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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
29/134

雨の隠れ蓑

アルトの絵を見た翌日。

朝から強い雨が降っていた。

しかし、アルトの絵の虜になってしまったサムは元気よく画商の下へ出かけて行った。

ナイトはいそいそと馬車に乗り込むサムを2階の窓から見送る。


『これでアルト達と連絡は取れる。正規軍とランド軍はあいつらに任せるとして…』


ナイトはネティアの部屋のドアを見る。

そろそろ閉じこもっているネティアに決断を迫らなければならない。

でなければ、虹の国に内紛が起きてしまう。


『一仕事前にコーヒー飲んでから行くかな…』


ナイトは足取り重く、台所に向う。




***




部屋のジメジメにリュックは溜息を吐く。


「ほら、泣かない」


ルビが塞ぎこんでいるライアスの肩を叩く。

部屋のジメジメは雨のせいだけではなく、塞ぎこんでいるライアスのせいだった。

一晩中絵のモデルにされてすねているのだ。


「できたぞ」


絵の仕上げをしていたアルトが奥の部屋から出てきた。

目にはクマができている。


「見せて、見せて!」


リュックとルビは急いで完成された絵を見に行く。

2人もすでにアルトの絵のファンになっていた。


「すごい、一晩でよくかけたな」


ルビが感嘆の声を上げた。

上半身鎧を脱いだ騎士ライアスが、椅子に座ったまま、抜き身の剣を放さず、土間に突き立てている情景が描かれていた。


「絵の中のライアス男前!」


リュックの賛美にもライアスは喜ばない。

絵はよく美化される。

現実のライアスは体育座りで、涙ぐんだ視線を送ってくる。

逞しい体躯の割には子供っぽい。

度数に換算すると1000%と言ったところだろう。


「王子に見られた…」

「え?王子があの絵を見たってわかるの?すごい…」


リュックはライアスの感にも感嘆したが、彼の目から涙が溢れる。


「お婿に行けない!」

「嫁を貰え!全く鬱陶し奴だ!」


身支度を整えたシリウスが隣の部屋から起きてきた。

アルトと違って、シリウスの目にはクマは見当たらない。

と言うのも、開始3時間程度で切り上げて早々に寝てしまったのだ。

主の危機に寝不足など言語道断という考えからだ。


「完成したらシリウスの絵も見せてよ」

「何を言っている、もう完成しているぞ」

「え、もう!?」


驚くリュック。

時間をかけたアルトも当然驚いている。


「そうだ、王子の危機に絵に時間などかけてはいられないからな」


そう言って、シリウスは布をかけて放置した自分の絵を全員の前で披露した。


「え、これで完成?」


ルビが困惑した声を上げる。

絵の構図ばぼんやりと描かれていた。

色もなく、モノクロ、陰影だけで表現された絵。

素人には未完成に見える。

アルトが写実的なのに対して、シリウスの絵は抽象的過ぎだ。


「これじゃ、お客さん、がっくりだよ…」


リュックの呟きにルビも頷く。

色もなく、ぼんやりとしか描けていない。

手を抜いているのは明らかだ。

