風邪(フウジャ)
宝石商が厄介になっている店にナイト(ルーク)とネティアは案内されてやってきた。
重度の風邪患者である宝石商の息子の嫁は粗末な小屋で隔離されていた。
小屋の中に入ると、お腹の大きな若い娘がベッドに横たわっていた。
その娘を若い男が1人で看病していた。
「父さん、その方たちは?」
「もう大丈夫だ、アダム!優秀な術者を連れてきたぞ!」
宝石商の息子アダムは駆け寄ってきて、ネティアとナイトの前で土下座するように頼み込んできた。
「どうか、妻を助けてください!!お願いします!!」
「わかりましたから、落ち着いてください…ルーク」
ナイトはアダムを立たせると、父親の下へ連れて行った。
「これはひどい!いますぐ治療を始めます!」
ネティアは患者の膨らんだ腹に手を置くと、
「人の心の隙間に入りし、邪なる風の精よ。ここはあなたのいる場所ではない。即刻、この者の体から出なさい…」
アダムの妻の体に入り込んだ風の精に呼びかけた。
ネティアの呼びかけに応じるようにアダムの妻の体が緑色に発光し始める。
「壺はありませんか?1つでいいのですが…」
「はい、ただいま!」
宝石商が棚から花柄のきれいな壺を出した。
かなり高価な物のようだが、身内の命には代えられれない。
宝石商は躊躇いなく、ネティアにその壺を差し出した。
ネティアは壺を受け取ると、発光する緑の光に合せて、魔力を注ぎ込む。
ネティアの体をを色の光が包む。
その光景にナイトはまた見惚れる。
「ああああああ!!!」
アダムの妻から苦し気な声が上がり、口や目から緑の光が飛び出してきた。
「闇の精よ、風の精を捉えよ!『縛』」
壺から黒い影が出てきて緑の光を吸い込んだ。
『封印!』
一瞬眩い光に包まれたが、すぐに薄暗い小屋に戻った。
「終わりました…もう大丈夫ですよ」
汗をぬぐい、風の精を封印した壺を持ったネティアが振り返った。
アダムが妻の下へ即座に駆け寄る。
「あなた…」
「ミナ…良かった!」
若い夫婦は厚い抱擁を交わした。
その息子夫婦の様子を見て父親の宝石商は『良かった、良かった』と涙した。
「お疲れ」
「いえ、これからです」
ナイトは労いの言葉をかけたが、ネティアの顔は厳しいままだった。
「他にも患者がいるのなら連れてきてください。術者として、できる限りの治療を行います!」
「本当ですか!実は、他にも私どもと同じような者達がおります!」
宝石商は喜び勇んで、同じように身内が風邪にかかった仲間の下に使いを送った。
ナイトは使いに出された者の人数が10人と多いのを見て眉を潜めた。
***
風邪とは、風邪とは全く別の病気だ。
前者は風の精による心の病。
後者はウィルスが体内に入る身体的な病。
共に、季節の変わり目に起きやすい病だ。
春は、別れと出逢いなど環境が大きく変わることから心の病が起きやすい。
治療法はどちらもほぼ同じで薬を飲み、栄養を取り、養生すること。
だが、違うのは重症化がした場合。
風邪は重症化すると、風の精が外に出ようと体に変化を起こす。
最も特徴的な症状は体が風船のように膨らむことだ。
この症状が出た場合は、高位の術者しか治せない。
高貴な身分の者か、金持ち、運がいい者でなければ、ほとんどの者が助からない病だった。
そのため、風邪が流行った場合は、国は即対策を立てねばならなかった。
しかし、虹の国は対策が遅れていた。
それは、世継ぎ姫であるネティアの失踪にも深く関係していた。
婚約者であるランド領主に招かれて、はるばるランド領へやってきたネティア姫だったが、闇の騎士団なる賊の襲撃に会い、妹姫フローレスを攫われてしまった。
妹姫救出のため、ランド領主の制止も聞かず、旅の途中で雇った傭兵1人を供に失踪したのだ。
そのため、ネティア姫捜索のためにも術者が動員されることとなり、もともと少ない術者不足に拍車をかけてしまったのだ。
「賊どもの足取りは掴めたか?」
「申し訳ございません、まだ何も掴めません」
ジャミルは幕僚達を集め、情報収集の成果を確認していた。
面目なさげに北側の捜索の責任者である若い騎士が俯く。
その後、重い沈黙が流れた。
