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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
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名画

夜道を足早に歩く2人の商人がいた。

1人は商人とは思えない筋肉隆々の男だった。

そんな見てくれとは裏腹に風邪を引いたのか、夜風から身を守っていた。

もう1人は大事そうに大金の袋を抱えていた。

売り物の絵が売れたのだ。

金の袋を見つめ、時折、笑みを漏らした。


「今、帰ったぞ!」


大きな声とともに部屋に入ったライアスは一目散に暖炉の前に屈み込んだ。

室内にはリュックとルビの2人がいた。

シリウスは外出中だった。


「はっくしょん!」

「何、風邪?まさか、風邪は風邪でも今流行りのあっちの風邪じゃないよね?」


リュックはライアスから遠く離れて、手をかざす。

魔法で調べよる。

リュックはこの5人の中で唯一治療系の魔法が使える。


「ところで、絵は売れたのか?」


ルビが聞くと、アルトは嬉しそうに大金が入った袋を2つ掲げた。


「おお!!いくらで売れたんだ?」


ルビは歓声を上げ、アルトに近づく。


「1万8000ゴールドと2万ゴールドだ」

「すげぇ、結構高値で売れたな」


この宿の1泊の宿泊料が500ゴールド。

宿代に換算すると76日も滞在できることになる。

そこまで長居することはまずない。

もっといい宿に泊まってもいい金額だ。

この金額にはアルトも大満足のようだ。


「で、どっちの絵が高く売れたんだ?」


ルビが興味津々で聞くと、急にアルトの顔が固くなる。


「…シリウスの方だ…」


力なく答える。

暖炉の前にいたライアスが慌てて話に乱入する。


「そう落ち込むな、アルト!私はお前の絵の方が良かったと思うぞ」


肩を叩いて励ますが、


「気休めを言うな…シリウスの絵は欲しい人間が2人もいて競り合いになったんだぞ」


アルトの声は暗かった。

その場の空気が重くなる。


「で、でもさ、絵って人の好みだからさ!そう落ち込むことないと思うよ!」

「そ、そうだよ!俺もアルトの絵の方が好きだったな。力強くて良かったよ」


リュックとルビもホロウするが、


「それは褒められた…だが、しなやかさがないと言われた。だが、シリウスの絵にはそれがあった上に、『繊細』も兼ね備えていると絶賛されていた…」


敗北に打ちひしがれるアルト。

その背後でルビとリュックは衝撃を受けていた。




『繊細!?怨念が込められたあの絵が!?』





シリウスの怨念を虹の国の画商は『繊細』と捉えたようだ。


「シリウスは天才だ…私は10年以上も努力してきたのに、あいつは事も無げに私の上を行く…」

「はははは、虹の国の画商は見る目がなかったのだ。水の国に帰ってからもう一回売りに行ってみれば絶対お前の方が高いに決まっている!」

「そうさ、魂の込め方が違うからな」


ライアスとルビがアルトを必死に励ます。


「…そうだな…」


アルトは何とか立ち上がった。

そこでようやくライバルがいないことに気づく。


「シリウスはどこへ行った?」

「ああ、ちょっと、買い物に行ってるんだ…」


ルビがホッとしながら教えた。


「何を買いに行ったのだ?お前達に買いに行かせればいいじゃないか?」

「それがさ、必要なものは自分で買いに行きたかったみたいでさ…」

「必要なもの…何か動きがあったのか?」


アルトは顎に手を当ててから、ピンときたようだ。


「うん、虹の王が正規軍を率いてネティア姫を連れ戻しに来たんだ。でも、ランド軍は予定通り、ネティア姫をランドに連れ帰るつもりなんだ。だから、いつ何が起きてもおかしくないんだ」


