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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
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縁談

朝早く起きていた人々は黄金の光を纏って入港する絢爛豪華の船を見て歓声を上げた。


「ナイト王子の船だ!」


船を目にした人々が触れ回り、早朝だというのに港はあっという間に群衆で埋まった。


「王子の人気は相変わらずだな…」


ルビは船縁から群衆を見回して呟いた。

領地シープールでも王子が通るだけで人の群れができるが、王都ではそれ以上の数が集まっている。


「人口が違うからだろう。シープールが王都と同じ人口ならこの上をいくだろう」

「そうかもな…」


アルトの分析にルビは頷いた。


「しかし、こりゃ、警備が大変だな…」

「気づかれないように小舟を出して別のところで降りた方がいいかもね」


ルビの言葉にリュックが同調した。


「いや、正面から出るぞ」


シリウスが3人の会話に割って入ってきた。


「王子の花道だ。王都の民も未来の王の姿を一目見たからろう」


ルビが異議を申し立てようとするのをアルトが止める。

シリウスの頬は上気していた。

ナイト王子が王太子となることを心底願っていた彼にはどんな言葉も今は届かないだろう。


「そういうことだからな、アルト首尾は任せたぞ」


シリウスは言うだけ言って軽やかな足取りで去っていった。

ルビとリュックはアルトを見る。


「…ということだ」

「ということじゃねえよ!どうすんだよ!?」


群衆を指してルビが叫んだ。

急いで出航したため、人手が圧倒的に足りない。


「そう案ずるな、ちゃんと考えてある」


アルトはそう言うと二人を連れ船倉に降りた。

そこには船倉の半分を陣取る大きな戦車があった。


「すごいや、アルト!」


リュックが戦車を見上げてはしゃぐ。


「いつの間にこんなものを?」


ルビも戦車を見上げて訪ねる。


「そうだな、3ヶ月ぐらい前からだな」

「「3ケ月前!?」」


ルビとリュックは同時に叫んだ。


「そうだ。この日のために、私がシリウスに頼んで購入したものだ」


「3ヶ月間ずっと船の中に置いてたわけ?」


驚いて聞くリュックにアルトは事も無げに頷く。


「すごい先見の明だね」

「そうか?王子の人気を考えれば普通だろう」


言い切るアルトに2人は言葉がない。

仕切り直すようにアルトが2人の正面に立つ。


「ルビ、お前は私と共に戦車を誘導するための道を作るぞ」

「おう!」

「リュック、お前はシリウスと共に王子をお守りしろ。不遜な者が王子をねらうかもしれん」

「はい!」


3人の役割は決まった…


「あのさ、あれ、どうするの?」


リュックが躊躇いがちに口を開いた。

アルトは大きな溜息を吐いて振り返ってそれを見た。

船倉の隅に亡霊のような人影が見える。

呆然自失のライアスだった。

王子が王太子になるかもしれないという話を聞いてからずっとあの状態だ。


「ふむ…役には立ちそうにないが、一応使者だからな…先頭に立たせるか」

「え、マジで!」


ルビが腑抜けたライアスを見て叫んだ。


「心配するな、ああ、見えてやるときはやる男だ。大体この仕事はあいつの得意分野だからな」


アルトが今は仕切っているが、以前はライアスの仕事だった。

ライアスはその逞しい体と大きな声で群衆に道を開かせるエキスパートだった。

リュックはライアスに駆け寄る。


「うん、顔は怖いままだからいいんじゃない?」


かくして全員の役割が決まった。







ナイトは船室の窓から群衆の群れを見ていた。

皆、第一王子の自分が出てくるのを渇望している。

思わず、笑みがこぼれた。

この光景を見れば次の王は自分だと確信する。

誰も自分が玉座に就くことを願っている。

誰が阻むというのだろう?

