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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
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水の国の第一王子

船団が大海の波を爽快に駆ける。

空は晴れ渡り、カモメの群れが船団を歓迎するように飛んでいた。

陸は近い。

この船団は商業都市シープールを目指していた。

シープールは最近になって発展した都市で、水の国第一位の商業都市になりつつあった。

一昔前までは海賊の拠点で、治安の悪い都市だった。

しかし、2年前に水の国の第一王子がやってきてからこの都市は生まれ変わった。

王子はやってきて早々役人の不正を正し、海賊を味方につけ治安を回復した。

その手腕にシープールの人々を始めとする国民は陶酔し、他国に行っては自慢した。


『ナイト王子がいれば水の国は安泰だ』と。


世界中から称賛される王子が治める領地に誰もが行きたがった。

この船団はその象徴。

しかし、船団の中央の船に暗い顔をした一人の騎士が乗っていた。

彼は水の王国騎士団で次代を担う5人の若手騎士の中の一人ライアス。

五本の指に入るだけあって、体つきは大柄でムキムキ、金髪も雄々しく輝いていた。

しかし、目は死んだ魚のようだった。

何もなければ豪快な男なのだが、彼は今重要な任務についていた。

王都にナイト王子を連れていく。

責任は重大であり名誉な任務だ。

だが、彼にとっては苦痛を伴う任務だった。

というのも、ライアスはナイト王子に嫌らわれていた。

普段の王子は世間の評判通り公明正大だった。

しかし、なぜかライアスだけには冷たかった。

世話役だった彼はいつも物のように扱われ、こき使われていた。

その仕打ちに耐え切れず、国王に願い出て王子の元を離れた。

僅か半年前のことだった。

そういう経緯があるのに、何故か国王は彼を指名した。

何とか断ろうとしたが、『王命である!』と強く言い切られてしまい、拒むことは許されなかった。


「はあ、なぜいつも私なのだ?」


ライアスは呟いて、近づいてくる船着き場を目にするとうんざりした顔で溜息をもらした。

着岸するとしぶしぶと船を降りた。








「ライアス殿、お帰りなさいませ!」


城門近くに来ると門番がにこやかな笑みで迎えてくれた。

帰ってきたつもりのないライアスは苦笑いを浮かべた。


「王子は息災か?」

「もちろん、お元気でいらっしゃいます!」


にこやかに答える門番に対して、ライアスは項垂れた。

病気で寝込んでてくれれば良かったのに、と心の中で毒吐く。


「先ほど湖に向かわれました」

「………湖だと……!」


ライアスは呻いて身を翻した。

王子はたまに湖に小舟を浮かべて昼寝をする。

それは何人たりとも侵してはいけない神聖な時間だった。

その時間は最低1時間から丸一日とう不規則さだった。

王子が目覚めるまで小舟は湖の中央に留まり、接触することはできない。

湖を囲う林を駆け抜ける。


「何者だ!」


鋭い誰何の声と共に矢が飛んできた。

懐かしい声だ。

ライアスは剣で矢を払った。


「私だ、シリウス!」


矢が落ちるとともに木陰から弓を持ったウェーブのかかった長髪の騎士が現れた。


「ライアス、戻ったのか?」


驚いた顔を見せる同年の騎士を見てライアスは安堵の溜息を洩らした。


「戻ってはいない、王命で王子を迎えに来たのだ」

「王命だと?」


やってきたシリウスにライアスはやるせなく頷く。


「だから、王子の元へ行かせてくれないか?」


懇願を受けたシリウスは困った顔をした。


「…少しばかり遅かったな、王子はもう湖の上にいらっしゃる」

「何!」


ライアスの顔が悲痛に歪む。




「…待てばよかろう、長くても丸一日ではないか?」

「所用があるのだ!できるだけ早く帰りたい!」


早く仕事を済ませて解放されたいと駄々をこねる同僚にシリウスは呆れた。

ナイト王子は未来の国王。

その護衛を任されるという光栄をライアスは微塵も感じていない。

普通なら他の者と競り合ってでも務めたい役目だ。

シリウスは常々代わってやりたいと願っていた。

彼にとって王子は絶対的忠誠を誓うに相応しい君主だった。

国王よりも王子に忠誠を誓っているといっても過言ではない。

対して、ライアスはあまり王子に敬意を払わない。

『近所に住む弟のような存在』と臣下にはあるまじき不敬なことを平気で言っていた。

そんな不忠者だが、なぜか国王に気には入られていた。

そして、犬猿の仲であるはずの王子も重要な場面ではライアスを重用するのだ。

自他ともにナイト王子の右腕と認められているシリウスだが、その点はライアスに嫉妬を禁じ得ない。


「何とかならないか?」

「お前がどうにもできないものを私がどうにかできるのか?」


ライアスはナイト王子の最初の従者だった。

当然のことだが、シリウスよりも王子のことをよく知っている。

問い返すと呻き声を上げて沈黙した。

肩が落ちた。

どうやら諦めがついたようだ、


「久々に帰ってきたのだ王子がお目覚めになるまで世間話でもしようではないか?」


シリウスは話しかけたが、ライアスは俯いたまま動かなかった。

どうやら、相当重要な用事ようだ。

シリウスは咳払いをした。


「そう気を落とすな、最近の王子の昼寝はそう長くない」

「長くない?」


励ますように話しかけた効果があったのか、ライアスが興味深げに顔を上げた。


「ああ、最近はあまり眠れないと仰っていたな…」


それを聞いたライアスはしばらく考え込んだ後、黙って湖へと歩を進めた。


「ライアス!?」


シリウスは急変した同僚の後を追った。







「…眠れねぇ…」


船底から仰向けに寝たままボヤいたのは、噂の水の国の第一王子ナイト。

揺り篭のような穏やかな揺れ、心地よい春の陽気、空にはのんびりと白い雲が流れている。

時折吹く風が花の匂いと共に花びらを運んでくる。

絶好の昼寝日和なのだが、目はパッチリ開いていた。

ナイトはここのところ昼寝をしようと悪戦苦闘していた。

別にしなくてもいい昼寝を必死にしようするのには、ある理由があった。


「ああ、何で眠れねえんだ? 嫌われちまったかな…」


ナイトは呟いて目を閉じる。

愛しい彼女の姿を思い浮かべるために…


魔法を放った後の凛とした横顔、魔力の光を受けて輝く銀の髪、美しく神々しい姿に近寄り難さを感じる。

だが、正面から向き合って見ると、とても華奢で悲しげな瞳をしていた。

その瞳に見つめられると抱きしめずにはいられなくなる。

彼女の笑顔を見るためなら何でもできる。

だが、最後に見た彼女は、泣いていた。


その涙の訳をナイトはどうしても知りたかった。

しかし、夜の眠りでは彼女には会えない。

その為、時間を作って昼寝を試みるも何故か深い眠りには至らない。

眠りの入口に立ってもすぐに現実に押し戻される。

まるでバリアでも張られているような、拒まれているような感じさえした。

そうなるとますます会いたくなる。


なぜ拒むのか?

なぜ泣いているのか?