他の包囲の捜索隊も結果は同じのようだ。
「闇の騎士とやら、なかなか巧妙に隠れたと見えるな」
「恐らく、敵の術者は空間を操る能力に長けていると思われます。亜空間を移動されては並の術者での捜索は無理です…」
ランド軍の術者の長が恐る恐る弁明する。
数々の術を収めた老齢の長ですら、空間を操るのは難しい。
天賦の才が必要な能力だった。
「ネティアに逃げられたのは大きいということか…」
主の口からネティア姫の名前が出て、臣下達は一様に凍り付く。
婚約者であるネティア姫が傭兵の若い男と出奔したことは周知の事実である。
主の名誉のため、早くネティア姫を連れ戻さなければと、ランドの騎士達は焦っていた。
「ネティア姫は必ず我々が探し出します!ジャミル様、どうか、お気を悩みませんぬ様に!」
術者の長が進言するが、ジャミルの反応は意外なものだった。
「ネティアのことは放って置け」
「は…?」
呆けた臣下達にジャミルは溜息をもらす。
「あれもそこまで浅はかではあるまい。仮にも次代を担う世継ぎの姫だ」
「しかし…」
「それよりも、捜索にかまけて、風邪の
対策を怠ってはいないだろうな?」
沈黙が流れ、ジャミルはまた溜息を吐く。
「余計な心配はするな。領民の命を守るのも私の使命だ」
「は、申し訳ございません!」
術者の長は反省して、深く頭を下げた。
「わかればいい。それに風邪の治療をしていれば自ずとネティアに行きつくはずだ。あれは稀代の術者だ。苦しんでいる者を放って置くはずがないからな」
ジャミルの言葉を聞いて、術者の長ははっとする。
「見つけたら捕まえずに私に知らせろ」
「畏まりました」
ジャミルが最後にまとめる。
「従者、医師、薬師は風邪の治療を優先させよ。賊の捜索はその次だ。騎士は引き続き賊の探索を続けよ!」
「は!」
命を受けた幕僚達がテントから足早に出ていく。
ジャミルはぐたりと椅子にもたれかかる。
残った従者が水を持ってきた。
ジャミルはその水を一気に飲み干すと、
「長くなりそうだ…」
と呟いた。
***
ナイト(ルーク)達偽夫婦は宝石商の世話になることになってから丸1日が過ぎた。
ネティアは術者として朝から風邪の治療に勤しんでいる。
治療場は、宝石商の息子夫婦がいた場所だ。
その小屋に長蛇の列ができている。
風邪の重症患者を直せる若くてきれいな女の術者が無償で診てくれるという評判がたった1晩の口コミで広がってしまったようだ。
ナイトは気が気ではなかった。
こんなに評判が立ってしまったら、ランド兵にあっさり見つかってしまう。
ネティアの傍を離れ、ランド兵を警戒して店の周りを見張る羽目になった。
近隣の店を回ったり、もし見つかった時のための逃走経路も見て回った。
用水路水路があり、地下を通って街の東側に出れることも調べた。
いつでも旅立てるように荷物も準備した。
日が沈み、最後の患者が小屋から出て行くのを母屋の2階から見ていたナイトはホッと一息を吐く。
今日は何も起こらなかった。
ランド軍もようやく風邪の治療を受けつ始めた。
対策が遅れて看過できなくなったのだろう。
小屋の明かりが消え、ネティアと宝石商の息子の嫁ミナが出てくるとナイトは手を振った。
すると、2人も手を振って返した。
2人は談笑しながらこちらへ帰ってくる。
一番最初の患者だったミナは今ではすっかりよくなり、ネティアの助手を務めていた。
年も近く、同じ新妻同士気が合ったのだろう。
と言っても、ネティアは偽物だが…
「無事に終わったみたいですね」
背後から金髪の青年が近づいてきた。
宝石商の息子アダムだ。
自分の新妻の無事な姿を確認するようにナイトの横に立つ。
「ああ、本当に良かったよ」
「お疲れのようですね…」
肩を回すナイトを見てアダムが聞く。
「何もすることがないのも退屈で疲れるな」
「なら、明日は僕が街をご案内しましょうか?」
「それは有り難い。でも、働いてる嫁さんほっといて出かけるのは気が引けるからいいよ」
「あははは、それもそうですね」
そう話して、2人でこちらへ戻ってくるそれぞれの新妻に見惚れる。
「素敵な奥さんですね」
「お互い様だな」
