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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
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逃走劇は突然に

闇の騎士の結界から逃れた後、ネティアを守りながら南の橋を目指してランド軍は進軍していた。

朝日が変わり果てた軍を照らし出す。

ランド軍は、名ばかりの小隊と化していた。

馬車も、馬もない。

ほぼ全員が傷を負っていた。

担架で運ばれる重傷者もいた。

その中に双子姫の護衛隊長のグリスの姿もあった。

後2人正規軍の騎士がいたが、今、ネティアを支えているのは直雇いの傭兵ナイト(ルーク)だった。


『何やってんだよ、ライガ…フローレス…期待するのはいいが自分達がやられてどうする?』


2人の希望通りに賊は現れた。

しかし、予想以上の賊の働きにより、ランド軍は大敗。

フローレスは賊に捕まり、ライガはやられてしまった。

仲良くなったエルクは敵の結界に取り残されてしまったようだ。

ネティアは憔悴しきっていた。

初めて王宮を出て、初めての実戦。

犠牲者も出してしまった。

ネティアの心は今にも折れそうだ。

そんなネティアに『よくやった』っと言ってやりたかった。

だが、傭兵の身分のままでは言うことができない。

今できることは、ネティアに寄り添い、励ますことだけだ。


「ネティア姫、フローレス姫は必ず俺達が取り返してやる。今回は敵の結界の中で負けたけど、結界の外でなら絶対に勝てるから…」

「わたくしのせいです。あんな大きな結界にほとんど包囲されるまで気づかなかったなんて…」


ネティアの声が涙で詰まる。

傍にいた正規軍の騎士がナイトの肩に手を当てて、無言で首を横に振った。

ナイトは話しかけるのをやめて、そっとネティアの肩を抱いた。

ネティアは自然に頭を持たれてきた。

いつもなら目くじらを立てる周囲も黙って見過ごした。

今のネティアには支えてくれる人間が必要だった。

妹姫フローレスがいない今、その役をナイトに委ねたようだ。

泣いているネティアの肩を抱いている手に力がこもる。


『フローレスを取り返して、絶対、あの仮面剥ぎ取ってやる!』


ナイトはリベンジを誓った。

闇の騎士団の追っ手はなかった。

葬列のような進軍が続いた。

誰もが無言だった。

太陽など上っていないかのように歩いていた。

だが、太陽は上ってきた。

彼ら、ランド軍の太陽が。


「金の赤獅子の旗だ!ジャミル様がお越しになったぞ!!」


暗かった騎士達の表情に光明が差す。

赤髪の貴公子が現れると、ランドの騎士達は一斉に膝をついた。

ナイトに寄り添っていたネティアが離れた。

その瞬間、心にチックとした痛みを感じた。

フォークがジャミル前に進み出て膝をつく。


「フォーク、この有様は一体何だ?」


ジャミルの低く厳しい声にフォークは委縮する。


「…申し訳ございません。闇の騎士団と名乗る逆賊の罠にはまり、フローレス姫を始め、多くの仲間を捕虜に取られてしまいました…」


大敗の責任を一身に背負うフォークは部下達の前で声を震わせないように声を張っていた。


「フローレス姫と我が軍の騎士達を一度に捕まえたというのか?」


ジャミルは信じられないような顔をし、周囲の騎士が真偽を確かめるべく、捜査に向かう。


「敵は巨大な結界を張っていました。それに我々は気付きませんでしたが、ネティア姫が間一髪のところで気づかれて結界で対抗し、何とか我々だけ難を逃れた次第でございます」


報告を終えたフォークは顔を伏せてジャミルの裁可を待つ。

ジャミルは腕を組んでフォークを見ている。


「ジャミル、どうかフォークを責めないでください」


ネティアがジャミルの前に進み出て嘆願する。


「結界師でありながら、敵の結界に気づかなかったわたくしの責任です」


ジャミルは一旦、ネティアを見た後、すぐ後ろにいたナイトに視線を移してきた。

炎のような色の瞳と視線がぶつかる。


「…初代女王の生まれ変わりと評されるほどの魔力を持たれるあなたでも、心を惑わせることがあるようですね…」


遠回しの棘のある言葉。

ジャミルの視線の先にナイトがいることに気づいてネティアが慌てる。


「そうではありません。旅の疲れが出て体調が崩していたのです!」

「そういうことにしておきましょう…」


捜索に出ていた騎士が戻ってきた。

ジャミルは追及をやめ、報告を聞く。


「微力ながら敵の術者のものと思われる魔力を感知しました。ですが、味方を発見することはできませんでした…」

「転移したということか?」

「おそらく…しかし、一度に大勢の人間と転移するには無理があります。捕虜として囚われているのであれば、転移先はそう遠くではないはずです」


ジャミルはフォークに視線を移した。


「フォークよ、闇の騎士団と言う賊どもはどんな輩だ?」

「全身を黒衣で覆い、顔は鉄の仮面を被っております。霧で正確な数はわかりませんが、おそらく数100名程度で全員が手練れでした。間違いなく何かしらの訓練を受けています。その中に、魔法騎士もいましたが、中でも、そのリーダーは別格でした。結界、召喚、魔法に加え、槍術の使い手と多彩な能力を持っていました」

