闇の騎士団のアジト
日が昇る前の早朝。
鶏の鳴き声が聞こえる中、ナイト(ルーク)は準備を終え、ネティアが支度を終えるのを玄関で待っていた。
身支度を整えたネティアが硬い表情で階上から降りてくる。
「準備はできたか?」
「ええ、あなたこそ、大丈夫なのですか?」
「ああ、ばっちりだ」
ナイトは力こぶを作って見せる。
しかし、ネティアの表情は硬いままだった。
「…止めるのならば、今のうちですよ」
意外なネティアの一言にナイトの士気が下がる。
「急に何を言うんだ、姫…ここまできて尻尾巻いて引き下がれるか?」
「…賊はランドの軍を少数で追い込んだ謎の騎士団です。頼んだところで大人しく正体を明かしてはくれないでしょう。わたくしとあなただけでは苦戦は必至。もし、敗れた時、…わたくしは大丈夫だとしてもあなたはどんな目にあわされるか…」
ネティアは目を伏せた。
ナイトのことをちゃんと心配してくれているのだ。
嬉しさが込み上げる。
「そんなに俺が信用できないのか?」
「そんなことはないです!ですが…」
「心配ない、俺はこう見えて、姫が思っている以上に賢くて、強いんだ。しかも、一応、仲間もいるしな…」
仲間とは水の国から連れてきたナイトの側近達。
皆、将来を期待された有能な騎士達だ。
自慢ではないが、たった5人でも闇の騎士団より強いはずだ。
「ルークに仲間がいるのですか?」
「ああ、一応、連絡はとったから俺を探して駆けつけてくれるとは思う。あいつら鼻が利くから」
「…そうですか…それは良かった…」
ネティアは胸を撫でおろした。
「姫様、ルークさん」
アダムとミナ、そして、サムの親子が見送りに現れた。
「頼まれた食料と水です。これだけで大丈夫ですか?」
アダムが心配そうに聞いてきたが、ナイトは中身を確認して笑顔を見せる。
「大丈夫だ。そんな長旅にはならないだろうからな、なあ、姫?」
「ええ、今度のわたくしの作戦では、闇の騎士は自らそのアジトの場所を示すはずです。そこへ一気に攻め込みます」
攻め込むという、ネティアの強い口調にナイト達は息を飲んだ。
今度こそはと言う強い意志が感じられる。
「お世話になりました、皆さん…」
ネティアが玄関を出る前にサム達に頭を下げた。
「お気をつけて…」
ミナが不安げな顔で言った。
「今までありがとうな」
「いえ、終わったら、ちゃんと顔を見せてくださいよ」
「そうだな、酒でも飲みに行くか?」
「いいですね」
ナイトとアダムは再会の約束をした。
「サムの親父さんもありがとうな」
「いいえ、これくらいお安い御用です。また頼って頂きたいくらいです」
サムはナイトと握手を交わした。
その際、耳元で、
「ルークさん、あなたのご武運をお祈りしてますよ…」
と呟かれた。
ナイトの顔に苦笑いが浮かぶ。
「それでは、ルーク行きますよ。目的地は『空山』です」
ネティアは凛と言って背中を見せた。
***
チーン
日は上ったはずなのに、テントの中は真っ暗だった。その暗闇に仏壇の鐘の音のような音が響く。
ろうそくの明かりに双子姫の写真が浮かぶ。
「ネティア…どうして出てきてくれないのだ?」
2人の父、レイガル王は愛娘に呼びかけている。
その横のベッドで、グリスは寝そべってマンガ本を読んでいた。
寛いでいるのではない、レイガル王の監視をしているのだ、一応…
「もしかして、救援に来てほしい、とお前が頼んだのに来なかったことを怒っているのか?」
「ひどい、父親っすよね…」
たまに相槌を打って、レイガル王をへこませる。
「私が嫌いなのか?」
「まあ、年頃ですからね…」
「父より、その傭兵の男がいいのか?」
「年近いっすからね」
「そんなにいい男なのか?なら、父に紹介するんだぞ」
「正規軍に勧誘済みです」
さり気に報告。
「父がお前の夫に相応しいか、見定めてやるから、それまでは…早まったことは…」
「闇の騎士団探し回って、我々から逃げ回ってるのに、そんな暇ないっすよ」
そして、突っ込む、グリス。
「…そうだな、父がどうかしていた…お前はそんなふしだらな娘ではなかったな…」
チーン
レイガル王は反省の鐘を鳴らした。
***
朝日が昇った空山にネティアとナイト(ルーク)は辿り着いていた。
まだ早い時間と言うこともあり、人の気配は疎らで、そのほとんどが日の出を見に来た登山者だ。
捜索隊の騎士と術者の姿も見かけた。
だが、彼らが見ているのは遠方。
灯台下暗しで、探している世継ぎ姫がすぐそばにいることに全く気づかない。
