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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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守られた約束

「ただいま、フロント!」


フローレスは息も絶え絶えに部屋に入った。

眠っているナイトの横に座っているフロントが徐に顔を上げた。

訝し気に聞いてくる。


「フローレス様、お腹でも壊されたんですか?」


先ほどシュウに指摘されたことが現実になった。


「違うわ!トイレが超込んでたのよ!だから、遠くまで行ってきたの!」

「あ、そうだったんですね」


フロントはフローレスの嘘を素直に受けた。

フローレスはホッと胸を撫でおろした。

ところが、フロントは立ち上がると、一旦退室してすぐに戻ってきた。


「フローレス様、どうぞこれをお飲みください」

「何よ、これ?」


差し出された湯呑を見て、フローレスは訝し気な顔をする。


「お茶です」

「いつものお茶じゃないみたいだけど?」


フローレスは湯呑に入った茶色の液体を回し、匂いを嗅ぐ。

薬っぽい匂いだ。


「ハーブティーです。お腹の風邪によく効きますよ。飲みやすいように蜂蜜も入れてありますから」


フロントはお茶の薬効を説明して、フローレスに飲むように暗に促す。


「あの~私、風邪ひいてないわよ」

「嘘ついても駄目ですよ」


フロントはピシャリと言って、フローレスの言葉を受け付けなかった。

嘘は見抜かれたが、勘違いされてしまった。


「あれだけ、風邪フウジャが流行ってたんですよ。ネティア様だって罹られたんですから。フローレス様だってかかってもおかしくありませんから」


フロントは眠っているネティアを見る。

ネティアは心労のあまり、本来かかるはずのない風邪フウジャを患い、危うく死ぬところだったのだ。

フロントが心配してくれているのはわかるが、死にかけた双子の姉と違ってフローレスは全くの無症状だった。

元気いっぱいなのに、苦いそうな薬など飲みたくない。


「本当に、私、大丈夫なんだけど…」


飲みたくないというフローレスの意思が伝わったのか、フロントは大きな溜息を吐く。


「そうですか、でも、予防にもなりますから」


フロントはフローレスの健康であるとこを認めたが、薬を飲ませることを諦めてはいなかった。

言葉を変えて必要に迫ってくる。


『しつこい!』


いつもなら叫んで逃げ出しているところだが、今日はどうも逃げ出せる雰囲気ではない。


「飲まなくてもへっちゃらよ!」


フローレスは何とか笑ってやり過ごそうとするが、フロントは許さなかった。

立ち上がると、フローレスから湯呑を取った。


「仕方ないですね、私が飲ませて差し上げましょう」

「………え?」


真剣な顔で迫ってくるフロントにフローレスは身を強張らせた。




***




暗闇の中、ネティアは泣き続けていた。

巨大な災厄から世界を守るため、双子の妹が生贄にされる。

世界のため、誰もが妹を見捨てた。

頼りの夫は依頼された仕事で長く家を空けていた。

頼れたのは夫の友人ただ1人。

彼は高い地位にあり、この儀式を止められるかもしれない人だった。

しかし、儀式当日、助けは来なかった。

死ぬために祭壇に上っていく、妹をネティアは黙って見ていることはできなかった。

後を追う様に祭壇によじ登って、儀式を司る術者達を押し退けた。

術者としてならば彼らよりネティアの方がはるかに上をいく。

何よりこの身勝手な他人の手で大切な妹の命を奪われるのが耐えられなかった。

ならば、自分が送ろうと決心したのだ。

そうすれば、妹の魂は守れる、最期も看取れる。

覚悟を決めて妹の前に立ったが、足がガタガタと震えていた。

そんなネティアを見て。妹は優し気に微笑む。


『ありがとう、姉さん。悲しまないで、私は姉さん達のためにこの命を使うんだから』


妹はネティアのお腹に触れた。

はらはらと涙が溢れてきた。

ネティアのお腹には新しい命が宿っていた。

そのために自分の命よりも大切だった妹を守ることができなかった。

そして、運命を共にすることも許されなかった。


『…何百年かかったとしても、絶対、あなたの魂を解放するわ』


ネティアは血を吐きそうな声で妹に誓った。


