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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
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世継ぎ姫の決心

 虹の国、闇の世界との光の世界を分かつ辺境の国。

その国に運命の双子の姫が生まれて、早十六年の歳月が流れた。


 双子の姉姫ネティアは厳かな神殿の一角の花壇で一人、花を愛でていた。

水色のドレスを身に纏い、同じ色のヴェール被っていた。

そのヴェールから覗く髪の色は黒く、闇の民である父の影響を受けていた。

瞳は緑色で、母の影響を示す。

しかし、この瞳の色も虹の民本来の色ではない。

母ティティスは虹と風の民の混血だった。

美しい緑の瞳と髪とフワフワの茶の髪は風の民だった祖父の影響を強く受けていた。

虹の民の最大の特徴である銀の髪は影を潜めた。

虹の王家史上初めての混血の女王が誕生した。

建国からの大貴族達からは賛否の声が上がった。

というのも、それまで虹の王家の結婚相手は建国以来の七貴族の家系に限られていた。

虹の王はこの七貴族の中からしか選ばれてこなかった。

それを他所者に王の座を奪われ、混血により虹の民の象徴だった銀の髪が王家から消えことに貴族達激怒したのだ。

今でも現女王の母を認めない貴族は多い。


母の出生だけでも大騒ぎだたのだが、同じことは続いた。

闇の流民だった父と母がまさかの結婚。

謎多き闇の民の血を引いた双子の姫が誕生した。

不吉な噂が立った。


『結界が壊れされるのではないか?』


虹の王家には世継ぎ以外の女児は生まれなかった。

それが初めて双子で生まれた。

闇の民の血を引くもう一人の姫が結界を壊すのではないか?と密かにささやかれていた。

結界の外は闇に包まれた世界で、凶暴な魔物で溢れていると闇の国の流民から伝わっていた。

実際、双子の姫が生まれてから凶悪な魔物が増えてきていた。

混血のせいで虹の女王の力が落ちたのではないか?