前に、闇の騎士が現れたときのことを思い出し、ナイトは苦笑した。
あの時とは逆の状態だ。
朝日を眺めるネティアが立つ場所は、前に『透視』をし、闇の騎士が現れたところと同じ場所だった。
ナイトは注意深く辺りに気配を配る。
前は闇の騎士に背後を取られるという不覚を取った。
その同じ失敗を繰り返さないためだ。
しかし、今度はその心配はなかった。
「あたりに異常はないぜ、姫」
「そうですか…」
ネティアは緊張しているようだった。
何をするのか、ナイトには見当はつかない。
ただ透視ではないようだ、何やら魔法陣を描いている。
魔法を使うようだ。
魔法を使えば、闇の騎士団だけでなく、正規軍、ランド軍にも感知されてしまう危険性があるが、それも辞さない覚悟のようだ。
「…魔法使っても大丈夫なのか?」
「魔法を使うことが重要なのです。それに魔法が使えないとわたくしは何もできませんから」
「準備が整いました…今から魔法を使います。わたくしの手を握っていてください」
「…わかった…」
ネティアの手を握りると冷や汗で冷たくなっていた。
「では、行きます…」
魔法陣の中央に立つと、ピンク色の光が魔法陣から発せられる。
その強い波動は広範囲に広がっていく。
魔力を持たない者でもわかりそうなくらいくらいはっきりとした波動だ。
『聞こえますか、闇の騎士よ!わたくしは虹の国の世継ぎネティアです!』
ネティアの声が頭に響く。
魔力に声を乗せて、広範囲に発信しているのだ。
この声を受信した人々は驚いていることだろう。
『単刀直入に言います。直接わたくしと会いなさい!これに応じない場合は、わたくしは予定通りランドに参ります!以上!』
ネティアは送信を打ち切った。
だが、凄まじい魔力を放ったので、闇の騎士団の他にも、ランド軍、正規軍にも居場所は知られたはずだ。
すぐに正規軍、ランド軍の捜索隊が駆けつけてくるだろう。
その前に闇の騎士はネティアに返答しなければならない。
「やるな、これなら闇の騎士もメッセージを出さざる得ないな…」
「返事が来たら、魔法で飛びます!ルーク、心の準備をしておいてください!」
ネティアとナイトは闇の騎士が返してくるであろう反応を見逃さないように、周囲に注意を払う。
*
「くくく…これは面白い…さあ、どうする?」
レイガル王の下に密かに向かっていた闇の騎士が木の上から空を見上げて愉快そうに問いかける。
問いかけた相手はもちろん、この事件を巻き起こしした首謀者だ。
*
「…やってくれるな…」
洞窟の中で休んでいた闇の騎士の首謀者は疲れた溜息を吐く。
気だるそうに地面に小さな魔法陣を掻き、その上に、紙の切れ端を置く。
魔法陣が紫色に輝く。
首謀者はネティアに返事を返す。
*
辺りを窺っていたいナイト(ルーク)のバックパックの中から紫色の光が溢れてきた。
「ルーク!」
ナイトがバックパックを開けると、本が飛び出してきた。
闇の騎士が触った、あのデートブックだ。
ページが開かれる。
『休日は都会の喧噪を離れ、2人でイズミの名湯で癒されよう!まだ発見されていない、隠れた『秘湯』も多数あり!』
場違いな宣伝文句は置いといて、闇の騎士団のアジトが地図に示された。
場所は、ジャミルとの合流場所に指定した南の橋の下の谷だった。
「あいつら、あの険しい谷に隠れ家作ってたのか…」
谷は、深く、険しく、霧もあり、とても人が住める場所ではないように見えた。
一応、捜索隊も調べたと思うが、天然の霧と人外の地形でうまく誤魔化したようだ。
「もっと考えるべきでした。谷の霧を利用した結界でしたから…」
ネティアは反省を述べてから、ナイトの手を強く握りしめた。
「正確な場所を特定しました。一気に飛びます」
「ああ、行こうぜ!早くしないと、ランドと正規軍の騎士が来るぞ」
もう両軍の捜索隊の声が聞こえてきていた。
「大気の流れよ、我らを乗せて飛べ『発射!』」
「え、発射?どわあああああ!!!!!」
バリアがネティアとナイトを包み込み、ミサイルのように、空に高く打ち上げられた。
そして、一直線に闇の騎士団のアジトを目指す。
*
「まさか、今から突撃して来る気か!?」
洞窟にの中にいた闇の騎士は飛びあがった。
このままネティア姫にアジトに突っ込まれたら、ランド軍、正規軍にもばれてしまう。
すぐに対抗策を放つ。
『時空五重壁!』
アジト周辺の時空に強固な壁が五重に出現した。
その壁に向かって、ネティアミサイルは高速で突撃した。
ドーン!
