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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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有望なる者

「待て、まだ話は…」

「ウォーレス王、先ほど申し上げたと思いますが、会談は終了です」

「だが…」


まだビンセントにいい足りないウォーレスだったが、多数の視線が注がれていることに気づいて口を閉ざした。

皆の視線が冷たい。

傍目には弱い者いじめをしているように見えていたようだ。

ビンセントが体当たりしてきたのだが、年配で、足を悪くしていた。

まだまだ現役のウォーレスは痛くもかゆくもなかった。


「ゴホン!」


ウォーレスは咳払いをして、去っていくビンセントを諦めた。

終了を宣言した眼鏡の青年が微笑を零し、


「ウォーレス王、レイガル王陛下とティティス女王陛下も準備に時間がかかります。晩餐会まで退屈でしょう。私目がお相手させていただきます」


と申し出てきた。

ウォーレスは訝し気な顔で眼鏡の青年を観察する。

年は若い。

茶色の髪を見る限り、風の民の血を引いているようだ。

地位は高いはずだ。

そうでなければ、他国の王であるウォーレスはおろか、ビンセントや宰相に意見することは難しい。


「…そなたは?」

「申し遅れました。私はシュウ・レイス、一応、次のレイス家当主です」

「次期レイス家の当主か…と言うことはビンセントの養子か…」

「左様です」


ウォーレスはまじまじとシュウを見つめた。

ビンセントの実子を知っているだけに、比べてしまう。

眼鏡をかけていることから、利発であることは間違いないだろう。

だが、体の肉付きは正直言って貧相だった。

騎士には到底見えない。

魔法を使える風でもない。

衣装は魔術師や神官が着る服ではない。

学者が着ているような服だ。

とても、騎士として勇名を轟かせたビンセントが養子に取ったとは到底信じられなかった。

知識は確かに必要だ。

だが、レイスの民は魔物を退ける強力な指導者を求めているはずだ。

ビンセントの実子には到底及ばないように見える。

ビンセントの息子ジェラードは父同様文武両道で負けず嫌いの明るい人気者の少年だった。

何をするにも一番で、ビンセントはよく自慢していた。


「ウォーレス王、こちらでゆっくりお話ししましょう」

「あ、うん、そうだな」


シュウの誘いを受け、ウォーレスは先ほどビンセントといた部屋に戻った。

向かい合って、座ると、シュウが切り出してきた。


「ウォーレス王、あまり父上を虐めないでください」


先ほどのことを言われて、ウォーレスは不快感が戻ってきた。


「あれは、ビンセントが悪い!私は何も悪くないぞ!」

「それは認めます」

「だが、周りは私を冷たい目で見ていた。まるで悪者だ」

「それはウォーレス王がお強いからです」


シュウは怒るウォーレスを見てコロコロと笑った。


「父上も本当はわかっているのです。ですが、あなたを前にすると意地を張ってしまわれるのですよ。あなたは父上が失くしてしまった大切なものをすべて持ってますから」

「ビンセントの奴、私が何も失っていないとでも思っているのか?」


ウォーレスは皮肉な笑みを浮かべた。


「私とて、最愛の妻を失った。そのせいでナイトの心も離れた…寂しさを埋めるために今の妃を迎えて、何とか生きているのだがな…」

「父上にも心のよりどころはあったのです。しかし、ジェラード様がそれを許さなかった…」

「それはどこも同じだろう。ナイトもセリアを認めていない」


ウォーレスは初めてセリアをナイトに引き合わせた日のことを思い出していた。

ものすごい憎しみのこもった視線を返されたことを思い出す。


「だが、私は気にせんがな。自分で選んで連れてきた妻だ。反対されるとどうせわかっているから息子の許可など取らなかった。母親にも反対されたのだ。息子に反対されても愛は貫く」

