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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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かつてのライバル

アルトがランド領に使者として発った後、ウォーレス王とレイス領領主ビンセントが会談する予定になっていた。

王に次ぐ権力を持つ宰相カリウスを押し退けて、ビンセントが出てきたのには深い因縁があるからだった。

2人はかつてレイガル王の側近として権力を争った仲だった。

いわば、宿敵。

それは公の場だけではなく、2人のプライベートにも及ぶものだった。

フロントはネティア姫と一緒に眠っているナイトを見守りながらその会談が気になってしかたがなかった。

フローレス姫が心配してチラチラと見ていたのだが、全く気付いていなかった。


「そろそろウォーレス王との会談が始まりますね…」


同じく病室にいたシュウが徐に口を開いた。

フロントが静かに顔を上げる。

シュウはレイス家の跡目であるので会談に同席する。


「リュック、俺が会談見てくる」

「うん、頼むね」


ナイトの部下の1人も椅子から立ち上がった。

それをみたシュウが口を開く。


「お2人とも来た方がいいと思いますよ」

「「え?」」


意外なことを言われたルビとリュックは顔を見合わせている。

眠っている主を他国で1人きりにするのは非常識なことだ。


「大丈夫ですよ、そこにいる闇の民はナイト王子の兄上ですから。血のつながりはありませんけどね」

「え、そうなの!?」


フロントがナイトの血のつながらない兄だと知って、2人はびっくりして見つめてくる。


「それに今回は人手は多い方がいいです。荒れた会談になると思われますので」

「え、荒れるのか!?」


ルビが青くなる。

問題の大きさを改めて痛感しているようだった。

確かに、世継ぎ姫を横取りした問題は大きい。

だが、それ以上にウォーレス王とビンセント・レイスの間の因縁が深いことをこの2人は知らない。


「それでは行きましょう、会談が始まってしまいます」


シュウが急かすと、リュックも席を立った。


「ナイト王子のことお願いします」

「はい、任せてください」


リュックが慌ててドアに駆け込む。


「それでは、行ってきます」


シュウはフロントの目を真っすぐ見つめて、ドアを閉めた。

ドアが閉まると、フロントはナイトに視線を戻した。

その横でフローレス姫がソワソワしていた。

いつもなら気付いて『トイレですか?』など笑いを取るのだが、今は他のことに気を取られていた。


ガタン!


大きな音を立ててフローレス姫が椅子から立ち上がった。


「あ、私、ちょっと、トイレに行ってくるね!ついてこなくていいから!」


フローレス姫は大急ぎで退室していった。

フロントは閉められたドアを見つめて溜息を零す。


「私は男ですよ、トイレまでついていきませんよ。我慢は体に毒ですよ」


フロントの真っ当な呟きの後、寝ているネティアの腕が布団から、コテ、と落ちた。




***




シュウ達が会談が行われる部屋に着くと、異様な雰囲気が漂っていた。

部屋のど真ん中でウォーレス王とビンセントが睨み合うような形で対峙していた。

その横で虹の国の宰相であるはずのカリウスがオロオロとしている。

カリウスにとって2人は恩人であり、元上司に当たる存在だった。


「何、この雰囲気…?」

「何か、部屋の中で雷が落ちそうだよな…」


リュックとルビがシュウの後ろで身震いしていた。


「久びりですな、ウォーレス王、ようこそおいで下さいました」


始めに口火を切ったのはビンセントの方だった。

水の王であるウォーレスに対し虹の国の一貴族として礼を取る。

しかし、その声に一切の柔らかさはない。


「久しぶりだな、ビンセント。ナイトが世話になったと聞いている、感謝する」


答えたウォーレス王も大国の王らしく上から目線だった。

そんなウォーレス王の態度にびっくりしたのは付き従ってきた水の騎士達だった。

誰に対しても公明正大な態度を示し、いつも笑いを忘れないのが普段のウォーレス王の姿だったからだ。

カリウスが恐る恐る進み出る。


「ナイト王子ですが、今はネティア姫と共にお休みになられております。命には別状はありませんので、もうしばらくしたらお目覚めになられると思います。ナイト王子の警護には『最も信頼できる者』をつけておりますので、ご安心ください…」


