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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
27/134

国王正規軍

虹の王都。

全軍を見渡せる高台で虹の王レイガルは軍の準備が整うのを待っていた。

しばらくして、宰相カリウスが上ってくるのが見える。

今回は補佐として、宰相も同行する。


「国王陛下、出発の準備が整いました」


報告を受けたレイガル王は重く頷くと号令をかける。


「行くぞ!」






国王率いる正規軍が王都を発ったという知らせは瞬く間に国中に広がった。

名目はもちろん、大事な双子姫の捜索だ。

正規軍が王都を発って間もなく、賊に囚われていたランドの騎士の一部が2ヶ所で解放された。

1ヶ所目はランド軍の駐留するグミの街近くで、もう1ヶ所は正規軍の進軍する道中だった。

そして、それぞれの場所にメッセージが残されていた。


『我々闇の騎士団は、ネティア姫とランド領主ジャミルとの結婚に断固反対する。ネティア姫が王都に戻られることを条件に、フローレス姫以下残りの捕虜を解放する   闇の騎士団より』


闇の騎士団からの犯行声明を読んだジャミルは怒りに震えた。


一方、国王レイガルは、同郷の者達の犯行に心を痛めた。


「ジャミルの下へ行くぞ」


正規軍はランド軍と合流することになった。

国王自ら来ると知ったジャミルの心中は波立った。

国王レイガルは結界の狭間で育った闇の民の孤児だった。

凶暴な魔物がいる場所でたった1人で生きてきた生まれながらの戦士だ。

だが、戦い以外は中身のない男だった。

女王ティティスや宰相の言いなりの、ただのお飾りの王だと、ジャミルは見下していた。


『まあ、フロントよりは扱いやすい…』


少しほっとしていた。

宰相のカリウスも同行していると聞いているが、こちらも騎士から文官に転身した無骨な男だ。

正々堂々一辺倒の騎士だったカリウスの弁には裏がない。

国の表も裏も知り尽くした生れながらの貴族であるジャミルの相手ではない。

それよりも不気味なのはフロントだ。

主である双子姫が攫われたというのに未だに目覚めてこない。

化け物並の強さを誇るレイガル王に致命的な一撃を受けたとは聞いていた。

だが、それくらいであの世に行くような男ならネティアを手に入れるのは簡単だったはずだ。


『何を企んでいる、フロント…?』


ジャミルはフロントが闇の騎士団と繋がっていると睨んでいる。

いや、首謀者だと、確信している。

他に誰がいるというのだ?

