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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
33/134

犯人の目星

ビンセント・レイス。

現レイス家当主で、王の一族の筆頭。

王の一族と虹の王家は対立を深めているが、レイス家は唯一初代女王の血を漏れ受け継いでいる一族として、常に女王側を支持している。

ビンセントもその例に漏れず、常に女王ティティスを支持し、闇の流民であるレイガルを王に迎える時も賛同した。

レイガル王との仲は好調だった。

だが、ある事件が切っ掛けで、ビンセントの1人息子が亡くなってからは距離を置いている。

しかし、女王絶対主義は一貫しており、今は王家と王の一族との中立的立場を守っていた。

王家と王の一族の間で何か問題が起きた時、仲介するのが彼の仕事となっていた。


「やはり、起きてしまったか…」


ビンセントは執務室の窓から外を眺めながら1人呟く。

ランド領主ジャミルが世継ぎ姫ネティアに求婚し、ランド領に招いた時から、その予感はしていた。

予感は的中、ジャミルが王になるのを嫌う闇の民が反乱を起こし、ランドへ向かっていた双子姫の一行を襲った。

妹姫のフローレスは賊に捕らわれ、姉姫ネティアはジャミルと仲違い、妹救出のため、たった1人の旅の傭兵と共に失踪した。

ジャミルは反省し、ネティア姫の自由を許した。

そして、自らは闇の騎士団検挙に総力を挙げていた。

しかし、目ぼしい成果は出ていない。

その理由を国王率いる正規軍にあるとランド軍は思っている。

今回反乱を起こした闇の騎士達はいずれも熟練の騎士、万全を期したはずのランド軍を大敗に追い込んだ。

敵の結界に囚われていたこともあったが、奇襲の手際の良さが見事だった。

それほどの騎士がいる騎士団など1つしかない。

正規軍だ。

正規軍は主に、結界を越えて虹の国に迷い込み、行き場のなかった闇の国からの流民で構成されている。

闇の国は魔物が跋扈する死の大地。

その中を生き抜いてきた闇の民の身体の能力は高く、仲間意識も高った。

そのため、正規軍が闇の騎士団を匿っているのではないか、あるいは、正規軍自体が闇の騎士団ではないかとランド軍は疑いの目を向けたのだ。

しかし、相手は国王直下の軍隊。

そう簡単に捜査の手は伸ばせない。

そこでジャミルはビンセントに協力を要請した。

レイガル王の許可も下りている。

そのことから、レイガル王は闇の騎士団とは無関係だと推測される。

ビンセントはレイガル王の人となりをよく知っている。

レイガル王は正直者で嘘がつけない性格だった。

反乱を起こした者がいるとすれば、その下の者。

すぐにある青年の顔が浮かぶ。

レイガル王に拾われ、王家のためならなんでもする者だ。

しかし、彼は今昏睡状態でこの王都にいる…?