『うん、待ってる…姉さんは世界最高の術者だもの』


妹はそう言って目を閉じた。

周囲の視線が、『早くしろ!』と突き刺さる。

周囲の圧力に押されるように、ネティアは妹の胸に儀式用の短剣を刺した。

妹の肉体が消滅して、最後の声を聞く。

それは、妹が愛した人の名前だった。

悲しみに立ち尽くしてるネティアの周りから、歓声が上がった。


『成功だ!』

『世界を守る結界だ』

『良かった、これで助かる!』と。


ネティアは呆けた顔で空を見上げた。

青い空を横切る虹が見えた。


『悪魔が最後に善行をした!』


今まで膨大な魔力をコントロールできなかった妹を毛嫌いしていた人々が初めて感謝していた。


『私くしの妹は悪魔ではない、普通の少女だった!』


そう叫びたい気持ちを抑えて、ネティアは家に逃げ帰った。

悲しみから逃げたはずだった。

だが、思い出が染みついた家に帰って妹がいなっくなってしまったことを嫌と言うほど思い知る。

妹はいつも家でネティアの帰りを待っていた。

たった1人の家族、魂の片割れ。



『フローネ…フローネ…』


悲しみに押しつぶされたネティアは妹の名前を呟きながら泣き崩れた。







何日たっただろうか。

月のない夜、誰も寄り付かなかったこの家にノックする者があった。

ネティアは無反応だった。

妹を見捨てた者達に会いたくなかったのだ。

静かに去ってくれることを祈った。

しかし、その願いは却下された。

玄関の戸が静かに開いた。

明かりが灯される。


『ネフィア…良かった、無事だったか…』


ホッとした来訪者の顔が照らされた。

それは、ネティアが助けを求めた夫の友人であり、妹が愛した男だった。

その顔を見た瞬間、ネティアは飛び起きた。

押し殺していた感情が蘇ったのだ。

彼が高貴な身分で自由が利かないことはわかっていた。

それ故に、儀式を止めることも無理なのではないかと密かに覚悟していた。

だが、最期に会いに来ることはできたはずだ。


『なぜ、最期に会いに来てくれなかったか!』


掴みかかって叫ぼうとしたが、彼の身なりに目が留まって。思わず絶句する。

彼は血まみれだった。


『…すまない、フローネを助けられなくて…』

『…その血は?』

『監禁されてたんだ。反乱を起こして逃げてきた。この血は追っ手の者だ…』


そう言うと男は玄関から夜空を見上げる。

虹の結界になったフローネを見て、男は拳を握り締めた。

そして、ネティアの方に決意を秘めた顔を向けた。


『私はこれから結界の外へ出るつもりだ。取り残された者達を束ねて、降り注ぐ災厄を退ける』

『結界の外へですか!?』


ネティアは悲鳴を上げそうになった。

結界の外はこれから地獄になる。


『これは天が与えた私への罰だ。償わなければならない』

『しかし、それでは死にに行くようなものです!』

『わかっている。だが、こうなったのはすべて私のせいだ。私に力が、いや、勇気がなかったからだ…』

『私くしも連れて行ってください!』


ネティアは叫んでいた。

1人で死地に旅立とうする彼の力になりたかった。

だが、止められる。


『君には新しい命が宿っている。危ない場所には連れていけない。そんなことをしたらスカイに怒られてしまう。スカイに使いをやったから、直に戻ってくる』


ネティアは俯くことしかできなかった。


『あの結界の寿命は1000年だ。万が一、こうなった時のためにフローネに術を施しておいた』


彼の左手の薬指の金の指輪を見せてくれた。

愛の証。

それを見て、ネティアは口元を抑えた。

彼はフローネを選んでくれたのだ。


『…1000年経てばフローネは解放されるのですね』

『その時に合わせて、私は帰ってくるつもりだ。捻じ曲げられたこの世界を元に戻すために。そして、フローネを必ず迎えにくる』


彼の手がネティアの肩に置かれる。


『だから、君も生きるんだ。スカイなら絶対君を守ってくれるから』


ネティアは小さく頷いた。


『帰ってきたらまた4人で楽しく暮らそう…』


彼は最後にそう言い残して、旅立っていった。







『そして、あなたは約束を守った…』






ネティアは聞こえてくる楽し気な2人の痴話げんかを聞きながら目を覚ました。






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