再来の王
「…そろそろだな…」
「…はい…」
最期の時が近づいていた。
空気を震わせる羽音の群れが、2人がいる建物を包囲していた。
もう逃げることはできない。
2人は固く手を握り合い、起爆装置の下へゆっくり歩いていく。
先ほどまで明るく未来のことを語り合っていた夫婦の笑顔は消え去り、硬い表情になっていた。
死への恐怖が顔に出そうで、そんな顔になる。
だが、その顔を一番見られたくない女が傍にいる。
ナイトは起爆装置の鍵を差し込んだ。
手が震える。
最期に、もう一度、最愛の妻の顔を見る。
妻も泣きそうな顔でこちらを見ていた。
2人の気持ちは同じだった。
それだけで、なぜか、救われたような気がして、ナイトは微笑んだ。
「…来世で会おう…」
「…はい、お待ちしております…」
最期の言葉を交わした後、ナイトは鍵を回した。
カタカタカタカタと起爆装置が作動する。
その音はだんだん速くなっていく。
そして、地下から強烈な光が吹き出してきた。
最期の瞬間、ナイトは妻を庇う様に抱きしめた。
光の中に2人は消えた。
肉体は消え去った。
その痛みはなかった。
だが、魂は残っていた。
普通は肉体が残り、魂が先に行くのだが。
光の中に、姿は見えないが、2人の魂はあった。
だが、器を失った魂も消滅が遅れてやってくる。
2人は少しでも長くいようと踏ん張るが、
『…さようなら…』
妻が先に消える。
最愛の人が消えていく…その悲しみは、自分の死より苦しかった。
『ネフィアあああああああ!!!!!』
ナイトは魂の叫び声を上げて、妻の後を追った。
***
「はっ!」
ナイトは飛び起きた。
前世最大の悪夢だ。
最愛の人の消滅をまじかに体感したあの瞬間は、自分のすべてを吹き飛ばした。
しかし、今ここには温もりがあった。
すぐそばに、最愛の人の生まれ変わりが疲れて眠っていた。
昨夜のことを思い出して、ナイトは頭を押さえた。
『…はあ、これから面倒なことになるな…』
手順を飛ばして、一気にネティアと深い中になってしまった。
その付けを払うのはさぞ骨が折れるだろう。
だが、後悔はなかった。
一番欲しかったものを手に入れた。
抱きしめていたものが消え、再び、その魂を抱きとめることができたのだから。
ナイトは涙後の残るネティアの頬にキスをする。
ネティアは疼いたが、まだ、眠ったままだった。
「よく、俺を選んでくれた…」
眠るネティアの髪を撫でて褒めた。
ナイトはネティアに正体をまだ明かしていない。
それなのに、ネティアはナイトを選んでくれた。
反対の立場だったら、ナイトはどうしても踏み切れなかっただろう。
なぜなら正体不明の旅の傭兵だ。
いつ気付いたのか、それとも気づいていたのか?