カリウスの進言に心なしかウォーレス王の目が緩んだ。

一方、ビンセントの目つきは険しくなった。


「レイガル王陛下ですが、今はティティス女王陛下と取り込み中ですので、私が虹の国の代表としてお話させていただきます。よろしいですか?」


有無を言わせない迫力でビンセントはウォーレス王に迫った。

ウォーレス王は冷笑を浮かべると受けて立った。


「…無論、構わん。私もお前と一度ゆっくり話したいと思っていたところだ」


2人の間で見えない火花が散りまくっている。

その見えない火花が見えるのかカリウスは後退っていた。


「それでは隣の部屋へどうぞ。『2人』だけで話しましょう」


ビンセントが隣の部屋を指し示すとウォーレス王は無言で先に入っていく。

ビンセントの視線がカリウスを射抜く。


「カリウス」

「はい!」


冷たいビンセントの声にカリウスは弾かれたように直立する。


「ウォーレス王は他国の王だ。あまりペコペコするでない。そなたは虹の国の宰相なのだぞ」

「はい、肝に銘じます!」


注意されたカリウスは上官に敬礼するような仕草をした。


「バカ者!私は一領主にすぎん!宰相が頭を下げるな!」

「はい!」


激高したビンセントにカリウスはまた直立する。

その奇怪な光景に周囲は困惑していた。


「ビンセント、早く来い」


先に入ったウォーレス王がビンセントを呼ぶ。

ビンセントはシュウの方を見て、


「では、行ってくる」


と言って隣の部屋に入っていった。

ドアが閉まると、重圧から解放されたカリウスがへたり込んだ。

水の騎士達は堰を切ったように話し出した。


「何か、すごかったね、レイス卿」

「あの2人、昔なんかあったのかな?」


例に漏れずリュックとルビもウォーレス王とビンセントの関係を推測し始める。


「昔もですが、今も続いているのです」

「「え?」」


シュウの呟きにリュックとルビが同時に振り返る。

シュウは時計を見てさらに呟く。


「15分ですね」

「15分?」


リュックが反芻する。


「15分したらどうするんだ?」


ルビは不思議そうに聞いてきた。


「突撃します」


シュウは眉一つ動かさずに答えた。




***




「あなたはこの国を離れた時とほとんど変わりませんな」


ウォーレス王の向かいに座ってすぐ、ビンセントは正直な感想を漏らした。


「老いてなどいられるか、まだ世継ぎが小さいからな。そなたは老いぼれたな。苦労が滲み出ているようだ」


ウォーレス王の嘲りにビンセントは顔を引き攣らせた。

それは抑えることできない嫉妬だった。

名声を轟かせて虹の国を離れ、愛妻を失い、愛息に反発されても、不動の精神を持つかつてのライバル。

今も水の国の王として人々に敬慕されている。

地位、権力、名誉、冨。

そして、家族にも恵まれ、すべてを持っているこの男をビンセントは妬まずにはいられなかった。


「ナイト王子を手放されてもあなたは平気なのですか?」

「別に死ぬわけではないからな、会おうと思えばいつでも会える。それに虹の王になるのはナイトの宿命だ」


それはビンセントも知っていたことだった。


「シープールの時のように、また放り出すのですか?」


ビンセントが言葉で攻めた。

シープール領地を平定するのも大変な仕事だっただろう。

だが、虹の王になるのはもっと大変な仕事だ。

以前は国内、今度は国外。

ウォーレス王の力は及ばない。

ウォーレス王の冷笑が止む。


「あれにシープールを抑えるだけの力があると見込んでのことだ。それに一領地を抑えられずして虹の国の王になれるはずもないからな」

「つまり、シープールでナイト王子を実力を見たというわけですか?」

「見るだけに留まらなかったがな、完全に自分のものしおった。今では私の地位を脅かすほどだ。我が息子ながら大したものだ」


ウォーレスは自慢げに口元を綻ばせた。

自分の地位が脅かされているというのに喜んでいた。

王ではなく父親として息子を誇りに思っている証拠だ。

ナイト王子もまた父の期待に応えた。

その親子愛がまたビンセントには憎らしくてたまらない。

ビンセントの実の息子も将来を有望視されていた。

だが、妻が去り、息子は闇を抱えた。

その闇を抱えたままビンセントの期待を背負っていた。

息子の闇に気づいたときはもう遅かった。

今度こそ、名誉だけでなく、幸せな家庭も築こうとしたが、息子の命共々消え去った。

唯一、ビンセントに残ったされたものは建国から続いた由緒ある家名を守ることだけだった。


「虹の国はナイトが生まれ変わらせる。そして、『フロント』も一役買うだろう」


