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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
32/134

前世の話

ネティアの口からまさかの言葉が出てきて、ナイト(ルーク)は目を見開いた。

そんなナイトの様子には気づかずに、ネティアは焚火に視線を戻し、


「わたくしの前世はこの虹の国を築いた初代女王ネフィアです」


と前世の自分を断言した。


「前世のわたくしは魔術を習得し、双子の妹を養うため術者として生計を立てていました。物心ついたころには両親はいませんでしたから。物心ついた時にはもう名のある術者の下にいました。わたくし達姉妹は生まれながらにして強大な魔力を秘めていましたから、そのせいかもしれません…」


前世のネティアも術者で双子の妹も強大な魔力を秘めていた。

現世の妹フローレスとは少し違うようだ。

フローレスは虹の国の王女でありながら魔力がないことで知られていた。


「師の下で、わたくしは自分に与えられた魔力をコントロールし、覚えられるだけの魔術を習得しました。ですが、妹は強大な魔力をコントロールできずに、たびたび力を暴走させていました。その度にわたくしと師が妹の魔力を封じました。しかし、わたくし達が10になるかならないかの頃、年老いた師が亡くなりました。妹の魔力の制御に失敗してしまったのです。それを期に妹は人々から恐れられました。妹も育ての親を殺してしまったことに深く傷つきました。わたくしは妹を守るため、山奥でひっそりと暮らすことにしました…」


10歳ぐらいで妹を守るため、山奥に身を潜めたと聞いて、心が痛む。

そして、ネティアの妹に対する母性はここからきているのかとも思った。

ナイトは黙って耳を傾ける。


「山奥の暮らしはわたくし達姉妹に合っていました。もともと活発だった妹は山野を駆け回って、狩りをするようになりました。その腕前は狩人顔負けでした。わたくしは術者として、外に働きに出かけて生計を立てました」


前世の妹の話をする時、ネティアは自慢しているようだった。


「生涯…2人だけで生きていくと思っていました…でも、ある日、あの人がやってきました…」


ネティアの表情が少し複雑な表情になった。


「旅先で出会った旅の剣士でした。わたくしを見初めたらしくついてきてしまったのです。若いながら剣の腕も立ち、狩りや、金勘定と何でもこなす人でした。わたくしに求婚して、そのまま居座ってしまったのです。始め、妹はその人を嫌がっていたのですが、いつの間にか仲良くなっていました。わたくしが帰ってきた来た時よりも喜ぶようになっていたので、逆にわたくしが嫉妬してしまうほどでした」


ネティアが幸せをそうに笑う。


「あの人はわたくしと妹に幸せを運んでくれました。わたくしは結婚し、娘を授かりました。妹にも大切な人ができました。ですが、それが悲劇の始まりでした…世界に強大な隕石群が降り注ぐと言う危機が迫っていたことを知らなかったのです。その隕石を防ぐために世界に結界を張ることを高名な術者達が提案しました。そして、その結界の生贄に選ばれたのが、妹でした…」


強大な魔力を秘ながらその魔力をコントロールできずに暴走させてしまうネティアの前世の妹は生贄に最適だった。


「妹が連れて行かれた日、頼りの夫は不在でした。わたくしは妹を助けるために、夫の友人で最も力のある人に頼み込みました…が、ダメでした。妹は世界を守るために結界になってしまいました…」


ネティアは空に浮かぶ虹の結界を悔しそうに見上げた。


「妹のお蔭でこの世界は救われました。ですが、人々の争いはなくなるどころか、逆に増えて行きました。最愛の妹を捧げたわたくしにも人々の憎悪が向けられました。わたくし達は住む場所を追われ、夫に連れられ、安住の地を求めさすらいました。しかし、どこにっても、そんな場所はありませんでした。そして、わたくし達同様、故郷を追われた人々と行動を共にするようになりました…」