定かではないが、ネティアはナイトを前世の夫だとわかったようだ。
だが、ナイト(ルーク)は旅の傭兵。
ネティアは相当悩んだことだろう。
しかし、水の国の第一王子ならうまく釣り合う。
始めから正体を明かしていれば、ネティアは悩まなくて済んだかもしれない。
『こうなった以上、正体を明かしとかないとな…でも、俺の正体知ったら怒るかな?』
ナイトは心配そうにネティアを見る。
身分が身分だけに、策略に嵌められたと怒り狂うかもしれない。
『うーん、全部終わってから正体明かすか…』
今正体を明かすと、説明が大変だ。
なぜ、こんな状態になったのか、ナイト自身も予測不可能だった。
「うーん、ルーク…」
ネティアが目を覚ました。
「おはよう、ネティア」
思い切って、呼び捨てにしてみる。
すると、ネティアの目が見開かれ、頬を赤らめながら起き上がった。
「…おはようございます…」
「昨日の夜のこと、覚えているか?」
ちょっと、心配になって確認する。
前に一度ネティアは前世の話をした。
だが、次の日には覚えていなかった。
今回もそのパターンではないと危惧したが、
「覚えています…何もかも…前世のことも…」
今度ははっきりと認めた。
何故、前回の時は覚えていなかったのか疑問に思ったが、それよりも確認しなければならいことがあった。
「後悔してないか?」
「後悔なんてしてません。でも…」
ネティアは泣きそうな顔でナイトを見つめてくる。
「これから、大変なことになります。あなたがどうなるか…」
ネティアはナイトの身を案じてくれていた。
きっとそのせいで、覚えていないと、嘘を吐いたのだと思った。
「俺のことは心配しなくていい。だって、虹の国は俺達が願って造った国だ。俺が受け入れられないわけないさ」
「ですが!長い年月が過ぎ、あなたの願いは忘れ去れました…もう、この国はあなたが望んでいた国ではなくなってしまったのです…あなたが戻ってくるまでに…少しは元に戻しておきたかった…」
思いつめるネティアの額にナイトはデコピンを放つ。
「一人で背負いこむなって言っただろう?お前の悪い癖だ」
ナイトは額を抑えているネティアにニッと笑ってみせる。
「俺が戻ったんだ。軌道修正は俺に任せろ」
ナイトが自信満々で言うと、ネティアは微笑を漏らした。
「まずは、反乱を起こした闇の騎士団から、お仕置きだな。そして…」
「あのやり方ですね」
最後まで言わなくてもネティアはナイトが言おうとしたことを理解していた。
2人は笑顔で頷き合う。
「そうだ、夫婦になったんだし朝風呂に一緒に入ろうぜ。せっかくの秘湯に1人で入るのは何か味気なかったんだよな」
「わたくしもそう思っていました。戻って入るのも難しそうですからね」
「よし、一風呂浴びて、闇の騎士団をつぶしに行くぞ」
「はい」
ナイトとネティアは一緒に温泉に浸かった。
旅に出ることが多かった2人が前世でよくしていた習慣だった。
朝日が昇ってくるまで漬かってから上がる。
朝食にミナが作って持たせてくれたパンをおいしくいただく。
今度はちゃんと味がった。
パンを食べきると、身支度を整え、いざ、出発と言うとき、ナイトはあれをネティアに渡しておくことにした。
「ネティア、左手を出してくれ。たぶん合うと思うんだけど…」
ネティアが左手を出すと、大事な母の形見であるサファイアの指輪をはめる。
「まあ、ピッタリ…」
「本当だな…」
ネティアは自分の指にピッタリの指輪に驚く。
サムに調節してもらったのだが、偶然と言うことにしておく。
事前に準備しておいたなど、とてもじゃないが言えない。
「母さんの形見なんだ。お前にこれを持っていてい欲しい。まあ、婚約指輪だな。今できる俺の精一杯の気持ちだ」
「ルーク…」
感極まったネティアの目に涙が貯まる。