阻むことができるとすれば、現王である父だけだろう…

ナイトの顔から笑みが消えた。

自信はあった。

華々しい実績も功績もある。

なのに、父王の顔を思い浮かべると、なぜかそれが霧散してしまう。

その理由は父と子の間にできた深い溝が原因だった。

すべては母が失踪したことから端を発した。

駆け落ちしてまで一緒になったはず妃を、父は必死に探そうとはしなかった。

1年後、ナイトに何も告げずに現王妃を連れてきた。

彼女の顔を見てナイトは愕然とした。

失踪した母と同じ顔をしていたが、中身は似ても似つかない偽物だった。

その時、ナイトは父に対して初めて憤りと失望を覚えた。

それからは親子間で喧嘩が絶えなくなった。

ついには、見聞を広めて来い、と世界中の王侯貴族が集う名門校に強制的に入れられた。

その間に腹違いの弟が生まれた。

そのこと聞いてもナイトはめげずに、卒業まで首席を貫き卒業した。

しかし、その優秀さが仇となり、国に戻るとすぐ領地を与えられた。

与えらえた領地は王の権力が届かない無法地帯だった。

ナイトは数少ない臣下と共に命を懸けて、シープールを生まれ変わらせた。

今は誰もが認める商業都市であり、第一王子の都だ。

この功績だけはどんな屁理屈でも覆ることはない。

ナイトが実力で手に入れたものだ。


「王子…」


遠慮がちな声にはっとする。


「シリウスか…」


振り向くとシリウスが心配そうにナイトを見ていた。


「…お父上のことをお考えだったのですか?」


傍に来てシリウスは図星を突く。


「まあな…」


いつも側でナイトを見守ってくれている彼には嘘はつけない。


「大丈夫です、私達が付いています。次の王はナイト王子殿下、貴方様以外にありえません!」


シリウスは真っ直ぐな瞳で断言した。


「…ああ、そうだな」


励まされてナイトは照れくさそうに笑った。


「そうです!父王に立派になったそのお姿を見せつけてあげましょう!」


張り切っているシリウスに連れられ、ナイトは船倉に降りた。

船倉では他の4人も待っていた。


「戦車か!?」


驚くナイトを見てシリウスは誇らしげに頷く。


「王子の晴れの舞台のために準備しておりました!」

「アルトがね」


リュックが水を差した。

キッとシリウスが睨む。

ルビは青くなった。

アルトはナイトに目礼した。


「そうか、ありがとうな、皆!」


ナイトは無邪気に笑って戦車に乗り込んだ。

いそいそとシリウスが続き、リュックが乗り込む。


「あんまシリウスに立てつくなよ」

「わかってるって」


ルビはリュックに注意したが、あまり聞く耳は持ってないようだった。

リュックが定位置で合図を送った。


「アルト、準備が整ったぞ」


ルビはライアスを馬に乗せるているアルトに声をかけた。


「そうか、では、出発するぞ、ライアス」


アルトは仕上げにライアスに剣を抜かせて高々と掲げさせた。

そして、自らも馬に乗り剣を抜いて右前方で待っている隊に合流した。

ルビは左前方の隊を率いる。



空砲が放たれた。

歓声が止み、船倉が開いた。


「道を開けよ!!水の国第一王子ナイト殿下のご登城なるぞ!!進め!!」


アルトの号令が響いた。

ライアスを先頭に、アルト、ルビが率いる騎士隊が整然と前進する。

騎士の数は少なかったが、戦車の大きさがそれをカバーする。

群衆は圧倒されて道を開いた。

だが、それでも群がって来ようとする者達もいた。

だが、先頭のライアスを見て慌てて引っ込でいく。

しかし、当のライアスは呆然自失のままだった。

本体の戦車が動くと、人々は空を見上げた。


「お帰りなさい、ナイト王子!」

「ナイト王子!万歳!」


ナイトは戦車の上から手を振る。

後続隊が行進曲を奏でる。

王城までパレードは盛り上がった。




*




王城に着いたナイトは休む間も惜しんで父王に謁見をも申し込んだ。

その顔にはもう不安はなかった。


「久しぶりだな、ナイト」


すぐに許しが出て、父王が現れ玉座に座った。


「お久しぶりでございます、父上」


ナイトは父を真っすぐ見つめた。

父の姿は変わらず若々しかった。

王位継承の話などまだ必要ないくらいに。


「ナイト…」

「はい…」


父王の次の言葉をナイトは固唾を飲んで待った。


「呼び出してそうそう悪いが、所用がってな、話はまた次の機会にしよう」

「………………は?」


父王はゴメンという身振りをすると早々に謁見の間を後にした。

ナイトは一人呆然と謁見の間に取り残された。


「…なんだよ、勿体つけやがって…」


拍子抜けしたナイトは頭をかきながら謁見の間を出た。

出るとすぐ、シリウスとライアスが駆け寄ってきた。