前世の話をしながら呆然と焚火を見つめるネティアは一回りも二回りも老けて見えた。

そんな愛する者の姿などもう見たくなかった。

ナイトの中に、前世の思いの欠片が集まってくる。


「行くところ行くところ戦火が上がり、わたくし達は絶望していました。でも、夫だけは希望を持っていました…」




『俺達の国を作ろう』




「目の前の戦火を背に夫はわたくし達にそう言ったのです。その言葉はわたくし達に勇気を与えました。そして、魔物の住処の近くに国を作りました。それがこの虹の国です」


虹の国の起こりを話すネティアの顔に少し笑顔が戻る。


「魔物の住処の近くなら人々の争いが起きにくいと考えて国を作りました。夫の考えは見事的を得ていました。森を開拓し、畑や街を作るため、人々は民族の壁を越え一致団結しました」


良く夢で見た。

真新しい街、その中央に建てた自分達の城。

皆、笑顔で溢れていた。


「国造りは楽しかったです。でも、寂しかったです。言い出しっぺの夫はよく出かけていましたから。人と物の調達に奔走していたのです。帰ってくるたびに、珍しいお土産をたくさん持って帰ってきました。わたくしは夫が留守の間、国を守っていました。国の中で争いが起きないように、魔物が襲ってこないようにと。夫が、皆がちゃんと帰って来れるようにと」


国の留守をちゃんと守っていた前世の妻にナイトの胸が熱くなる。


「ようやく国らしくなってきたとき、夫が腰を落ち着けてくれました。幸せでした。でも、不安でした。この幸せがいつまで続くのかと…新しい国ができた、と聞きつけ人々がやってきて人口はどんどん増えて行きました。それにつれて、魔物の住処である森の開拓は進みました。そして、その不安は的中しました…」


明るかったネティアの声が低くなった。


「森を追われた魔物達が仲間を引き連れ、一斉に帰ってきたのです。逃げるしか方法はありませんでした。しかし、夫は街に残りました…」


ナイトの額を汗が流れる。

最悪の悪夢。


「夫の考えはわかっていました…だから、最期くらいは一緒に…」


前世の自分達の最期を思い出し、ナイトは叫ばずにはいられなかった。


「ネティア、俺は…………!!」


ナイトは前世の最愛の妻であるネティアの肩を掴んだ。





「スースー…」




「…………え…………?」






寝息が返ってきた。


「…………あの、ネティアさん?」


ナイトは掴んだ肩を揺さぶるが、ネティアは起きない。

相当疲れが溜まっていたようだ。


「……ここで寝るか?」


ナイトは一気に脱力した。

今日は深層の姫であるネティアにとって一番の大冒険の日だった。

激流の地下水路をボートで下ったり、山道を歩いたり、崖で宙づりになったり、川に落ちたりと色々あったから仕方ないと言えば、仕方ない。

だが、ナイトのこの高まった気持ちはどうすればいいのか?