たかが、夢の中の女と、普通の人間なら思うだろう。

実際そう言われたし、ナイトもそう思っている。

だが、どうしても夢の中の女では片づけられなかった。

彼女の夢は幼いころからずっと見ていた。

この夢はきっと前世の記憶だろうと何となく気づいた。

夢は彼女で溢れていた。

彼女は彼の前世の妻だった。

最期も彼女と一緒だった。

生まれ変わっても忘れられないほど愛していた。

最期の時、ナイトは彼女に告げた。


『生まれ変わってもまた一緒になろう…』


この夢が本当に前世の記憶かどうかはわからない。

だが、ナイトはこの夢の中の女性に心底惚れていた。

もし、本当にこの世にいるのなら本気で一緒になりたいと願っていた。

もし、その願いが叶うのなら、今度こそ、自分の手で幸せにしたかった。


「会いたい…もう一度…」


呟いて目を閉じた。

水の中に吸い込まれるように意識が落ちていく。

願いが通じた、と思った瞬間激流に吹き飛ばされた。


「王子!!起きてください!!ライアスです!!」


目を覚ましてすぐ耳障りな大声が響いてきた。

ナイトはうんざりした顔で起き上がった。

岸辺に大きく手を振るライアスと、その横で固まっているシリウスが見えた。

閉じられた扉をこじ開ける一歩手前のところでの邪魔にナイトは沸々と怒りが込み上げてきた。

しかし、


「国王陛下の命で参りました!至急王都へ来られよとの命です!」


その言葉を聞いてナイトは怒りを鎮めた。

顎に手を当てて思案する。

なぜこの時期に王命?

今のところ差し迫った行事はない。

何か緊急事態が起こったのか?