「…ウォーレス王はお強いですね。父上が敵わないはずです」


シュウは呆れと尊敬の入り混じった苦笑を見せた。

ウォーレスは素直な感想を漏らすシュウに好感を抱いた。


「こういう心持ちでないとな、生きていけんのだ。無論、心の拠り所は必要だがな」

「今、ウォーレス王の心の拠り所はセリア妃とセリオス王子ですか?」

「そうなるな…」


ウォーレスは正直に答え、宙を仰ぐ。

ナイトはウォーレスの手を離れた。

今はセリアとセリオスの下に早く帰りた気持ちがある。

2人はウォーレスを必要としている。


「…私も父上の心の拠り所になれればいいのですが…」


シュウがポロリと呟いたのでウォーレスは視線を戻した。


「見てお分かりかと思いますが、私は決してレイスの次期当主として相応しい器ではありません」


そう断言したシュウをウォーレスは否定できなかった。


「自分でもわかっているのです。ですが、あのまま誰も名乗りを上げなかったら由緒あるレイス家が断絶すると思ったのです。父上は頑固な方ですから」

「確かにな、こうと決めたら梃子でも動かんからな。しかし、、よくあのビンセントに認めさせたな。どうやったのだ?」

「『私を養子にしてください!必ず、レイスを守って見せます』と3ヶ月間毎日父上に付きまとって申し上げました」


と大真面目に答えたシュウにウォーレスは大爆笑した。


「それで、ビンセントが根負けしたのか!」

「はい」

「それは、傑作だ!」


強面のビンセントがどんどん困惑していく様子が目に浮かぶようだった。


「私は気に入ったぞ、シュウ!私はそなたがレイスの指導者として相応しいと思いなおした」

「ありがとうございます。私も非力ながら自分の持てる力をすべて使って、レイスを導くつもりです。そのために、次期虹の王になられるナイト王子を全力で支えるつもりです」


シュウの言葉にウォーレスは微笑を零した。

一番初めに思った、この青年に対する印象がガラリと崩れた。

なかなか強かな精神の持ち主た。

戦う力は持たないが、知力を尽くしてチャンスを漏らさずものにしていこうとしている。


「シュウ、そなた年はいくつだ?」

「18です。ナイト王子と同年です」

「ならば、気が合うだろうな」


レイス家の次期当主がナイトの後ろ盾になってくれるのは心強い。

余所者のナイトの立場は弱い。

味方になってくるれる者も最初は少ないだろう。

ナイトはシュウをすぐ側近として採用するだろう。

彼の地位だけではなく、知力、胆力をすぐ見抜くだろう。

そういところは目端が利くのだ。


「剣や魔法が使えなくてもレイス家当主は務まる。過去には体の弱い領主がいて、戦場にはでなかったが、知略を駆使してレイスを見事に守ったそうだ。確か、ビンセントの父上だったと思うが…」