「王子、もう済んだのですか?」


目を輝かせて質問してくるシリウス。

対して、ライアスは無言で血走った目を向けてくる。

他の3人にはと言うと、どうでもいいようで呆れ顔で詰め寄りに行った2人を見ていた。


「…話は後日らしい。急用が入ったそうだからな」


ナイトが話すと落胆するシリウスに対し、ライアスが生き返った。


「王位継承の話ではなかったのでは?」


ライアスは意地悪く、シリウスに言った。


「相変わらず不忠者だな、貴様は!次期国王はナイト王子以外には考えられん!」

「ははははは、国王陛下はまだお若い。焦って決めることでもないのだろう。おっと、もうこんな時間だ。私も用事がるのでな、これにて失礼する」


ライアスは一応形の上ではナイトに敬礼して、笑いながら去っていった。

その後ろ姿を見送りながらシリウスは地団太を踏んでいた。

しかし、ナイトはというとそこまで悔しがっていなかった。

ライアスが言っていることは正しい。

いつも的を外してはいるが、大概彼が言ったことは当たるのだ。


「己、王子が玉座に就く時が来たら思い知らせてやる!!!」


よほど悔しかったのか、シリウスが良からぬことを考え始めている。

彼はその忠誠心故にたまに暴走する。

絶対の忠誠を誓ってくれるのは嬉しいのだが、少々重いと感じることもある。

シリウスはよく働いてくれる、

情報収集、資金や人材の調達、重要人物への根回しなど。

ナイトが行くところすべてについてきて、ずべてをやってくれる。

とても楽なのだが、ナイトにもプライバシーがある。

自分でやりたい時もあるのだ。

そんな時は、ライアスの方が気が楽な時もある。

不忠者ではあるが、ナイトにとっては使い勝手が良かった。

しかし、2人を天秤にかけたらやはりシリウスに軍配が上がる。


「シリウス、そうカッカするな」

「しかし!」

「俺への忠誠のために周りが見えなくなっても困る。お前はもっと広い心を持て。でなければ、『宰相』は勤まらんぞ」

「………え……」


シリウスの動きが止まった。


「出た、王子の殺し文句…」

「まあ、補佐なのだから当然だろうな」


リュックとアルトが小声で囁く横でルビは震えていた。


「私が、宰相ですか?」

「そうだ、他に誰がいる?期待しているぞ」


ナイトはシリウスの肩を叩いて通り過ぎた。

シリウスの周りにお花畑が出現したのが見えた。


「ルビ、後は任せたぞ」

「頑張って、正気に戻してね!」


アルトとリュックはそそくさと主の後を追う。

汚れ仕事を任されたルビは身構える。

シリウスが振り返った。

夢見る少女のような瞳で微笑ながら近づいてくる。


「聞いたか?」

「ああ…」


ルビは固唾を飲んで頷いた。

ナイト王子崇拝者の彼は始め静かにきて、一気に爆発する。


「私が宰相だそうだ!」


思いっきりルビに抱き着いてきた。

ルビは、うえっ!となる。

男に抱きしめられては嬉しくない。

しかも、力が半端ない。

シリウスの腕力は5人の中で丁度中間に位置する。

1番力が強いのはライアスで2番目がルビだ。

ほかの2人は非力なので自然にルビが舞い上がったシリウスを止める役になっていた。


「感無量だ!ナイト王子!私はどこまでもついていきますぞ!わはははは!!!!」

「落ち着け!もっと心を静かにしろ!王子もそういってただろう!?」

「これが落ち着いていられるか?それに、王子のお言葉は『心を広く持て』だ、馬鹿め!」

「しまった!ぐわあああああ!」


シリウスの一喝後、ルビの悲鳴が木霊した。


「王子も罪だよね」


そう言ってリュックが横を見るとアルトは手を合わせていた。







父王への短い謁見の後、ナイトは自室のベッドで寛いでいた。

シリウスとルビは戻ってきていない。

それを心配してかアルトがふらりといなくなった。

残されたリュックが慣れない手つきで荷物の整理をしていた。

いつもはシリウスがやってくれるのだが、舞い上がらせ過ぎて気持ちが落ち着かないようだ。

シリウスは気持ち落ち着くまで戻ってこない性格だった。


「夕食に何着ていくか決めとくか…」


ナイトは起き上がるとクローゼットに向かう。

気づいたリュックがやってきた。

紺と水色の2点の服を取ってリュックに見せる。


「どっちがいいだろうか?」

「水色の方が僕はいいと思います。紺は固いです」

「…そうだな…」


夕食は家族と過ごす場で公の場ではない。

義母と異母弟も来る食卓では王位継承の話も伏せたい。

水色の服を着ていくことにし、扉外のラックに掛ける。


「いや、王子は何を着てもお似合いですね」


突然リュックが世辞を言ってきた。

いつもすり寄ってくるが、今回は気持ちが悪い。