せっかく、シリウスの絵を所望してくれた客に失礼な感じもする。


「客のために描いているのではない。すべては王子のためだ。これで十分だろう。それに、何枚も何枚もライアスの裸なんぞ克明に描けるか」


シリウスはそう吐き捨てるように言った。

もう、この絵に手を加えるつもりは毛頭ないようだ。

リュックはシリウスの絵を不安げに観察してアルトを見る。


「ねぇ、こんな絵で大丈夫かな?」

「大丈夫だろう。シリウスが完成だというのなら、完成だ。この絵はシリウスの絵だからな」


アルトも少し不服そうだが、人の作品に口出しはできない。

特に、才能はあるが絵にあまり興味がない頑固者には。

リュックは気を取り直して、アルトに聞く。


「題名は何?」

「私の絵の題名は『敗者』だ」


物憂げな絵の中の騎士にピッタリの題名だ。

モデルになったライアスも何も言わずに頷ている。

リュックはシリウスに訪ねる。


「シリウスの絵の題名は?」







「『亡霊』だ」






部屋の中の空気が一気に重くなる。


「…なるほど…その題名ならこの絵が完成だと頷けるな…」


アルト1人が感嘆する。


「前回、奴は死んだからな」

「…続いてるんだ」

「なるほど、前作と続いているのか…面白いな」


ルビが冷や冷やしながら笑っているのに対し、アルトは感心していた。

と、突然、拗ねていたライアスが立ち上がった。

とうとう堪忍袋の緒が切れたようだ。。


「こら、シリウス!私がせっかくモデルをしてやったと言うのに、この乱雑な絵は何だ!?もっと、アルトみたいに丁寧に描け!」


切れたライアスにシリウスが怯むことなく反撃する。


「描きたくて描いたわけじゃない。ぼかしてやったんだ、ありがたく思え!婿に行きたくないのか?さっきまで泣いてたくせに!」


先ほどまでの自分の醜態を突かれて、怯みそうになるライアス。


「よ、嫁はもらう!」

「は!来るといいな!貴様は行かないと来てくれんだろう!」

「何を!?」


結婚前提の彼女がいるシリウスが一歩リード。

ヒートアップするライアスとシリウス。


「ねぇ、これ何の対決?」

「さあ…」


リュックとルビが呆れて見守る中、アルトが進み出る。

いつ入れたのか?両手にはコーヒーをそれぞれ持っていた。


「まあまあ、これでも飲んで、2人とも落ち着け」


突然突き付けられたコーヒーを目にし、シリウスとライアスは一瞬戸惑ったが、受け取った。


「我々の絵の完成を祝して、乾杯!」


自分のコーヒーを掲げて、コーヒーを飲むアルト。

シリウスとライアスは嫌そうな視線を送り合って、


「「乾杯…」」


とい言って、アルトに続いてコーヒーを一口飲んだ。


ドサ、ドサ!


「何入れたの!?」


アルト以外の2人が相次いで倒れたので、リュックが叫んだ。


「睡眠薬だ。魔法だと防がれる可能性があるかな」


睡眠薬を盛られた2人は熟睡していた。

睡眠をたっぷりとったはずのシリウスまで昏睡したところを見ると相当強めに調合されている。


「『私達』は疲れたから寝る。お前達は私とシリウスの絵を持って画商のところへ行け。ライアスの予言の通りだとすれば、王子は私かシリウスの絵を見ているはずだ。私達の絵を買った客のどちらかが王子の知り合いである可能性が高い」