ジャミル達王の一族の誰よりも武が立ち、あらゆる術を使いこなし、策略家で、鮮やかに兵を動かせる者などいない。

だが、何の証拠も掴めない。

首謀者と目星をつけた男は王都でのうのうと寝ているのだ。

忌々しいにもほどがある。

かつて、肩を並べたこともある男の不敵な笑みを思い出し、ジャミルの腹は煮えたぎった。




***




正規軍はグミの街周辺に近づいていた。

ランドの赤獅子の旗が見えたと報告を受けてカリウスは内心穏やかでなかった。

先を進む国王レイガルは馬に揺られ、前方を真っ直ぐ見据えていた。

王者の風格が漂っている。

しかし、傍目には大丈夫のように見える王だが、実は中はボロボロだった。

周囲にそんな様子を一切見せないところはさすがは王と言ったところだろう。


「国王陛下、もうすぐランド軍の本陣です。ランド卿が待っておられるそうです」

「そうか…」


レイガル王は短く答えただけで、その後は無言だった。

ランドの本陣に辿り着くと、双子姫の警備隊長だったグリスと生き残った2名の騎士が進み出てて出迎える。


「国王陛下、この度は失態を犯して申し訳ござません」

「グリスか…気に病むな。むしろ、これで良かったかもしれん…」


レイガル王はグリスの肩に手をおいて励ました。

グリスは無言で俯いた後、立ち上がり、王の後に従う。

大勢のランドの兵が見守る中、レイガル王が馬を降り、ジャミルの下へ行く。

ジャミルは跪いて王を迎える。


「遠路はるばる御足労痛み入ります、レイガル王」

「フローレスが賊に攫われたとあっては私も黙っているわけにはいかなかったのでな…」

「意外でした、国王自ら出向かれるとは、ロン将軍かフロントが来ると思っていました…」


ジャミルが立ち上がり、レイガル王と目を合わせる。

嘘を探るように。

ロンとウィルは正規軍を支える将軍だった。

ひとたび事が起こればこの2人のうちどちらかが正規軍を率いる。

2人に代わり、ごく稀にフロントが率いることがある。

それは双子姫に関する時と相場が決まっていた。

だが、今回もフロントは姿を見せない。

よほど打ち所が悪かったと見える。


「ロンはフロントのバカに封印された。ウィルはレイス領に行っていて、他に出せる人間がいなかった。それに、事態が事態だ。私が出向いてもおかしくはないだろう?」


レイガル王は吐き捨てるように言った。

ジャミルの疑いの視線に気づいて、肩をすくめて見せる。

2人の間で見えない火花が散る。


「ところで、ネティアに盛大に振られたらしいな。旅先で雇った傭兵を1人だけ連れてフローレスを助けに行ったと聞いたが?」


レイガルが先制すると、ジャミルの眉がピクリと動いた。


「…あれは振られた内にははいりません」

「どうだか、ネティアに呼びかけたらしいが、まだ出てきてないのだろう?」

「国のことを憂いておられるのでしょう。それより、王には賊の心当たりはありませんか?」


ジャミルが攻勢に転じる。


「我が軍は万全の態勢で双子姫を警護しておりました。しかし、賊はそれ以上でした…」


レイガル王の最も痛いところを突いてくる。


「闇の騎士は闇の民であるとを断言しました。しかも、相当な手練れぞろい。我が騎士達が手玉に取られました。そんな強者ぞろいの闇の民が所属する軍隊は正規軍をおいてほかにないと思われますが?」

「国王陛下の軍の者を疑っているのか?」


カリウスが割って入る。


「他にいるのなら教えていただきたい。闇の民が数多く所属する騎士団を」


ジャミルの口調は厳しかった。


「私の同胞達が迷惑をかけたことは遺憾だ。謝罪しよう。だが、我が軍の者が賊と関わっているというというのは、信じられんな…」


レイガル王は正規軍の面々を見る。

皆、王に絶対の忠誠を誓っている者ばかりだ。

その娘である、双子姫に牙をむくなどあるはずもない。


「では、我が軍がただの烏合の衆の賊にやられたと仰るのか?」

「…そうは言っていない」

「ならば、証明していただきたい」


ジャミルは強い口調で迫ってきた。


「…わかった。だが、どうやって、照明しろと言うのだ?」

「正規軍に在籍する闇の民すべての所在と確認を、我がランドの者とレイス軍とで行わせていただく」


ジャミルはレイスの名を口にした。

レイスは王の一族の筆頭の家柄だが、女王よりだった。

だが、ジャミル達各領主からの信頼は厚かった。

レイスはいわば、中立と言っていい存在だった。


「なるほど…好きにするがいい」

「しかし、それでは国王陛下の威厳が…」

「疚しいことはあるまい、カリウス」


王の言葉に、カリウスは渋々引き下がる。


「ジャミル、長旅で疲れた。休ませてもらうぞ」


レイガル王は肩を回しながらジャミルに背を向けた。


「どうぞ、ご自由に…」


言葉こそ丁寧だが、さっさと行けと言わんばかりの目つきで言うジャミル。


「行く前に、一言言っておく」


悪意に気づいたのか、レイガル王は足を止めた。


「こちらがネティアを先に見つけたら、王都に連れ帰らせてもらうぞ」


その場の空気が凍り着く。


「…それはつまり、私に王の座を譲るつもりはない、そういうことか?」


一瞬で喉が干上がったように、ジャミルは言葉を絞り出した。

せっかく連れ出したネティアを王都に連れ帰られてしまえば、今までの苦労が水の泡だ。


「いや、そうではない。私はネティアが選んだ相手だった喜んで王の座を譲るつもりだ。だが、今回はネティアを連れ帰った方が早く事件は解決すると思ってな…それに私が直々に迎えに来たことを知ったら、ネティアも出てくるだろう…」