「俺を信じてくれ。終わったら俺のすべてを話すから…」
「はい…わたくしはあなたが何者であろうとも、どんな困難も受け入れる覚悟があります」
「あははは、言ってくれるな。でも、現世の俺もけっこういい家の出だから、そう心配しなくていいぞ」
「ふふふ、それは前世と同じですね。確か、前世は大富豪の御曹司で、後を継がされるのが嫌で傭兵をやりながら放浪してましたよね?」
「う、…そこまで、覚えているのか…まあ、前世と同じと言うか、それ以上かもな…」
今世では、父の後を継ぎたかったのだが、追い出されてしまった。
追い出されなくても、前世の約束のために自分から出て行ったと思うが、水の国の第一王子という生れが良かっただけに、惜しい気もした。
『と言うか、俺、どこに生まれてんだよ?本当に旅の傭兵だったら真っ先にネティアのところに行けたのに…』
本当にただの傭兵だったとしても、レイガル王のように一兵卒から王にまで上りきる自信があった。
前世から追いかけてきた愛する者を他の男に譲るつもりなど毛頭ない。
それがどんなに権力と財力の有る者だったとしても。
『運がいいのか、悪いのか…いや、俺じゃなくて、親父か?』
父親の変な生い立ちのせいで、今世のナイトは苦労していた。
前世は豪商の跡取り息子で自由がきいたが、王族の身分では自由が利かなかった。
「どうされました?」
「いや、何でもない。さあて、行こうか!」
「はい!」
朝日を背に、ナイトとネティアは手を取り合って闇の騎士団のアジトへと出発した。
2人を結び付けたキューピットの泉は、2人の姿が見えなくなるとその姿を霧の中に消した。
***
「あ、出てきた!!」
地図の番を寝ずにしていたリュックが、ネティア姫の魔力を再び感知して叫んだ。
主の身を案じていた一同はホッとし表情になる。
「休息されていただけのようだな…」
「休息時に我々に追いつかれないように一旦魔力の放出を止められたのだろう」
「あーもう、冷や冷やしたぜ…」
シリウス、アルト、ルビが安堵の溜息を漏らす。
「ランド軍と正規軍の方にもう動きがある。どうやら両軍ともネティア姫の魔力を感知したようだな」
ライアスが、つかず離れずにいる2つの軍を遠目に見て知らせる。
「どっちが早いと思う?」
ルビが聞くと、
「優秀な術者が多いのは正規軍だ。だが、ランド軍には地の利がある」
アルトが難し顔をして答えた。
予測は難しいようだ。
「正規軍に先に辿り着いてもらわんとな…」
シリウスが歩き出す。
それの後に全員が続く。
どちらの軍が先に着くにせよ、彼らも遅れるわけには行かなかった。
***
ほの暗い洞窟の中。
囚われのフローレスはこの謀反の首謀者をじっと見ていた。
首謀者はフローレスの目の前で決戦前の身支度を整えていた。
最後に仮面をつける。
「さてと、そろそろ行ってきますね」
と、振り返って場違いな明るい声でフローレスに話しかけてきた。
「むご、むご、むご、むごおおおん!」
(負けったって知らないわよ!)
猿轡をされたままのフローレスが返す。
「大丈夫ですって、絶対負けませんから」
首謀者は自信満々で答えた。
「もご、あうわ、むーーと、うーうお!」
(でも、相手はネティアとルークよ!)
「そうですね、強敵ですね…でも、準備は万端ですから!」
じゃーん、と張り巡らされた結界を可視化できるように光らせた。
フローレスの心配など首謀者は気にも留めていない。
作戦が上手くいって上機嫌になっているのだ。
「いや、正直ここまでうまくいくとは思っていませんでした。幕引きも完璧に仕上げて見せますよ!」
首謀者の仮面が小刻みに揺れる。
仮面の下で笑っているのだろう。
「もご、まんまいじってこおおともあうだあう?」
(でも、万が一ってこともあるんじゃない?)