「何だ急に?俺が王太子になった時のために心証をよくしようって魂胆か?」

「ご名答!」


素直に断言する同い年の従者にナイトは苦笑した。


「だって、ライアスみたいに怯えたくないもん」

「あのな、俺はそんなに極悪非道じゃないぞ」

「へぇ、じゃ、ライアスも僕らと同じ扱い?」

「それはない。あいつは俺から離れたからな、面倒な仕事を押し付けて死ぬまでこき使ってやる」

「…ははは、やっぱり、王子って怖い…」


リュックはナイトに改めて畏怖の念を感じた。


「3人とも帰ってきませんね…」

「そうだな…」

「王子がシリウスをその気にさせるからいけないんですよ」


リュックが責めるような目でこちらを見る。

ナイトはそれが心外だった。


「何でだ?俺は本当のことを言ったつもりだぞ。俺が王になったら宰相はシリウスしかいないだろう?」


当然のように言い切るナイトに対しリュックは困った顔になった。


「……それは、そうなんですけどね…貴族の反発は必死ですよ」

「あいつが元海賊だからか?」


リュックは躊躇いがちに頷く。

同じく第一王子に仕える者としてシリウスのことを高く評価していながらも、育ちがいいこともあって、彼が元海賊であった過去がどうしても許せないようだ。


「あいつが海賊だったのはあいつのせいじゃない。親の影響だ」


ナイトはリュックを諭す。

シリウスの父バリルは今シープールの領主代行を務めている。

だが、ナイトが来る前までは名の知れた海賊だった。

バリルは善良な下級役人の子供だった。

しかし、悪徳商人と汚職官僚の罠にはまり両親を亡くした。

一人残された子供が生き残るには海賊になるしかなかった。


「バリルは海賊だった。でも、本当は役人になるはずだったんだ。俺は元に戻っただけだと思うけどな」

「…バリル殿にそんな過去があったなんて…」


リュックは泣きそうな顔で反省する。


「それに前例もあるしな。今の宰相も元海賊だぞ?」


現宰相スパークも元海賊だった。

もともと彼は下級騎士で第二王子だった父王の従者になった。

ところが、主が駆け落ちし腐ってしまい、海賊になった。

先の水の王がなくなり、父王が帰ってきたときに改心させたのだ。


「あははは、そうでしたね!」

「それにな、俺だって元虹の国の平民だぞ?俺にはあんまり身分何て関係ないな」


最期の言葉を聞いて、リュックは笑わなかった。

ただ静かにナイトを見つめてくる。


「だからか…王子って何か王族ぽっくないんですよね」

「何!?」

「ああ、悪い意味じゃないですよ。誰にでも公平だって意味ですよ」

「そうか?普通だと思うが…」

「そこがすごいんですよ、心が広くて器がでかい」


正面から言われるとさすがのナイトも照れる。


「王子なら王位についても全く問題ないですよ、絶対。ただ…」


リュックは言い淀んだ。


「ただ、何だよ?」


ナイトが先を促す。

リュックは重い口を開いた。


「うまく言えないけど、勿体ないなって。他の困っっている国に王子が行ったらその国は救われるんだろうなって…」


リュックはそう言って慌てた。


「忘れてください!別に王子に他の国に行ってほしいわけじゃないですからね!」


リュックは慌てて弁解すると、コーヒーをお持ちします、とそそくさと奥に引っ込んだ。

一人残されたナイトは窓際に立って自嘲した。

助けに行ってやりたい時が何度かあった

でも、自分が行ったら水の国を巻きんでしまう。

ナイトはそんな地位にいる。


「買い被りすぎだな…」


慣れない手つきでコーヒーを入れている同い年の従者に呟いた。


「王子、コーヒーできました…おっととと!!」

「うわあ、もう盆に載せるな、カップだけ持って来い!」

「はい!」


カップを両手に持ってリュックが戻ってきた。

ナイトはコーヒーを受け取ると一息ついた。


トントン


丁度飲み終わった頃合いで、ドアを叩く音が響いた。


「あ、帰ってきたのかな?」


リュックが扉を開けに行く。


「宰相閣下!」


悲鳴のようなリュックの声が響いた。

やはり元海賊は怖いようだ。


「ナイト王子、ご挨拶に参りました」


宰相スパークはナイトの前で一礼した。


「忙しいようだな、お前も父上も」

「はい、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。実はその件で参りました…」


ナイトは身を乗り出した。

忙しいのは自分のせいらしい。


「何だ、俺に関係があるのか?」

「はい、国中はもちろん、世界中より重要な書簡やらが次々と舞い込んできておりまして私どもではとても捌ききれなくなってきました。そこで、王子に直接見ていただきたいとお願いに参った次第でございます」