押さえていたジャミルの怒りが一気にあふれ出す。


「それでも王か!?罪を問わず、賊を野放しにするつもりか!?」


ジャミルの一言に辺りは静まり返った。

そんな中でも、レイガル王は背を向けたまま溜息を吐く。


「ジャミルよ、まさか、忘れてはいるまいな?私がネティアとお前との結婚に反対していることを」


そこではじめてレイガル王は半身だけを振り返らせた。

無表情の顔はジャミルの言葉を肯定しているようだった。

ジャミルは唇を噛みしめ、憤りに任せて背を向ける。


「ならば、我々が先に見つけたら、ネティア姫と玉座は貰うぞ!」

「ふん、せいぜい頑張るがいい」


レイガル王とジャミルは袂を分かつようにそれぞれの陣に帰っていく。

この時から正規軍とランド軍は友軍から対立関係へと変わり、ネティア姫をめぐる水面下で争いが始まる。


「カリウス、さっきも言ったが、私は少し休む。後は頼んだぞ」

「了解しました…」


レイガル王は肩を回しながら設営されたばかりのコテージに入っていく。

その姿を見送って、カリウスは振り返る。


「これより、『ネティア姫の捜索』を開始する」


捜索の対象をネティア姫だけに絞った。

賊である闇の騎士団の要求はネティア姫が王都に戻ること。

それにこちらにも悪い話ではない。

ネティア姫の両親、国王と女王はジャミルとの結婚に反対だ。

ネティア姫がこちらの戻ればすべてが丸く収まる。

賊の捜索はランド軍に任せればいいのだ。

しかし、賊は賊。

同じ国に住むものとして、協力しないわけにはいかない。


「ランド軍との争いは極力避け、捜査には全面的に協力するように、以上!」


カリウスが命令を出すと、正規軍は一斉に各隊ごとに解散していった。

一仕事終え、ホッとしていると、グリスが杖を突いてやってきた。

大怪我を負っているグリスは療養のために残ったのだろう。


「お疲れ様です、宰相閣下」

「グリスか…」


グリスは飄々とした笑顔を向けてきた。

カリウスが宰相になる前の元部下で、多少不真面目なところはあるが、信頼できる男だ。


「あなたがついてきたと聞いたので、心配しました。ですが、大丈夫のようですね…」


グリスはレイガル王のコテージに目を向けて言う。


「大丈夫なものか…」

「え?でも、ランド卿と張り合っていたではありませんか?」


カリウスは溜息を吐いて、グリスを手招きし、コテージの入り口からレイガル王を覗く。


中は薄暗かった。

レイガル王は言葉通り寝ているのかと思われた。


チーン


仏壇にある鐘のような音が聞こえてきた。

ロウソクの明かりに照らし出された双子姫の元気いっぱいの写真立てがテーブルの上に置かれている。

それを見つめ、ベッドの上で正座しているレイガル王の姿が浮かび上がる。


「ネティア、だから、言っただろう?外は危ないと…私達が心配したとおりになってしまったではないか…」


行方不明のネティア姫に話しかけている。


「私達の反対を押し切って、出発したのだから、少しは痛い目を見ることもいい経験になる、と父は少しは思ったぞ…だが、こんな事態になるとは…」


反省の弁を述べ、涙声で言葉が続かない。


「皆、心配している。それにお前達が見つからないと、私は王都に帰れないのだ…」


レイガル王は妻である女王ティティスから、娘達が見つかるまで帰ってくるな、と厳命されていた。

懐から愛妻の写真を取り出す。


「役立たずって、それはないんじゃないか、ティティス…?」


すすり泣くレイガル王。

彼は自覚していた。

その強さゆえ、戦時中は役に立つのだが、平時はその使い道がなく、逆に破壊行為をしてしまうことを。

フロントとの戦闘で盛大にぶち壊してしまった王宮の復旧作業の手伝いをしていたのだが、その有り余る力で邪魔をしてしまったため、王都を追い出されたというのが真実だった。


