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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
24/134

偽夫婦

宿屋で朝を迎える。

ナイト(ルーク)は固いソファで目を覚ました。

ベッドにはネティアが寝ている。

夫婦と言う設定にしたが、不便な点があった。

それは、宿を取るとき1部屋しか取れないということだ。

他人ではないのだから、2部屋取るのは不自然だ。

ネティアはしぶしぶ了承した。

だが、宿屋の親父があらぬ気遣いをしてくれたせいでナイトは固いソファで寝ることになってしまった。

その気遣いとはベッドが1つ。

言うまでもないが、ナイトがベッドを使うことはできない。

ネティアはナイトを警戒て結界まで張って寝ていた。


『ああ、シープールに帰りたい…』


ふかふかで広いシープールの自分専用のベッドを思ってナイトは涙を飲んだ。

まだ朝は早かったが、いつまでも固いソファで寝る気にはなれず、起き上がって欠伸をする。

体をほぐしながら立ち上がり、ドアへ向かう。

目覚ましに温かいコーヒーでも貰って来ようと思ったのだ。


「行かないで!」


ドアに手を掛けた時、ネティアが叫んだのでナイトは驚いて振り返る。

ネティアはベッドに横たわったままだった。

結界ギリギリまで近づいて顔を見ると、涙ぐんでいる。

怖い夢でも見ているようだった。


「フローレス、わたくしを独りにしないで…」


寝言の続ぎを聞いて、ナイトは少々ガッカリした。

ネティアが『行かないで』と懇願した相手が双子の妹フローレスだったからだ。

気丈にしているネティアだが、いつも一緒にいた双子の妹がいなくなって、本当はものすごく心細いのかもしれない。

取り乱して、1人でフローレスを救出しに行こうとしたくらいだ。


「大丈夫、1人じゃない。俺がいるだろう?早く迎えに行ってやろうな」


ナイトは結界の外からそう囁きかけると、ネティアを起こさないように部屋の外に出た。




***




『ごめんなさい…ごめんなさい…』


薄暗い家の中でネティアは呪文のように呟いていた。

いつも賑やかだった家に双子の妹の姿はない。

惟一人の肉親を死に追いやってしまった。

全く何もする気になれない。

生きることさえも…


『フローネ、わたくしを独りにしないで…』


妹を助けられなかったことを悔やみながら、涙にくれながら幾日も過ぎて行った。


パン!!