「訓練を受けた闇の民か…」

「はい…ネティア姫にジャミル様との婚姻を思いとどまるよう、要求していました」


ジャミルはしばし思案した後、


「闇の騎士団のねぐらを探せ!フローレス姫と同胞を救出し、賊の正体を暴くのだ!」


命令を発した。

ランドの騎士達が弾かれたように動き出す。

ジャミルは1人目の前で裁可を待つフォークに視線を戻す。


「フォークよ、我が軍に多大な損害を出したお前の罪は重い!だが、ネティア姫を死守したことは誉めてやろう。傷を癒し、捜索隊に加われ」

「寛大な処置、痛み入ります…」


フォークは頭を垂れた後、2人の部下に付き添われて療養所に連れていかれた。

ネティアが安堵の溜息を洩らす。

フォークが厳罰に処されるのではないかと心配していたようだが、ジャミルの寛大な処置にホッとしたようだ。

ネティアがジャミルの元へと離れていく。


「ネティア姫、怪我はないか?」

「ありません。ありがとう、ジャミル」


ジャミルに微笑みかけるネティアにを見てナイトの胸はモヤモヤした。


「それは何よりだ。だが、疲れただろう?あちらで休むといい。そこで話をしよう」

「はい」


ネティアはジャミルにエスコートされてコテージに向かう。

どこからどう見ても似合いのカップルだ。

切なげに見送るナイトの頭が小突かれる。


「お2人の邪魔をしては悪い。我々も怪我の治療をさせてもらおう」


ネティアの傍にいた正規軍の騎士2人はナイトの肩を叩いて療養所へ誘った。

ナイトは微笑で答えると2人についていった。

療養所では重傷、中傷、軽傷と怪我の具合で分けられた。

ナイト達3人は軽傷に分類され、薬を塗った後、絆創膏を張ってあっけなく治療は終わった。


「なあ、俺これからどうなるんだ?」


ナイトは一緒にいた正規軍の騎士に自分の処遇を聞いてみた。

フローレスのお守り役で雇われたが、賊にさらわれてしまった。

となると、捜索隊に回されそうだが、ナイトは正式な騎士ではない。


「ネティア様から直々に正規軍に勧誘されたんだろう?だったら、我々と一緒にいればいいと思うが…」

「でも、一度隊長に聞いた方がいいだろうな」


3人でグリスの元へ行く。

グリスは重傷者専用テントの簡易ベッドの上で横になっていた。


「大丈夫か、隊長?」

「ああ、ルークか…」


ナイトが声を掛けると、グリスはベッドから起き上がろうとした。

だが、うまくいかず、一緒にいた騎士2人が両脇を支えてグリスを起こした。


「隊長、俺、これからどうしたらいいんだ?」

「そうだな…ランド卿がお越しになった以上ネティア様のお側には置いておけない。だからと言って、お前をこのまま解雇にもできない。ネティア様が直々に正規軍に勧誘されたのだからな」

「じゃ、捜索隊行きか?」

「そういうところだろう。だが、お前1人では勝手がわからんだろうから、1人つけなくてはならんな…」


グリスは両脇の2人を見て溜息を吐く。


「ネティア様の警護につかないといけないのにこの様とは…双子姫護衛隊長が聞いてあきれる」


正規軍のプライドに賭けて、どんなに重症でもネティアの警護をランド軍だけに任せることはできない。


「仕方ないんじゃないか?だって、敵の結界の中だったんだし…隊長達は善戦したと思うぜ」

「それでもだ、フローレス姫を我々は死守すべきだった…」

「フローレス姫は俺が必ず助けてみせるよ」

「数で勝るランドの騎士が先に見つけそうだ」


意気込むナイトにグリスは意地悪を言う。


「こう見えても鼻は利くんだぜ、ランドの騎士より先に見つけたら追加ボーナス出せよ!」

「ほう、では、ランドの騎士を応援せんとな」

「追加ボーナス出さね気か?」


拗ねたナイトをグリスは笑う。


「フローレス姫の奪還はボーナスどころの話ではない。勲章ものだ。国王陛下が直々にお前に褒美をくださるだろう。そうなれば、始めから将来は約束されたようなものだ」

「あ…」

「その鼻とやらで将来を掴み取るんだな」


グリスは両脇の2人を頼って立ち上がった。


「起きて、大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないが、報告は隊長である私の義務だ。ついてこい。ネティア様の元へ行くぞ」