「……………ありゃ…完全にホームシックじゃないですか…」


呆れたように呟くグリスに、カリウスは言葉もない。

レイガル王を覗き見るのをやめて、コテージを離れる。


「皆には言うなよ、士気が落ちる…」

「ですね…」


2人して溜息を漏らす。

レイガル王は力こそ強いが、メンタルが弱かった。

こと、家族のこととなるとそれが強く出る。

レイガル王が王になる前から知っている者達の悩みの種だった。

長い付き合いなので慣れたとはいえ、大将がこれでは結構きつい。


「ちょどいい、お前に聞きたいことがある」


カリウスは気持ちを切り替えて、グリスと向き合う。

周りに人もなく気兼ねなく話ができる。


「は、何でありますか?」

「ネティア姫と一緒にいる傭兵のことだ」

「ああ、ルークのことですね。酒場でたまたまランドの騎士達と1人でやり合っているのをみて、フローレス様が気に入られまして雇いました」


と、グリスは飄々と事実を述べた。


「…それだけか?」


カリウスが眼光を光らせて聞くと、グリスは声を潜めた。


「年も若くなかなかハンサムでしたので、ネティア様に差し向けてルークにお気持ちを移されようとしておいででした」

「…それで、移されたのか?」


期待を込めて聞いてみたが、グリスは渋い顔をした。


「好意はお持ちのようでしたよ、自ら正規軍にと望まれましたから…しかし、そこまでは…それに今回はランド卿の言葉に立腹されて飛び出されましたから…まあ、気は合ってるんじゃないですか?フローレス姫にも気に入られてましたから」


気難しいことで有名なフローレス姫が懐いたと聞いて、カリウスは顎に手を当てる。


「…その傭兵何者だ?」

「水の国の者でした。たしか、水の王家の紋章入りの剣を持っていました…若いながらなかなかの腕前でした。あの闇の騎士団の頭目と対等にやり合ってましたから。聞いた話では良家の出らしいですから、腕自慢か何かで水の王から賜ったものかと思われます」


「水の国…王家の紋章…」


カリウスは呟いて沈思した。

水の国のウォーレス王はかつて虹の国に住んでいて、虹の王レイガルの親友だった。

カリウスのかつての戦友でもある。

水の王が動いたのか?