「もう、心配性ですね、大丈夫ですよ。それより、囚われのヒロインらしく振舞ってくださいよ!」
心配するフローレスの傍に来て首謀者は肩を叩いた。
嫌そうな顔で沈黙するフローレスに、
「大丈夫ですよ、こう見えて私けっこう強いんですから…」
と安心させるように首謀者は言ってきた。
彼のいつもの口癖だ。
「わああかあわあよ、ふぁあやあくいーてえくえてお!」
(わかったわよ、早く行ってきなさいよ)
「はいはい、ちゃちゃっと、終わらせてきますから…」
首謀者はフローレスに手を振りながら、ネティア達を迎え討ちに出た。
「すげえ、猿轡したフローレス様と普通に会話してたな…」
「まあ、ずっと傍で仕えてたらああなるんだろうよ」
「主従の絆ってやつか」
フローレス達の会話を間近で見ていた闇の騎士達は感心していた。
***
秘湯から出発したナイト(ルーク)とネティアは一気に山を駆け上がり、険しい谷を難なく降りてきていた。
すべてはネティアの魔法が使えたからだ。
浮遊魔法で霧深い谷をゆっくりと降りながら、岩肌を見る。
谷のちょうど半分くらいまで降りたとき、険しい岩壁によく見ると人が通れる小道発見した。
その細い小道に2人で降り立つ。
人1人がやっと歩ける程度の道だった。
すぐ横は谷底とあって、足がすくみそうになる。
魔法があるがナイトは念のため、ネティアと自分をロープで繋ぐ。
2人でゆっくりゆっくり進んでいくと、崖の上から岩が転がり落ちてきた。
ガラガラ!
ナイトはネティアを引き寄せて、やり過ごした。
「大丈夫か?」
「ええ、平気です…」
谷底に落ちていった岩を見たせいか、少しネティアの顔色は青かった。
ナイトは霧の向こうに見える洞窟を確認していた。
「あと少しで目的地だ」
「はい、頑張ります!」
ナイトはネティアを自分の背にしがみつかせながら先に進んだ。
そして、とうとう、洞窟の入り口に辿り着いた。
ネティアがナイトの背から離れてホッとしていると、突然、洞窟に松明の明かりが灯された。
2人を導くように中まで続いている。
「行こう…」
ナイトが先を歩いて、ネティアがその後に続く。
洞窟はシンプルに一本道だった。
罠もなかった。
ずっと松明に照らされた道を歩いていると、大空洞に辿り着いた。
その中に入ると、今までついていた松明の明かりが消えた。
『お待ちしておりました。ネティア姫』
暗闇の中に闇の騎士の首謀者の声が響いた。
そして、青白い炎を伴って、大空洞の中心地点に闇の騎士が現れた。
その後方の壁際にも青白い炎が現れた。
左右に5個ずつ…10人の闇の騎士が出現した。
そして、その中央に一際大きな青白い炎と共に現れたのは磔にされたフローレスと、バーサーカーだった。
「フローレス!!」
フローレスの姿を確認して、思わず駆け寄って行きそうになるネティアをナイトは押し留める。
そして、首謀者を睨んで話しかける。
「ずいぶん、数が減ったんじゃないか?」
「ああ、アルバイトは帰った。本業は我々だけだ」
「なるほど、責めは自分達だけで受けるつもりか」
「いや、受けるつもりはない。逃げ遂せてみせるからな」
「大した自信だな、俺達から逃げられると思っているのか?」
首謀者は噴き出す。
「たった2人で何ができる?しかも、ここは私の結界の中だぞ。ネティア姫は動けるとしても、お前も自由に動けるとでもでも思っているのか?」
「思ってないさ。だけど、俺はお前に勝つ自信がある」
そう言い切ったナイトの横にネティアが進み出る。
「ランドの騎士達も無事なのでしょうね?」
首謀者は指を鳴らして、高い大空洞の天井にランドの騎士達の様子を映し出した。
巨大なクリスタルの中でランドの騎士達は眠っていた。