リュックの説明を聞いて、アルトはいつもの冷静さを取り戻した。


「なるほど、先にネティア姫を見つけた方が連れ帰るというわけか…ネティア姫の傍にいるであろう王子が巻き込まれるのは必至だな…」

「うん、それでさ、ライアス。王子が今どこで何してるかわかる?」


リュックはナイト王子専用の預言者ライアスに助言を乞う。


「ふっ…王子ならばネティア姫とこの街にいる」

「え!?それ本当!?」


驚くリュックにライアスは自信満々に笑う。


「このライアスの感からはいかに王子が変装しようともと逃れられん!王子は今、商人ないし、大道芸人に扮し金髪に染められている!」


ナイト王子専用の預言者の具体的な言葉を聞いて、アルト、リュック、ルビは内談する。


「金髪って、青髪より目立つんじゃないか?」

「商人と大道芸人に関してはそうとも言えんぞ。光の国を出た光の民がよくなる職業だからな。王子が金髪に染められるのは考えられる」


ルビの疑問にアルトが簡潔に即答する。


「商人か大道芸人か…どちらも、同族みたいなものだから、商人達を当たれば王子の下に辿り着けるんじゃない?」

「ならば、親しくなった画商に当たってみよう」


リュックの提案にアルトは即賛同した。


「王子の姿が見えてきたな…」

「後は、シリウスだな…」


ルビとライアスの肉体は2人は腕と肩の骨を鳴らす。

出番が近いとうずうずしている。

丁度、その時、扉が開いた。


「皆、話は聞いたか!?我らが主の下へ行くぞ!!」


タイミングよくシリウスが帰ってきた。

背後に5人の配達人を従えていた。

1人1人、大きな箱を抱えていた。


「ここでいいですか?」

「ああ、ありがとう」


配達人達が、ありがとうございました、と言って出ていくまでしばし部屋にいた4人は沈黙を守った。


「シリウス、何を買ってきたの?」


リュックが5つの箱を見て聞くと、


「決まっているだろう!鎧だ!」


事も無げに言ってのけ、箱を開けて鎧一式を見せる。


「て、他国で戦争でもする気!?」

「王子の為ならやむおえん!」

「俺達たった5人だぜ、シリウス!」

「違うぞ、ルビ!王子を入れて6人だ!」

「いや、人数の問題じゃないぞ…王子を連れ帰るのが我々の任務だ。虹の国のことは虹の国が解決する」

「いや、ライアス、王子が虹の姫を愛されているなら、虹の姫も保護せねば!」

「いや、だから、それだめだって!本当に戦争になるって!」


リュックは金切り声を上げる。

熱くなりすぎているシリウスをアルトを除く3人が必死で説得するも、聞く耳を持たない。


「アルト!何とか言ってよ!」


リュックが助けを求めると、アルトがスッと動いた。

シリウスが買ってきた鎧を取り上げる。


「いい鎧だ…」

「そうだろう、最高級の鎧を買ってきた」


シリウスが自慢げに答える。


「いくらだ?」

「38万ゴールドだ、だいぶ値切った」


丁度、売れた絵の値段の10倍だ。

リュックは青くなり首を思いっきり横に振っている。

アルトの目が光る。


「支払いは?」

「もちろん、つけだ!」


領主書をバンと見せつけるシリウス。

会計担当リュックは泡を吹いて、ルビにもたれかかった。


「王子の為だ、金に糸目はつけられん!残りの支払はシープールに戻ってから私が払う!」

「そうか、では、宿代はどうする?宿代のつけは無理だと思うが?」


シリウスはリュックを見る。

視線を向けられたリュックは死にそうな顔になっていた。


「シリウスに渡したので全部だよ。ちょっと、大金を使うかもしれないって、シリウスが言ったから…」


一同の視線がシリウスに戻る。

絵が意外に高値で売れて、資金に余裕があったのに、シリウスの無駄遣いで一気に首が回らなくなった。


「問題が発生したな…我々はこの宿から出られん。もしくは、役人に突き出される」

「仕方がない…鎧を1つ戻してこよう」

「1つじゃ足りないよ!全部戻してよ!1つの鎧だけでも7万6000ゴールドだよ。持ってきた資金6万ゴールドより多いよ。売れた絵をの分もあるけど、滞在が長引きそうだから足りないよ」

「何!?たったそれだけしか持ってきてないのか!?」

「これだけあれば普通は十分だよ!」


逆切れするシリウスにリュックが怒鳴り返した。


「では、どうする?」

「いい考えがある。また、絵を売ればいい」


頭が煮えたぎっているシリウスにアルトが静かに言った。


「絵だと!?こんな緊急事態にか!?」

「緊急事態だからこそだ。金になるぞ。幸い、我々の絵は虹の国の画商から高い評価を得た。この国にいる間にもう1枚ずつ欲しいと所望された。出来栄えによっては今回の値段の数10倍で売れるだろう」