パアン!
1枚目の壁が霧散した。
パリン!
続いて、2枚目の壁が砕け散る。
バリン!
3枚目も突破したが、ネティアミサイルの勢いはだいぶ削がれた。
バリバリバリン!!
ものすごい摩擦音を上げ、4枚目も割れた。
バリバリバリバリ!!!
5枚目、ヒビが入ったが、防壁は壊れなかった。
「ここまでですか…」
ネティアは悔しさを零し、不時着地点を定めて、地上へ向かった。
「ふー、何とか防げたな…」
5枚目の防壁を死守した闇の騎士は額の汗を拭った。
***
ネティア姫が闇の騎士に向けて放ったメッセージをカリウスも受信していた。
その後、あれやこれやと矢継ぎ早に情報が舞い込んでくる。
「宰相閣下、ネティア姫は空山から闇の騎士団にメッセージを送った模様」
「ランドの騎士が空山に向かっております!」
「ネティア姫は高速の飛行魔法で王都方面に飛び立たれました。闇の騎士が応答したものと思われます!」
「飛行中のネティア姫の速度が急激に落ちました。敵の結界の防壁に衝突した模様!山脈の中央辺りに降りられたようです。場所はイズミの街周辺かと思われます」
カリウスは重く頷く。
「どうやら、闇の騎士団のアジトがあるようだな」
「国王陛下」
号令駆ける前に、レイガル王がグリスを伴って現れた。
「私にもネティアの声が聞こえた。カリウス、我々もすぐに向かうぞ。」
『その前に、陛下…報告がございます…』
「誰だ!?」
上空から響く声にレイガル王が誰何すると、仮面を被った男が目の前に降り立った。
仮面の男は仮面を取って、レイガル王の前に跪く。
「お前は…!?」
「闇の騎士に『潜り込んで』おりました…」
仮面を取った間者の口調と表情が一致しない。
「首謀者は何者だ?」
「我々がよく見知った者でございます」
「…やっぱり、あのバカの仕業か…」
報告しに来た間者が笑顔で応える。
カリウスとレイガル王は頭を押さえる。
2人とも予想が的中したようだ。
「もう一つ、朗報がございます。水の国が動きました」
「何、あの、例の話が通ったというのか!?」
「それは事態が収拾してからのお楽しみ。それよりも速やかなる事態の収拾をお願いいたします」
「…わかった…お前はあのバカの傍にいろ」
「心得ております」
闇の騎士は仮面を被ると、木の上に消えた。
***
「ネティア姫の魔力がものすごい勢いで王都方面に飛んで行ったけど、空中の障壁にぶつかって山の中に落ちたみたいだ」
ネティア姫の魔力を探知したリュックが地図を広げて大体の落下地点を仲間に知らせる。
「ネティア姫は闇の騎士団のアジトに飛行魔法で突撃されたようだが、阻止されたようだな」
アルトが地図を見て唸った。
「王子も一緒だよね?」
「当然だろうな」
リュックの問いにアルトが溜息交じりに答えた。
「ネティア姫の居場所はランド軍も正規軍も感知しているだろう。両軍ともネティア姫を追って闇の騎士団の討伐に向かうはずだ。そして、事が済んだら、王子は間違いなく捕縛される…」
シリウスが顔を歪めて断言する。
「虹の世継ぎ姫の願いとは言え、勝手に連れまわしたから、仕方ないと言えば、仕方ないけど…なんか、酷くねぇ?」
「世の中とはそういうものだ。間違った行いでもなくても、高貴な者に許可なく近づくことは許されんのだ。しかも、王子は他国の人間だからな、更に厳しい咎めがある」
ルビの疑問にシリウスが厳しい顔で答えた。
元海賊だけに経験があるようだ。
「でも、こっちは虹の国に請われてきたんだよ」
「そうだが、こちらは正式な返事は送っていないそうだ」
「そりゃ、送れないよね…だって、王子だって、普通に考えれば水の国の次期国王だよ」
「だから、陛下は王子に選択を任されたのだ」
リュックの疑問にはアルトが答えた。
4人が真剣に話し込んでいる中、1人蚊帳の外にいたライアスは黙って話を拾っていた。
あまり頭の回転がよくないライアスだが、ここまで来れば、自分だけ知らされなかった密命の内容の全貌が見えてきた。
「王子…」
ライアスは目を閉じて、呼びかけた。
その声が聞こえたのか、4人が話を止めてライアスの方を向いた。
そして、ライアスの目に光るものを見つける。
「…おめでとうございます、やっと、夢の国から出られたのですね…」