「約束は守っていますよ。それで、私に何をお望みですか?」
「ずばり、あなたの正体です」
返答を聞いた首謀者は仮面と肩を震わせた。
「これはこれは、また単刀直入ですね…」
「悪いようにはしません。大人しく正体を明かしてくれませんか?」
「無理な相談です。私も今の地位を捨てる気は毛頭ありませんので。さっきも言ったでしょう?逃げ遂せてみせると」
「では、止むを得ません。力づくであなたの正体を暴きます!」
ネティアが引くと、ナイトは剣を構えた。
闇の騎士達も首謀者に倣って、一斉に戦闘態勢に入る。
だが、ナイトは首謀者1人に剣を向ける。
「俺とサシで勝負してもうぜ!」
襲い掛かろうとしていた配下の闇の騎士達を首謀者が手を上げて制する。
「いいだろう…お前と一対一で勝負してやろう」
配下の闇の騎士達がざわめく。
「大丈夫だ。私1人が戦ったとて、結果は同じだ。もし負けたとしても、お前達で何とかできる」
その首謀者の言葉で配下の騎士達は大人しくなった。
「大した自信だな」
ナイトは間合いを探るためゆっくりと動き出す。
「当然、地の利はこちらにある。お前こそ余裕だな、援軍が来るまで持ちこたえられるのか?」
首謀者も同じく動き出す。
「いや、援軍が来る前にお前を倒す。でないと、正体が分かっても意味がないからな」
「傭兵風情が、面白いことを言う。この私を倒すだと?」
「ちゃんとお前を倒す秘策を考えてきたからな」
「ほう、それは楽しみだ。だが、その秘策とやらを見れないのが残念だ…」
首謀者の地面から禍々しい赤い光が迸る。
「その秘策が出るまで待ってやれる時間はない!一気に終わらせてもらう!」
『溶岩!!』
地面から大きな溶岩が出てきた。
「これならばお前の剣でも切れまい!」
その溶岩を首謀者はナイトに向けて放つ。
「俺の剣じゃ無理だな」
そう呟いてナイトは剣をあっさりおろした。
「え!?ちょっと、待って…!!」
慌てたのは溶岩を放ったはずの首謀者だった。
しかし、時すでに遅し、溶岩はナイトに直撃する。
スー!
ボロボロ…
溶岩はナイトに直撃する前に、赤みがなくなり、砕け散った。
「………………………え?………………………」
首謀者の間の抜けた声が大空洞に響き渡る。
何が起きたかわからないのだ。
配下の闇の騎士達も同様だ。
それを見て、ナイトが悪戯っぽっく笑う。
「ああ、言い忘れていました。わたくし、ジャミルとは結婚しません。代わりに、この者と結婚することにしました」
ネティアがナイトの横に来て寄り添う。
「え?」
まだ意味が理解できていない闇の騎士達。
「そういこと」
ネティアを抱き寄せて、2人で笑顔を振りまくと、
「ええええええええええええ!!!!!!」
「むーーーーーーーーーーー!!!!!!」
大空洞に首謀者を始めとする闇の騎士達の驚きの声が木霊した。
その中に、フローレスの声が混じっていた。
「え?え?え?…お前が?…まさか、ネティア様が…?」
動揺を隠しきれずに、首謀者はナイトとネティアを交互に見る。
「これで、お前達の要求は叶ったな。次は俺達の要求に応えてもおうか?ネティア、フローレスを…」
「はい!」
ネティアが離れると、ナイトは首謀者に斬りかかった。
弾かれたものの動揺が激しいのか、たった一撃でよろめていた。
ナイトは微笑を浮かべた。
機先を制した、こちらの勝ちだ。
「…お前の要求とは一体何だ?」
「そうだな、まずはその仮面の下を見たい」
「その要求には応じられない!」
「だよな、なら、お前を倒すまでだ!」
ナイトは再び斬りかかる。
首謀者は抵抗するが、前のような切れがない。
追い詰めるものの、寸前のところで逃げられる。
「意外にしぶといな…」
「はあ、はあ…当たり前だろう、仲間の命運もかかっているからな…はあはあ…」