「そ、そんなにか!?」


絵は火に油かと思いきや、水になった。


「1枚描くだけで、鎧だけでなく。武器も調達できるぞ。虹の国の武具は質が高いからな」


シリウスは悩む。

アルトの口車がいまいち腑に落ちないようだ。


「ライアスの絵で、我々の名が知れれば、王子も気付いてくださるだろう」

「…わかった、描こう」


最後の切り札、王子の為、を出すと迷いも吹き飛ぶシリウスだった。

再び2人の画家が筆を執る決意を固めると、逃げ腰になる1人の男。

モデル担当、ライアスだ。

真剣な2人の視線が、獲物を捉える。


「また私で絵を描く気か!?」

「無論だ。お前の筋肉美は描きごたえがあるからな」


出入口には帰ってきたばかりのシリウスが立っている。

逃げ場はない。


「こ、今回は私じゃなくて、ルビを描いたらどうだ?私より男前で、同じ筋肉質だぞ」

「え!?俺…?」


モデルになりたくないライアスはルビを身代わりに差し出した。

アルトとシリウスがルビを見る。

新進気鋭の画家2人に視線を向けられたルビはちょっと照れたような顔をしている。

どうやらまんざらでもないようだ。


「物足りん」

「…だな」


アルトの言葉に賛同するシリウス。

ルビがズッコケる。

焦ったライアスはリュックを指す。


「リュックはどうだ!騎士としては貧弱で童顔だが、女性受けすること間違いなしだ!」

「え、今度は僕!?」


慌てふためくリュックに、2人の画家が視線を向ける。

ルビ同様、ちょっとだけ期待してしまう。

2人の絵は素晴らしかった。

だから、ちょっとだけだが、モデルになってもいいかな…と思うリュック…


「かわいそうじゃないか」

「見損なったぞ、ライアス」


アルトとシリウスは非難めいた視線をライアスに送った。


「どういう意味!?」

「我々は弱い者いじめはせん」


アルトの言葉にショックを受けるリュック。

がっくりと項垂れると、ルビが慰めるように肩に手を置く。

差し出した身代わりはことごとく却下され、後がなくなったライアスは強行突破を覚悟した。


「ならば、力づくで逃げおおせてやる!」


剣を抜き、アルトとシリウスの2人に剣を向ける。

剣の腕ならライアスは5騎士一だ。

対して、アルト、シリウスは剣よりも弓矢が得意だ。

その弓矢も室内では使えないし、2人は剣さえ手元にない。

今の丸腰の2人にはライアスをとめるすべがない。

身代わりにならなかった年下2人は無害なので無視された。


「ふっ…我々から逃れられると思っているのか?」


シリウスが不敵な笑みを浮かべた。

ライアスの背を冷や汗が流れる。

アルトも微笑を浮かべている。

どちらかと言うと頭脳派の2人、何か罠でも仕掛けているのか?

しかし、ライアスには何も見えない。

見えない恐怖に、歯を食いしばる。


「何を隠し持っているかは知らんが、強行突破してしまえば、こちらのものだ!」


ライアスは不敵な笑みを浮かべて立ちはだかるアルトとシリウスに突撃した。

2人は突進してくるライアスから逃れるように両端に飛び退いた。

唯一の出入り口である、ドアががら空きになる。


「しめた!」


ライアスはドアに向かって駆け込む。


ピン!