「何だ水臭いな、俺に関係があるのなら俺に回せ」


ナイトは内容も聞かずに快諾した。


「そうですか!それは助かります!では、すぐにお持ちします!」


スパークは大喜びでナイトの部屋を出て行った。


「何でしょうね?」

「さあな、だが、俺に関係することなら引き受けるしかないだろう」


ナイトは椅子に腰かけてスパークが戻ってくるのを待った。


トントン


扉が叩かれた。

リュックが開けに行く。


「ひゃあああああああ!!!!!」


先ほどよりもでかいリュックの悲鳴にナイトは呆れた。


「リュック、いい加減慣れろ。うちの宰相だぞ…」


ナイトは重い腰を上げて部屋の入口で固まっているリュックの元へ行って、廊下を見た。


「何じゃこりゃ!!!!!」


広く長い廊下を書簡を山盛りにした台車が蟻の行列のようにすべて埋め尽していた。


「それでは中に運び込ませて頂きます」


リュック同様固まっているナイトに断ってスパークは書簡を部屋に運び込ませた。

入らない分は廊下に置かれた。

しかし、重要な書簡なのでなくならないように警備兵がつけられた。


「それでは王子、お願いいたします」

「ちょっと、待って!!!」


重荷を下ろし、早々に立ち去ろうとするスパークをナイトは呼び止めた。


「これは、この書簡の内容は何だ?」

「王子への縁談でございます」

「縁談?」

「左様でございます。王子もお年頃ですからな。では、吟味のほどよろしくお願いたします」


スパークは重荷が下りて軽くなった肩を回しながら帰っていった。







結局ナイトは夕食には行かなかった。

寝る場所を確保するため、縁談の書簡を1枚1枚丁寧に見ていた。

側近達には書簡の仕分けをさせていた。

主に、国別、身分別、見合い相手の容姿、年齢で分けさせていた。


「ああ、この子、可愛い!」


リュックが見合い写真を見てははしゃぐ。


「どれどれ、ほう。でも、こっちもなかなかだぞ」


ルビが対抗するように写真を見せる。


「どひゃあ、美人だね!」

「何たって水の国の第一王子の妃候補だからな、皆レベル高いよ」


ルビとリュックはナイトを羨ましそうに見つめてきた。


「気に入った女がいたら取っとけ」

「「え!?」」


気に入った女性の写真を持ってルビとリュックは固まった。


「妃は正妃一人で十分だ。他はお前達の好きにしろ」

「え、でも、王子の妃候補を僕達なんかが、ねぇ…」

「そ、そうですよ、王子。俺達みたいなのがふれていいような身分の女性じゃないですよ」


リュックとルビは急に元気がなくなっていく。

ナイトと比べると自分達がちっぽけに見えてしまうようだ。


「そんなことないだろう。結婚相手が未来の水の王の側近なら文句はないはずだ。むしろ、本命はお前達かもしれんぞ」

「本当に!?」


リュックは叫んで食い入るように写真を見つめる。


「ああ、お前らもっと自信を持て!」


リュックとルビの目つきが変わった。

仕分けのスピードが倍になる。

2人は主の妃探しより自分達の妃探しに舵を切った。

そんな2人の様子にナイトは苦笑を漏らした。


「王子は人を使うのが上手ですね」


溜息交じりのアルトの声が聞こえた。


「そうか、俺は本当のことを言っただけだぞ?」

「…確かに、王子だけでなく我々もターゲットになっているでしょうね」


アルトは美しい女性の写真を見ても心動かされることなく淡々と仕分けしていく。


「アルト、お前には女の好みはないのか?」


ナイトは不思議に思って聞く。

上級貴族の生れで身分も容姿も悪くない。

欠点と言えば寡黙なところだが、それをカバーする知性を彼は持っている。

察しのいい女性なら彼の魅力に気づくだろう。

年齢も21で女の一人ぐらいいてもおかしくない。

実際、同い年のシリウスには婚約者がいる。

ライアスはナイトから離れて行ったから定かではないが、王都に即帰りたがったところを見ると女がいるのは間違いないようだ。

聞かれてアルトは手を止め、しばらく考えた。


「生まれてこの方女性にときめいたことはありません」

「マジか!?」


ナイトは驚愕した。

夢の乙女に心を奪われているナイトでさえ一度や二度ぐらいはときめいたことはある。

興味がないのだろうか?