と、今の虹の王宮は二代続いた混血、闇の民に対する不満と疑念で渦巻いていた。


『皆の疑念を払わなければ…』


ネティアは花を愛でるのをやめ、空を見上げる。

見上げるその先には、空を二分する大きな虹が架かっていた。

1000年もの長き間、世界を魔物から守ってきた虹の結界だ。

その結界を強く見つめる。


『もうすぐよ…もうすぐ、あなたを解放してあげられるわ…そのためなら、わたくしは何でもするわ…』


ネティアは自分を犠牲にすることも厭わない覚悟だった。

その覚悟は今一人でいることが示していた。

一国の世継ぎの姫が一人の従者も伴わないでいることはない。

従者達の隙をついて逃げてきたのだ。

このことは誰も知らないだろうが、彼らはどこかでネティアのことを見ているはずだ。

ずっと、コンタクトを取る機会を窺っていた彼らがこの機を逃すはずはないと、確信していた。

待ち人が来るのをネティアは待った。


しばらくすると、一人の足音が近づいてきた。

警戒するように慎重に近づいてくる。

ネティアは深呼吸をすると振り向いた。


「ネティア、見っけ!!」


明るい声にネティアは面食らった。

やってきたのは彼女の双子の妹フローレスだった。

従者のフロントに仕立ててもらった異界の女戦士の服で『セーラー服』という服を愛用していた。

ちょっと、スカートが短すぎる。


「フローレス…」


緊張した顔でネティアは妹を迎える。


「どうしてここに?」

「どうしてって、ネティアを探してたからよ」


間髪を入れずに答えてきたフローレスは辺りを見回して眉をひそめた。


「…フロントは一緒じゃないの?」


フロントとは虹の国一番の術者で、ネティアとフローレスを守る専任の護衛でもある。


「…フロントには用事を頼んだの…」


ネティアは罰が悪そうに妹から目を反らした。

フローレスに見つかったからには今日のところは引き上げるしかない。

大切な妹の目の前であの話をする勇気はネティアにはなかった。


「職務怠慢だわ、未来の女王をほったらかしにするなんて!」


眉を吊り上げるフローレスにネティアは苦笑いを零す。

フロントに悪いことをしてしまった。


「仕方ないわ、今から私がネティアの護衛をするわ!」

「じゃ、お願いね」

「もちろん、命に代えてもお守りします。お姫様!」


『姫はあなたもでしょう…』


騎士になると言ってきかない妹にネティアをはじめとする家族は困り果てていた。

無論、家族の願いは好きな人と一緒になって幸せになって欲しいというもの。

誰よりも権力とは無縁の場所で…



「待たれよ、美しき双子姫よ!」


行こうとする双子姫を呼び止める声が響いた。

その声には必死に笑いをこらえる響きも混じっていた。

フローレスは不快気な顔をし、ネティアの顔には緊張が戻った。


とうとう来たのだ。

招かざる待ち人が…


回廊から一人の貴公子が花壇に降りてきた。

赤の礼服を来た赤髪の男を見て、フローレスはネティアを隠すように前に出た。


「フローレス、下がって…」

「いや…!」


前に出ようとするネティアをフローレスは押し留めて、赤の貴公子を睨む。


「無礼じゃない、ジャミル!?アポなしで私達に面会できると思ってるの?」

「思ってない。だから、わざわざ直接出向いた」


赤の貴公子ジャミルは悪びれた様子もなく、二人の目の前にやってきた。

圧倒的な威圧感を感じながらもフローレスはネティアの前から退こうとはしなかった。


「そこを退け、手荒な真似はしたくない」

「やれるもんならやってみなさいよ!」


強がるフローレスにジャミルは腰に手を当てて、溜息を吐く。

もし、彼女に本当に手を出したらどうなるか彼はよく知っていた。

思案顔でネティアに視線を向けてきた。


「ネティア姫、私は貴方の招きでここに来たのだが…」


フローレスが驚いて振り返る。


「…嘘でしょう?」

「本当よ。お願い…ジャミルと話をさせて…」


ネティアはすがる妹の手を解いて、ジャミルの前に立った。

ジャミルが恭しく跪くと、ネティアは左手を差し出した。

それを見てフローレスが息を飲む気配を感じた。

ジャミルも戸惑っていた。


「…私を選んだと、受け取ってよろしいのか?」

「そうです。わたくしは次期女王としてあなた方との不和を解消したいと心から望んでいます」


ネティアの返答にジャミルは感動した。


「それでこそ我が国の女王!我々は貴方を次期女王として認めよう!」


ジャミルは宣言すると、ネティアの左手甲に接吻した。

接吻後、立ち上がったジャミルは見るからに興奮していた。

対象的にネティアの心は冷めていた。

和平のための結婚、そこに初めから愛はない。

無論、ジャミルも同じ。

彼の興奮は奪われた王権を奪還できると言うところから来ていた。

間違っても、愛などという偶像からではない。

ネティアの心が自分にないことをジャミルは知っていた。