それならば、ナイトの耳に入らないはずはない。

だとすると…

ある考えに至ったナイトは口角を上げた。







「お!戻ってきたぞ!」


ライアスが戻ってくる小舟を見てはしゃいでいる。

それをシリウスは肝を冷やしながら見ていた。

前に一度、ナイト王子の昼寝を邪魔した曲者がいた。

その曲者は激怒した王子に切り伏せられた。

鬼神のような強さだった。

その時ライアスもいたはずだが、彼はもう覚えていないようだった。

舟が岸に着いた。

王子がこちらを向いた。

表情は落ち着いている。

シリウスはほっと胸を撫でおろした。


「お帰りなさいませ、王子」


シリウスは舟のロープをライアスに渡し、主を出迎えた。


「何かいるな…」

「はい、先ほど帰ってきたばかりだそうです」

「シリウス、帰ってきたわけではないぞ!王命で王子を迎えに来たのだ!」

「…だそうです」


シリウスは適当に流した。

王子は若干眉間に皺を寄せて元側近に近づく。


「久しぶりだな、ライアス。王都の暮らしはどうだ?」

「お陰様で非常に快適です!今すぐ帰りたいぐらいです!」


王族に対して無礼なことを清々しいほど言い切るライアスにシリウスは顔を青くした。


「それは良かったな。俺も領地を離れたくないんだが、王命の内容は知っているのか?」


王子は静かにやんわりと訪ねた。

しかし、その眼光は鋭い。

シリウスは固唾を飲んで見守る。


「いいえ。陛下は直接王子にお伝えしたいそうです」


ライアスはあっけらかんと答えた。

目を見ていないのか王子の眼光に全く気付いていない。

その能天気さにシリウスは呆れた。


「………そうか、わかった、すぐ準備をする」

「は、お待ちしております!」


王子は短く言うと、ライアスの横をすり抜けた、

シリウスはほっとしながら後を追う。

追いつくと王子がこちらを向いた。


「シリウス、王都滞在は少々長引くと思う。念入りに準備を頼む」

「…王子は王命の内容をご存じなのですか?」

「さあな、親父の考えることはわからん。だが、そろそろ腹をくくる頃合いだろうな…」


王子の口角が僅かに上がるのを見てシリウスは悟った。

とうとう待ちに待った時が来たのだ。


「畏まりました!」


シリウスは敬礼して城に帰る主を見送った。







翌朝、日も上がらぬうちに王都に向け、ナイト王子を乗せた船が就航した。

シリウスは就航してなお荷物の整理に明け暮れていた。

それをライアスと他3名の仲間は呆れてみていた。


「シリウス、ただ王都に行くだけなのにこんなに荷物がいるのか?」


ライアスが切り出した。

この荷物のために出航が朝方まで延びてしまった。


「無論だ。王子に恥をかかせるわけにはいかんからな」


シリウスは大真面目に答えた。


「恥をかく?何か重要な行事でもあるのか、ライアス?」


茶髪の騎士がライアスに訪ねた。

彼は水の国若手5騎士の1人アルト。

5人の中で一番思慮深く慎重な彼は普段はいるかいないかわからないほど無口だった。

その彼が早々と口を開いた。

アルトの目にはそれほどこの事態が緊急に瀕しているように見えた。


「いや、ないと思うが、実は内容は聞いてないのだ。ただ王子を連れて来いと言われただけだ」


ライアスは飄々と言ってのけた。

アルトとシリウスの口から溜息が漏れた。

この3人は同年だった。

そして、言うまでのなく一番思慮深くないのはライアスだった。


「相変わらずだな、お前は…。シリウス、お前は何か知っているようだが?」


ライアスに聞くのを諦めて、シリウスに質問を向けた。