まだ確認はしていない。

これから行くつもりだ。

その前に、レイス領からやってく来る者を待っていた。

ビンセントが最も信頼する者だ。


トントン


ノックの音にビンセントが振り返る。


「失礼します、遅くなっても申し訳ありません。『父上』…」


1人の茶髪の青年が従者達を伴って入ってくる。

眼鏡をかけた神経質そうな青年だ。

1人息子を失った後、ビンセントは養子を迎えていた。

それが彼だ。

レイス家に代々仕えていた元執事の息子だった。


「待ちかねたぞ、シュウ。レイス領の正規軍の調べはついたか?」

「はい、ウィル将軍以下全員の所在を確認しました。王都の正規軍の調べは終わったのですか、父上?」

「こちらも全員の所在を確認した。残るは『あの者』だけだ…」


ビンセントの声が濁るのを聞いてい、シュウは眉を潜めた。


「フロントですね?」


ビンセントは頷く。

ビンセントとフロントには深い因縁がある。


「…これから見に行くぞ」

「承知しました」


ビンセントが部屋を出るとシュウ達が後に続く。

王宮の廊下ですれ違う仕官や女官、貴婦人達が道を開け、敬意を持ってビンセント一行を見送る。

それはレイス家が王家の次ぐ家柄だからだ。

建国前から、王家を支え、貴族達を束ね、国を守ってきた最も古き一族。

人々の信頼は厚い。


「レイス卿、お待ちしておりました!」


フロントが監視されている部屋の外で、若いランドの騎士が頬を紅潮させてビンセント達を出迎えた。

握手を求められ、応じると、力強く握り返された。

どうやら彼はビンセントのファンのようだ。

今は足を悪くして戦場に出るのを控えているが、ビンセントはレイスの英雄と称えられるほど勇猛な騎士で名を馳せていたことがあった。


「お逢いできて光栄です」

「うむ、フロントは中にいるのか?」

「はい、どうぞ、ご確認ください。医師と女王陛下からの許可は取ってあります」


ランドの騎士はビンセントを恭しく案内する。

中に入ると厳重な結界が1人の青年を覆っていた。


「結界を解けるか?」

「もちろんです!」


ランドの騎士は控えさせていた術者に結界を解かせた。

ビンセントが1人でフロントに近かづく。

人外の強さを誇るレイガル王にやられたと聞いた割りには目立った傷はない。

呼びかければすぐにでも起きてきそうだ。


「治療は終わっているそうですが、頭の打ち所が悪かったとかで、今は昏睡状態だそうです」

「頭の打ち所か…」


ビンセントは呟いて、注意深くフロントを調べる。

もし、遠方で何かしているのなら、魔術の痕跡がある可能性が高い。

だが、どこにも、異常を見つけることはできなかった。

そして、本人であるのも間違いない。


「…シュウ」


ビンセントは眠っているフロントを睨んだまま、後ろで控えていた養子を呼ぶ。

すると、案内をしていたランドの騎士の顔が曇った。

今までもこんなことはあった。

だが、ビンセントは構わず、シュウを呼ぶ。


「こちらへ来い、お前の意見が聞きたい」

「…はい…」


シュウがランドの騎士の前を通ると露骨に不快な顔をした。

その理由は彼が由緒正しいレイス家の血を引いていないからだ。

レイス家に仕える臣下達もシュウを良く思っていない者がいる。

それは、シュウがレイス家の当主に相応しい最低限の騎士としての才覚に恵まれなかったからだ。

せめて魔術が使えればよかったのかもしれないが、それもなかった。

だが、ビンセントはシュウを高く評価していた。

それは頭脳だ。

シュウは無言でビンセントが調べたように、注意深くフロントを見る。

ランドの騎士は面白くなさそうにシュウを見ている。

シュウがフロントを一通り調べ上げる。


「どうだ?」


ビンセントが聞くと、


「どこも異常はありませんね」


あっけらかんとした返答が返ってきた。

見守っていたランドの騎士が鼻を鳴らすのが聞こえた。

魔術の心得のないシュウに、あらゆる魔術を使いこなす術者であり、名高い双子姫の騎士のトリックを見破ることなどできないと彼は思ったのだろう。

そのあからさまな態度にシュウの従者達は眉を潜める。

ビンセントでさえ、多少怒りを覚えた。

だが、当の本人はさほど気にしていない。

自分の力量をわかっているからだろう。

器がデカいのかもしれない。


「いや、失礼。そうですか、我々の見解と一緒ですね」


ビンセント達の不快感を感じ取ったランドの騎士は取り繕った笑顔を見せた。


「残念だが、そういうことだ…フロントの調査はこれで終了だ。フロントは紛れもなく本物だったと、ビンセントが確認したと女王陛下に報告を頼むぞ」

「はい、了解しました!」


フロントはまた結界で厳重に封印された。

容疑者から外れたものの、重要参考人であることは間違いない。

『ありがとうございました』とランドの騎士に見送られ、ビンセント一行は居室に戻る。

その間、誰も口を開かない。

部屋に辿り着き、鍵を締め切ったところで、ビンセントは口火を切る。


「…で、本当のところはどうなのだ?」

「父上と同じ考えです」


シュウはにっこりと笑って、


「やはり、そうか…」

「何を考えているのでしょうか?このまま行けば後3日と持たないようですが…」

「双子姫をほったらかしたまま死ぬつもりはなかろう」


ビンセントは窓からランド領のある方角を睨む。


「…他に何か情報はないのか?」

「ランド領で正規軍とランド軍が衝突しそうになったそうですが、その場にネティア姫と同名の女達が大勢現われたそうです」


ビンセントが眉を潜める。


「…何者の仕業だ?」

「水の国の者の仕業との報告を受けております」

「何、水の国だと?…まさか、ウォーレス王が動いたのか?」


ビンセントが驚く。

虹の国にいたころのウォーレス王はビンセントのライバルだった。


「ウォーレス王ではなく、ナイト王子の従者達ではないかと推測されます」

「何?」

「お聞き及びではありませんか?親子喧嘩でウォーレス王を斬りつけてしまったナイト王子が側近達と共にどこかで謹慎していると…」

「聞いている…その情報が偽りだというのか?」

「ナイト王子の謹慎場所がこの虹の国の近くならどうでしょう?お忍びで懐かしい故郷に足を運ばれたかもしれません。それに、ネティア姫がランド領に出立される前に、宰相が密かに水の国に密書を送ったとの報告があります」