右足に強い衝撃が走り、ライアスは転倒した。

近くに消しゴムが落ちている。

アルトを見ると何か手に持って構えていた。

パチンコだ。

今のはアルトの攻撃。

即座にシリウスを探す。


「遅い!」


後方に回り込んでいたシリウスがパチンコから玉を放つ。

その玉が炸裂し、大きな網が広がり、転倒したライアスを捉えた。


「うわああ!」


見事、獲物を捕らえたアルトとシリウスはハイタッチを交わす。


「このパチンコというやつ、なかなかいいな」


アルトが気に入ったようにパチンコを見る。


「弓矢は邪魔になることがあるからな、その点パチンコはコンパクトでいいだろう?攻撃力は弱いが、色々応用が利くからな」


シリウスはパチンコを懐にしまって、捕獲した獲物を見下ろす。


「さあ、王子のために脱いでもらおうか?」

「た、助けてくれれええ!!!」


シリウスが暴れるライアスを網ごと引きずって奥の部屋に連れて行く。

アルトは鎧の入った箱を1つ抱え、


「ルビ、リュック、残りは返品してきてくれ」


1つは画材として使うようだ。


「王子の探索はお前達に任せる。明日に備えて、早く寝ろ!今からは『大人の時間だ!』」


シリウスは吐き捨てるように言って、ルビとリュックを鎧と一緒に部屋の外に追い出した。


「大人の時間て…」

「僕らもう大人なんだけど…」


この世界の成人年齢は18である。

なので、最年少のリュックも今年から立派な大人である。


「シリウス達からすれば、俺達、まだ子供みたいだな」

「もう!2つか3つしか違わないのに」


リュックは憤慨する。

ルビはそれを見て大きな手をリュックの頭に乗せて笑う。

ルビはリュックの1つ上だが、話している感じではあまり年上と言う感じはしない。

だが、高い身長と大きな手を見ると、年上感が出る。

剣の腕ではライアスに次ぐ強さなのだが、重要な場面ではリュックのお守り役としてよく一緒に弾かれる。

シリウス、ライアス、アルトの3人の経験値ははるかに2人の上を行く。

迅速に決断が下せる3人からすれば足手纏いなのだろう。


「そう怒るなよ、今回は俺達が実行部隊なんだからさ」

「わかってるよ」


ルビは笑いながら、鎧の箱を3つ軽々と持ち上げる。

リュックはムッとしながら1つの箱を抱える。

強いくせに優しいルビに、少し嫉妬してしまうリュックだった。




***




ライアスの予言通り、ナイト(ルーク)はグミの街にいた。

宝石商サムの息子アダムとして商いの手伝いをしていた。

本物の息子アダムはナイトの弟イダムとして表に出るようになった。

この街に来てすぐアダムの妻ミナが風邪フウジャにかかっていたため、夫婦で人前に出ていなかった。

そのため、宝石商サムの息子夫婦の顔を知っている者はほとんどいなかった。

ナイトはサムの使いでよくアダムと外出して、正規軍、ランド軍、そして、闇の騎士団に関する情報収集をした。

正規軍とランド軍は対立関係にあるものの、今のところ目立った諍いは起きていない。

どちらも捜索には苦労しているようだ。

ランド軍は全く闇の騎士団の足取りを掴めずにいた。

正規軍も人前で顔を晒すことを禁じられている世継ぎ姫を探すのに四苦八苦していた。

人に聞いたところで、誰も顔を知らないのだ。

ネティアの顔を知っている騎士達が自分達の目で探すしかない始末だ。

闇の騎士団の情報はナイト達の方も空振りに終わった。

だが、闇の騎士と空山での話しをした内容からナイトとネティアの居場所も掴んでいることは間違いない。

ナイトが出回ってることも見ているはずだ。


「帰るか…」

「そうですね」


喧噪な街の様子を見まわし、ナイトは溜息を吐いてアダムと共に帰路に就いた。


「お帰りなさい!」


元気いっぱいの笑顔でナイト達を出迎えてくれたのはアダムの妻ミナだ。

ミナは引きこもっているネティアの世話をしていた。


「姫の様子は?」

「相変わらずです…」


ネティアの様子を聞くと、ミナは悲しそうな声で答えた。