ある日、鍵を閉めていた扉が蹴り破られた。

夫が帰ってきたのだ。

ネティアはソファに寄りかかったまま、帰ってきた夫を無気力に見る。

涙はとうに枯れていた。

夫は唇を噛みしめて駆け寄ってきた。

暖かな力強い腕がネティアを抱きしめる。


『しっかりするんだ、お前は1人じゃないんだぞ!』


温かい雫がネティアの顔に振ってきた。

夫は泣いていた。

ネティアの双子の妹ために。

夫はネティアの妹を実の妹のように思っていてくれた。


『俺が浅はかだった。お前達を2人だけにしてしまったから、こんなことに…』


ネティアは泣いている夫の背に手を回した。

2人で悲しみを分かち合った後、夫はネティアを抱き上げるとベッドに運んでくれた。

そして、おかゆを作り、看病してくれた。

夫の献身的な看病のお蔭でネティアは何とか元気を取り戻した。

そして、話し合いの結果、住み慣れたこの家を離れることに決めた。


生きるために。


いよいよ家を出る時、不安なネティアの手を彼は強く握ってくれた。


『大丈夫、1人じゃない。俺がいるだろう?』


愛する夫の手に引かれ、ネティアは旅の空へ連れ出された。






ネティアは目覚めた。

前世の夫の声をが聞こえたような気がして。

起き上がると、宿屋のベッドの上だった。

夢から現実に戻る。

攫われたフローレスを助けに行くために、傭兵のルークとジャミルの下から逃げてきたのだった。

起き上がってルークの姿を探すも、部屋の中に彼はいなかった。

急に不安が込み上げてきた。

ネティアは軽く身支度を整えて、部屋の外へ出た。

まだ朝が早く、旅人達は寝静まってた。

静かに階段を降りる。

すると、宿屋の店主と遭遇した。


「おはよう、奥さん、今日もきれいだね」

「おはようございます…」


奥さんと言われたことに気後れしながら、ネティアも挨拶を返した。


「あの…」

「ああ、旦那さんなら、ちょっと朝の散歩に出かけて来るって言っていたよ」


ネティアが聞く前に、店主はニヤニヤしながら教えてくれた。


「そうですか、それならいいです…」

「ああ、奥さん、もう少ししたら朝食だから、それまでには旦那さん帰ってくると思うよ」

「どうもご丁寧に、ありがとうございます」


ネティアは頭を下げると、借りている部屋に戻ってルークを待つことにした。


「どこが冷え冷えだよ。熱々じゃねぇか…」


店主のニヤニヤしながら呟く言葉を、偽若妻ネティアは気付かなかった。




***




ナイト(ルーク)は大きなくしゃみをした。


「外はまだまだ冷えるな…」


こんな朝早くに外に出たのには理由がある、

ランド軍の動向だ。

婚約者のネティアに逃げられたジャミルが何の手も打ってないはずがない。

ナイトは誘拐犯にされているかもしれないのだ。

小道から大通りに入る角で、ナイトは身を潜めた。

案の定、ランドの兵が見えたのだ。

まばらに行きかう通行人に聞き込みをしている。


「ヴェールを被った若い女性と青髪の若い傭兵を見なかったか?」

「いいえ、見てませんね…」


通行人達は皆、首を横に振っている。

ナイト達は昨日の夕刻にグミの街に着いた。

こんなに朝早く出かける旅人達なら、あの時はもう宿屋で休んでいたころだろう。

しかし、昼になれば話は別だ。

乗せてもらった馬車の親切な行商人達にも聞き込みが入るのは明らかろうし、服屋でネティアの服も買った。

ランドの兵にナイト達がこの街にいるのがバレるのも時間の問題だ。


「ゆっくりしてられないな…早く戻って出発するか」


ナイトは宿屋へ怪しまれない程度の速度で戻った。


「お帰り…」


宿屋の親父がカウンターに肘をついて厭らしい笑顔でナイトを迎えてくれた。


「た、ただいま…」


ナイトは引きつった顔で返した。

その顔から、まだランドの兵の捜索は及んでいないようだが、不気味な笑顔に意味があるのは明白。


「何かあったのか、親父?」

「いいや、何も…ただ、あんたの美人の奥さんがあんたを探しに来たよ…」

「え、あ、起きてたのか…」

「あんたのこと心配してたよ。どこが、冷え冷えだよ」

「ははははは…」


ナイトは笑ってごまかす。

宿屋の親父には、『新婚なのに妻が冷たい』とソファで寝てよく眠れなかった、と愚痴っていたのだ。


「早く戻ってやんな、奥さん不安そうだったよ…」

「ああ、ありがとう…」

「あ、ちょっと待ちな」


急いで行こうとするナイトを宿屋の親父が制止した。

奥に消えてから戻ってくると、カウンターにクッキー入りの袋を1つ置いた。


「これはうちのサービスだ。奥さんに朝食と一緒に持って行ってやんな」

「ありがとう」


ナイトは笑顔でクッキーを受け取ると、バイキング形式の朝食を2人分見繕って部屋に持って行く。

ドアをノックして、呼びかける。


「おーい、俺だ、今帰った。ついでに朝食も持ってきた」


部屋の中から椅子を引く音と駆けてくる足音が聞こえ、ドアが開いた。

覗いてきたネティアの顔は始めは安堵したような笑顔だったが、怒り顔に変わっていった。


「どこにって行っていたのですか?」

「ごめん、ごめん、ちょっと、外の様子が気になってさ…」


ナイトは部屋に入り込んで、ドアを閉めてから言った。


「ランドの兵がもうこの街にも来ていた…」


ネティアの顔が曇った。


「朝食を食べたらすぐ出かけるよう、山道は平気か?ランドの兵達のことだ。ネティア姫は山道を歩けないと思ってると俺は思う。だから、張り込みがあるとしてもしばらくは街だけだと思うが…」

「大丈夫です。闇の騎士団も街に潜伏しているとは思えませんから」


ネティアは力強く答えたが、ナイトは心配だった。

やる気は満々だが、実際の体力はどうか?