「結婚はどうするんだ?」


質問をぶつけると、アルトは再び沈思した。


「そうですね、将来的にはしたいとは思っていますが、ここにある写真の女性とはしたくないですね」


アルトの意外な言葉にリュックとルビが振り返った。

2人とも自分のお見合い用の写真をもう山のように積み重ねている。


「権力目当ての縁談は控えたいですから」


アルトの答えにリュックとルビの仕分けのスピードが急降下した。


「なるほどな…じゃ、運命の女を待つか?」

「そういうことになりますかね」


ナイトは目を瞑って、夢の乙女の姿を思い浮かべようとしたが、うまくいかなかった。

もう、夢は終わりなのかもしれない。


「さあて、寝床を確保するまで頑張るとするか」

「「はい!」」


ナイトの掛け声でリュックとルビが作業に戻るも、自分達用のお見合い写真は少なくなった。


アルトはお見合い写真を眺める主をしばらく観察した。

ナイト王子はお見合い写真を見ては溜息を吐くを繰り返していた。

好みの女性はなかなか見当たらないようだ。

作業に戻る前にシリウスの方を見る。

シリウスは有頂天になっていた。

敬愛する王子にこんなにもたくさん縁談が持ち込まれたのだ。

苦には感じてないようだ。

アルトは溜息を吐いて作業を再開した。







「王子、もっとペース上げてください」


リュックが苦情を上げた。


「そんなに早く見れるか!お前らペース速すぎなんだよ!」


ナイトはイライラしながらお見合い写真を横に置く。

お見合い写真を見始めてから3日が経った。

しかし、数は一向に減らなかった。

それどころかむしろ増えている感じさえした。

夕食どころか朝食も昼食も部屋で取っていて、まさに缶詰め状態。

部屋にある分の仕分けは大概終わっていた。

リュックとルビは嫁探し飽きたようでペースが速まったのも一因。

最後はナイト一人が見るため、側近達は暇な時間ができた。


「王子、ちょっと外に行ってきます!」


リュックが立ち上がると、ルビも立ち上がった。


「何か買ってきますね」


ルビが気づかいの言葉を残してドアを閉めた。

続いてシリウスが立ち上がった。


「王子、宰相閣下の元へ行って参ります」

「ああ」

「待て、シリウス、私も行く」


一区切り終わったアルトもシリウスについていく。


「それでは王子、ごゆっくり」


ナイトを残し、側近達は部屋を去っていった。

一人残されたナイトは鬱憤が募る。

もう3日も缶詰めになっている。

ナイトもいい加減外に出たくて堪らないのだが、一向に減らない書簡のせいで寝る場所を確保するのがやっとだった。

絞って適当に見ていけばいいのだろうが、もしかしたら、彼女がいるかもしれないという思いが過ぎりついつい全部じっくり見てしまうのだった。


『この期に及んで、見苦しいな…』


とは思うものの、どうしても夢の乙女とお見合い写真の女性達を重ねてしまうのだ。

ナイトは深く大きな溜息を吐いた。







「シリウス、光の国の姫に目ぼしき者はいないのか?」


部屋を出て開口一番、アルトが訪ねた。

シリウスは静かに首を縦に振った。

崇拝する王子の婚約者探しと聞いて、始めははしゃいでいたシリウスだったが、だんだんと静かになっていったのでアルトは気になっていた。


「光の王家も我らが王子を逃したくないようだ。無理して7つ、5つの少女を立てたようだが、年が若すぎる。王子とは釣りあわん」

「…もし、年頃の姫がいたらいたら王子が放って置くことはなかっただろう。王子は光の国で勉学に励まれたのだからな」

「そうだな、目ぼしい光の姫がいなければ光の王家の縁者が候補になる。世界中から縁談が舞い込むわけだ」

「優先順位はつけたのか?」

「もちろん。ただ、王子はあまりお気に召さなかったようだが…最終的には慣例通り光の王家に近い方をお選びになるだろう」

「慣例通りか…」

「確実に王位に就くには光の王家の血筋が必要だ」