室内に籠っているネティアは窓に張り付て、外の様子を悲し気に見つめていた。

ランド軍と正規軍がいがみ合っていることに心を痛めているのだ。

だが、ネティアはどちらに行くのか、まだ決めかねていた。

正規軍の下へ行けば、さらわれたフローレスを始め、ランドの騎士達は無事に戻る。

だが、ジャミルとの縁は断ち切られ、王の一族との和睦は再び解決の糸口が見えなくなる。

人質全員の無事という好条件を飲めないところを見ると、ネティアの心はまだジャミルにあるようだ。

だが、ランド軍の下へ行けば、フローレスは戻らない。

ネティアにとってフローレスはアキレス腱だった。

王の一族との和解かフローレスか、板挟みで身動きが取れない。

だが、いつまでも迷っていればいずれ争いが起きてしまう。


「ネティア姫、どうするか決まったか?」

「いえ…まだです…」

「そうか…じゃ、決まったら教えてくれ」

「はい…」


何度目かの同じ会話を交わして、ナイトはネティアの部屋を後にする。

部屋を出た後、ミナが中に入っていく。


「姫様、お風呂に行きませんか?」


ナイトはその会話を耳にした後、アダムと一緒に自室へ帰った。


「姫様、元気がありませんでしたね…」


アダムはネティアの様子を見て心を痛めていた。


「そうだな…そろそろ決断してもらわないとな…」


そう言いながらナイトはドアにへばり付いて、耳をそばだてる。

ネティアとミナの足音が聞こえてきて、遠ざかっていく。

2人の足音が完全に聞こえなくなった後、ナイトは部屋を出た。


「え、ルークさん、どこへ行くんです?」

「姫の部屋だ」

「え、でも、姫様、今お風呂に行かれましたよ?」

「いなくなったから行くんだ」

「いなくなったから?」


訳が分からないまま、アダムはナイトについてネティアの部屋に入る。

ナイトはすぐさま、ネティアの荷物をあさり出した。


「て、ルークさん、何してるんですか、それじゃまるで泥棒ですよ!」

「だから、泥棒しに来たんだよ」

「え…えええええええ…!!!!?」

「こら、静かにしろ、姫達が戻ってくるだろうが…」


ナイトはアダムの口を塞いで、ドアの前で耳を澄ませた。

戻ってくる足音が聞こえないのを確認すると、ナイトは再びネティアの荷物をあさり出した。

そして、大切に布に包まれた木箱を見つけた。


「お、あった、あった」


木箱の中から赤い宝石の付いた金の首飾りを取り出してナイトは人の悪い笑みを浮かべる。


「ルークさん、それどうするんですか!?」

「預かっとくのさ」

「預かっとくって、それ虹の王家の家宝ですよ!?」

「そう、ネティア姫がネティア姫である証だからな」


ナイトは首飾りを掌でポンポンと投げる。


「何のためにです?」

「姫が馬鹿な真似をしないようにさ」

「馬鹿な真似…?」


困惑しているアダムにナイトはわかりやすく説明をする。


「ネティア姫の選択肢は2つしかない。1つは正規軍の下へ行き、闇の騎士団にフローレス姫以下の人質全員解放させること。だが、こちらを選べば王の一族との和睦は白紙に戻る。もう一つは、ランド軍の下へ行き、闇の騎士団と戦って、フローレス姫達を救出すること。こちらを選べば、人質が全員無事に帰ってくる可能性は低くなるがな…」

「ルークさんはどっちが正解だと思ってるんですか?」


アダムが訪ねる。


「そりゃ、断然正規軍の方だな。派手にやられたランド軍の怒りが簡単に収まるとは思えない。怒りに任せて闇の騎士団だけでなく他の反乱分子もあぶり出さすかもしれない。そしたら、内紛の勃発だ。だが、正規軍なら何とか丸く納めてくれるだろう。闇の騎士団は約束を守るだろう。闇の民に市民権を与えてくれた虹の王家に感謝してるはずだからな。それに…」


ナイトは遠い目をしてく続ける。


「ネティア姫が虹の王都に戻ったからと言ってランド領主との結婚が完全に消えるわけじゃない。再度、吟味して考えが変わらなければ、結婚を決めればいいんだ。今度はランド領主が虹の王都に出向いてな…普通はそれが筋だからな」