「ルーク…」



自分の偽名を呼ばれてナイトは思いっきり顔を上げた。






「………鬼……」







前世の最愛の妻に寝言で『鬼』と言われてしまった。

ナイトは盛大にガッカリする。

闇の騎士をおびき寄せるためにネティアを囮に使ったり、国宝の首飾りに悪戯したりと悪さをしたのだから、言われても仕方ない。

ナイトはネティアをマントで包んでやると、そっと横たえて、溜息を吐く。

自分の正体を告げるのはまた後日にする。

『鬼』言われた後では起こしてまで名乗るのは気まず過ぎる。

今日は、ネティアが前世の最愛の人だったことが分かったことだけで良しとする。

ナイトは焚火に薪をくべ、自分の前世を思い起こす。


術者の妻

妻の双子の妹の死

親友の失踪

異常気象

戦火

国造り

魔物の襲来…魔期


キーワードが繋がっていく。


『俺の前世は…虹の国を創った王か…』


ネティアは自分の前世を虹の国の初代女王ネフィアと断言した。

その伴侶が自分だとすると、虹の国の初代王ということになる。


「…なるほどな、道理で親父が俺を王太子にしなかったわけだ…」


父は知っていたのだ。

ナイトが虹の王になるべくして生まれてきたことを。

心が決まる。

もう迷うことはない。

前世からの信念を貫くだけだ。

この虹の国を導く。

ネティアと共に。


しかし、1つ心残りがあった。

それは、亡き母との約束。

川岸に散り始めた桜の木を見つける。




『ナイト…父さんを支えてあげてね…』





母がいなくなる前、母と子で満開の桜の木を見に出かけた。

本当は父も来る予定だったが、忙しくて来れなかった。

その時、母がナイトに残した言葉だった。

父を支える。

息子として当然だと思っていた。

しかし、その時の母の言葉が、『自分がいなくなっても』と言う意味だったことに後から気付いた。

なぜ、母がいなくなったのかは不明のままだ。

父はその理由を知っているようだが、ナイトには何も話そうとしない。




『母さん、約束は守れそうにない…でも、親父は大丈夫だ…』




父には新しい家族がいた。

ナイトがいなくても、いや、いない方が上手くやっていけるだろう。

複雑な思いが胸を駆け巡る。

ナイトは散り行く桜の花びらを眺めながら、眠れぬ夜を過ごした。







焚火に薪をくべながら前世の自分に思いを馳せながら、ナイト(ルーク)は一夜を明かした。

闇の騎士も魔物も獣も現れなかった。

朝日が差し始めると、重い体を起こす。

朝食に魚を釣りに行く。

その前に、ネティアの寝顔を見る。

ネティアは熟睡していた。

その安心しきった寝顔に微笑を零す。

起きたら、昨夜の話の続きをしよう。

ナイトはネティアにズレたマントを掛け直してやると、魚釣りに向かった。

魚を釣って帰ってくる頃にはネティアは起きているだろうと、期待しながら。





「…ちょっと、張り切りすぎたかな…」





魚が思いのほかたくさん釣れてしまった。

40匹はいる。

減らそうかと思ったが、そのまま持って帰ることにした。

もしかしたら、現世での夫婦の再会に、感極まって食べまくるかもしれない。


『いや、逆に食べれないか…』


ナイトはネティアに正体を告げて、前世からの再会を喜ぶ顔を楽しみに偽キャンプ場に戻る。

ネティアは起きていた。

眠そうな目がナイトに向けられた。

そんな目だが、胸が高鳴る。


「ちょっと…釣りすぎた…」


頭をかきながら釣ってきた魚をネティアに見せた。


「…まあ、すごい…でも…こんなに食べれません…」

「だよな!俺もそう思ったんだけど…もしかしたらと思って…!今、焼くから!」


ナイトはそう言って、急いで魚を串にさして焚火の周りにさして焙る。

寝ぼけ眼のネティアが魚を見つめる。

待ち時間ができた。

ナイトはネティアの顔を盗み見ながら、口火を切る。


「ネティア…昨夜の話なんだけど…」

「…昨夜の話?………ああ、それならもういいです」「もういいって…よくないさ…」

「収穫はありましたから、気にしなくていいですよ」「収穫?」

「ええ、わたくしを囮に使った件ですよね?」

「え……?」


ナイトは絶句した。

嫌な予感がする。


「いや、そっちじゃなくて…その…俺の見る夢の話…」

「はい?あなたの夢に興味はありません」

「……………え?………」


「早く帰りましょう。お風呂に入りたいです。体が重いです」

「あの…昨夜のこと覚えてないのか?」

「他に何か話をしましたか?わたくしは眠くてしょうがなかったのですが?」


ナイトの嫌な予感は的中した。

ネティアは昨夜のことを覚えていなかった。






「お帰りなさい!!」


昼頃、ナイト(ルーク)とネティアはアダムとミナに成りすまし、普通に関所を通って帰ってきた。