と考えたが、首を振る。

ネティア姫がランドに行かれる前に、急遽、ダメもので、水の国にナイト王子とネティア姫の縁談の話を密かに打診したが、ウォーレス王からの返事はなかった。

一蹴されたのかもしれない。

次期水の王位を確実視される第一王子に縁談を申し込んだのだから無理もない。

その間にネティア姫がランド行きを強行されたことにより、もうその話は立ち消えになったはずだ。

それに、あのウォーレス王が寵愛していた前王妃の息子を手放すはずがない。

だが、ナイト王子が親子喧嘩の果てにウォーレス王を斬りつけ、謀反の罪で謹慎処分になっていると、噂が流れていた。

水の国が正式に発表したわけではないので、真偽のほどは確かではない。

それにネティア姫の傍にいる傭兵は1人。

水の国の第一王子がたった1人で行動しているとは考えにくい…


『だが………あの方の息子なら有りそうそうだな……』


と思わなくもない。

水の王ウォーレスは女と駆け落ちして、虹の国にやってきたのだ。

夫婦だけで仕える者はいなかった。

なので、まさか、水の国の王子だとは、暴露されるまで誰も気付かなかった。


「傭兵の方はわかった…闇の騎士団の頭目について話してくれ」


モヤモヤしたものが残るが、水の傭兵の方は脇に置いておいて、賊の頭目に話を切り替える。

グリスの顔が引き締まる。


「は、恐ろしく用意周到な騎士にして術者であります。先手を打っていたとはいえ、結界であのネティア様を追い詰めたのですから…」


また、カリウスは頭を抱える。

次期女王であるネティア姫を抑え込める術者など数えるほどしかいない。

しかも、騎士としても一流で、闇の民と言えば、あの男しかいないのだが…

沈黙が流れる。


「あの…フロントは本当に王都で寝ているのですか?」


グリスが口火を切った。

同じことを考えていたようだ。


「残念だが、ちゃんとこの目で見てきた。一旦は意識を取り戻したが、国王陛下が首を絞めてしまって再び意識不明になった」

「…それは気の毒に…」


グリスは苦い顔をした。


「業を煮やした女王陛下が魂を呼び戻すとか言って、魔法を使おうとしたが、皆で必死に止めた。魔法で魂を無理やり戻したりなんかしたら、ゾンビになってしまうからな。女王陛下が凶行に走らないように司祭達がフロントを結界で保護したほどだ」


