風の悪戯
ネティアが倒れた。
闇の騎士の正体を突きとめ、婚約を破棄されたジャミルと怒れるランドの騎士達を退けたことで一気に張りつめていたものが切れたようだ。
慌てて、フローレスが駆け寄る。
ナイト(ルーク)とグリスも急いで続く。
「ネティア、しっかりして」
フローレスがネティアを膝の上にのせて呼びかける。
「父上…ごめんなさい…」
ネティアはうわ言を呟いている。
ナイトはネティアの額に手を乗せる。
「すごい熱だ」
「早く、陣営にお連れしないと…」
グリスが手を上げると、部下達が簡易担架を作り始めた。
怪我人が出たときのために予め準備していたようだ。
ふと、フローレスがネティアの体の異変に気付く。
「ねぇ…何か、ネティア、太ってない?」
ナイトとグリスはネティアの体をよく見る。
少しだが、太って見える。
「高熱でむくみが出たようですな…」
ムクムク!
と、グリスが推察した矢先、ネティアの腹部辺りが膨らんだ。
ネティアの突然の変化にグリス、ナイトは後退る。
その症状にナイトは見覚えがあった。
高熱を発症し、体が膨らむ病はあれしかない。
「隊長、まずいぞ!これは…!」
ナイトが必死の形相でグリスに訴えた。
グリスは驚愕の表情を浮かべている。
事の重大さに気づいたようだ。
「…まずい、まず過ぎる…こんなことが明るみになったら…」
「大丈夫だ!今すぐ治療すれば治る!」
「治療!?」
グリスが悲鳴のような声を上げて更に後退る。
「ルーク、貴様…自分がしでかしたことを隠蔽する気か!?」
「隠蔽?何言ってだよ、隊長?このままじゃネティアが…」
「とぼけるな!これはどうみても『ご懐妊』されているだろう!」
ナイトは固まった。
グリスは事の重大さに全く気付かず、誤解してしまったようだ。
確かに見方によっては妊娠しているように見える。
身に覚えはあるが、まだネティアと出会って月日はそんなに経っていない。
「これはあれだよ、風邪だよ!流行ってただろう!?」
「風邪だと…!?」
ナイトは反論した。
それに対し、グリスは声と同時に息も止めた。
「…でたらめを言うな!」
「…いや、でたらめじゃないんだけど…」
ナイトは頭を抱える。
話が通じていない。
どうやらネティアの異常を見てグリスは錯乱してしまったようだ。
グリスだけでなく、一緒に来た部下達までもが同じ目でナイトを見ている。
女性の変化には男である彼らは弱いようだ。
誰かまともな奴はいないのかと思っていると、
「…風邪なんてあり得ないわ…」
フローレスが掠れた声でナイトに伝えてきた。
フローレスは正気のようだ。
「何故だ?」
「だって、ネティアは術者よ。それに私達の祖父は風の民だもの。かからないはずだけど…」
フローレスは困惑していた。
風邪にかからない者達がいた。
風の精霊の加護を受けた風の民だ。
風の精は風の民を同族とみなして悪さをしない。
そして、もう1つは術者だ。
彼らは自分の魔力をコントロールし、自然界の魔力や精霊達の動きさえコントロールすることができる。
無論個人差はある。
だが、ネティアは術者としては最高レベルだ。
しかも、風の民の血も引いている。
絶対にかからない要件を満たしていた。
だが、これは紛れもなく風邪の症状だった。
しかも、かなりの重症化だ。
放って置いたら死んでしまう。
「考えてても仕方ない。フローレス、俺達でネティアを運ぶぞ!」
「うん!」
ナイトは担架を持ってきた。
フローレスと共にその担架にネティアを乗せ2人で担ぐ。
グリス達がいたが、錯乱しているので2人で運んだ方が安全だ。
「隊長!早く正規軍の本陣まで案内してくれ!」
「……………わ、わかった………」
グリスは道案内を了解したが、まだ錯乱状態からは抜け出していないようだ。
帰ったらなんと報告しようか、と部下達と思い悩んでいるようだ。
「早くしろよ!お前らネティアが死んでもいいのか!?」
「わ、わかった!!」
発破をかけてようやくグリス達はテキパキ動き出した。
洞窟の奥に進んでいく。
どうやら他にも外に続く道があったようだ。