サムの店に戻ると、アダムとミナが大喜びで出迎えてくれた。

よほど心配してたのか、ミナは泣きながらネティアに抱き着いていた。


「心配しましたよ、ルークさん。用水路の出口付近でボートが見つかったと聞きましたから…」

「ああ、すまん。うまく隠せなかったんだ。だから、捜索の拡散に使ったんだ。うまくいったか?」

「ええ、闇の騎士が逃亡に使ったのではないかと、ランド軍は見たようです」

「そうか」

「まさか、ネティア姫様があのちんけなボートに乗って激流の地下水路を下ったなんて夢にも思わないでしょうから」

「はははは」


少し怒っているようなアダムにナイトは笑ってごまかす。


「それで、収穫はあったんですか?」

「ばっちりだ。でも、捕まえられなかった。早く次を考えないとな、姫」

「ええ、そうですね…」


ネティアは言葉少なに答えて、


「今日は疲れたのでもう休ませてください」


と言った。


「『遭難』は疲れただろう?今度はもっとましな方法を考えてくれよ」

「え、遭難!?」

「遭難しに行ったんですか、姫様!?」


ミナとアダムが驚き、ネティアが不機嫌そうに振り返る。


「わかっています!それよりルーク、わたくしが起きるまで部屋には入らないように!いいですね!」


ネティアは怒りの矛先をナイトに向けてきた。

その迫力にナイトは思わず頷いた。

それを確認すると、ネティアはどかどかと去っていく。

その後をミナが慌ててついていく。


「ああ、また怒らせちまったな…」


ナイトは力なく呟いて、ネティアの後ろ姿を見送る。


「ルークさんもお疲れのようですね。早く休んで、姫様と明日仲直りしましょう」

「そうだな…」


そう言いながらも、小さくなったネティアの後ろ姿を名残惜しく見続ける。


「姫様はルークさんの優しさをわかっていますよ。でも、好きな女性に嫌われるのはつらいですよね」

「うん…え?…いや、これは、そのだな…」

「隠さなくてもいいですよ。見てればわかりますから」


慌てるナイトにアダムがにこりと微笑む。

そんな顔をされると言い訳もできない。


「前途多難だけどな…」


肝心のネティアの心が見えない。


「俺、ルークさんの恋を応援していますから。絶対、ランド領主よりルークーさんの方がカッコいいですから」

「…いや、その…ありがとうな…」


カッコいいと言われてちょっと嬉しいナイトだった。


「俺も休ませてもらうわ…」

「ええ、どうぞ、ごゆっくり」


ナイトはアダムと別れて部屋に行った。

部屋に着くとベッドの上に即横になった。

疲れがどっと出る。


「何で覚えてないんだよ…?」


独りごちる。

ネティアは確かに前世の話をした。

寝ぼけていたとは思えないほど、鮮明に。

だが、今日話したネティアは何も覚えていなかった。

嘘を言っているようには見えなかったが?

まるで昨夜のネティアは別人のようだった。




「…どうなんてんだよ?」



疑問が疑問を呼び、覚悟が揺らぐ。

ナイトはイライラしながら天井を睨んだ。




***




ネティアは早々に風呂から上がると、すぐ床に就いた。

本当は風呂に入るのも躊躇われるほど、頭が痛かった。

ルークと離れてからは多少頭痛は引いた。

自分にかけた呪いの副作用によるものだと思われる。

副作用が起きた原因は、言わずと知れた、ルークだ。

ルークは夢の話がどうだとか、話していた。


『何か、喋ってしまったのかしら?』


ルークはネティアが昨夜のこと覚えていないとわかると、悲しそうに釣ってきた魚のほとんどを放流してしまった。

ネティアは昨夜のことを思い出そうと試みるも、頭が割れるように痛い。

自分にかけた呪いが邪魔をしているのだ。

ネティアは頭痛の痛みに耐えながら、眠りについた。




***




ナイトとネティアが休息をとっている間に事件は起きた。


レイガル王が一向に出てくる気配のない娘ネティア姫に対ししびれを切らし、呼びかけを行いに街の広場に現れたのだ。

現われたレイガル王を見て、街の人々が集まってくる。


「大変だ!宰相閣下に知らせないと!」


何をするのか察した正規軍の騎士が宰相カリウスの下に走る。

だが、レイガル王は演台にもう立っていた。

街の人々に交じって、ランドの騎士達もちらほら見受けられる。

止めることができなかった正規軍の騎士達が戦々恐々としながら彼らの王を見守る。


「ネティアよ!どうして出てこないのだ?お前が私と共に王都に戻れば、フローレス達は解放されるのだぞ!?ジャミルが怖いのか?そうであるならば、私がジャミルを説得しよう!ジャミルとて、配下の騎士達を人質に取られているのだ。話せば、応じてくれる可能性がある!だから、ネティアよ、私の元に戻ってくるのだ!」