息を切らせながらもまだ抵抗を続ける首謀者にナイトは呆れた顔をした。
「だから、悪いようにはしないって言ってるだろう?」
「何???」
「大人しく俺に下れ!そして、俺の味方になれ!」
「お前の味方だと?」
「そうだ、俺もお前達と同じ、虹の国の世継ぎ姫を横取りした大罪人だ。その俺に味方はいない。つまり、俺がお前達の王になってやる!」
ナイトの王宣言に、大空洞内は静寂に包まれた。
「お前達にとってはジャミルよりはマシな王だろう?」
「…それは…そうだが…」
即答に困る首謀者にナイトは業を煮やして再び斬りかかる。
「今すぐ決めろ!決められないなら、その仮面引っ剥がして強制的に俺の下僕にする!」
「ちょっ、ちょっと、待って!!」
攻防から一転、首謀者はナイトから逃げ回り始めた。
*
ルークが謀反の首謀者と戦っている間、ネティアはフローレスの救出に来ていた。
闇の騎士10人+バーサーカー相手では骨が折れると思いきや、意外にあっさりとフローレスの下へたどり着けた。
その理由はルークの王宣言だ。
10人+1は何やら検討しているようだった。
その隙にフローレスを救出する。
「フローレス、大丈夫!」
磔にされているフローレスを風魔法で自由の身にした。
しかし、口にはまだ猿轡がついている。
それを解こうとするが、手では解けない。
魔法がかかっているようだ。
「今、解いてあげるから…」
ネティアが解除の魔法をかけようとするのをなぜか、フローレスは手で制してきた。
なぜか、食い入るように逃げまどっている首謀者を見つめている。
ネティアが不思議に思ってその横顔を見つめていると、闇の騎士達の会話が耳に入ってきた。
「なあ、これって別にいいんじゃね?だって、これその為のものだろう?」
ゴン!
「馬鹿、事はそう単純じゃないんだよ!このことが知れたら、どんな大目玉を食らうか…」
「だから、2人きりはまずいって言ったんだよ。上の連中はわかってないよな、だって若い男と女だよ?だいたいそんな風になっちゃうよ…」
2人きり、若い男と女、そんな風…
どう聞いても自分とルークのことのように聞こえる。
しかし、その為のもの?事が知れたら大目玉とは?
ネティアの注意が闇の騎士達の検討会に向かう。
「なあ、これからどうする?ランド軍と正規軍がもうすぐ押し寄せて来るぞ。逃げるのか、戦うのか?」
「うーん、それは迷うな。若はいないし…おし、聞いてみっか…」
そう1人の闇の騎士が言うとルークから逃げ回っている首謀者に声を掛ける。
「なあ、ランド軍がすぐそこまで来てるけどどうする?」
「そんなことより、助けに来いよ!」
首謀者から助けを求められた闇の騎士達は重い腰を上げようとしたが、
「そうはさせません!」
ネティアが立ちはだかった。
すると、すぐに白旗が上がった。
再び闇の騎士は首謀者に声を掛ける。
「あ、無理だわ!」
「何!!!!!???」
「だって、俺達、お前みたいに度胸ないもん!」
「この薄情者共おおおおおおお!!!!」
絶望的な首謀者の絶叫が響いた。
そのやり取りを見てネティアは呆気に取れる。
仲間に見放された首謀者だったが、たった1人救援に駆けつける者があった。
「フローレス!!」
駆け出したフローレスにネティアは目を剥いた。
フローレスは一直線にルークと首謀者の下へ走っていく。
*
ナイト(ルーク)は首謀者を追い詰めつつあった。
もう相手は足元がふらついている。
ナイトは斬りかかると見せかけて、足払いをした。
「くわああ!」
ふらついていた首謀者はとうとう地面に倒れた。
「これで、終わりだ!その仮面、割らせてもらう!」
ナイトは剣で仮面を割ろうと、剣を振り降ろそうとした。
ドカ!!!!