洞窟も天然のものから人の手で掘られた洞窟に変わった。
こちらの道はナイト達が来た道よりも安全な道のようだ。
「急いでくれよ!」
「わかっている!」
ナイトはグリス達を急かしながら正規軍の本陣へと急いだ。
***
濃霧の山中、虹の王レイガル率いる正規軍はランドの騎士達を発見した。
氷漬けにされたランドの騎士達は皆、深い眠りに落ちていた。
それを起こさないようにそっと、氷の中から出してやる。
血潮熱い騎士で知られる彼らに目覚められると収拾がつかなくなるからだ。
それにこちらにも後ろめたさがある。
それは謀反を起こした闇の騎士がレイガルが最も可愛がっていた者だったからだ。
それに、水の国も絡んできている。
このことが今、明るみになると困るのだ。
レイガルは大きな溜息を吐いた。
心配の種は尽きない。
だが、これはどちらかと言うと安堵のため息だった。
『ナイトが来てくれたか…』
レイガルは目を閉じて、ナイトの姿を思い浮かべる。
虹の国にいた頃のナイトはいつも父と母、兄の中心にいて可愛らしい笑顔を振りまいていた。
2年前に、ウォーレスと盛大な喧嘩をしたときに成長したナイトと再会した。
素晴らしい少年になっていた。
そして、ネティアの婿にはこの少年しかいないと確信した。
娘のネティアも彼を選ぶ確信もあった。
それが今現実のものとなりつつある。
水の国は宗主国の光の国を抑えて世界一豊かな国だ。
その国の王子であるナイトがこちらに来てくれれば、数多くの難問が解決する。
更に、問題児になってしまった兄フロントを引き上げてくれるだろう。
数々の期待がレイガルの胸を躍らせる。
「陛下、どうやら、ネティア様達がお戻りになったようです…」
カリウスが落ち着いた様子で報告を上げた。
一緒についてきたカリウスもホッとしているようだった。
正規軍の騎士達のどよめきが聞こえる。
それはだんだん大きくなってきた。
待ちに待った瞬間が近い。
まず、グリスが姿を現し、レイガルの前に跪く。
「ももももももも、申し上げますすすすす、ネティア様、フローレス様…おおおおおお戻りになりましたああああ!」
「ご苦労…」
グリスの言葉が変だったが、レイガルは待ちきれない気持ちの方が勝って、自ら出迎えに歩いていく。
ネティア達はまだ正規軍の騎士達に取り囲まれていてその姿を見せていない。
「陛下…」
レイガルが近づくと、騎士達は道を開ける。
しかし、その動きは鈍く、厚い。
まるで開演前の劇場の幕のようなもどかしさを覚える。
この長く重い幕の先に、ネティアとナイトの仲睦まじい姿があることをレイガルは信じて疑わなかった。
「父上!!!」
ようやく騎士達の重い幕を抜けると、もう1人の愛娘フローレスに名前を呼ばれた。
予想外の光景がレイガルの目に飛び込んできた
担架に横たわるネティア、その横で看病しているフローレスとナイトの姿だった。
ネティアのお腹が大きい。
『ナイト、お前、まさか…!!!!?』
レイガルの頭はショートした。
その場に崩れ落ちる。
「陛下!これは一体!?」
後から来たカリウスも驚愕している。
「風邪だ!早く手当を!」
ナイトが手短に説明するも、カリウスの頭もショーツ寸前で、理解が追い付かない。
「風邪だと…?そんな、バカな!?」
「なんか知らないけど、そうなのよ!早く誰か治療ができる人を連れてきて!!」
フローレスが必死に訴える。
「…そうは言われましても…」
混乱しながらも事態を理解したカリウスが口籠る。
正規軍は軍隊だ。
重病人に特化した術者がいないことはないが、今現在、虹の国は風邪の大流行で優秀な術者達は重病人がいる地域へと集中している。
奇しくも、ランド領は流行のピークは去っていた。
優秀な術者達は次の風邪の流行地域へと赴いた後だった。
「誰もいないの!?」
「…申し訳ありません…これほど重症化されていては治療できる者はおりません…」
「そんな…!!」
カリウスの言葉に絶句するフローレス。
プクプク
またネティアの腹部が膨らむ。
ネティアの病状を目の当たりにした正規軍の騎士達から悲鳴が上がる。