「まさか、ナイト王子との縁談か?相手は水の国の第一王子だぞ」


ナイト王子の水の国での人気は父王を凌いでいた。

次期水の玉座は確実視されている。

ちょっとやそっとの騒動では、その地位はひっくり返らない。


「でも、話はあったのですよね?」

「…それはウォーレス王が虹の国に住んでいたころの話だ。今は話は別だ。第一、そんなことは、あり得ん…」

「ナイト王子のご自身の意志なら、あり得るかもしれませんよ」


ビンセントは口を閉じた。

シュウの言葉には一理ある。


「他にもランドで正体不明の者達を確認していおります。恐らく闇の騎士団の者かと思われます。ランド領に行かれますか?」


レイス領と王都の正規軍の調べは終わった。

残るはランド領にいる正規軍だけだ。


「その必要はなかろう。ジャミルが調べているだろうからな」

「彼に闇の騎士団が焙りだせますかね?」


シュウは微かに口角を上げた。


「…難しだろうな…」


ビンセントは溜息を吐いて答えた。




***




洞窟の奥の方で、人知れず闇の騎士は寝ていた。

ナイト(ルーク)と一戦交え、ネティアを追い詰めた闇の騎士の首謀者だ。

彼は巨大な結界を維持するため、魔力消費を最低限に抑え込んでいた。

洞窟の水滴が頭上に落ちてきて、彼は目を覚ました。


「起きたか?」


突如、声を掛けられた闇の騎士は咄嗟に身構えた。


「…何だ、お前か…」


見知った者だと気づくと、すぐに構えを解いた。

洞窟の壁に背を持たれて立つ仮面の男。

サムの店に現れたあの闇の騎士だ。


「ずいぶん怯えているな?」

「反逆行為をしているんだ。命は惜しい…」


闇の騎士は体を丸めて若干体を震わせた。


「外の様子はどうなっている?」


眠っていた闇の騎士は外の様子を仲間に聞く。


「想像できるだろう?国中王騒ぎさ。正規軍の調査にレイス卿が駆り出された」

「…そうか…」


レイス卿が出てくることは織り込み済みだ。

問題は、


「ネティア姫は、国王陛下の下へ戻られたのか?」

「いや、まだだ。それどころか、こっちへ向かってきているぞ」

「何!?」


本命が思わぬ行動をとってきたことに、首謀者は仰天した。


「何としても俺達の正体を暴きたいそうだ。だから、ここへ乗り込んでくるぞ」


闇の騎士は脱力する。


「…会ったのか?」

「ああ、暇だったんでな。お前の代わりをしてやった」

「何て、強情な…」

「お互い様だろう」


仲間の闇の騎士は微笑を零す。


「それにしても、よくこんな大それたことをしでかしな…お前…」

「虹の王に相応しい者がいるのに、ジャミルに王の座は渡せん!」

「せめて、相棒の俺には相談しろよ」

「する暇なんかなかった…」

「宰相閣下や、国王陛下にもまだ何も知らせてないんだろう?」


闇の騎士は無言で頷く。


「仕方ないな、俺が知らせてくる。早めに片付けないとお前もヤバいだろう?」

「ああ、頼む」

「1人で大丈夫か?相手はネティア姫とあの傭兵だぞ?」

「私を誰だと思っている?あの2人の強さは知っているが、私は自分が負けるとは思っていない」

「…そうだったな…だが、あの2人を甘く見ると痛い目見るぞ。ヤバくなったら逃げろよ」

「ふ、心配するな、万が一負けても、正体は隠し通して見せる」


事件の首謀者は自信満々で答えた。

仲間の騎士はそれ以上何も言わなかったが、不安を抱いた。

彼は確かに強い。

だが、それは万全の状態であったならばの話だ。


「すぐ戻る。お前はゆっくり休んでいろ」


仲間の闇の騎士は洞窟を後にした。