リュックとルビは頷き合う。


「わかった、行ってみるよ」

「頼んだぞ」


アルトはライアスとシリウスの2人を両肩に担いで隣の寝室に入っていった。

その様子をリュックとルビは扉が閉まるまで見守った。


「…やっぱ、アルトが一番怖いな…」

「…だね…」


ルビの言葉にリュックがしんみり頷く。




***




窓を打つ憂鬱な音。

今日は雨で窓から見える景色は靄がかって良く見えない。

それでも、窓の外を見てしまうのは、どこかで争いが起きていないか不安で堪らないからだ。


『どうして…こんなことになってしまったの…?』


ネティアは泣いているような街を見せる窓に触れて、透けて映る自分に問う。

いつだって争いが起きないように行動してきた。

だが、今回の行動は火種を撒いてしまった。

王の一族との和睦を成せば、国は一つになる、と信じてランド行きを強行した。

その結果、闇の民の騎士達が反乱を起こした。

ランド軍は思わぬ奇襲に大敗、復讐に燃えている。

静観するはずだった、国王正規軍まで出てきた。

賊にさらわれたフローレス達の救出のはずが、今ではネティアをめぐる攻防になり果てた。

いつ、内紛が起きてもおかしくない。


『ジャミルとの結婚は間違った考えなの?』


考えても答えは出ない。

だが、王都に戻るにせよ、ランドに行くにせよ、ネティアが決断を下さなければ事態は悪くなるばかりだ。

そうわかっていても結論はでない。

王都に戻っても、ランドに行っても、どちらに行ってももう後戻りはできない。

考えがまとまらないまま、ネティアは立ち上がる。

窓を開け、直に雨に触れ、霞んだ街を見つめる。

そして、心に思っていたことを実行に移した。




***




ナイト(ルーク)は居間でアダムとミナとコーヒーを飲みながら談笑していた。

ナイトが1人でコーヒーを飲んでいたところ、ミナが手作りのクッキーを持ってきたのだ。

そこにアダムも加わって、のろけが始まったのだ。

妻の料理は世界一だの…


「私、姫様にもお菓子を持って行ってみますね」


時間を見て、ミナが席を立った。


「ああ、きっと姫も喜ぶと思うぜ。飛びきり上手かったからさ」

「ふふふ、ルークさんたら、お上手なんだから」

「いやいや、アダムに比べたらまだまだ…」


アダムは照れくさそうに頭をかく。


「後で、俺も行くって、姫に伝えておいてくれ。『大事な話』があるから」

「わかりました」


ミナはニコニコしながら居間を出て行った。


「大事な話ってなんです?」


アダムが食いついてきた。


「そろそろここを出ようと思う」


アダムは息を飲んで、寂しそうに肩を落とした。


「そうですよね…いつまでもここにいても何も解決しませんよね」


虹の国の情勢は芳しくない。

ネティアが決断を下さなければ国内で争いが起きてしまう。


「…世話になったな…」

「いえ、少しでもお力になれて嬉しいかったです」


アダムは微笑んでナイトの手を取った。


「ここを出たらどうするんですか?」

「俺の知り合いがこの街に来てるんだ。そいつらと合流しようと思ってる」

「父がほれ込んだ画家のアルートさんとシリーウスさんですか」

「ああ、あいつら、俺の保護者みたいなもんだからさ」

「じゃ、お2人はルークさんを追いかけて虹の国に?」

「まあ、そんなところだ」

「寂しくなります…」


アダムは寂しげ目をして言葉を切った。


「また、すぐ会えるさ…」

「本当ですか?」


ナイトを見つめてくるアダムの目は不安そうだった。

ネティアは虹の国の世継ぎ姫。

ナイトは水の国から来た傭兵と言うことになっている。

一階の旅の傭兵が国の大事な世継ぎ姫を連れ出したのだ。

普通に戻れば、拘束されるのは必須。

大概は事が済んだら、とんずらが旅の傭兵のお約束だ。

だが、ナイトの本当の身分は旅の傭兵ではない。

話は続くのだ。


「何かあったら私達の下へ来てください。必ずお助けしますから」

「ありがとうな。でも、気持ちだけ受け取っておくよ…」


アダムの心配は有り難く受け取るが、それ以上のものは受け取らない。

お互いのために。


「俺には心強い仲間がいるからさ」

「…そうですか…」


アダムはぎこちなく笑った。

仲間がいるとは言っても、不安はぬぐえないようだ。

画家の仲間では不安なようだ。


「事が落ち着いたらまた会いに行くからさ」

「…必ずですよ」

「ああ」


ナイトは笑顔でアダムと約束を交わした。


「さて、ネティア姫のところに行ってこようかな…」


ナイトはコーヒーを置いて立ち上がった。




「きゃあああああああ!!!!!」




階上から女の悲鳴が聞こえた。

ナイトはアダムを見る。


「今の声は、ミナです!」


アダムが青ざめた顔で答える。


「行くぞ!」


ナイトは椅子に立てかけておいた剣を持って、すぐさま部屋を飛び出した。

階段を駆け上がってすぐ、腰を抜かして座りんでいるミナを発見した。


「ルークさん、アダム!」


怯えた声でナイト達を呼ぶ。

駆け寄ってみるが、怪我はしていないようだ。

運んでいた台車がひっくり返っていた、せっかくのティーセットが無残に散らばっていた。

だが、襲われたというよりはミナが『何か』に驚いて、自分でひっくり返したという感じだ。

その『何か』を探る。


「ミナ、何があった!?」


怯えているミナにナイトが問いかけた。


「あそこに、仮面の男が!!」

「仮面の男!?」


ミナが指さし示した廊下の先にナイトは鋭い視線を飛ばした。

廊下の突き当りの角から濡れた黒衣を纏った仮面の男が姿を現した。


『あの闇の騎士じゃないな…』


ナイトが直接対峙した闇の騎士より体格がガッチリしていた。

なぜ、今姿を現したのか?