新妻達が母屋に入るの夫達は見届けて窓を閉めた。
「ゴホン!」
「「うわあ!」」
振り向くとすぐに宝石商の渋い顔が待ち受けていて、ナイトとアダムは腰を抜かした。
「脅かさないでよ、父さん!」
「はははは、いや、何とも初々しい光景だったのでつい傍観してしまった」
驚いた新婚ほやほやの2人の夫を前に宝石商は豪快に笑った。
「ところで、先生とミナはまだか?」
宝石商はネティアのことを先生と呼んでいた。
「今母屋に入った。もうすぐ戻ってくるよ」
息子に訪ねた後、宝石商はもう一度咳払いをしてナイトに本題を切り出す。
「ルーク殿、昨日は先生に大変お世話になりました。昨日は何もできませんでしたが、今夜はお礼をさせていただきたくあなた方ご夫婦を夕食に招待させていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「お礼なんていいのに、宿を提供してもらっているし、妻は腕のいい術者ですがまだまだ修行中の身ですから」
術者の頂点に立つ次期虹の女王に対して修行中とは言えるものではないが、ネティアの年なら普通はまだ半人前だ。
「そんなご謙遜を。ミナの重症化した風邪を治してくださったではないですか。それに多くの者が感謝しております。どうか我々の気持ちを受け取ってください」
ナイトと宝石商が話していると、ネティアとミナがやってきた。
「ルーク、どうしたのです?」
キョトンとして聞いてくるネティア。
ナイトはネティアに任せることにした。
「ディナーに招待されたんだ。お礼だそうだ」
「まあ、そんな、わたくし達の方こそお世話になっているのに」
部屋は別々にしてもらっているし、3度の食事も風呂も無償で提供してもらっている。
旅人にこれ以上の安らぎはない。
「いいえ、それだけでは我々の気持ちが納まりません。できる限りの豪華な食事をご用意しました。これは我々だけの気持ちではなく、風邪を治してもらった仲間からの要望でもありますので、是非…」
「それならば、ご招待に預かりましょう」
ネティアが了承すると宝石商一家の表情がパッと明るくなった。
「それでは準備をさせます。1時間後、使いの者を寄越しますのでお部屋でお待ちください」
「わかりました」
宝石商一家は足早に去っていった。
「風呂にでも入ってきたらどうだ?」
「そうします、あなたは?」
「俺はもう入ってきたから、散策でもしてくるよ」
「そうですか、では、また後で」
ナイトはネティアと別れて日が暮れた街へ繰り出した。
目的はランド兵の動きの探りだ。
今のところ心配していた指名手配はされていないようだ。
風邪患者の治療のための特別にランド兵の詰め所が作られていた。
もう今日は閉められていて、後片付けをしている。
街も人通りは少ない。
夜間外出を禁じられているわけではないが、疫病を警戒して人々は外出を控えているようだった。
ランド兵もあまり失踪した世継ぎ姫ネティアの捜索活動には熱心ではないようだ。
ナイトは拍子抜けしてしまった。
『ジャミルの奴、何か考えでもあるのか?』
ナイトは考え事をしながら厄介になっている宿に戻ってきた。
借りている部屋に戻ると、ネティアが待っていた。
「お帰りなさい、ルーク」
「ただいま、ネティア…」
普通に答えてしまった。
呼び捨てにされたネティアは複雑な表情になっていた。
問題が発覚した。
呼び名だ。
ネティアのことを人前で何と呼ぶかだ。
2人だけで、通りすがりの人間相手なら、『おい』『お前』『妻』『カミさん』でもいいが、親しくなった人間に名乗らないのはさすがに怪しまれる。
今までネティアに名前がなくても困らなかったのは優秀な術者だったから『先生』で済んでいた。
ナイトは一思案した後、
「姫、呼び捨てで呼ぶけど構わないよな?」
「は、はい…」
ネティアは顔を赤らめ、歯切れ悪く答えた。
「その…ばれないでしょうか?」
「名前のことなら大丈夫だ。ネティアって名前はけっこういると思うぜ。どこの国にも娘に自国の王女と同じ名前をつける親はけっこういるからな」
「…それならばいいのですが…」
ネティアはホッとしたようだが、顔は赤いままだった。