「そうですね、虹の国は女王が宗主ですからね」


アダムは頷いて、再度疑問を口にする。


「そう、ネティア姫に進言すればいいじゃないですか?そんな泥棒みたいな事せずに」

「ネティア姫はわかっていると思うんだ。だけど、何か、他の考えがありそうだからな…」


ナイトは笑ってネティアの首飾りを懐にしまった。


「他の考え…第3の選択肢があるんですか…?」

「ああ、でも、ネティア姫もそこまで馬鹿じゃないとは思うんだけどさ…一応の保険だ。それに、俺もけっこう首突っ込んだからさ、最後までネティア姫に付き合いたいわけだ」


アダムはナイトをじっと見つめた後、笑顔を見せた。


「僕はあなたを信じますよ。あなたは悪い人ではないですから」

「サンキュー、このことは黙っといてくれよ」

「ええ、わかってますよ」


アダムに口止めを頼んでネティアの部屋を出る。

そして、何事もなかったようにアダムと談笑しながら夕食まで過ごした。

今晩の食卓にネティアは現れなかった。


「姫様、ご気分が優れないそうです。私、姫様のお部屋で一緒にいただきます」


ミナがそう申し出て、2人分の食事を台車にのせてネティアの部屋に向かった。

食卓はサム、アダム、ナイトの男3人で囲むことになった。


「ルークさん、闇の騎士団に関する手がかりは何か見つかりましたか?」


サムが開口一番に訪ねてきた。


「いや、何も出てこない。あいつら絶対すぐ近くにいるはずなんだけどな…」


ナイトは腕を組んで溜息を吐く。


「我々もいろいろ街の様子を探っていますが、これと言った目ぼしい情報はありませんでした。正規軍もランド軍もお手上げ状態のようです」


サムも商人間の人脈を尽くして何か怪しい情報はないか探ってくれていた。


「息子と嫁の名前を貸してもらってるのに、協力までしてもらって悪いな」

「いいえ、これくらい当然です。我々の受けた恩に比べれば大したことではありません」


サムは豪快に笑って、ワインを勧めてきた。

ナイトはワインを味わう。


「うん?これは名品だな…何かいいことでもあったのか?」


一口飲んで言い当てたナイトにサムが満面の笑みを零す。


「わかりますか…」


サムは食事もそこそこに立ち上がり、手を鳴らした。

召使が布に包まれた絵画を持ってきて、棚の上に載せた。


「実はいい買い物をしましてね」

「へぇ、絵画が趣味なのか…」

「父は絵画に目がないんです。特に世に出ていない名画を見つけるのが趣味なんです」

「そりゃ、楽しみだな」


ナイトとアダムは期待を込めてサムが見つけてきた名画のお披露目を待つ。

サムがニコニコしながら布を取る。

その絵を見て、ナイトに衝撃が走った。

その絵、いや、その光景はどこかで見たことがある、いや、やったことがある光景だった。


「どうです、素晴らしいでしょう?題名は『返り討ち』だそうです」


絵を見たまま硬直しているナイトを見てサムが満足そうに笑みを零す。


「……………そ、そうだな…この磔にされた男の筋肉が生々しいな……どうしたんだ、これ?」

「水の国からやってきた若い画家から買い取った、と画商が言ってました。確か、名前は『アルート』という画家です」


その名前を聞いて、ナイトは確信した。

名前の真ん中がのばされているが、間違いなくアルトの偽名だ。


「たぶん、いや、絶対、そいつ、俺の知り合いだ」


ナイトが言うと、サムが豹変した。


「それは本当ですか、ルークさん!?」


ナイトの肩を掴んで、血走った目で詰問してくる。

サムはアルトの絵の虜になってしまったようだ。


「ほ、本当だけど…」

「なら、是非、是非、お願いしたことが!!!!」


タジタジになっているナイトの手を握り締め、一生のお願いと言わんばかりの目で訴えかけてくる。


「虹の国にいる間に、アルートにもう1枚絵を描いてもらいたいのです!」

「わかった、頼んでみる。たぶん、描いてくれると思う…」

「ありがとうございます!」


サムはナイトの腕をぶんぶん振って感謝を表現した。

アルトはナイトの部下だ。

ナイトが頼めば、いや、頼まなくても喜んで描きそうだ。


『とういか、あいつ、こんな趣味があったのか…よくライアスをチラチラ見ていると思っていたが…』


アルトは筋肉隆々のライアスをよく観察していた。

どうやら絵のモデルに狙っていたようだ。


「ルークさん、もう1つお願いがあるんです!」

「とりあえず、言ってみてくれ…」

「アルートの友人でもう1人の画家の『シリーウス』も同じ絵を描いてるそうなんですが、その絵も相当素晴らしかったと評判で、是非、私もシリーウスが描いた絵を見てみたいんです!」


ナイトは耳を疑った。

あの堅物のシリウスがライアスの絵を描いた?

にわかには信じられないが、取り合えず、承諾しておく。

どういう経緯で絵を描いたのかわからないが、ナイトに絶対服従のシリウスなら描いてくれるだろう。


「わかった、ちょうど、俺もあいつらと連絡取りたかったからさ、一筆書くよ」

「本当ですか!?」


サムは食事中であるのも忘れ、食卓を勢い良く出て行ったかと思うと、ペンと紙と封筒を持ってすぐ戻ってきた。


「お願いします!!」


差し出された紙にナイトはアルト達に向けて、簡潔に指示を書いて、封をした。


「これを画商からアルートに渡してもらうといい」

「は、ありがとうございます!さっそく明日にでも持っていきます!」


サムは賞状でも受け取るようにナイトの手紙を受け取った。





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