シリウスは言い切ったが、アルトは頷かなかった。


「シリウス、また後で」


T地路のところでアルトは立ち止った。


シリウスは物珍し気にアルトを見る。


「誰かと会う約束でもしているのか?」

「まあな…こんな俺でも名家の出だ。王都にいれば呼ばれることもある」

「…そうだったな、すまん」

「謝ることはないだろう、我々は同志だ」


海賊からのし上がったことを卑下するシリウスをアルトは同等の存在として認めていた。


「ありがとう」

「宰相殿はお前と同族だ。きっと話を通して下さるだろう」

「だと、いいがな…」


アルトとシリウスはぎこちない微笑を交わして別れた。







城下へ降りたルビとリュックは街の中を歩きながらポテトチップスを食べていた。


「王子に何買ってく?」


店を物色しながらリュックが聞く。


「相当イライラしてたからな、甘い物だろう」

「じゃ、激甘いの買って行って王子を驚かせようよ!」

「お前に任せる」


リュックは袋に残っていたポテトチップスを口の流し込むと、店の軒先へ駆けて行った。


ルビは木陰にベンチを見つけて相棒の帰りを待つ。

ポテトチップスをボリボリ食べながら人の流れを見ていた。

すると、昼間っから酒の入った商人達の話が耳に入った。


「聞いたか、虹の双子の姉姫様がランド卿との婚姻をお決めになったそうだぞ」

「本当か?だってあそこもめてただろう?」


虹の王家と大貴族が犬猿の仲であることは有名な話だった。


「だからだろう?次期女王として国をまとめる為に親の反対を押し切ったらしいぞ。その証として、ランド領へお忍びで赴かれるらしいぞ」

「何!?それが本当ならすごい話だぞ!虹の姫は結婚するまで人前には出ない仕来りだぞ!」

「だから、本当だって言ってるだろうが!何なら見に行くか?運が良ければ顔が拝めるかもしれないぞ。聞いた話によれば、虹の姫は絶世の美女らしいぞ」

「ところで、何でお前そんな話知ってんだ?」


話を聞いていた商人は事の真偽を疑っていた。


「そ・れ・は・な、俺がランドのお偉いさんから婚約パーティの物資の調達を内々に依頼されたからだよ!がはははは!!!」


大笑いする商人。

内々に頼まれた話であるはずなのにこんな街の往来で暴露していることに、ルビは呆れた。

だが、道行く人々は隣国の話に特に関心を持たない。

虹の国は隣国ではあるが、遠い国として水の国では捉えられていた。

その理由として、闇の国に最も近く、彼の国からの流民が最も多く、魔物も多い。

そして、国交があるのは風の国だけで、貧しい国だった。

一方、水の国は光の国に最も近く、逞しい商魂ですべての国と国交があり、人も国も豊かな国だった。

現国王と第一王子がかつて虹の国に住んでいたことを国民はほとんど知らない。


『王子は、このことをどう思うだろうか?』


ふと、ルビは思った。

正式な国交はないとはいえ、水の王と虹の王は親友同士だった。


「お待たせ!」


リュックが帰ってきた。

手にはいかにも甘そうな色の箱を大事そうに抱えている。


「王子の度肝を抜く。土産買ってきたよ」

「それはよかったな。こっちもいい土産話を聞いたところだ」

「え、何それ!?」

「帰ってからのお楽しみ」







「ただいま戻りました…」


最初に帰ってきたのはシリウスだった。

声に張りがないところを見ると国王への謁見は通らなかったようだ。


「申し訳ございません」

「別に謝らなくてもいい、仕方のないことだ」


ナイトはシリウスを労って席を立った。


「だいぶ片付かれましたね」


見合いの書簡は部屋の隅に残るだけとなっていた。


「うん、だが、心を惹かれる女性はいなかった…」

「すぐ決めなくてもいいのではないでしょうか?」

「うーん、そう思うがあの量だぞ。すぐにでも決めろと言われているような気がする」


ナイトはソファにドカっと座り、天井を仰ぐ。


「ただいま戻りました!王子、お土産ですよ!」