疑問が過ぎる。

その答えネティアがカギを握っていた。

ナイトは現われた闇の騎士そっちのけで、すぐそばのネティアの部屋を蹴り開けた。


「姫様…!?」


部屋の中を見たミナが息を飲む。

ネティアの姿はどこにもなかった。

荷物もない。

攫われたというより、自分から出て行ったと見て間違いない。

現われた闇の騎士はそれを知らせに現れたのだ。

すべてを悟ったナイトが闇の騎士をもう一度見ると、窓から外に出るところだった。

ナイトは闇の騎士を追いかける。


「ルークさん!」

「あなた、私も…!」


アダムとミナも事情を察して、ナイトの後に続いた。




***




雨が降りしきる街をネティアは1人トボトボと歩いていた。

いたるところに正規軍の騎士、ランドの騎士がいたが、誰も探しているはずのネティアに気づかない。

灰色のレインコートを目深に被り、黒い傘をさしているのもある。

だが、根本的な問題があった。

ほとんどの者が探しているネティアの顔を知らないのだ。

今のネティアにとってこの雨のように好都合であり、不都合でもあった。

誰にも見つからずに目的を遂行できる。

だが、危機に見舞われた時、誰にも助けを求めることできない。

次に国を治める女王として最も無責任なことをしていると、自覚している。

自分にもしものことがあったら虹の国、いや、世界が終わってしまう。

虹の国の女王とは、それほど唯一無二の存在だった。

その自覚がありながら、1人で行動を起こしたのには訳がった。


『何としても、闇の騎士ともう一度会って話をする』


闇の騎士が誰なのか?

真に何を望んでいるのか?

そして、この事件の後始末をどうつけるつもりなのか?

ネティアは直に会って話を聞きたかった。

そのためには1人が一番。

賊の話を聞くなど、父王も、ジャミルも許すはずがない。

たぶん、ルークも…

ネティアは足を止めた。

ルークに何も言わずに出てきてしまったことを懺悔した。

フローレスを助けに行きたい、とネティアの我がままをただ1人聞き入れて、連れ出してくれた旅の傭兵。

空のように青い髪と紺碧の優しい瞳を持つ魅力的な青年。

ネティアの胸がトクトクと鼓動する。

ルークが金髪に染めた時、ネティアは確信した。

前世から宿縁を。

彼は、前世を覚えているのだろうか?

意志の強い人だった。

だが、魔法は使えなかった。

死ぬ間際に、来世の約束を交わした時も、魔法はかけていない。

その意志だけで、この時、この場所に現われたのか?

もし、そうなら、とてもすごい人だ。

世界には法則がある。

生まれる時、生まれる場所など選べない。

その世界の法則をかいぐぐって、1人の人間を追ってくるなど奇跡といっていい。

それほどまでに愛されていたことを嬉しく思い、それと同じくらい悲しく思う。


『もっと早く、お逢いしたかった…』


1年、時間を戻せたらと思う。

だが、動き出した運命は止められない。

決断を下した今、選べる道は限られている。

ネティアは胸の痛みを沈めると、再び歩き出そうとした。


「ああ、ネティア姫、どこにいるんだ?」

「と言うか、どんな人なんだ?」


正規軍の4人グループがが頭を抱えていた。

国王直下の正規軍であろうと、ほとんどの者がネティアの顔を知らない。

そんなグループの中に1人顔見知りの者を見つけて、ネティアは顔を伏せた。


「う〜ん、取り合えずだな、髪は国王陛下似で黒髪、目は女王陛下似でエメラルドグリーン。美少女だ」


ネティアを知っている者が顔の特徴を言う。


「この雨じゃ、顔もわかんねよ」


街行く人々はレインコートやら傘やらで体を隠している。


「そうだな、でも、探さないわけにはいかないだろう?」

「こんな雨の日に出かけるか?そもそも、見つかる危険を冒してまで出かけるか?家探しの方が手っ取り早くないか?」


1人がぼやく。

雨の日は家に籠っているのが一番だと思う。

見つかる危険を冒してまで見つかりたくないものは出かけない。


「それは普通の時だろう?見つかりたくない、でも、どうしても出かけたい時はむしろ雨の日が最適だろう?」


図星だったので、ドッキとするネティア。


「ネティア様には何かお考えあると俺は思っている。でなければ、こちら側なり、ランド側にとっくに出向いてきてるはずだからな」

「確かにな…」


ネティアを知っている騎士に全員が賛同して頷く。


「仕方ない、行きかう人間に片っ端から話しかけるか?」

「じゃ、職質だな」


それを聞いたネティアはすぐさまその場所を後にしようとした。


「待て待て、それじゃ警戒される」


1人の騎士が行きかけた仲間を呼び止める。


「任務は任務だが、職質なんて犯罪者を探す手法だ。ネティア姫に失礼だし、質問されたご婦人達も気分が悪い」

「じゃ、どうするんだ?」

「ずばり、ナンパだ!」


仲間達は黙って立ち去ろうとした。


「待ってくれよ、これは作戦だ」

「作戦?」

「そうだ、ナンパしながら、実はネティア姫を真面目に捜索するんだ。油断して出てくるかもしれんし、ランド美人とお知り合いになるかもしれないという、まさに一石二鳥の作戦だ!」