呼び捨てにされることに慣れないようで、照れているようだ。
トントン
『ルーク様、先生、お迎えに上がりました』
ドアをノックする音が聞こえてきた。
「じゃ、行くか、ネティア」
「はい」
ナイトは荷物を置くと、ネティアと共に部屋を出た。
使いの者に案内されて母屋の奥に用意されたVIPが使う部屋へ案内された。
部屋の木製の柱は繊細な細工が施され、壁は気品溢れる紫で統一されていた。
床に敷かれた赤い絨毯は重厚で、王侯貴族が使っているものと同等と思われる。
食卓は大理石の円卓で2段に分かれていた。
上の段に料理がの乗っていて回転できるようになっている。
食べたい料理を自分の前へ持ってきて、下の段にある自分の皿に自分で盛るスタイルのようだ。
円卓の椅子は5脚。
宝石商と息子夫婦とナイトとネティアのものだろう。
椅子の布張りの部分は壁の紫と同じ色で、枠も部屋の柱と同じ繊細な細工が施されていた。
「うわあ、こりゃ、豪華だな…」
「ええ…」
ナイトもネティアも王族だが、その豪華さに驚いた。商人達は本当に素晴らしいものは、献上などせずに自分達で愛でているようだ。
しかし、身分に関係なく、全く出し惜しみせずにその財をナイト達に見せたとなると本当に感謝されているようだ。
「さあ、さあ、どうぞ、お座りください」
宝石商が気後れすナイトとネティアに笑顔で席を勧める。
ナイト達が椅子に座ると、宝石商と息子夫婦のアダムとミナも席に着いた。
「それでは、まずは乾杯をいたしましょう」
宝石商自らワインのボトルを持ち、ナイトとネティアのグラスに注ぐ。
「20年物のワインです」
「なかなかいいものだな…」
「ええ、恩人に出すのですからこれぐらいのものは出さないと…」
ナイトは注いでもらったワインを軽く回し、匂いを嗅いだ。
無意識にいつもの癖が出たのだ。
その時、宝石商の視線が一瞬鋭くなったような気がして、ナイトははっとして顔を上げた。
「どうかされましたか?」
「いや…」
宝石商に笑顔で返されて、ナイトは気のせいだと言い聞かせたが、引っかかるものがった。
まず、この部屋には窓がない。
出入り口も一ヶ所だけだ。
秘密の部屋なら密会や、密談や、秘密の取引をするには持って来いだ。
または犯罪者を袋のネズミにすることもできる。
ナイトは宝石商の顔を盗み見る。
絶えず笑顔を絶やさず、ホストを演じている。
だが、たまに鋭い視線がネティアや自分に向けられている。
アダムとミナの様子も少し変だ。
『ヤバいな、はめられたか…』
ナイトの背筋を冷たい汗が流れた。
「行き渡ったかな、では、乾杯しましょう!乾杯!」
グラスをかち合わせて、ワインを飲む。
宝石商は一気に飲み干した。
アダム、ミナ、ネティアは一口。
ナイトは喉を動かし、飲んだふりをした。
グラスを置くと、宝石商の低い声が待ち受けていた。
「おやおや、ルーク殿、お気に召しませんでしたか?」
ナイトはその言葉を聞くと、素早くネティアを抱えて円卓から離れた。
アダムとミナが息を飲んで、父親とナイト達を見つめる。
「さすが、腕利きの傭兵ですね。大丈夫、恩人の酒に毒など入れてませんよ」
警戒するナイトに宝石商はナイトのグラスのワインを
飲み干して見せた。
「…ランド兵の手の者か?」
「いいえ、私どもは水の国の商人ですのでランドとは一切関係がありません。ただ…」
宝石商は一旦言葉を切ってから本題に入った。
「ランド領主に嫁がれるはずのネティア姫が青い髪の傭兵と失踪したとの話を聞き、あなた方のことではないかと思った次第です。この反応から察するにどうやら本物のようですね…」
抱き寄せているネティアがナイトの腕に強くしがみ付く。
いざとなったら、また魔法で飛ぶつもりだろう。
「わたくし達をランド領主に引き渡すつもりですか?」
ネティアの問いに、意外にも宝石商は首を横に振った。
「いいえ、その逆でございます。あなた方のお力になりたいと思い、この場を設けました。しかし、怖がらせてしまったようですね、申し訳ない」
宝石商が頭を下げた。
「本当に申し訳ありません。こちらもどうやってき切り出したものかと、悩んでいたのです」