「ネ、ネティア様、俺の女神が…!!!」
「相手は誰だ!!?」
「終わりだああああ!虹の国は終わりだ!!!」
正規軍の騎士達は泣き崩れて、発狂して叫び出す者が続出。
あっという間に正規軍全体に混乱は広がった。
「皆、落ち着け!!」
カリウスが沈静化を図るも、梨の礫。
こんな時こそ、王の一声が必要だ。
だが、王であるレイガルは失神しかけていた。
一段と大きくなったネティアの腹部を見て限界が来てしまったのだ。
ナイトが駆け寄って、レイガルを助け起こす。
「レイガルおじさん!しっかりしろよ!」
ナイトが呼びかけてきたが、レイガルの意識は薄れていく。
「ナイトか…ネティアを頼む…」
「今頼まれたら困る!」
レイガルはナイトの言葉を聞く前に意識を失った。
「レイガルおじさんてば…!」
「陛下!!」
ナイトとカリウスの呼びかけにもレイガルは反応しなくなった。
「あ、私も駄目だ…」
「え、カリウスおじさんまで!?」
カリウスも眩暈を起こし、その場で失神してしまった。
正規軍を率いてきたトップの2人が倒れたことで、正規軍の混乱は収拾がつかなくなった。
「どうしよう…」
フローレスがナイトを不安げに見つめてくる。
ナイトも思いつかない。
そこへ、ちょうどいいタイミングで、懐かしい声を聞く。
「王子!御無事ですか!?」
「シリウスか!」
混乱している正規軍の騎士を押しのけて、ナイトの部下であるシリウス達がようやく駆けつけてくれた。
「心配ない、俺の部下だ」
「部下…」
眉を潜めるフローレスにナイトは彼らの正体を明かした。
「王子、これは一体どうしたのです?正規軍の騎士達の様子が変ですが?」
シリウス達の頭の上には?がクルクルと回っている。
ナイトは状況を手短に説明する。
「ちょうどいいところに来てくれた。原因はこれだ」
ナイトは風邪にかかったネティアを見せる。
「これは…!」
「ご懐妊ですか!?」
「…もうそこまで行ってたのか!!?」
絶句するシリウスに対し、ライアスとルビが的外れな答えを叫ぶ。
「なわけあるか!よく見ろ、これは風邪だ!」
シリウスがライアスとルビの頭をどつく。
対して、アルトとリュックは深刻な顔をしていた。
「と言うわけだ。アルト、リュック、何とか応急処置だけでもできないか?頼む!」
おバカか2人はシリウスに任せて、ナイトは魔法が使えるアルトとリュックに懇願した。
「かなり重症化していますね…私では無理です。リュック、お前はどうだ?」
魔法で勝っているリュックにアルトが聞くと、驚愕の顔を見せた。
「こんなの無理だよ。こんな状態今まで見たことない…どうして、こんなことになったの?たしか、ネティア姫は世界最高の術者の1人だよね?それに、風の民の血も引いてるのになんで…?」
「それは俺達のもわからない。だが、この症状が風邪であることだけは間違いない。リュック、どうしたらいいと思う?」
ナイトの懇願にリュックは渋々ネティアを診る。
「…危ない…このまま行くと、ネティア姫のお腹が破裂してしまう」
「きゃ!!」
想像してしまったのか、フローレスが身震いし始めた。
「一刻も早く高名な術者に治療してもらわないと助からないよ」
「高名な術者か…」
「こんな時、フロントがいてくれたら…」
フローレスがぼそりと呟く。
フロントは騎士だが、あらゆる術にも長けていた。
当然、高度な風邪の治療もできる。
だが、今は期待できない。
ナイトは幼いころに会ったことのある父の知人達をリストアップする。
レイガル王の友人である父の友人はもちろん名だたる有名人ぞろいだ。
だが、彼らは術者を率いて派遣されている可能性がある。
王都に留まり、確実に診てくれる高名な術者、1人いる。
ネティアの母、虹の女王ティティスだ。
女王なら王都を離れることは絶対にない。
しかも、自分の大切な娘だ。
「虹の王都に行くぞ!虹の女王にネティアの治療をしてもらうんだ!」
「そうだ、母上がいた!」
「それは名案です」
ナイトの名案にフローレスが飛びついた。