ウォーレス王は断言した。

彼の自慢の息子達。

だが、一概には認められない。


「ナイト王子が優秀であらせられるのは認めましょう。ですが、フロントはまた別の話です」


ビンセントの抗議にウォーレス王の顔が卑屈に歪む。

自慢げな笑みが消えた。

それが少し嬉しい。


「フロントは謎多き闇の民です。虹の国に災いをもたらすやもしれません」


ビンセントはレイス領主らしくない発言をした。

闇の民と一番信頼関係を築いているのは最前線にあるレイス領だった。

ウォーレス王への嫉妬に加え、フロントへの私怨があったからかもしれない。

ウォーレス王は激高した。


「闇の民なら、現国王のレイガルとて同じことだ!それに闇の民は他にもたくさんいる!この2人だけではない!誰がそんなデマを流すのだ!?闇の民は虹の国のため尽力してくれているではないか!?もし、闇の民がいなければこの国はとっくの昔に終わっている!」


ウォーレス王は正論を吠えた。

だが、ビンセントも引かない。

疑惑があるのは確かだった。


「果たして、そうでしょうか?闇の国はスパイを送り込み、密かに虹の国内部から結界を崩壊させようと狙っているかもしれません」

「そのスパイがフロントとだとでも言いたいのか!?貴様の目は節穴か!?虹の国に来た時、フロントはまだ乳飲み子だったのだぞ!そんな子供にスパイなど務まるか!」

「闇の民は謎多き民。噂では子供でも魔物と戦えると聞いております。ならば、スパイくらい赤子でもできるかもしれません」


ドン!!


ウォーレス王はテーブルに拳を振り下ろした。

怒りが頂点に達したのだ。


「フロントは私が育てた。あの子は早く大人になってこの国を守りたいと言っていた。断じてスパイなどではない!」

「しかし、あの年で、ネティア姫に負けずとも劣らない魔力、熟練の騎士達の上を行く身体能力、頭の回転の速さからも他の闇の民の中でもずば抜けております」

「それは私が育てたからだ!言いがかりも大概にしろ、ビンセント!貴様の『ドラ息子』とは格が違のだ!」


怒りのあまりウォーレス王は一番言ってはいけない禁句を発してしまった。

虹の国で王家に次ぐ家柄であるビンセントは誰からもそんな屈辱的な言葉を言われたことがなかった。

しかし、ウォーレス王は他国の人間であり、王。

虹の国のタブーを粉々に打ち砕いた。

ビンセントの顔が怒りで赤く染まった。

そして、ウォーレス王に掴みかかっていた。


「フロントのせいで、ジェラードは死んだ!」


ビンセントは叫んでいた。

しかし、ウォーレス王は言い返す。


「結果としてそうなってしまった。しかし、その原因を作ったのは貴様だ!」


返す言葉がなかった。

ただ悔しかった。

そして、どうしようもない怒りが暴力へと変わる。

思いっきり体当たりしたものの、ウォーレス王はびくりともしない。

それもそのはず、ビンセントより10歳以上も若く、五体満足だ。

対して、ビンセントは魔物との戦いで足を痛めて以来杖を突いている始末だった。

何もかもが完敗だった。


「はははは、かつての勇猛果敢ぶりはどこへ行った!?」


ウォーレス王が煽ってくる。

しかし、ビンセントに今以上の力は出せなかった。

惨めな気持ちに沈む。

闇の民、フロントを貶めてまで挑んだのに。

本当はわかっている。

闇の民にスパイなどいない。

フロントも悪くない。

悪いのは自分だと…






「はい、そこまで」






聞き覚えのある声が入ってきた。

と組み合った状態でウォーレス王とビンセントはキョトンとその声の主を見つめる。


「シュウ…」

「会談は終了です。15分経ちましたので。お疲れさまでした」


シュウが終了を告げると、リュックとルビが入ってきて、ウォォーレス王とビンセントを引き離す。

その後、カリウスが咳ばらいをしながら入ってきた。


「ええ、虹の国と水の国の親交を深めるため、晩餐会の準備をしております。つきましては、レイス卿にはその準備に当たってもらいます」

「何、私はそんなこと聞いていないぞ!」


ビンセントが抗議すると、カリウスはビシッと胸を張って、


「宰相命令です!」


答えたので返す言葉が見つからなかった。


「王陛下と女王陛下もご出席なさりますので、お願いいたします」

「わかった…」


ビンセントは去り際に微笑を零し、


『やればできるではないか』


カリウスを見直して晩餐会の準備に向かった。








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