そのためだろう、思ってもない提案を出してきた。


「ネティア姫、我が領土へ貴方を招待したい」


あまりにも唐突で前代未聞の提案にネティアは二の句が継げなかった。

特例がない限り、虹の国の世継ぎの姫が結婚前に王都から出ることは許されていなかった。

それどころか、結婚するまで身内にしか顔を知られてはならなかった。

それは虹の国の女王の特殊能力のためだった。

建国以来の大貴族の一員であるであるジャミルがその事実を知らないはずがない。

重々承知の上で、ネティアの決意を試していた。


「王宮ではゆっくりお話ができませんから」


身を守るためなら王宮を離れるべきではないが、ここにはジャミルとの結婚に反対する両親がいた。

迷っているネティアにジャミルは甘く囁く。


「貴方に世界をお見せしたい」

「…世界…?」

「外の世界を見たいとは思いませんか?」


その言葉にネティアの好奇心が燻られた。

即位したら、外の世界へ行くことなど叶わないだろう。

虹の結界を守るために一生、この王都から出ることはないだろう。


『外の世界を見たい』


ネティアの好奇心が燻られた。

しばらく悩んだ末、


「わかりました、貴方の領土へ参ります」


決断を下した。

その返答を聞いてジャミルは勝利の笑みを浮かべた。

フローレスは呆然とネティアを見つめる。


「領土を上げてお迎えいたします!」


恭しく礼をするとジャミルは背を向けて立ち去ろうとしたが、急に足を止めて振り返った。


「そうそう、言い忘れていました。そこの狂犬は連れてこないでくださいね」


ジャミルの注文でネティアとフローレスは背後を振り返った。

そこにはいつ間にか紫色の瞳を怪しく光らせた黒髪の青年が立っていた。

虹の国一番の術者で双子姫の護衛であるフロントだった。

彼は敵意を隠そうともせず、ジャミルを見据えていた。


「わかりました…フロントは連れ行きません」

「ネティア様…!」


異議を申し立てようとしたフロントをネティアは目で黙らせた。

それを見て、ジャミルは愉快気に笑った。


「牙を抜かれては、吠えることもできんな」


ジャミルに嫌味を言われてフロントは苦虫を噛み潰す。


「それではお待ちしています、ネティア姫」

「待って!」


閉めの言葉を遮られてジャミルは不快気にフローレスを睨む。


「私も行くわ!」


思わぬフローレスの発言にネティアとフロントは唖然となった。


「フロントはダメでも私はいいでしょう!?ネティアの身の回りを警護する人間が必要でしょう!?それに私も姫よ、王都の外に出てみたいわ!」


フローレスの苦し紛れの言い訳と、ところどころ混じった本音にフロントは頭を抱えた。

双子の妹姫はかねてより外の世界に興味を抱いていたのだ。

従者として双子姫を御しきれず苦悩する天敵を見て、ジャミルは思わず噴き出した。


「いいでしょう、お二人とも歓迎いたします。それでは我が領土にてお待ちしております」


ジャミルは笑いながら去っていった。

重い沈黙が流れた。

フローレスがオロオロと様子を窺っている。

いつも二人に対して笑顔を絶やさないフロントが押し黙っているせいだ。

彼は父レイガルが拾った闇の流民の子で、ネティアにとっては兄のような存在だった。

彼もネティアを妹のように可愛がってくれた。

その彼を裏切ってしまったのだ。

ネティアは深呼吸をして、忠実な従者へ振り返る。


「ありがとう、フロント。アイスケーキあったのね!」


わざとらしいほどの笑顔を見せて、フロントが手に抱えていたケーキの箱を素早く奪ってネティアは横をすり抜けた。


「…お考え直しいただけませんか?」


硬い声に足を止めた。

逃げようとしたネティアだったが、フロントは見逃さなかった。

背を向けたままのネティアに跪く音が聞こえた。


「無礼を承知で申し上げます。まだご結婚には早すぎます。ネティア様はまだ16になられたばかりではありませんか。もう少し、もう少しお待ちいただければ……」


「もう待てないのです!」


フロントの言葉を遮ってネティアは叫んだ。

振り返ると、フロントとフローレスは目を丸くしていた。

ネティアが声を荒げたところを一番身近な二人でさえ見たことがなかったのだ。


「そう言わずに、もう2年お待ちください。必ず、ネティア様に相応しいお相手をお父上が…」

「それでは遅すぎるわ…」

「しかし、今すぐは…」

「いないのでしょう?」


ネティアに言葉を遮られ、フロントは再び口をつぐんだ。


「バラバラになった民の心の一つにし、魔物との戦いに先陣を切り、他国とのバランスを取れる勇気と知恵と強さを兼ね揃えた者などそうはいないわ…初代王のような人は…」


ネティアの注文にフロントは即答できなかった。


「さあ、フローレス。せっかくのアイスケーキが溶けてしまうわ、急いでいただきましょう!」


双子の妹に呼びかけてネティアは急ぎ足でその場を離れた。


ネティアが去った後、フロントは大きな溜息を吐いた。