その呟きに4人は顔を見合わせる。
ライアスはまだナイト王子は、二次元の女しか愛せない、と思っていたようだ。
「王子がどのような大恋愛をしようと、このライアス、全身全霊を懸けて応援致しますぞ!!!」、
拳を振り上げ、夢の国から出てきた王子の恋を応援することを大々的に宣言した。
「シリウス、赤飯だ!!赤飯を炊け!!」
ライアスは来るっと振り返ってシリウスに指示する。
シリウスの額に亀裂が生じる。
家事は5人の中でぴか一。
だが、好きでやっているのではない。
すべては主であるナイト王子のためだ。
しかも、彼はライアスと違って主の大恋愛を喜んではいない。
何故なら、傍に仕えることができなくなってしまうからだ。
シリウスは傍にいた3人に険悪な視線を送る。
「…あいつ、本当に殺っていいか?赤飯に毒入れて」
ドスノ利いた声に3人は青い顔で、静かに首を横に振った。
***
地上の山の中に降り立ったネティアは無念そうに肩を落とした。
ネティアの作戦はこうだった。
アジトに高速の飛行魔法で突撃し、闇の騎士の結界に穴をあける。
それができていれば、正規軍、ランド軍にも闇の騎士団のアジトを知らせることができ、すぐに援軍が駆けつけてくるというものだった。
しかし、闇の騎士団の首謀者は騎士でありながら、魔術の方もかなりの使い手だったことが、この突撃を阻まれたことでわかった。
下手をしたら、宮廷魔術師にも匹敵するかもしれない。
『フロント以外で、闇の流民の中にこのような者がまだいたとは…』
闇の流民の中には、その類まれない能力を隠して生活している者もいた。
彼らはその高度な能力に反して、戦いを好まない。
死の大地を生き延びるためだけに、高度な能力が身に着いただけなのだ。
虹の国は闇の国ほど過酷な国ではない。
無理にその能力を使わなくてもいい。
彼らが欲するものは、愛する者と穏やかに暮らせる環境だ。
彼らには地位や名誉など何の価値もない。
ただの平凡な民の一人として生きたいだけなのだ。
しかし、そのささやかな願いをネティアは踏みにじってしまった。
ネティアが未来の夫に選んだジャミルは闇の民を良く思っていない。
闇の民もジャミルを警戒していた。
隠れていた闇の流民が牙を剥いたも当然だろう。
奇襲が失敗してしまったネティアは大きく溜息を吐いて、作戦を立て直す。
普通に乗り込んでいって、ネティアの有り余る魔力で内側から闇の騎士の結界を壊す方法だ。
しかし、そう簡単に首謀者の闇の騎士がネティアに魔力を使わせることはしないだろう。
そこで、必要になってくるがルークだ。
ネティアが闇の騎士の結界を破る魔術を行使するまでの間、足止めをしてもらわなければならない。
だが…
『わたくしはいいとしても、ルークは敵の結界の影響を受けてしまう…』
ネティアは世界を守る虹の結界の守り手、稀代の結界師だ。
敵がどのように優れた結界を用いようと、世界に結界張っている一族の末裔であるネティアには大きな影響を与えることはできない。
だが、ただの剣士であるルークは影響を確実に受ける。
基本、その結界の術者が、その結界の支配者。
結界内で術者に勝つのは至難の業だ。
近くにいれば魔法でサポートは可能だが、離れてしまえば一切のサポートは届かない。
ルークだけの力で闇の騎士を抑え込んでもらわなければならない。
ルークは凄腕の剣士だ。
だが、闇の騎士の首謀者も騎士として相当な手練れだ。
さらに、魔術まで駆使してくるのだ。
いくらルークが凄腕の剣士だろうと、魔法まで繰り出されたら1人で抑え込むのは難しい。
その前に援軍が来てほしいところだが、それでは目的が達成できなくなる可能性が高い。
闇の騎士と直接会話をするのがネティアの目的だ。
ジャミルと父王レイガルが駆けつけたら、話などさせてもらえないだろう。
となると、やはり、ルークに頑張ってもらることになる。
ネティアは唾を飲み込む。
1つだけ…ルークを直接サポートする方法があるのだ。
それには覚悟と相手の同意がいる。
ネティアは意を決して、ルークの方を振り返る。
「ルーク…」
頬を赤らめて振り返ったネティアが見たものは、ひっくり返って泡を吹いているルークの姿だった。