カリウスが知らせを聞いて駆けつけてきたときにはもう遅かった。

広場からランドの騎士達が自らの主の下へ駆け戻って行くところだった。

街の人々も『えらいことになった!』と騒ぎながら、親類縁者に知らせようと蜘蛛の子を散らすよう帰っていく。


「宰相閣下!」


カリウスが呆然とその様子を見送っていると、グリスが仲間の騎士と共に、怪我を押して馬に乗って駆け付けてきた。


「申し訳ありません!私が包帯の交換に行っている間に、このようなことに…!」


グリスは不自由な体で馬から飛び降りると、カリウスの前に深く跪く。

グリスにはレイガル王の監視を頼んでいた。

彼ののらりくらりとした性格は、レイガル王を翻弄し、抑えることができるからだった。

しかし、グリスがいなくなると替えが利かない。


「お前が謝る必要はない。遅かれ早かれこうなっていただろう」


グリスは静かに頭を上げる。


「…いかがなりましょうか?」

「差し詰め、ランド卿が抗議に来るだろう。私が対応する。お前は陛下のお側を離れるな」

「…承知しました」

「全軍に伝えよ、王の下へ集結せよと。その際、くれぐれもランド軍と争いにならないように注意せよと」


伝令を受けた正規軍の騎士達が散っていく。


「さて、我々はランド卿を迎える準備を整えるぞ」

「心得ております」


カリウスとグリスは演説から戻ってきたレイガル王を迎える。

レイガル王はネティア姫に呼びかけたことを後悔しているようだった。


「…すまない、カリウス…軽率な行為をしてしまった…」


レイガル王は、ネティア姫が現れ、闇の騎士も現れたと聞き、父として王として、いてもたってもいられなくなったのだろう。


「陛下のお心はよくわかります。万事、我々にお任せください」

「…頼んだぞ…」



カリウスはそう言ってレイガル王を慰めたが、実は、無策だった。

どうやって怒り狂うランド領主を抑えるか、考えながら正規軍の陣営に戻る。






「大変なことになったよ、シリウス!」


リュックが青い顔をシリウスに見せた。

リュックとシリウスはたまたま広場に来ていたいのだ。


「狼狽えるな。こうなることを王子はちゃんとわかっていらした。私達の出番だぞ。王子の命を実行する時だ」


シリウスは狼狽えることなく、リュックを見る。


「ちゃんと、人数は集めてあるんだろうな?」

「もちろんだよ…でも…うまくいくかな?」


リュックは主の策に懐疑的だった。


「何を今更、王子の策が外れたことなど一度とてない。それに、たとえ外れたとしても、もうやるしかないのだ」


シリウスの言葉は覚悟に満ちていた。


「そうだね…」


リュックも覚悟を決める。


「アルトとルビもすぐ行動に移るだろう。リュック、遅れるなよ!」

「了解!」


シリウスとリュックは別々の方向に走り去った。




***




「アダム!ミナ!」


サムが大声で息子夫婦を呼びながら帰ってきた。


「父さん、どうしたの?」


呼ばれたアダムとミナが父親を迎える。

サムは息子と抱擁を交わすと、


「ネティア姫様とルークさんは、今どちらにいらるのだ!?」


アダムの肩を掴んでサムは詰問した。


「お2人は先ほどお戻りになってお休みになってますわ、お義父様」

「…戻られているのか…!良かった…」

「父さん!?」


ナイト(ルーク)達が戻っていると聞いて、サムはホッとして倒れそうになった。

それをアダムが必死で支えて起こす。


「外で何かあったの!?」

「広場でレイガル王がネティア姫様に呼びかけを行ったそうだ。その後、怒り狂ったランドの領主が軍を率いてレイガル王の下に向かうのをこの目で見てきた…」


サムは震えながら念仏を唱える。


「ええ!!?」

「こうしてはおれん!急いでネティア姫様に知らせないと…!」

「ちょっと待って、父さん!ネティア姫様は体調を崩されてるから駄目だよ。ルークさんに知らせよう!」

「何そうなのか!?」


アダムとサムはナイトの下へ走った。




***




ジャミルは怒り狂っていた。

配下の騎士を大勢従え、レイガル王の下へ抗議に向かう。

こちらが大勢でやってきたせいか、正規軍はレイガル王のもとに集結していた。

側近達がジャミルを守るように先導する。

正規軍の騎士達はジャミル達がレイガル王の下へ向かうのを黙って見守っていた。

だが、その見守る視線には敵意も感じられた。

レイガル王が宰相カリウスと2人、広場でジャミルの到着を待っていた。

ジャミルは護衛の兵を解き、自らも側近を1人だけ連れてレイガル王との会見に臨む。


「要件はわかっている」


レイガル王が早々と口を開いた。


「ジャミル、配下を人質に取られているお前にも悪い話ではないはずだ。ネティアに一度王都に戻ることを許してほしい」


悪い話ではない?