「誰か、王都まで瞬間移動できる者はいないか!?」
さっそくアルトが混乱している正規軍に呼びかけてみる。
相変わらず混乱している正規軍の騎士達。
しかし、その中に挙手する正常な者が1人いた。
さっそくその騎士を呼び寄せる。
「私なら王都まで瞬間移動の魔法が使えます。ただ、私の魔力では私を含めて5人までしか移動できません」
思わぬ人数制限、患者のネティアと付き添いのフローレスとナイトは絶対。
残り1名をナイトが指名する。
「リュック、ついてきてくれ!」
躊躇うリュック。
その背中をアルトが押す。
「王子のご指名だぞ、リュック」
「…でも、僕じゃ、何にもできないよ、ていうか、耐えられないかも…」
「大丈夫だ、お前とて誇り高き騎士だ。それにお前なら我々より何かの役に立つはずだ」
「アルトの言う通りだ。リュック、お前が適任だ。王子のこと頼んだぞ」
一番ついていきたいはずのシリウスにも言われ、リュックは覚悟を決め、ナイトのところへ来た。
「後のことは我々にお任せください」
「頼んだぞ」
ナイトはシリウス達に混乱した正規軍のことを任せた。
「準備ができた、頼む!」
「…わかりました、では、参ります!」
名乗り出た魔法騎士は剣で空中に円を描いた。
その軌跡が光の輪となって5人の周りを高速で回る。
『開け、王都への扉!』
施術者である騎士が叫ぶと光の輪が膨張した。
そして、一瞬にして景色が変わった。
目の前に女神像がある。
「ここは…神殿だわ!」
「何、王宮じゃないのか…?」
フローレスの言葉に焦っているナイトは驚く。
女王や王は普通は王宮にいるはずだからだ。
「虹の女王は神殿で1日の大半を過ごされています。日々世界のため祈りを捧げるていらっしゃるのです。他の国の女王とは違うのです」
連れてきてくれた魔法騎士がナイトに説明してくれた。
「そうだったのか、虹の女王は今どこに?」
「祈りの間にいらっしゃると思います。私が女官達に事情を話して参りますので、少々お待ちを…」
「頼む、急いでくれ!」
「わかっております!」
「くうぅ!!」
ナイトが魔法騎士と話している時、ネティアが大きなうめき声を上げた。
その後、ネティアの腹部がさらに膨れ上がった。
もう破裂寸前と言った感じだ。
「もうだめだ…」
リュックはそのネティアの姿を見て泡を吹いて失神してしまった。
「こら、リュック、気を失うな!」
ナイトが頬を叩くがリュックが目を覚ますことはなかった。
アルトやシリウスに期待されていたのに、本人が危惧したとおりになってしまった。
「もう間に合わないわ!直接行きましょう!」
「仕方ないな…」
ナイトはリュックを起こすのを諦め、ネティアを乗せた担架をフローレスと2人で抱える。
だが、その前に魔法騎士が立ちはだかる。
「どきなさいよ!このままじゃネティアが死んじゃうでしょう!」
「わかってます、でも、ちょっと、お待ちください!」
魔法騎士とフローレスの押し問答が始まる。
「そんなネティア様のお姿を女王陛下がいきなり見られたら王陛下と同じ状態になられてしまいます!!」
「大丈夫よ、だって母上は術者の頂点に立つ人よ!ネティアみたいな重病に何人も見てきてるはずよ!」
「そうですが、ネティア様は女王陛下の娘、特別な存在なのです!」
「母上なら大丈夫よ!虹の女王として常日頃から冷静沈着よ!母子の感情に惑わされたりしないわ!」
「…………………そうでしょうか?」
「そうよね!?」
「…なんで突然俺に振るんだ?」
自信満々のフローレス。
対して、魔法騎士はフローレスの主張に懐疑的だ。
問われたナイトは一応答える。
「まあ、虹の女王も人の親だろうけど、その点は、女王として割り切ってるんじゃないか?」
「ほらね!」
「…そうでしょうか…」
ナイトの推測だったが、それで決着がついたようだ。
だが、魔法騎士は納得していないようだった。
「さあ、ぐずぐずしてられないわ!早く祈りの間へ急ぎましょう!」
「お、おう!」
ナイトはフローレスに急かされて、担架を担いで祈りの間へ急ぐ。