シリウスは待ってました言わんばかりに振り返った。


「無論だ!諸君、とうとう時が来たのだ!」


高らかに宣言するシリウスを他の3人はポカンと見つめる。

幼い顔立ちをした緑の髪の騎士が隣の赤髪の騎士の脇を肘で突っついた。


「なあ、ルビ、シリウスおかしくなったんじゃねえ?」

「しっ!聞こえるぞ、リュック!」

「…フッフッフッ、もちろん聞こえているとも!」


ルビとリュックはビックと身を震わせた。

アルトは息を吐いて頭に手を当てる。

赤髪の騎士ルビは二刀流の使い手で19歳。

上の3人より2つ下だった。

緑の髪の方は魔法騎士のリュック18歳。

ナイト王子と同い年だ。

同年のため、王子の腰巾着になっている。

二人とも5騎士の一員だが、どちらかというとライアスと似た性質を持っている。

ライアスが去り、シリウスが王子の補佐をするようになってからアルトはこの二人の面倒をみていた。

言わば、弟のような存在だった。

彼らを救うため、また、自分がシリウスのヒステリーに巻き込まれないために割って入る。


「とうとう王子の時代が来る、ということだな?」


アルトの言葉にシリウスを始めとする4人は動きを止めた。


「そういうことだ…」


居住いを正したシリウスが静かに頷いた。

しかし…


「どういうこと?」

「さあな」


リュックに尋ねられたルビはチンプンカンプンだった。

年下二人の理解力のなさにアルトとシリウスは項垂れた。


「王子の時代が来る?わかるように説明してくれ」

「ライアス、お前もか!!」


シリウスの金切り声が辺りに響いた。

アルトは再び頭を抱えた。

シリウスのヒステリーはこの3人のせいで回避不可になった。

この3人共々もアルトは懇切丁寧にシリウスから説明を受ける羽目になった。







大小さまざまな島に囲まれた一番大きな島に水の国の王都アクアマリンはあった。

燦燦と降り注ぐ太陽の下、青い海に白い城壁と海街が輝く美しい都。

しかし、まだ夜明け前でその姿を隠している。

夜は夜で星々が海に落ちて宝石箱のように美しいが、今はその情景も拝めない。

日の出前が一番暗い、という言葉を水の国の王ウォーレスは噛みしめているようだった。

王が立っているのは城で一番高い塔の上。

従者は宰相スパーク惟一人。

二人は黙って暗い海を眺めていた。

言うまでもなく見つめる先はシープールの方角だ。

夜明け前の海風はまだ冷たく寒気を覚える。

時折スパークは王に声をかけようとしたが、その顔を見てやめた。

王は微動だにせず、ただ一心に海を見つめていた。

その心中を察するとスパークは掛ける言葉が見つからなかった。

朝日を待つしかない。

だが、朝日が昇ればその時は来てしまう。

太陽は日々暖かさを運んできてくれる。

だが、一日として同じ日はない。

同じような日々が続いても何かが変わっているのだ。

水の国は今その大きな変化の前に差し掛かっていた。

辺りがぼんやりと明るくなってきた。

朝日が水平線に姿を現す。

と同時に船影も姿を現した。

スパークは望遠鏡で船の旗を確認する。

青い宝石の旗が見えた。


「ナイト王子の船です」


王は静かに頷くと身を翻した。


「本当によろしいのですか?」


スパークは去り行く王に最後の問いを投げかけた。


「…ことは慎重にな…」


王は振り返ること答えると塔を降りて行った。

その後ろ姿は寂しげだった。










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