「サンキュー…」


ウキウキしながらリュックがナイトの顔の上に真っピンクの長方形の箱をぶら下げる。


ナイトは受け取ると包みを開けた。

中身は苺のロールケーキだった。

ナイトはロールケーキを鷲掴みにして一口。

リュックは期待の眼差しを向ける。


「うーん、うまい。苺のジャムとクリームの層にチョコレートコーティング。その中に粒々している飴が苺のゴマのようだ。生地はフワフワで粉砂糖もいい味出してるな」


ナイトは難なく一本食べ切った。

完敗したリュックは無言で引き下がった。

ルビが前に出逢た。


「王子、街で虹の国の話を耳にしました」

「虹の国の?どんな話だ?」


ナイトはすぐさま食らいついた。

虹の国はかつて自分が住んでいた場所であり、幼いころに別れた兄がいる場所だ。


「はい、虹の国双子の姉姫が周囲の反対を押し切ってランド卿と婚約したそうです」


ルビの話にナイトは目を閉じて溜息を吐いた。


「まあ、そうなるだろうな…可哀想だが仕方のないことだ…」

「王子は虹の姫に会われたことはあるのですか?」


リュックがすかさず質問した。


「ああ」

「え!?}


シリウスが驚く。


「別に驚くことないだろう?親父達の仲を考えれば」

「しかしです、王子!虹の国の姫と顔見知りということは虹の王になる資格があるということですよね!?」


シリウスが声を上ずらせながら喋ってきた。


「そういう話もあったな。でも、俺が行くわけないだろう?」

「…そうですよね…」


シリウスは胸を撫でおろした。


「どんな女性なんですか?」


興味津々でルビが聞く。


「どんなって、小さい時だったからな。妹思いのいい子だったぐらいしか覚えてないな…でも、美人にはなりそうだなっと思ったな」

「商人達が言ってましたけど、虹の姫は絶世の美女らしいですよ」

「それは会ってみたいな」


ナイトは自然に呟いた。

するとルビが、


「婚姻の証としてお忍びで虹の姫がランド領に向かわれるそうです」


と言ったからナイトは仰天した。


「それは本当か!?」

「…真偽のほどは定かではないですが、ランドの重役から物資の調達を頼まれたという商人が言っておりましたのでおそらくは…」


ナイトは目を鋭くした。


「もし、それが本当なら謀反だぞ」

「え?」


キョトンとするルビにリュックが説明する。


「未来の女王を無防備にした挙句に、何かするかもしれないってことだよ」

「そうなのか、それは卑怯だな!」


ルビは憤りを感じた。


「しかし、その話が事実かどうかはわからないのだろう?それにもし事実だったとして、我々に何ができるのでしょう?」


シリウスはナイトに答えを求めた。


「…何もできないな…」


そう言ってナイトは肩の力を抜いた。


「もし事実だったとしても、護衛は必ずつくはずだ。だから、心配はいらないだろう…」


虹の双子姫の傍にはナイトの兄フロントが必ずいる。

フロントは双子姫を守る騎士だった。

成長した兄の姿を想像してナイトは会いたいと思った。

どれくらい強くなったか、力比べをしてみたかった。


「遅くなりました」


最後にアルトが帰ってきた。

珍しくソワソワしている。


「どうした、アルト?」

「王子、お暇でしょうか?」

「ああ、大概片付いたが」

「ならば、我が屋敷へおいでいただけないでしょうか?」

「別に構わんが、何かあるのか?」

「はい、実は王子にお目通りを願いたいと親族の者に頼まれましたもので…」


アルトは恐縮してナイトを窺っている。


「行こう。久々に出かけたいしな。お前の屋敷にも興味がある」

「ありがとうございます!城門に馬車を用意しております!」


アルトは深々とお辞儀をした。

その晩、ナイトは側近達を従えてアルトの屋敷に赴いた。











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