ネティアの白く細い体つきを見ると若干の不安は残る。


「きつくなったらちゃんと言えよ。また背負ってやるから」

「大丈夫です!ちゃんと、歩けます!」


ネティアはムキになって言い返してきた。

若干、顔が赤い。

昨日もネティアを負ぶった。

下ろすとき、少し寂しそうな顔をしていたことをナイトは思い出した。


「あ、もしかして…おんぶされるの好きか?」

「そ、そんな、はしたない!あなたに背負ってもらいたいなんて思ってません!フロントの方が広くて、温かくて、安定感があります!」


ネティアの口から懐かしい兄の名が飛び出してきた。

虹の双子姫の専従騎士であるフロントはネティアにとっては最も身近な存在で、兄にも等しい。


『兄ちゃんには甘えてんだ…』


ナイトも子供の頃、兄に背負ってもらった経験がある。

子供だったので広いとは言えなかったが、しっかりとナイトを保護してくれていたように思う。

2つのジェラシーが沸いた。

1つは、男として、兄に対して負けたくないという思い。

もう一つは、弟として、ネティアに対して。

もし、伯父である前水の王が亡くならなければ、兄と離れることはなく、もっと甘えられたのに…

そのジェラシーを隠すため、ネティアに背を向けた。


「ご、ごめんなさい、ルーク。別にあなたを傷つけるために言ったのではないのです…ただ、わたくしはあなたの足手纏いになりたくなくて…」


ネティアの口から反省の言葉出てきた。

ナイトに背を向けられ、不安に襲われたようだ。

ジェラシーのせいか、ナイトはちょっと意地悪になる。


「別に気にしてないさ。専属の従者なんだろう?俺なんかより頼れて当然だよな」

「あなたを頼りしていないというわけではないのです」

「じゃ、頼りにしてくれてるのかな?」

「もちろんです」

「専属の従者より?」


ネティアは一瞬口籠った。


「…はい…今は…」


目をそらし、『今は』と言う言葉が付け加えられて、ナイトは肩を落とした。

ネティアはランドに出発する前、フロントと喧嘩したと聞いていた。

だが、喧嘩しても、絶大な信頼は変わらないようだ。


『まあ、仕方ないか…相手はあの兄ちゃんだもんな…』


ナイトは気持ちを切り替えた。

いつまでも嫉妬するのは男としてみっともない。


「あの…ルーク?」


背を向けたままのナイトにネティアが恐る恐る声を掛けてくる。

ナイトは手に持っていたクッキーを後ろを向いたままネティアに放り投げた。


「これは?」

「宿屋の親父からだ。仲直りしろって」

「仲直り?」


ナイトはやっと振り返った。

満面の笑みで…


「新婚なのにベッドから追い出されて、固いソファで寝てよく眠れなかったって、宿屋の親父には話したからな」


話を聞いたネティアは始めキョトンとしていた。

だが、しばらくすると、話の内容が消化されたようで顔が赤くなってきた。


「あははは、鬼嫁」


ナイトは笑いながらネティアの横をすり抜けて、テーブルに着いた。


「わたくしは鬼嫁じゃありません!」


真っ赤になって言い返して、ネティアもテーブルに着く。

そして、ナイトが持ってきた朝食のパンをガツガツと食べ始める。


「とてもお姫様の食べ方じゃないな…」

「わたくしは今は虹の姫ではありません!旅の術者です!それに食べておかないと体が持ちませんから!」


ネティアはそう口実をつけてガブガブ食べて、半分を平らげた。

焼きたてでおいしかったのだろう。

しかし、困ったのはナイトだった。

自分が食べるためにけっこう多めに持ってきていたのに、ネティアに半分もだべられてしまった。

本当は3分の2はナイトが食べるはずだったのだが…


「姫、俺の分が足りなかったからさ、さっきのクッキーくれよ」


満腹のお腹を抱えて満足そうにしているネティアに声を掛けると、キッと睨み返された。


「仲直りの品なのでしょう?それにデザートは別腹です!」


と言ってクッキーの袋を開けると、あろうことか口に流し込んだ。