魔法騎士は心配だったのか、自分のマントをネティアにかけて隠した。
祈りの間に近づくと女官達の姿が見えてきた。
フローレスの姿を見ると女官達は集まってきた。
「フローレス様!お戻りになられたのですね!」
「良かった!!」
皆口々にフローレスの無事を喜んでいた。
「ところで、ネティア様は?」
「ネティアも一緒よ!」
「え…?」
担架を下ろして、マントで隠れているネティアを見せると、女官達は一瞬我が目を疑った。
「ネ、ネティア様!!!!?」
「なんてこと!?」
「これは一体なんです!?」
ネティアの変わり果てた姿を見た女官達は正規軍の騎士同様、混乱してしまった。
魔法騎士が頭を押さえる。
「何って、風邪よ!」
「風邪!?これが…風邪?」
混乱しているようだが、一応事態を飲み込めたようだ。
「そんな、まさか、ネティア様が…」
「急いで、このままじゃネティアが危ないわ!早く母上を呼んできて!」
「は、はい!」
女官達は返事をした。
だが、誰1人動けないでいた。
「どうしたの!?早くって言ってるでしょう!」
業を煮やしたフローレスが怒鳴ると、
「も、申し訳ありません!腰が抜けてしまったようです…」
ネティアの腹太にあまりにも衝撃を受けすぎて、女官達は皆、腰を抜かしてしまっていた。
「もう!仕方なわね!このまま母上の下へ直行よ!」
再び担架を担いでフローレスとナイトは祈り間へ急ぐ。
その後を魔法騎士が心配そうについて行く。
*
虹の女王ティティスは祈りの間で祈りを捧げていた。
世界を守る結界を維持するため、虹の民の幸せのために日々祈り続けているのだ。
しかし、今のティティスは女王というよりは、1人の母として2人の娘達の身を案じていた。
ランド領主ジャミルと結婚すると言って反対を押し切って出て行った娘ネティア。
双子の姉を心配してついていったもう1人の娘フローレス。
報告によると、闇の騎士団と名乗る賊に襲われ、ランド軍は大敗。
フローレスは攫われてしまった。
妹思いのネティアは救出隊に参加を希望したが、ジャミルに止められ、仲違い。
途中で雇った傭兵を共にたった2人でフローレスを助けに行ってしまい、行方知れずに。
静観していた夫のレイガルが娘達を探しに出掛ける事態になった。
そして、昨日、ネティアの闇の騎士への呼びかけを聞いた。
その後のどうなったか、ティティスの下には知らせが届いていない。
そして、水面下で進んでいるあの計画もティティスは何も知らなかった。
『ネティア、フローレス、どうか、無事に帰ってきて…』
母として祈っていると、
「母上!!!!!」
元気なフローレスの叫びが耳に入ってきた。
驚いて、振り向くとフローレスがどこか見覚えのある男と担架を担いで息を切らせて立っていた。
「フローレス!!」
祈りが通じたと、ティティスはフローレスの下へ駆け寄る。
抱擁を交わそうとしたが、フローレスに拒まれる。
「母上、お願い、ネティアを早く治してあげて!」
フローレスはマントを取って、担架に横たわるネティアを見せた。
「………………………………………………ネティア………………………?」
娘の名を口にした後、ティティスは息が止まってしまった。
「女王陛下!」
崩れ落ちるティティスを予見していた魔法騎士が抱き留める。
「だから、言ったじゃないですか…」
「母上!起きてよ!ネティアが死んじゃう!」
失神ししてしまった母にフローレスが泣いてすがる。
流石のフローレスも心が折れてしまった。
「他に誰かいないのか?」
ナイトも切羽詰まって、魔法騎士に訪ねてみた。
「もしかしたら、レイス卿ならネティア様を治せるかもしれません!」
「なら、連れてきてくれ!」
「はい、すぐに!」
魔法騎士は移動魔法をつかって、消えた。
ナイトは藁にも縋る思いで魔法騎士に希望を託した。
「ネティア、もう少しの辛抱だからな、頑張れよ!」
ネティアの手を握って励ます。
***
ビンセント・レイスは王宮の一室に闇の騎士討伐対策本部を設置し、そこで会議を行っていた。
「皆、部屋の隅に行け!何者かがここへやってくる!」