その溜息を聞かれたのか、彼のもう一人の主、妹姫フローレスが気づかわし気にこちらを窺っていった。


「フローレス様もどうぞ召し上がってください。せっかく買ってきたので」

「…フロントは?」

「私はちょっと用事ができましたので、ここで失礼させていただきます」


「フローレス!」


遠くでネティアが呼んでいた。

しかし、いつも一緒に呼ばれるはずのフロントの名前は呼ばれなかった。


「私は今はお側にいない方がいいみたですね」

「…そうね」


フローレスは不安げにフロントを見つめてくる。


「心配いりませよ。フローレス様が側にいればネティア様のご機嫌も直りますよ。そのためにもフローレス様はネティア様をお一人にしないでください…」

「……わかったわ…」


姉姫の方へ駆け出して、フローレスは一度振り返った。


「気を落とさないでね」

「…お気遣いありがとうございます」


妹姫の滅多に聞けない優しい言葉にフロントは微笑で返した。

フローレスがネティアの元へ行くのを見届けていると、二人の元に侍女達が現れた。


「遅いぞ、ライガ…」


溜息交じりに呼びかけると、風が舞い降りてきた。

風が消えると色黒の茶髪の忍びが姿を現した。

ライガはフロントの相棒だった。

年は同じで、外見はフロントと対象でワイルドだった。

女の子にモテそうだが、中身はとてもシャイで子供っぽい。

現われて早々口を尖らせて弁解を始める。


「そう言うなよ、ネティア様に本気で逃げられたら見つけ出せないつうの、お前でも無理だろう?」

「…そうだな…」


ライガの言葉は尤もだった。

虹の国の忍びを従える頭領の息子である彼でさえも、次期女王の魔法の前には非力だった。

無論、国一番の術者であるフロントも同様だった。


「どうする?」

「どうするもこうするも、まずは報告だろう…」


フロントは重い溜息を吐いた。


「ライガ、ネティア様達の警護を頼む」

「了解、王陛下によろしく!」


ライガは笑いながら来た時同様風のように去った。


「…報告する身にもなれよ…」


風が消えた後,、フロントはぼやいた。







「…そうか、ネティアがジャミルに会ってしまったか…」


フロントから報告を受けた虹の王レイガルは深い溜息を吐いて机から立ち上がった。

そして、窓際に立って中庭に目を馳せた。

中庭では彼の愛する娘達が何やら楽し気にお茶を楽しんでいた。

娘達に目を細める王の後ろ姿をフロントは黙って見つめる。

その姿は16の娘がいるとは思えないほど若い。

実際、彼はまだ三十路半ば、黒髪は艶があり、顔立ちは端正。しかし、肉体は屈強で魔物退治の先陣を切る強者だった。

その強さは歴代王の中で最強と謳われている。

歴代王を輩出してきた王の一族でさえ彼の強さを認めていた。

しかし、認めるのはその一点のみ。


『化け物…』

『女王の力が足りない分を王が補っている』


裏では陰口を叩いていた。

それは闇の民への恐れを現していた.

闇の民の強さは並外れていた。

小さな子供でもそれなりに戦えるのだ。

その理由は明瞭、結界の外で生きてきたからだ。

生きるためには凶悪な魔物と誰であろうと戦わなければらない。

そのため、個人の特性はあるがすべてにおいて秀でていた。

レイガルは魔法は使えないが、桁違いの力の持ち主で、その強さのみで魔物の群れに飛び込んでいく。

フロントにはレイガルのような力はなかったが、天性の魔法の才に恵まれた。

そして、幼少期の育ての親から騎士道を学んでいた。

昔のことを思い出し、フロントは思わず微笑した。

小さな体で思いっきり背伸びをして自分を見つめる少年の姿が浮かんだのだ。

突然の別れから12年、今頃は立派な大人の男になっていることだろう。

風の便りだが、弟の活躍は耳にしていた。

血は繋がっていないが、フロントの自慢の弟だった。


「何をニヤニヤしている?」


突然の声にフロントは我に返った。

中庭を見ていたレイガルがいつの間にこちらを見ていた。


「も、申し訳ございません!」


フロントは慌てて跪いて顔を伏せた。

今は思い出し笑いをしている場合ではない。

国がひっくり返るかもしれない時なのだ。


「今夜、出かけるぞ」

レイガルが重い口を開いた。


「どちらへ行かれるのですか?」


フロン路は聞き返すが、返答がない。

待ち切れず顔を上げると、目が合った。

レイガルはフロントをじっと見つめていたのだ。


「…あの、何か…?」


フロントが不審な顔をすると意味あり気な微笑が返ってきた。


「お前もついてこい、行先はついてくればわかる」

「え、はい…わかりました…」


行き先を告げなかった王の微笑の意味がわからず、フロントは首をかしげた。































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