もはややけ食いの様相を呈してきた。


「げっぷ!」


別腹も満腹になったネティアは椅子ごと後ろを向く。

げっぷをしたのが恥ずかしかったようだ。


『鬼嫁…』


そんな可愛らしい恥じらいを見せようと、ナイトには鬼に見えた。


「仕方ない…どっかで買い食いでもするか…」


ランドの兵とひと悶着あるかもしれないから、腹ごしらえは万全にしておきたかった。

しかし、またネティアを怒らせてしまったから諦める他ない。

でも、そのことによってジェラシーは解消された。

兄への思いとネティアへの思いが相殺された感じだ。

こんなツンデレ姫の相手をしていた兄もきっと苦労したに違いない。


「取り合えず、ここを出るとしてどこへ行く?」

「そのことなのですが、実はまだ決めてないのです…手がかりがありませんから…」


本題に入ると、ネティアは椅子を戻して向き直った。


「手がかりか…」

「どこか見晴らしのいい場所に行って透視をしようかとは思っていますが、心当たりはありますか?」

「心当たりか…」


ナイトは腕を組んで目を閉じた。

子供の頃、虹の国に住んでいたから少しは地理を知っている。

だが、それは大きな街や川や山や観光名所ぐらいだ。

持ってきた地図はあるが、案内までは書かれていない。


『あ、そういえば…ライガの奴がやられる前に、兄ちゃんからって、何か本をくれたな…』


ナイトはバックパックを取りに行くと、ライガから受け取った本を取り出した。


ゴトン、ゴトン、パサ…


バックに乱暴につっこんで入れていたせいだろうか?

本は2回転して、開いた状態で落ちた。







『ランド領を一望でき、水の国まで見渡せる空山そらやま!』


『昼はハイキングや家族連れで賑やい、夜は一転して大人の夜景を楽しめる!通称”愛の山”』


『ここに連れて行けば間違いなしの絶好デートスポット!』


『彼女との熱い夜が君を待っている!!』







絶妙なタイミングで、開かれた本にナイトの顔が引きつる。


『デートのガイドブックだと!!!!!!このタイミングで何考えてんだよ、くそ兄貴!!!!!!』


ナイトは確かにネティアを口説くと決めたが今ではない。

ネティアの双子の妹フローレスが賊に攫われ、ランドの騎士達が大量に捕虜にされているこんな緊急時に、デート何て浮かれた話などできるはずもない。

本を見たまま、硬直しているナイトの横をすり抜けて、ネティアが興味深げに本を手に取る。


「空山ですか、悪くないですね…」


その本にナイトは安堵の溜息を零す。

変な意味では取られていないようだ…


「ところで、虹の国へは一体何の用で来られたのです?」


思わぬ質問を投げかけられ、ネティアに再び目をやると、他のページをピラピラとめくっていた。


「兄ちゃん、お薦め。父さん、お薦め。おじさん、お薦め。おばさん、お薦め…と書いてありますが…?」


虹の国王都周辺のデートスポットのページを開いて、ネティアが線目で聞いてきた。

それはたぶん、ネティアがランド行きを強行しなければ決行されていたデートプランだ。

その印を見て、両家ともに、ナイトとネティアの縁談にノリノリであることが分かった。

だが、今、これは明らかに不必要だ。

ナイトは観念した。

もう、ネティアを口説くのは無理だと…


「あははは、実はさ、虹の国住んでる兄ちゃんがさ、可愛い子がいるから会いに来ないかって、誘われてさ。それで、何か親同士が先に盛り上がちゃって、見合いみたいになってさ。でも、彼女知らなくて…」


ネティアはじっとナイトを見つめた後、


「…そうですか…」


と、だけ言った。

その声がどこか冷たい。

怒っているのだろうか?

ガイドブックを返しに静々とやってくる姿にどこか凄みを感じる。


「あの…怒ってます?」

「いいえ…ただ、ご両親公認の大切な方がいるのに、『身重』だの、『結婚』だのと、あんなにも軽々しく言えるのかと感心しただけです」


グサ!