強烈な回し蹴りがナイトの脇腹に直撃。
ナイトは横に吹っ飛んだ。
起き上がると、猿轡をされたままのフローレスが腰に手を当て首謀者の前に立っていた。
フローレスは怒っているようで鼻息が荒い。
「…面目ありません……」
と首謀者はフローレスに謝っていた。
「何すんだ、フローレス!!?」
納得がいかないのはナイトだ。
助けに来たはずの相手に回し蹴りをお見舞いされたのだから。
しかし、その理由はすぐに知れた。
ポロ、
「あ…!」
「!?」
首謀者の仮面がポロリと落ちたのだ。
その顔を見てナイトは驚愕した。
「あ、ああああああ!!!にい…」
ナイトが思わず発そうとした言葉を首謀者は口に指をあてて制した。
後から駆けつけてきたネティアも、その顔を見て手で口を塞ぐ。
頑なに伏せられてきた首謀者の仮面の下にあったのはネティアの良く知った顔だった。
一番近くでネティアとフローレスを見守っていたあの人物だったのだから。
ナイトにしてみても、良く知った顔で、久しぶりに見るその困った笑顔には昔の面影が見て取れた。
『兄ちゃんだったのか…どうりで強いわけだ…』
虹の双子姫の騎士フロント。
虹の国では最強の騎士と謳われている。
ナイトはネティアのことで頭がいっぱいになっていて、最初の目的である兄との再会を完全に忘れていた。
なぜなら、懐かしの兄は王都で昏睡状態と聞いていたからだ。
どうゆう状況でここにいるのかは不明だが、正体が兄だと判明したことでナイトはすべてを悟る。
『…てことは、俺達、はめられたのか!?』
ナイトの心を読んだかのように、兄は手を立てて『ごめん、ごめん』というジェスチャーをしてきた。
嬉しさと怒りを通り越してナイトは呆れてしまう。
まさか兄との再会がこんな形になるとは思ってもいなかったのだから。
そして、更に、兄の意外な一面に直面することになる。
「ランド軍が来るぞ!!!」
仲間の闇の騎士達が大声で知らせてきた。
「闇の騎士共、覚悟!!」
「ネティア姫、ご無事ですか!?」
「フローレス姫と仲間達を返せ!!」
ランドの騎士達が大空洞の中になだれ込んできた。
こちらの邪魔をさせまいと、ランド軍を塞き止めている。
「いやん!!」
「…え?」
ナイトは兄の口から信じられない声音を聞いた。
しかし、その声を発した後、フロントはすぐに仮面を被り直していた。
「…今の声、女?」
ナイトがネティアとフローレスを見る。
フローレスは呆れ顔で、ネティアは苦笑いを浮かべていた。
「今行くぞ!マイスウィートハニー!!!!!!」
仮面を被ったフロントの前に見覚えのある闇の騎士が高速で降り立った。
ネティアがぼそりと呟く。
「…ライガ、生きてたのですね…」
「え?あいつ…!?」
名前を叫びそうになるナイトをフローレスが睨んできたので、慌てて口を噤む。
ライガが現れたことで、闇の騎士達がフロントの下へ集結した。
闇の騎士達を囲むように青白い光が魔法陣を描く。
ランドの騎士達がネティアとフローレスを保護するように囲む。
「ネティア姫、無事か!?」
「ジャミル…!!」
大空洞にジャミルも入場してきた。
大空洞内はランドの騎士達で埋め尽くされた。
フロントは大勢のランドの騎士達を前に、ナイトとネティアに向けて言葉を発する。
その声は、もう女声でなかった。
「あなた方の要求を飲もう!ルーク、我々はあなたを次代の虹の王と認める。そして、あなたの力になることを約束しよう!」
「何、次代の虹の王だと!?」
ランドの騎士達に動揺が走り、ナイトとネティアに視線が集まる。
ジャミルもネティアを食い入るように見つめてくる。
「では、我が王よ、しばしの別れです…またすぐあなたのために必ずや馳せ参じます!」
そう言い残して、闇の騎士達は瞬間移動した。
闇の騎士達が消えた後、大空洞内は静寂に包まれた。
刺すような視線が向けられる。
ネティアが不安そうにナイトの手を握ってきた。
ナイトはその手を握り返して、『大丈夫』だと言い聞かせた。