仲間達は沈黙した。


「…なるほど、一理あるな…だが、下心が丸見えだ」


1人の指摘に、残りの仲間達が頷く。

しかし、下心丸出しの騎士はその欲望を隠そうともしない。


「考えてもみろよ。ネティア姫はお年頃だろう?」

「…となると、話しかける女性達もお年頃…」

「こんなチャンス滅多にないな…」


沈黙する正規軍の若い騎士達。

類は友を呼でしまった。


「よし、明るく職質しよう!」

「我々のイメージもあるしな」

「ちょっと、そこのお姉さん方、顔見せて」

「この雨の中では何なので、そこの喫茶店で。お手間は取らせませんし、お代もこちらで持ちますから」


この正規軍グループはナンパと言う名の職質を始めた。

ネティアは呆れながらその様子を見送った。

幸い、近くにいたネティアには声はかからなかった。

代わりに声を掛けたのは女性4人組。

人数が同じだったからだと推測される。

不甲斐ない正規軍の騎士を見たかと思えば、今度はランド軍の4人グループに遭遇した。

こちらには見知った顔はいなかったが、殺気が凄まじかった。

その殺気ゆえ、すれ違う街の人々も近寄らない。


「あの仮面野郎ども、どこに居やがるんだ!」

「見つけたら全員皆殺しにしてやる!」


双子姫ランド護送を邪魔され、大量の捕虜を取られたランド軍の名誉は大きく傷ついた。

そして…


「ネティア姫を連れ去ったあの傭兵もだだじゃ済まさねぇ!見つけたらなぶり殺しにしてやる!」


その憎悪のこもった声に、ネティアは思わず足を止めた。

ネティアにとって感謝すべき相手はランドの騎士達にとっては憎しみの対象でしかない。

自分達の君主と世継ぎ姫の結婚を邪魔した男。

ネティアはルークがこのまま逃げてくれることを祈った。

そして、幸せに生きてい欲しいと。

前世で得られなかった普通の幸せを。

ネティアは再び歩き出した。

今度は何があっても止まるまい、と心に決めて…


「何やってんだ、正規軍の騎士共!?」


ネティアの決心はほんの数秒で崩れ去った。

先ほどすれ違った正規軍の騎士達にランドの騎士達が殺気を向けていた。

職質中だった女性4人組が慌てて逃げだす。


「正規軍が我が領土でナンパとはいい度胸だな」


ランドの騎士達の目は怒りで曇っているとはいえ、的を得ていた。


「…ただの職質だ…お前達のせいで女性達が逃げてしまったではないか…」


図星を突かれ、言い訳気味の正規軍の騎士達。


「職質か…それは悪いことをしたな。我々の目には若い女を口説いているようにしか見えなかった…」


言葉では謝っていたが、目は敵意剥き出しだ。

腹いせもあっただろうが、邪魔が目的だったことは明白。

ランド側にしてみれば、正規軍に世継ぎ姫を先に見つけらえては困るのだ。

その悪意を感じ取って、ちゃらんぽらんだった正規軍の騎士達も喧嘩腰になる。


「そういうそっちはどうなんだ?闇の騎士の足取りは掴めたのか?」


今度はランドの騎士達が歯ぎしりする番だった。

彼らは闇の騎士団の奇襲で大敗して以来、何の情報も掴めていなかった。

そして、何の情報も手に入らないのは正規軍が握りつぶしているのだという憶測が密かに広がっていた。

まだ闇の騎士が正規軍の騎士である可能性が完全に否定されていなかった。

ランドの騎士達の目には、今目の前にいる正規軍の騎士でさえ、憎き闇の騎士ではないかと疑心暗鬼にかられている。


「貴様らが闇の騎士を隠してるんだろう!?」

「何!?」


ランドの騎士に突然そう言われた正規軍の騎士は目を丸くする。

下の方の正規軍の騎士達は自分達が疑われていることなど露ほども知らなかったのだ。

しかも、今回は運が悪いことに4人全員が闇の民の出身者だった。


「そんなわけあるか?なぜ、我々が同胞であるランドの騎士を襲うのだ?」

「は、何が同胞だ。我らが君主ジャミル様がネティア姫と結婚なされて王になられるのを怖がっているではないか?」


正規軍の騎士達は口を噤む。

ジャミルが王になるのを怖がっているのは事実だった。