ガイドブックを渡される時、胸をナイフで突き刺されたような気がした。


『つうか、お前だよ!!!!!』


静々とすり抜けていったネティアに叫びたいのを必死で堪える。

そして、こんなものを託した兄達を憎む。

ナイトの好感度は一気に低下したのはまず間違いない。

言葉通り取れば、ただの遊び人だ。

いくら女に疎いナイトでも、絶対こんな失敗はしない。


「さあ、さっさと出発しましょう。ランド兵の包囲網が出来上がる前に」

「…はい…」


心の中で涙を飲みながら、ネティアに尻を叩かれるような形で宿を出る。

宿を出る時、ナイト達偽夫婦に親父が声を掛けてきた。


「クッキーうまかったかい?」

「ええ、とても。パンも出来立てでおいしかったです」

「そりゃ、良かった。また来てくれよな」

「はい、機会があれば」


すべてにこやかにネティアが答えた。

親父がナイトに親指を立てて、『やったな』と合図してきたが、


『二度と来るか、こんな宿!』


との意味を込めて、暗い顔で同じく親指を立てて返す。

しかし、親父には伝わらず、満面の笑みが返ってきた。


『ああ、腹減ったし、むしゃくしゃする』


ナイトは路上で朝早くから営業していたホッとドックの屋台でありったけのホットドックを買い込んで食べながら歩く。

足りない分だけでなく、やけ食いも追加。


「あ!」


ナイトがホッとドックを食べるのに夢中になっていると、今度はネティアが屋台に駆けこんでいった。

気が利いて、飲み物でも買ってきてくれれば可愛いのだが、そうではなかった。

ネティアが駆けこんだのは楽器屋。

せめて大道芸人になれ、と言われたことを思い出す。

楽器で何かを演奏させるつもりらしいが、ナイトは楽器の類は全くの素人だった。

案の定、戻ってきたネティアの手には横笛が握られていた。

『はい』と満面の笑みで差し出してくる。


「あのな、俺、横笛何て吹けないぞ」

「その点はご心配なく」


ネティアは笛に口をつけることなく、音階の穴、よく見るとボタンを押すと音が勝手に出た。


「どのボタンを押しても曲の通り音が出ますから、誰でも引けますよ」

「へえ〜そりゃ、便利だ…」


ナイトは苦笑いを浮かべながら偽横笛を受け取る。


「必要なのは演技だけです。頑張って演技してくださいね」

「はいはい」


ナイトはバックパックにやる気なさげに横笛を放り込む。

そして、再び、がむしゃらにホッとドックを食べ続け、ネティアの後ろをついて歩く。

丁度、ホッとドックを完食した頃、ネティアが足を止めた。

近くの建物の陰に身を潜めた。


「どうした、ランド兵がいたのか?」

「はい…それと、もう一つ、あの者達が気になって…」


ナイトはネティアの目線の先を見る。

ランド兵がいた。

そのランド兵に懇願している商人達がいた。

話を聞いたランド兵は首を横に振るが、1人の商人が尚も食い下がった。

だが、槍で押し返された。

その時、ランド兵の大きな声がこちらまで響いてきた。


「今はお前達のようなよそ者に構っている暇はない!他を当たれ!」


商人達は仲間を助け起こし、諦めてこちらへ向かってトボトボと歩いてくる。

皆、憔悴しきっている。

その中に見知った商人がいることにナイトは気付いた。


「あ、関所で会った宝石商!」


ナイトが声を上げると、宝石商が顔を上げた。


「…あんた、傭兵の…」

「ルークだ。覚えていてくれたか、一体どうしたんだ?」


ナイトは1人立ち止った宝石商に、ネティアと共に近づく。


「傭兵のあんたに話してもな…」

「そう言わずに、話してみろよ。何か力になれるかもしれないぜ」


宝石商は憔悴した顔でナイトをしばらく黙って見ていたが、『そうだな…』と口を開いた。


「実はな、息子の嫁が重度の風邪フウジャに掛ってしまったんだ」

「え、風邪フウジャ!?」


ナイトは思わず叫んで、慌てて自分で口を塞ぐ。

疫病の名前を往来で叫ぶなど言語道断だ。


「それで、病院や神殿、果ては役所まで連れて行ったが、治療できる術者がいないと言われた。途方に暮れている時に、ランド領主が来られていると耳にして、藁にもすがる思いでランドの兵に取次をお願いしたが、追い返されてしまった」


そこまで話すと、宝石商はその場に座り込んでしまった。


「もう、どうしたらいいのかわからないんだ…このままでは息子の嫁が死んでしまう…」


絶望に打ちひしがれ、涙する宝石商の肩にナイトは手を置いた。


「大丈夫、助かるぜ」

「…え、助かる…?」

「ああ…」


顔を上げた宝石商にナイトは笑顔見せ、ネティアの方を向く。


「患者はどちらですか?わたくしなら治せます!」


真剣な顔のネティアを見て、宝石商がナイトに顔を向ける。


「俺の妻だ。若いが凄腕の術者なんだ」


ナイトがにっと笑って返すと、宝石商の顔に希望が差した。



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