが異議を申し出てきた。
「え、何々?」
「ラスボスに求婚している勇者なんていかがでしょう?」
「グレイ、ナイス!」
「ナイスじゃありません、フローレス様!」
「なるほど、勇者ならラスボスが恐れるな」
「ナイト、お前まで納得するな!ていうか、お前、話の内容わかってるのか?」
「うん、何となく見えた」
呑み込みの早いナイトは今の話で状況を理解した。
「え、だって、一番しっくりする」
フローレスが腹を抱えて笑っている。
フロントはキッと、グレイを睨みつける。
「全く、人を何だと思ってるだ!?」
抗議するフロントを横目に、忍び衆は深く賛同していた。
「確かに、若は勇者だよな。あの凶悪なフロントに求婚してるんだから」
「道ならぬ恋とはまさに命懸けだ。食うか食われるか」
レッドとブルーは感慨深げに呟く。
「とりあえず、あいつはもうこの世にはいない!もう、帰ってこないんだ!私が作った究極の地の魔法陣で土の中に閉じ込めたんだから!わははははは!!!!」
室内に狂気じみたフロントの勝ち誇った声が木霊する。
それを忍び衆、双子姫とナイトが見ていると、
ガチャ、
扉のドアが開いた。
そこには泥だらけのライガ立っていた。
「ただいま」
「若!」
「え、え、え、ライガ!!!!!?」
涙ぐむ忍び衆。
度肝を抜かれたフロントは悲鳴を上げる。
「なかなか面白い迷路だったぞ、フロント」
ライガは泥だらけの手で顔を拭って、屈託なく笑う。
フロントは顔から血の気が引く。
ライガを殺すためだけに編み出した究極の魔法陣だったのだ。
それを、『迷路』と言われてはもう勝てる気がしない。
打ちのめされたフロントはその場に崩れ落ちる。
フローレスがニタニタと笑いながら、近寄ってきた。
「もう観念したら?」
「…絶対に嫌です…」
「兄ちゃん…」
フローレスとの会話中にナイトが遠慮がちに入ってきた。
「兄ちゃんがどんなになっても、俺は兄ちゃんの弟だよ」
「…………ナイト、それは私を慰めているつもりか?」
「大丈夫、俺の友達もいろいろいたから…」
寛大な姿勢を見せる弟に、フロントは頭を抱える。
「ナイト、1つ言っておく。私はノーマルだ。現に、ここに未来の花嫁もいる」
フロントが視線をやると、未来の花嫁は口笛を吹いて明後日の方を向いた。
「フローレス様!私の『お嫁さんになりたい』って言ったのはあなたですよ!」
「え、そんなこといつ言ったけ…」
悪戯な姫は惚けて、双子の姉の後ろに隠れた。
「…近いうちに思い出させて差し上げますよ」
フロントが引きつった顔で宣言すると、フローレスは姉の背中から舌を出してまた隠れた。
妹に背中を盾にされたネティアはフロントに苦笑いを零す。
「愛は簡単には手に入らない。美しいバラに棘があるように…」
殺されかけても懲りないライガの言葉に、フロントの背中に悪寒が走る。
「私を花に例えるな!」
抗議するフロントを尻目に、フローレスが飛び出してきた。
「バラよりもアザミじゃない?」
「恐れながら、サボテンが妥当かと」
フロントをラスボスに例えたグレイも乗ってきた。
「サボテンより松がいいんじゃない?」
「いや、松はないな」
グリーンも面白がって案を出したが、グレイに却下される。
「松も花は咲くが、サボテンの方が花らしい花を咲かせる」
「なるほど…」
「だから、人を花に例えるなって言ってるだろう!!」
グレイの説明に納得するグリーン達にフロントは猛抗議するも、
「じゃ、サボテンで」
「フ、フローレス様…」
フローレスの決定にフロントは肩を落とす。
「ラスボスといい、サボテンといい全く人を何だと思ってるんですか」
フロントが悲し気にぼやく。
「ラスボスって何の話だ?」
花の棘の前の話を知らないライガが聞いてきた。
すぐさまフローレスが嬉々として教える。
「あのね、あなたとフロントを勇者とラスボスに見立てて、あなた達の関係を、ラスボスに求婚している勇者に例えたの。ラスボスは勇者をを恐れるでしょう?」
「へぇー、なるほどっすね…」
ライガは納得したが、別の人物が浮かんだようだ。
「ラスボスって言ったら、やっぱり、レイガル王陛下でしょう」
一瞬、間があったが全員が頷く。
「確かに、父上は外せないわ…」
フローレスが呟くと、レイガル王のイメージが浮かび上がる。
『来たれ、勇者よ!』
暗黒の空、鳴り響く雷を背に立っている姿が浮かぶ。
その姿はもはや、大魔王。
「歓迎されること間違いなしっすよ」
ライガが明るく言うと、フロント、ナイト、忍び衆は思わずげっそりする。
「強くなるまで待っててくれそうだな…」
「あの方なら、『勇者』じゃなくて、『勇者達』でもいいと思うぞ…」
2人にとっては笑い事ではなかった。
レイガル王の2人の娘を嫁にもらう事になっているナイトとフロントには本物のラスボスのような存在だった。