アダムとミナも同様に頭を下げてきたので、ナイトはホッとしてネティアを放し、座り込む。
「脅かすなよ…どうやってこの迷路みたいな屋敷から逃げようか冷や冷やした」
「あははは、逃走経路を探っていたとはさすがは傭兵ですね」
「その様子だと、ランド兵に見つかった時のために俺がいろいろ準備をしてたのも知ってるな?」
「もちろん。ですが、あなた方も大胆ですな、ネティア姫は変装していらっしゃるのに風邪の治療をされるし、ルーク殿は変装なしですからな、すぐにわかりましたよ」
「一応、変装しているつもりだが?」
ナイトは外出する際、剣を隠し、偽横笛に変えていた。
帽子も被るようにしていた。
服装も若干大道芸人風に変えている。
「先ほどの鋭い観察眼や身のこなし。その青い髪と端正な顔立ちは帽子ごときじゃ隠せませんよ」
宝石商が笑いながらいると、その息子夫婦も、うんうんと大きく頷く。
「そこでお2人に提案なのですが、私の息子夫婦と入れ替わってみませんか?」
「入れ替わる?」
「お2人と年も近いしですし、それに、何と、うちの息子夫婦、偶然にも大道芸人なんですよ」
『宝石商の息子が大道芸人、てどうなんだ?』
ナイトは心の中で突っ込んだ。
大道芸人はどうでもいいが、有り難い話だった。
現実にいる人間に成りすますことができるのだから。
「こんなことしかできませんが、どうか力にならせてください、お願いします!」
アダムがミナと共もに頭を下げるので、ネティアが慌てる。
「そんな頭を上げてください。有り難いお話です。お願いできますか?」
「「はい!」」
アダム夫婦は喜んで返事をした。
「申し遅れましたが、私は水の国で宝石商を営んでおります、サムと申します。どうぞお見知りおきください。この度は息子の嫁の命を助けていただき本当にありがとうございました。重要な話も終わりましたし、ささやかですが宴会を始めましょう」
こうして、ささやかな宴会が始まったが、宝石商一家が敵か味方かを見極めるのに疲れたナイトは心労でいまいち料理の味が分からなかった。
*
翌朝、入れ替わりの準備が始まる。
ネティアはミナの服装を借りて色々庶民や芸人としてのレクチャーを受けていた。
ナイト(ルーク)はそこまでのレクチャーは必要ないが、アダムと共に別室にいた。
「はい、出来ましたよ」
アダムがニコニコしながら鏡を渡してくる。
ナイトは鏡を受け取って自分を見る。
「金髪もお似合いですね」
アダムに成りすますためにナイトは髪を金色に染めたが、自分ではあまりに似合っているようには見えない。
「そうか?それより前より目立つんじゃないか?」
実は金髪は光の国以外では目立つ。
光の民は閉鎖的で他の民族とは交流をあまり持たないのだ。
ところが、例外はある。
「商人や芸人では別段珍しくありませんよ。光の姫が降嫁される際についてきた従者が没落した成りの果てが多いですから」
横で見ていたサムが笑いながら言ってきた。
サム達の先祖は光の姫の従者だったようだ。
光の姫と一緒に光の国を出た従者達は没落しても故郷へ戻ることを許されなかった。
一度多民族と交わるともう光の民ではないのだ。
血統を重んじる最も古い国の考えだ。
交易を活発に行い、どの国よりも他民族の流入を受け入れている水の国では考えられない。
必然的に、彼らの主である降嫁した光の姫も不幸な人生を送る者が多い。
どの国に降嫁した光の姫か知らないが、サム達の現状を見る限り前例に漏れなかったようだ。
「さて、お披露目といきましょうか?」
アダムがニコニコしながら部屋のドアを開けて、隣の部屋で待っているネティアとミナにニコニコと呼びかける。
「準備できたぞ」
ネティアとミナが待ち受ける中、ナイトは金髪姿を披露する。
ネティアが息を飲むのがはっきりと見て取れた。
「まあ、素敵!アダムよりカッコいいわ!」
「何!?」
「嘘よ」
新婚夫婦ののろけを他所にナイトを見たネティアは目を見開いたまま硬直していた。
『な、何だよ、その反応は?もしかして、金髪が好きなのか?』
目を反らし、小さな声でネティアが呟く。
「お、お似合いですよ…」
ネティアの金髪好きが発覚した瞬間だった。