***




ナイト(ルーク)はホッとしていた。

レイガル王がネティアに呼びかけを行い、それを聞きつけたジャミルが抗議に向かったと、アダム達から聞いたときは、思わず飛び出していた。

だが、争いは起きず、ランド軍は引き上げて行った。

ナイトの策がタイミングよく発動したのだ。

アルト達に『ランド軍と正規軍が衝突しそうになったら『ネティア姫』と同名の女を集めて両軍に送り込め』という指示を出していた。

正規軍とランド軍が世継ぎ姫ネティアを探していることは周知の事実だ。

その捜索に虹の民が協力しようと思うのは当然の流れだ。

だが、世継ぎ姫ネティアの正体は極秘で、手がかりは年齢と名前、父親似と曖昧だ。

それに探している者達でさえ、世継ぎ姫ネティアを知らない者が多い。

殺気立つ両陣営に一般市民を送り込むのは気が引けたが、これらの要素が混ざり合えば、危害は出ないとナイトは踏んだ。


「あいつらうまやってくれたな…」


ナイトは帰っていく大勢のネティアを見送りながら動いてくれた部下達を誇りに思った。


「…しかし、多いな、たった5人でよくこんなに集められたな」


中には明らかに男もいたし、子供も、年寄りもいた事には少し首を捻ったが、手紙を出して、2、3日しか経っていなかったことを考えれば仕方ないと思う。

ナイトは帰路に着こうとした。

ところが、川向うに見たことがある、白羽根の付いた青い帽子を被った5人の姿を見つけた。

その帽子はアルト達の目印にとナイトが選んだものだった。

今日の働きを労ってやろうと、ナイトは川向うに手を振った。

しかし、川向うと言うこともあり、5人は主の姿に気づかない。

誰かに呼び止められたようで、全員建物の近くの行商人の店に向かっている。

水晶玉が見える。

どうやら5人は占い師に声を掛けられたようだ。

その占い師にナイトは見覚えがあった。


「げ!あの婆さん…!」


そう、グミの街にネティアと共に行くために乗った馬車にいたあの占い師だった。


「あそこよ、あそこの占いよく当たるって評判よ」

「誰かいるわね…見てもらえるかしら?」


通りすがりの女性達が川向うの占い師を興味津々で眺めながらナイトの横を通り過ぎて行く。

馬車に同乗していた親子も言っていたが、よく当たるらしい。

しかし、ナイトとネティアに関してはこの限りでない。

あの占い師の占いによると、ネティアはすぐにでもナイトの子供を産むみたいなことを言っていた。

しかし、今のところそんな状況にはない。

それどころか、何も始まってもいない。

ただ、ネティアが運命の女であることは判明したが…


「…本当に当たるのかな?」


ナイトは懐疑的だ。

なぜなら、ネティアはあまりナイトに関心がなさそうだ。

これから口説き落とすつもりだが、結構時間がかかりそうだ。


「あいつら、何を占ってもらってるんだ?」


ナイトは5人の占いに興味を移した。

5人は熱心に占い師の話を聞き入っていたからだ。







「やった!!!大出世だ!!!」


ルビが両手を上げて大喜びしている。

将来、大軍を率いる将軍になれると予言されたからだった。


「僕は?僕は?」


リュックもよく当たる占い師と知って、予言をせがむ。


「ふむ、あなたも大出世なさってますよ。お仕えしている君主の右腕となって政治的手腕を発揮されています」

「ほ、本当!?」


リュックも大喜びした。

しかし、先に占いを聞いたシリウスは落ち込んでいた。

その予言が、『あなたは尊敬する方から領地を引き継ぎ、一国一城の主となっています』と言うものだったからだ。