だが、そんな理由でランド軍を襲うほど、正規軍の闇の民は愚かではない。

彼らには国王レイガルがいるのだから。

今にも牙をむきそうなランドの騎士達に、正規軍の騎士達は困惑を隠せない。

しばらく無言の対峙が続いた。

その緊迫を崩したのは正規軍の方だった。

正規軍側のリーダーがランドの騎士達に対して背を向けたのだ。


「行くぞ」


リーダーの言に従って、正規軍の騎士たち全員が背を向けた。


「逃げるのか!?」


ランド側のリーダーが吠えて食いついてきた。


「そうではない。我々が争っても何の得にもならない。それより『お互いの任務』をこなした方がお互いのためだ」


正規軍側のリーダーは冷静だった。

そのことにネティアはホッとした。

争いは回避されたように見えた。

だが、ランド側のリーダーは違った。


「…任務か…確かにそうだな。なら、俺達も貴様らを見習って『職質』をするか」


冷酷な笑みを浮かべて、ランド側のリーダーが剣を抜いた。

そして、その切っ先を正規軍の騎士達に向けた。


「きゃああああああ!!!」


その様子を見ていた通りすがりの人々が悲鳴を上げて逃げ出していく。


「正気か!?」

「ああ、正気だとも。仲間である貴様らを締め上げれば闇の騎士に関する情報が何か出てくるかもしれないからな」

「我々は知らないと言っているだろう!」

「それでも構わんさ」

「何!?」

「貴様らを餌にして仲間思いの闇の騎士をおびき寄せるまでだ」

「くぅ…」


話が通じないランドの騎士。

4対4。

戦い慣れしている正規軍の方が実力は上。

逃げることは可能だろう。

だが、ここはランド領。

地の利はランドの騎士にある。

逃げて他の正規軍、ランド軍の騎士に助けを求めるのが得策。

仲裁に入ってくれればいいが、もし、助けを求めた正規軍の騎士が襲われている仲間を見た場合、怒りで助太刀してくるかもしれない。

逆に、ランドの騎士に助けを求めたとして、目の前の4人と同じ考えなら、仲間の考えに賛同して手を貸してくるかもしれない。

同僚レベルでは駄目だ。

もっと上の人間に助けを求める必要がある。

上の人間は争いなど求めていないはずだ。

現に双方にそういう命令が出ていた。


「…どうする?」

「とりあえず逃げて助けを求める。正規軍ないしランド軍の上官にだ。でなければ、奴らをとめるのは難しいだろう」

正規軍の騎士達はリーダーの考えに賛同し、逃走を開始した。


「逃がすか!」


ランドの騎士が大声を上げ、仲間に合図する。

弓兵が1人混じっていた。

矢が放たれ、逃走する正規軍の騎士達の前に落下した。

爆発が生じ、近くにあった木材や商品やらの荷物が崩れて正規軍の行く手を阻む。

火薬のようだが、強い雨のお蔭で火の手は上がらない。

慌てて、他の道に逃げようとするも、ランドの騎士達に塞がれてしまう。


「…奴ら、どうあっても、我々を逃さないつもりだぞ…」


囲まれた正規軍の騎士達はリーダーに判断を求める。


「…やむおえん…」


正規軍の騎士達はやむなく剣の柄に手を掛けた。


「やっとその気になったか…」


ランドの騎士達は満足げな笑みを浮かべた。





「おやめないさい!」





剣を抜こうとした正規軍の騎士達は動きをとめた。

そして、声の主である、ネティアに目を向けてきた。


「女、邪魔立てするな!」


ランドの騎士が声を荒げるも、正規軍達は呆然とネティアを見ていた。


「その声は…ネティア様…」

「何、ネティア姫だと?」


声を荒げたランドの騎士はまじまじとネティアを見つめてくる。

ネティアは傘を捨て、身を翻して駆け出す。

思わず争い制止してしまったが、どちらの方にもまだ行く気はない。


「お、お待ちください!!」


当然、正規軍の騎士達はネティアを追いかけてくる。


「俺達も行くぞ!」


その後をランドの騎士達も追いかけてくる。

距離がどんどん縮まってくる。


『どこかで、移動魔法を使わなければ…!』


ネティアは細い路地に入り込む。


ドン!


人とぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい!」


ネティアは倒れた1人に謝って、すぐまた駆け出した。


「ネティア様!」

「ネティア姫!!」


正規軍、ランド軍の騎士達がすぐそこまで迫ってきていた。

再び大通りに出て、また人目に付きにくい路地を探して入り込んだ。





ドカ!




「うわあ!!」

「す、すまん!」


ネティアがぶつかった相手に、今度は先頭を走っていた正規軍の騎士が激突した。

謝罪もそこそこに行こうとするが、ネティアのようにいくことは許されなかった。


「謝ってすむと思ってんのか!?」


ぶつかった相手の相方が立ちはだかる。

胸の前で腕を鳴らしながら迫ってくる赤髪の男。

商人のようだが、腕っぷしは強そうだ。


「す、すまん、今急いでいるのだ。これで勘弁してくれ…」


正規軍の騎士は謝罪として財布を赤髪の男に差し出した。

赤髪の男は不満そうだが、一応受け取った。

正規軍の騎士達は頭を下げると、再び走り出した。

その後をランドの騎士達が追いかけて行った。


「…大丈夫か?」

「う〜ん、何とか…」


赤髪の男は倒れている華奢な相方に手を貸した。





「ネティア様!!」




正規軍の騎士は路地裏に入り込むネティアの後ろ姿を捉えることに成功した。

急いで後を追いかけて、路地裏に駆けこむ。

しかし、ネティアの姿はどこにもない。

魔法が使われた気配もない。

路地を駆け抜け、また次の通りに出る。

左右を見渡し、左の方にネティアらしき人影を見つける。

正規軍達は必死に追いかけて、灰色のレインコートの裾を掴む。


「ネティア様…!!」

「きゃあ!」


灰色のレインコートから女性の悲鳴が上がった。


「お前ら、俺の妻に何をするんだ!!」


どこから現れたのか、傘を落とした金髪の男が正規軍の騎士達の前に立ちはだかった。


「…妻…?」


呆然と呟く正規軍の騎士達のために、灰色のフードが

下ろされた。

深い青色の髪の女性の怯えた顔が露わになった。


「これは、失礼した!」


正規軍の騎士は即座に頭を下げ、


「同じ色のコートを着た者がこちらに来たと思うが、見なかった?」


夫婦は互いに顔を見合わせて首を振る。


「…風も雨も強いし、傘で見えてなかったかもな…」

「…そうか、すまん…」

「おい、ランドの野郎共があっちにいったぞ!」


仲間がランドの騎士の動向を知らせる。

遠くからでも人違いだったことに気付いたのか、ランドの騎士は意地の悪い笑みを浮かべている。


「くそ、追うぞ!」


地の利があるランドの騎士に先を越されたと思った正規軍の騎士達は後を追いかけて、細い路地に入り込む。

ランドの騎士達が灰色のコートを着た者を追い詰めていた。


「さあ、ネティア姫、我らが君主の下へお戻りください」


行き止まりの壁を前に背を向けたままの人物の肩を掴んだ。


「か、仮面!!?」


振り返った顔を見てランドの騎士は仰天して尻もちをついた。

盛大に水しぶきが上がる。


「闇の騎士だ!!!!」

「闇の騎士が出たぞ!!」


灰色のレインコートを投げ捨てた闇の騎士はランドの騎士、正規軍の騎士の間を猛スピードで駆け抜けて、通りにお踊りに出た。

仲間の声が聞こえたのか、続々とランド、正規軍の騎士が集まってくる。


「あっちだ!」

「捕まえろ!!」


闇の騎士の取り物劇が始まる。


その様子を金髪の男は妻…もどきの女性と見て、ほっと胸を撫でおろした。


「もういいぞ」


金髪の男…ルークが声を掛けると、アダムが店のドアを開けて出る。

その中に本物のネティアはいた。

路地を曲がってすぐ、ルークに捕まってしまっていたのだ。

ルークはその深く澄んだ青い瞳でネティアをじっと見つめ、



「話は帰ってからしよう」



と言った。

拒むことができなかった。







4人が帰路に就く姿を少し離れたところから見ている者が2人いた。


「本当に金髪に染めてたな…」

「すごいや、ライアス…」


ルビとリュックはナイト王子専用の預言者の言葉に改めて感心するとともに、主の無事を確かめた。




 

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