グリスは苦笑いだけを浮かべた。


「他に心当たりはないのか?」

「聞いたことあるなら、こっちが聞きたいくらいです?私はてっきり国王陛下達が裏で何か工作しているのかと思っていましたがね…」


闇の民、正規軍とくれば国王と女王を自然と疑う。


「…一応、計画はあったが頓挫した。ネティア姫を引き留めることができなかったからな…」

「ああ、それで、双子姫に従順なフロントがあのような凶行に出たのですね?」


カリウスは頷いて頭を抱える。


「一体何者の仕業なんでしょうね…?」


グリスが横目で呟く。


「お前は、正規軍の中にいる者だと思うか?」

「だと思いますが…本当のところはどうなんです?」

「さっぱり、わからん…私が見たところでは正規軍はいつもと何も変わらんかった…国王陛下と女王陛下とフロントが大騒ぎしただけだった…」


カリウスは近くの木の幹にもたれかかり、テキパキと動き回っている正規軍の騎士達を眺める。

命令に忠実な騎士達だが、誰が何をしたのかわからない。


「まあ、心配には及びませんよ。ランド軍に対して、尻尾を出すようなへまはするような奴らではないでしょう」

「そうだといいがな…だが、我々に対しても同じ対応では困るな…」

「そのうち、我々には尻尾を出すでしょう」


グリスは気楽に言った。

気楽に待ちましょう、ということらしい。

とは言っても、カリウスはグリスのように気楽に構えられない立場だ。

宰相と言う立場上、この騒動の結果、ネティア姫がジャミルと結婚しなかったことを考えると胃に穴が開きそうだ。

王家と王の一族の間の亀裂は決定的なものになる。

だが、もし、結婚が実現したら、今回の事件の悪影響が懸念される。

すべて闇の民が逆賊の汚名を着せれる。

首謀者が予想通り正規軍から出たとしたら、レイガル王の失脚は免れない。

そうなれば、ジャミルの時代だ。

ティティス女王も必然的に退位を余儀なくされる。

虹の国の最高権力者である女王が処罰されることはない。

だが、ネティア姫を抑え込むには国王と女王の失脚は格好の材料だ。

王家は王の一族の支配に飲まれ、台頭した闇の民は彼らの政略に嵌り、没落の末路を辿るだろう。

どちらにしても、頭が痛い。


「はあ…」

「大丈夫ですって」

「お前は気楽でいいな…」

「考えたって仕方ないじゃないですか」


グリスの励ましは梨の礫だった。


こんな時についつい思い出す顔がある。

現水の王ウォーレス。

彼はこの虹の国にいた時、レイガル王を支える中心的な存在だった。

王族だけに政治も軍事もどんな難問も試練も快刀乱麻だった。

彼がこの国留まっていてくれたら…

彼が育てた息子達の顔が浮かぶ。


「はあ、水の民と闇の民か…」

「水の民と闇の民かどうしました?」


カリウスの謎の呟きにグリスが興味深そうに反応した。


「その傭兵…我が国の王になってくれんかな…」

「え!?ルークを虹の王にですか…?」

「いや、ただの願望だ…忘れてくれ…」

「はあ…」


謎に包まれた傭兵と闇の騎士にかつての同僚の幼かった2人の少年を重ねて、溜息を吐いた。


「希望は捨てちゃだめですよ」

「そうだな、私は、闇の騎士が尻尾を出さないか見回ってこよう。お前には国王陛下の世話を頼みたい」

「ええ、いいですよ。どうせあまり動けませんから」


グリスにレイガル王の世話を頼み、カリウスは正規軍に指揮を執りに戻った。




***




ナイト王子を追いかけ、国境超えたシリウス達水の国5騎士はグミの街中心部の宿屋を拠点にした。

リュックとルビは情報収集に、アルトとライアスは画商と言う仮の身分のために絵を売りに出掛けていた。

シリウスは1人ボーっと留守番をしていた。

ナイト王子がいないとシリウスは何もやる気が出ない。

いつもなら、王子のために食事や必要なものを用意したり、有益な情報、有用な人材、資金など集めてきたりと忙しい日々を率先して行っていた。

だが、今は何もできない、待つことしか。


「ただいま!!」

「ビックニュースだ!!」


リュックとルビが飛び込むように部屋に入ってきた。

シリウスは思わず腰に差していた短剣を抜いた。


「何だ、お前達か…脅かすな…」


シリウスはリュックとルビの顔を見て、短剣をしまう。

興奮している2人のために水を用意する。


「それより、大変なことになったんだ!虹の王が正規軍を率いてこの街に来てるんだよ!」


興奮してリュックが喋る。

シリウスは2人前に水を置く。

2人は一気に水を飲み干したが、興奮は収まらなかった。

我慢しきれずにルビが話し出す。


「それでさ、ランド軍と協力して賊を捕まえるのかと思ったんだけどさ。虹の王はネティア姫を王都に連れ戻すために来たみたいなんだ!」

「賊の要求らしいよ!」


リュックが理由をつけ足す。

2人の興奮はシリウスにも伝染した。


「何!?それは、ネティア姫を連れ帰って、賊は放って置くということか!?」


国を統べる者として信じられない行為だ。


「虹の王はそうは言ってないらしいけど、ランド卿もそう取ったみたいだよ。どうも、賊の首謀者は正規軍の中にいるみたいなんだ。ランド卿がレイス卿に協力を仰いで正規軍を調べるみたいだよ」

「虹の王はそれを了承したらしい」


今度はリュックが説明して、ルビがつけ足した。

シリウスは深刻な顔をして、窓の外を見る。


「それだと、ランド卿は虹の王が黒幕だと疑っていることになるな…」

「虹の王が自分の娘達に危害を加えると考えられないけどな」


ルビは首を傾げる。


「それは言えてる…もしかしたら、ランド卿は虹の王を黒幕に仕立て上げるかもしれないよ」


リュックの推測にシリウスは眉間に皺を寄せる。


「荒れるな…王子の身に危険が及ぶかもしれん。居場所を突き止めなければ…」

「でも、どうやって探すんだ?王子、ネティア姫と逃げてて身を隠してるだろう?」

「そうそう、髪とか染めちゃってるかもね…」


ナイト王子扮する傭兵の似顔絵が出回っていた。

ルビとリュックは難しい顔をしたが、シリウスは自信満々に断言する。


「大丈夫だ、すぐに見つかる。そのために『あれ』を連れてきたんだからな」


「「あれ…?」」


リュックとルビは呟いて思い出す。

そう、あの男を…







「ハックション!」







ライアスは歩きながら大きなくしゃみをして、身を震わせた。

悪寒が走った。

先を歩いていたアルトが振り返った。


「風邪か?」

「そのようだ…ちょっと、薄着で馬を飛ばし過ぎたようだな…」


ライアスは額に自分の手を当てて言った。


「早く用事を済ませて帰ろう。お前に寝込まれては困る」


アルトは腕に抱えた絵を大事そうに見つめ、前方の堅牢な建物を見上げた。







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