「はい、私も前領主様を手本にしようと考えています」

「それがいいだろう」


ウォーレスは微笑を漏らした。

シュウならばビンセントの父以上の名領主になるだろうという予感がしたのだ。

きっと、虹の王となったナイトの右腕としても大活躍していることだろう。

シュウとの会話を楽しんでいて、1つ用事を思い出した。

ナイトのもう片方の傍らにいるべき者のことだ。


「そうだった。もう1つ重要な用事を忘れていた。すまんがこれで退出させてもらう」

「いいえ、こちらこそ、私のような小物の話を聞いていただいて、ありがとうございました」

「小物が大物に化けるのを楽しみにしている」


ウォーレスが立ち上がると、シュウが扉を開けた。

水の騎士達が主の帰りを待っていた。

ナイト王子の部下であるルビとリュックの姿もその中にあった。


「ルビ、リュック。所用を思い出した。ライアスのところに行く。案内してくれ」

「「はい!」」


指名された2人はすぐさま進み出てきた。

2人の後についていこうとした時、ウォーレスは急に足を止めてシュウを振り返った。


「…1つ言い忘れたことがあった。ビンセントに伝えてくれるか?」

「はい、何なりと」


シュウは先ほどとは打って変わって顔を引き締めていた。

何を言われるかわかっているように見える。

ウォーレスはシュウの傍に近づくと、低い小声でビンセントへの伝言を伝えた。


「私がただでナイトをやったっと思うなよ。もし、ナイトの身に何かあったら承知せんからなと」

「肝に銘じておきます」

「では、頼んでぞ」


伝言を伝えた後、ウォーレスはシュウの肩を笑って叩いて離れる。


「では、案内を頼む」







シュウは廊下まで出てウォーレス王を見送った。

額には密かに冷や汗をかいていた。

大国である水の国の王を相手に自分を売り込むという途方もないチャレンジは何とか成功を収めた。

だが、あまりのプレッシャーに腰が抜けそうになっていた。

しかし、人の上に立つ者として、人前ではそんな醜態は晒せない。


「シュウ様、お疲れ様です」


気心の知れたレイスの騎士が心配して近寄ってきた。


「ええ、本当に疲れました。、ちょっと、休んできます」

「ごゆっくりお休みください。何かありましたらすぐにご報告しますので」

「お願いします」


シュウはそう言うとゆっくりと自分の部屋に戻って行く。

誰もいない廊下でホッと一息ついて、窓の外眺めた。

春の陽気に花壇に蝶が待っている。

その様子に一時見惚れていると、


「シュウ!」


突然元気な少女の声にシュウは慌てて振り返った。


「…フローレス様、驚かさないでくださいよ」


シュウは胸を押さえてフローレス姫を睨む。


「別に普通に声を掛けただけだけど」

「あなたの声は大きいのです」

「あなたの心臓が小さいんじゃないの?」

「…」


シュウは胸を抑えるのをやめて背筋を伸ばした。


「何の御用です?」

「何よ、心臓はもうだ大丈夫なわけ?」

「しつこいですね、もう落ち着きましたから」


シュウが苛立たし気に急かすと、フローレス姫はようやく目的を告げた。


「ありがとう、ビンセントとウォーレス様の喧嘩止めてくれたんでしょう?皆からそう聞いたけど?」

「別に礼を言われることじゃありませんよ。お2人が仲が悪いことはわかっていたことですから」


シュウはニコリ笑っているフローレス姫に横目で聞いてみる。


「…あの人はどうしてます?」

「フロントなら、ナイトとネティアの傍にいるわよ」

「…そうじゃなくてですね…」

「そりゃ、心配してたわよ。何も言わなかったけど…」

「だから、こちらに様子を見に来られたんですね」

「そうよ」


シュウはフローレス姫が何と言い訳して部屋を出てきたが容易に想像できた。


「早く戻られた方がいいんじゃないですか?」

「え?」

「長いトイレだと怪しまれますよ」

「あ…!」


フローレス姫は狼狽しながら走り去った。

シュウは溜息を吐いて、休憩するために自室へ向かった。




***




ライアスはベッドに腰をかけたまま銅像と化していた。

部屋にはベッド、テーブルと2つのソファ、小さなクローゼットと鏡だけと質素な空間だった。

その中に金髪に筋肉隆々の悩めるライアスは置物として良く映える。

ここにアルトがいたら、『いい絵が描けそうだ』と筆を握るところだろう。

しかし、その酔狂な同僚は今はいない。

静かに、悩める。

失恋、嫌われているはずのナイト王子の従者に選ばれてしまったショック。

慣れ親しんだ故郷を離れなければならない。

先が見えない人生にライアスの心は真っ黒に塗りつぶさそうだった。


『何故、私なのだ?』


誰かに問いかけたかった。

王命により、ナイト王子に一番最初に仕えたのはライアスだった。

しかし、最初から馬が合わなかった。

利発だが負けん気が強く、やると決めたことは頑として譲らな年下の主にライアスは正直辟易していた。

リュックやアルト、ルビと言った新しい従者が加わるたびに心の荷が下りていくような気がして、ホッとしていた。

そして、最後にシリウスが加わった時、自分の役目は終わったと思っていた。

シリウスは誰よりもナイト王子に忠誠を誓っていた。

ナイト王子もシリウスを重用した。

後を任せるには最適な人物だった。

だから、ウォーレス王に願い出て水の王都に戻り、国王の騎士となったのだ。

騎士団では順調に出世し、中隊長になっていた。

念願だった彼女もできた。

しかし、今回、急に持ち上がったナイト王子の虹の国婿入りの話はライアスの運命を大きく狂わせた。

ナイト王子は虹の国連れて行く従者にあろうことか、ライアスを指名してきた。


「何故、私なのだ…?」


ライアスは答えを求めて宙に問いかけていた。





「それはだな、お前が一番適任だからだ」





帰ってくるはずのない問いかけに誰かが答えた。

声がした方にうつろな視線を向けると、入口のドアにウォーレス王が微笑を浮かべて立っていた。


「陛下!!」


ライアスは慌ててウォーレス王の前に膝をつく。


「いつこちらへ?」

「つい今しがただ。暇ができたのでお前の様子を見に来たのだ」


ウォーレスは部屋にあったソファに腰を下ろした。

ライアスは膝を折ったまま、向きを変える。


「随分と苦悩しているようだな」


ライアスは小さく頷くと恐る恐る訪ねる。


「陛下は、私にナイト王子の従者として虹の国へ行くようお命じになられるのですか?」

「そのつもりだ」

「…そんな、ご無体な…」


泣きそうな目で訴えると、ウォーレス王は困った顔をした。


「そんな目で私を見るな。ナイトがお前に何を言ったかは知らんが、ナイトはお前のことを嫌ってはおらん」

「陛下はナイト王子が私にしたことをお知りにならないからそんなことを言えるのです」

「…今回の件で、何かあったようだな?」

「ナイト王子は私を辱めました…」


ライアスは謹慎場所を抜け出そうとするナイト王子を見つけて返り討ちにあった時のことを話した。

腰布一枚と言う姿で磔にされた時のことだ。

ウォーレス王は微妙な顔をした。


「それは、ナイトがと言うより、アルトやシリウスが悪いように思うが…」

「しかし、ナイト王子が私をあのような姿にしなければ、アルトとシリウスが暴走することはありませんでした!」

「まあ、一理あるな…」

「それから、虹の国へ行かなければならなくなったため、私は彼女と別れる羽目になったのです!」

「それは気の毒なことをしたな…」


泣き出したライアスをウォーレス王は近づいて慰めてくれた。


「ナイトのお前へ仕打ちは確かに酷い。だが、それらはお前への思慕の裏返しだと私は思っている」

「思慕の裏返し?」

「そうだ。ナイトは本当はお前を慕っているのだ。だが、お前にそれが伝わってないから、嫌がらせを仕掛けているのだろう」


そうウォーレス王に言われても『そうだったんですか』と笑って言うことはできない。


「どうか、私からも頼む。ナイトの従者として虹の国へ行ってくれ。何かあった時、絶対にナイトを守ってくれるのはお前だと私は思っている」


ウォーレス王に頼まれては、ライアスも頷かざる得ない。


「意地悪なバカ息子だが、どうか守ってほしい。真に頼めるのはお前だけだ」

「…わかりました、ナイト王子は私が命を懸けてお守りします」


ライアスはウォーレス王の親心に打たれて、そう誓いを立てた。

























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