魔力を感知したビンセントが会議に出席していたメンバーに告げた。
メンバーが部屋の隅へ移動した直後、部屋の中央に人影が跪いていた。
「レイス卿!御無礼をお許しください!」
「お前は、ミドルか?」
「覚えてくれていたのですね、光栄です!」
ミドルはレイスの元領民だった。
「それで火急の要件とは何だ?レイガル王からの託か?」
「いえ、今は単独で動いております!ネティア様が危篤なのです!」
急な知らせにビンセント達は仰天した。
「ネティア様が危篤!?一体どういうことか説明するのだ!」
ビンセントはミドルから事の経緯を知る。
***
ナイトは1人、ネティアの手を握ってレイス卿を連れてくると言った魔法騎士の帰りを待っていた。
それは孤独な戦いだった。
「母上!!!」
「どうしましょう、どうしましょう!」
風邪で死にかけている世継ぎ姫ネティアを見た人々は混乱し、泣き叫び、あるいは失神してしまった。
ナイトも気を失えたらどんなに楽かと思ってしまう。
しかし、そんなことはできない。
前世から追いかけてきた最愛の人とやっと巡り合えたのだ。
ここでみすみす諦めることなど絶対にできない。
『誰でもいい!誰か、ネティアを助けてくれ!!』
ナイトは祈った。
すると、
「こんにちは!ティティス女王いる?」
すすり泣く声が響く神殿に、場違いな明るい声が響いた。
しかも、その声をナイトは聞いたことがあった。
「風邪治療の応援に来たんだけど、誰か、まともな人いないの?」
泣き崩れている女官達を見渡しながら、その青年はナイトがいる祈りの間へと入ってきた。
茶髪に茶の瞳、ナイトと同じくらいの年齢。
女多数の術者を従えている。
その青年と視線がぶつかり合う。
「「・・…あ・・…」」
2人して、気付く。
「髪の毛金髪に染めてるけど、ナイトだよね?」
「アルアか…本当にアルアなのか!?」
ナイトはネティアの下を離れ、友人である風の国の王子を触って確かめる。
幻ではない。
風の民の王子であるアルアなら風邪の治療など朝飯前だ。
「そうだけど…何でここにいるの?」
「話は後だ!アルア!ネティアを治してくれ!」
ナイトはアルアの手を引いてネティアの下へ連れて行く。
アルアの顔が驚愕に歪む。
「ナイト…やっちゃったね…」
アルアはどっかのおバカ2人と同じ発想をした。
ナイトは剣を抜いてアルアに突き付けた。
「冗談だよ、冗談!これ風邪だね、しかも、かなりヤバい!」
「わかってるんなら、さっさと治せ!後で、何でも言うこと聞いてやるから!」
「え、本当?わかったよ。だから、剣を収めて」
ナイトが剣を治めるとアルアはネティアの膨れ上がった腹部に手を当てた。
「こら、駄目じゃないか、出て来いよ」
アルアがほんの一言語り掛けると、緑色の光があっさり出てきた。
それと同時にネティアの膨れ上がった腹部が普通へと戻って行く。
緑色の光はアルアの周りをグルグルと回っている。
何か訴えているようだった。
「ネティアの中に何かあるって?」
ネティアの体型は元に戻ったが、風の精の訴えを聞いてアルアはもう一度診る。
「あ、本当だ…何かあるな…これは…」
「アルア様!!!」
突然、祈りの間の奥の扉開き、髪の長い1人の男が入ってきた。
それはナイトが夢にまで見た兄の姿だった。
真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
「フロント!やっと起きてきたのね!」
フローレスが駆け寄る。
「申し訳ありません、フローレス様。ネティア様が大変な時にお守りできなくて」
フロントはそう言うと、ナイトの前を横切って、アルアの下へ行き、耳打ちする。
「どうか、このことはご内密に…」
アルアは難しい顔をしたが、
「わかったよ…」
と答えて、フロントにネティアを引き渡した。
フロントはネティアを引き取ると、気を失っている女王ティティスの下へ行き、そこで始めてナイト見た。
「また後でお会いしましょう…」
フロントはそう言い残すと、ネティアとティティスを連れて瞬間移動の魔法で消えた。