何が?

ジャミルは腸が煮えくり返りそうだった。

こちらは死ぬ思いをして、ネティアを王都から引きずり出したのだ。


「承服しかねる」


ジャミルは即、拒否した。


「ネティア姫が王都に戻ることを許せ…だと…?ふざけるな!賊の脅しに屈したら、我々ランドの名誉はどうなるのだ!?いい笑いものではないか!?それにだ、このまま王都にネティア姫を戻せば、二度と出てくることはあるまい!?」


カリウスが進み出る。


「今回の事件はネティア姫が王都を出たせいで起きたことだ。婚姻の話は王都で行っていればこんなことには…」

「その話を握りつぶしてきたのは、どこのどいつだ!?お前達だろう!」


なるだけ、穏便に事を勧めたかったが、もう我慢の限界だった。

ジャミルは怒りを爆発させ、レイガル王、宰相カリウス、そして、正規軍の闇の民達を指さした。


「ネティア姫はランドに連れて行く!邪魔をするのであれば、力づくで奪うまでだ!」


ジャミルの言葉にランド軍の士気が上がる。

正規軍も殺気を放ち始める。


「正気か、ランド卿!」


宰相が火消しをしようとするが、無駄だ。


「正気も何も、その覚悟でネティア姫をランドに招いたのだ、邪魔はさせん!」


ジャミルは剣の柄に手を掛ける。

それを見て、レイガル王は赤い目を細めた。


「…止むおえんか…」

「陛下、なりません!」


宰相がとめようとするが、ジャミル同様レイガル王も引く気はないようだ。


「心配するな、カリウス、ちょっと、遊んでやるだけだ」

「それがいけないのです!陛下達の行動は軍全体に響きます!」


宰相は叫んで両者の背後に控える軍勢に視線を飛ばす。

両陣営、戦闘態勢は万全だ。

ジャミルとレイガル王が剣を交えた瞬間、戦いの火蓋切って落とされる。


「もはや、手を取ることは叶わぬ。ならば、力でねじ伏せるまで!」

「望むところ!」


レイガルも剣の柄に手を掛けた。






「お待ちください、陛下!!!!!ランド卿!!!!!!」






今まさに開戦しようとした時に、1人の兵が待ったをかけた。

気をそがれたジャミルとレイガルは息を切らせる兵を見る。

正規軍側の兵だ。


「どうした?」


レイガル王が訪ねると、兵は居住まいを正し、


「ネティア姫がお戻りになられました!」


「「何!?」」


その報告にジャミルとレイガル王は耳を疑った。


「そうか、私の呼びかけで戻ってきたか…」


ネティアが戻ってきたと聞いて、レイガル王は顔をほころばせた。

対して、ジャミルは歯噛みする。

ネティアがレイガル王に連れて帰られると思ったからだ。


「申し上げます!」


今度はランド側の兵が駆けこんできた。


「そちらのネティア姫は偽物です!」

「何!?」


ジャミルの前に駆け込んでくるなり、兵は言い放った。


「ランド卿、お喜びください!ネティア姫はあなた様を選ばれました!」

「それは本当か!?」

「はい、ネティア姫はランドに行くと仰られています!」


ジャミルは疑念が生じる。

なぜ、今、ネティアが現れる?

しかも、2人?

本当に本物か?