大出世だが、シリウスにとっては嬉しくない。

予言を現状と照らし合わせると、尊敬する方=ナイト王子、領地=シープールとピッタリ当てはまる。

つまり、ナイトはネティア姫と一緒になるために、虹の国に婿入りするということだ。

出世などより、尊敬する主の傍にいたいのがシリウスの心情だ。


「そう落ち込みなさんな、あなたとあなたが尊敬される方とのご縁は生涯にわたって続きますよ」


落ち込んでいるシリウスに気づいた占い師が声を予言をつけ足す。


「…本当か?」


シリウスの顔が少しだけ明るくなる。


「ええ、本当ですとも、その方はあなた方を頼ってたびたび戻ってこられますから」

「……………たびたび?」


シリウスが怪訝な顔をする。


「ええ、どうも行った先で、問題が続出するとでていますから…」


占い師は鈍い光を放つ水晶玉を覗き込んだ後、にっこり笑った。

シリウスはアルトを見る。


「まあ、現状が現状だからな…そうなるかもしれんな…」


ナイト王子につていく予定であるアルトが占い下に未来を予測する。


「次は私を見てくれ!!」


ライアスが待ちきれずに、占い師の前にソワソワと立つ。

先の3人の占いが大出世と好結果だったので、きっと自分もと思ったのだ。

だが、ライアスが知りたいのは出世のことではなく、恋人ととのことだ。

その恋人との関係がどうなっているのか知りたくてうずうずしているのだ。


「あなたは……」


占い師が言い淀む。


「どうした?私は出世しないのか?」

「………いえ、あなたは間違いなく大出世なさいます。もしかしたら、この5人の中で1番かもしれません…が…」

「そうか、そうだろうとも!!」


占い師の言葉にライアスは大喜びしている。

5騎士1の剣の使い手である自負からだろう。

だが、占い師はまだ最後まで言葉を紡いでいない。

占い師が続きを口にするより前に、アルトがライアスを押しのけた。


「次は私の番だ。私は出世など興味はない。聞きたいことは1つだ」


アルトの目は真剣だった。


「何でしょう?」

「どんな身分でも、どこにいてもいい、ただ絵を描ける環境に未来の私はいるか?」


趣味の絵を描き続けられる環境がアルトの望みだった。

占い師は水晶玉に手をかざして、すぐに微笑む。


「ええ、あなたは生涯に渡って名画を描き続け、誰もが認める巨匠になりますよ」

「本当か…」


その言葉を聞いたアルトは感極まった様子になった。







川向いから様子を窺っていたナイトは最後のアルトが終わったの見て再び手を振ったが、


「アルトの奴、動かないな…もしかして、悪い結果だったのか?」


シリウスがアルトの肩に手を置いて、慰めているような感じもする。

他の3人もアルトをじっと見守っている。


「これじゃ、気付いてくれそうにないな…」

「ルークさん!」


ナイトが川向いの部下達に気づいてもらうのを諦めた時、後ろからアダムがやってきた。


「姫様がお目覚めになりました。至急、ルークさんを呼んできてほしいと言われました」

「そうか、すぐ行く」


ナイトはアダムと共にネティアの下へ戻った。

戻るとすぐ、ネティアが血相を変えて、詰め寄ってきた。


「ルーク、父上がわたくしに呼びかけを行って、ジャミルが大軍を率いて抗議に行ったというのは本当ですか!?」

「ああ、本当だ。でも、大丈夫だった。たくさんのネティア達が動いてくれたおかげでランド軍は引き上げて行った」


自分の名前を聞いて、ネティアは目を瞬かせた。


「…どういうことです?」