「申し上げます!!!」


更に兵が駆けこんでくる。

今度は両方の兵が同時にやってきた。


「今度は何だ!?」


困惑しているジャミルとレイガル王に代わって、宰相が訪ねた。


「ネティア姫が、いえ、『ネティア』と名乗る者がたくさんいます!」

「こちらもです!」

「「何!?」」


敵対していたことも忘れて、ジャミルはレイガル王達と互いに顔を見合わせる。

そして、押しかけてくるネティアを一緒に見に行く。


「ご覧ください…」


兵が困惑した顔で指し示す。

その先にジャミルとレイガルの目にとんでもない光景が映し出された。

ネティアと名乗る者の長蛇の列だ。

無論、ジャミルとレイガル王は偽物だとわかるが、一般の騎士達は世継ぎ姫ネティアの顔を知らない。


「私、ネティアです」

「私もネティアです」


女達が名乗っている。

ただの同名だと思われる。

中には女ではなく、女装した男も密かに混じっている。


「あたしの夜の名は『ネティア』よ」


兵は大勢の色んなネティアを前に辟易している。


「お前達、なぜここに来た!?」


兵が訪ねると、


「王様と領主様が『ネティア』という名の者を探していると聞きました」

「連れてきたら報酬も出るとか聞きました」


と返ってきた。


「確かに、我々は『ネティア姫』探している。だが、同名の者など探してなどいない」


兵が訂正すると、集まってきたネティア達は首を傾げる。


「ネティア姫?ああ、姉姫様のこと?」

「姉姫様はネティアと言う名前だったの?私、知らなかった…」


そんな囁き声が聞こえてくる。

無理もない。

虹の国の世継ぎ姫は結婚するまで門外不出。

名前さえあまり公にされない。

しかも、今まではたった1人。

ネティア姫は双子だが、姉姫と呼ばれ、ほとんど名前で呼ばれることがない。

王と女王と同じだ。

一般の民はネティア姫の顔どころか名前さえ知らないことがある。

ネティア姫が失踪したことは国中に轟いているが、『世継ぎ姫』が失踪したと、人々の口から伝わるときに変わって伝わったようだ。


「あの、その、ネティア姫様はどのような方でしょうか?」

「…それは…」


兵は返答に詰まる。

なぜなら、一般の兵も世継ぎ姫ネティアの顔を知らないからだ。


「私達もネティア姫を探します。ですから、どうか、戦争を起こさないで下さい。お願いします」

「私達にできることなら何でもしますから!」


事態を理解したネティア達は口々に懇願した。

彼女は怯えていた。


「安心するがいい、我々は争いなどしない!」


ここぞとばかりにカリウスが口を開いて、民を安心させる。

悪く言えば、彼女達を盾にした。

領主であるジャミルも、自らの野心のために領民達の願いを聞かいないわけにはいかない。


「レイガル王、あなたがまいた種だ。ネティア姫探索はあなたに任せる…帰るぞ…」


ジャミルは困惑しているレイガル王に丸投げして、軍を引き上げる。








「やった、ランド領主が帰っていくよ!」


離れた林から、引き上げていくランド軍を見て、リュックが喜ぶ。


「言っただろう、王子の策に間違いはない!」


シリウスは我がごとのように誇る。


「さすが、俺達の王子」


ルビも主を誇るが、ふと気になることがあった。


「なあ、やけに多くないか?それに、何で男も混ざってるんだ?」


ナイト王子の指示で、5人で『ネティア』という女性をかき集めた。

だが、男にまで声を掛けた者はこの5人の中にはいない。

アルトが思案する。


「どうやら、何者かが我々の策に便乗したようだな」

「何者って、誰だ?」


ルビが聞くと、


「そうさな…内乱を起こしたくない者の仕業としか言いようがないな…」


アルトはそう言いながら山に目を馳せた。







山の木に腰かけ、引き上げていくランド軍を見ている者達がいた。

その者達は全員仮面を被っている。

その中に、ナイト(ルーク)とネティア姫の下に現れたあの闇の騎士もいた。


「ふふふ、あいつらの策に乗って正解だったな…」

「あの者達は何者だ?」


仲間が聞いてきた。


「水の国の者だ」

「水の国!?」


闇の騎士が即答すると、仲間達に動揺が走る。


「行くぞ。あいつに知らせてやれば、さぞ、面白い顔をするだろう…」


闇の騎士は含み笑いを零すと、仲間達と一緒にその場から消えた。


















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