「こんなこともあろうかと、俺が仲間に頼んで集められるだけの姫と同名の女達を集めてもらっていたんだ。捜索隊にとっても世継ぎ姫は正体不明。なら、姫と同名のネティアの中に本物がいるかもしれないが、わからなくて、両軍ともに混乱したってわけだ。それに、本物じゃなくても一般市民を争いに巻き込むような真似をレイガル王もランド領主もしないと思ってさ」


ナイトはネティアに片目を瞑ってみせる。


「そんなことまで…あなたが…」


ネティアはまじまじとナイトを見つめる。


「大切なもん担保に握ってるからな。これくらいしないと」


ナイトは懐の首飾りをちらりと見せる。


「ところで、今度こそ闇の騎士を引っ張り出す秘策、思いついたのか?レイガル王もランド領主ももう限界に近いぞ」

「ええ、今度は大丈夫です。絶対に闇の騎士は出てきます。明日、立ちます。いつでも闇の騎士と戦えるよう準備をしておいてください」

「了解」


ナイトは気を引き締めた。

これが闇の騎士の正体を暴く最後のチャンス。

そして、ネティアを口説く絶好の機会。

決戦を前に、部屋に戻って行くネティアの後ろ姿を見送った後、ナイトはアダムに声を掛ける。


「サムの親父さん、いるか?」

「ええ、父なら書斎で仕事をしてると思います」

「そうか、なら、ちょっと、話ししてくる」


ナイトはサムの書斎に向かった。

サムの書斎の前に来ると、懐から袋を取り出す。

ネティアから徴収していた首飾りの袋の中に、更に小さな巾着袋を取り出す。

その巾着袋を持って、ナイトはサムの書斎のドアをノックした。


「サムの親父さん、ちょっと、いいかな、大事な話があるんだけど…」

「いいですとも、どうぞ、お入りください」


サムは快くナイトを招き入れてくれた。


「実はこれなんだけど…」


ナイトは大事に握り締めていた巾着袋を開けて、2つの指輪を取り出した。

1つはネティアにつけさせていた安物の指輪。

もう1つはナイトが肌身は出さず持ち続けている母の形見、サファイアの指輪だった。

それを見て、サムが驚いた顔になる。


「この指輪のサイズを変えてほしいんだ…」


ナイトは頭を掻きながら、サムに2つの指輪を渡した。

サムは宝石商らしく、サファイアの指輪をじっくり観察する。


「…いい指輪ですね…」


サムの目はサファイアの指輪に釘付けだった。


「お袋の形見なんだ…親父が再婚して、俺がずっと持ってたんだ」

「そうですか…この大事な指輪を『あの方』に渡したいのですね…」


サムは真剣な目でナイトを見つめてくる。

女性に指輪を贈る。

それはすなわち求婚。


「ああ、そのつもりだ…だけど、まだ、何も言ってないんだ…でも、俺の気持ちは固まったから…その証として、姫に渡したいんだ…」


ナイトは正直な気持ちを打ち明けた。

サムは微笑を零す。


「わかりました、すぐにサイズを合わせましょう…」


サムは指輪受け取ると、懐から絹の布を取り出して丁寧に包んだ。

そして、すぐさまその指輪を持って仕事場へ行こうとする。


「すまない、仕事を中断させて…」

「いえいえ、人に愛を伝える。こんな素晴らしい仕事を後回しになどできません。出来上がったらすぐお部屋にお持ちします」


サムはにこやかに言うと足早に仕事場へ向かった。




真夜中近くに、サイズが調整されたサファイアの指輪がナイトの下に密かに届けられた。

注文はしていないが、リングには元の指輪と同じ丁寧な細工が施されていた。







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