部下に支えられたグリスの後にナイトは従う。

重傷者であるグリスの歩みはゆっくりだった。

自然と考え事が頭に浮かぶ。


『このままネティアから離れるのか…大丈夫かな…』


先ほどまでナイトの腕の中で落ち込んでいたネティアを思い出して心配する。

だが、ジャミルの顔がそれを打ち消す。


『大丈夫だよな…』


ネティアはジャミルを頼りにしていた。

あの笑顔がその証拠だ。

しかし、気が重い。

結界を張ったネティアがナイトが恋焦がれていた夢の乙女と重なって見えたせいだろう。

一瞬彼女なのかと思った。

だが、もし、彼女なら迷わずナイトの方を選ぶはずだ。

そう確信している。

なぜなら、最期を迎える時に固く誓い合ったのだから。

彼女は稀に見る強力な魔術師だった。

転生しているならナイトより鮮明に前世の記憶を持っているはずだ。

だが、ネティアはナイトに対してそういった素振りを見せていない。


『フローレスを助けて、とっとと、シープールに帰るか…』


モヤモヤしたものは残るが、ナイトは改めてそう結論付けた。




「ジャミル、お願いです!!」




必死に訴える女の声が向かっていたコテージから漏れてきた。

ランド領主を呼び捨てにできる者はネティアしかいない。

一旦、グリスは足を止めて、ナイト達の顔を見回した。

ネティアとジャミルの間で何か起きているようだが、グリス達が取るべき行動は決まている。

どんな事態であれ、ネティアの味方をすることだ。

ナイト達が無言で同意するのを確認すると、グリスはコテージへ向かって進んだ。


「お取込み中のところ、失礼いたします!」


グリスが突入すると、コテージの中にいた全員が一斉にこちらに注目した。

グリスは構うことなく、ナイト達を引き連れて取り込み中のネティアとジャミルの間に割って入る。


「外までお声が漏れておりました。何かあったのですか?」


涼しい顔で仲裁に入る。

さすが隊長に任命されすだけあって肝は据わっている。


「グリス、わたくしは…」

「ちょうど良かった、レイスの護衛隊長。ネティア姫を説得してくれないか?」


ネティアの声を遮って、ジャミルがグリスに話しかけてきた。


「…説得とは?」

「ネティア姫はこの場に残り、フローレス姫を救出したいと言ってきかないのだ」


溜息をもらすジャミル。

ジャミルはネティアを安全な場所に連れて行くと言ったのだろう。


「ネティア様、心中はお察し申し上げます。ですが、この場に留まることは危険でございます」

「危険は承知の上です。フローレスを賊にさらわれたままランドへ行くことはできません!」


グリスの進言も興奮しているネティアには届かない。

フローレスを失ったせいで冷静さを失っているように見えた。

それほど、ネティアにとって双子の妹は大きな存在だったのだ。


「わたくしを捜索隊に加えてください。わたくしなら、すぐにでも敵の居場所を見つけ出せます!」

「あなたがどんなに優れた術者であろうと、それは許可できない。それでは敵の思うつぼだ」

「敵の目的をよく思い出してください。ネティア様とランド卿の婚約の破談です」


グリスの言葉にネティアがはっとした。

冷静さが戻ってきたようだ。


「取り乱して申し訳ありません。ですが、フローレスを残したままではランドへはどうしても行けません」


冷静になってもネティアは譲らなかった。


「賊どもはフローレス姫に手は出さないだろう。『化け物共』を敵に回したくはないだろうからな…」


ジャミルの口から本音が零れ出た。


「父上は…闇の民は化け物ではありません!」


ネティアはジャミルを睨み、さらに態度を硬化させた。


「わがままは困る。あなたを守るため、我が軍がどれほどの犠牲を払ったかわかっているのか?」


ジャミルの責めるような言葉にネティアはだんまりを決め込む。

その態度にジャミルは目くじらを立て、ネティアの腕を掴んだ。


「あなたは私を選んだはずだ。それをフローレスのために今更なかったことにする気か?」

「そうは言っていません!我がままなのはわかっています!ですが、フローレスをおいてはいけないのです!」


語気を荒げたジャミルにネティアは涙目で抵抗する。

ナイトには見るに堪えない光景だった。


「聞いてやれよ」

「何?」


ナイトの思わずついて出た言葉にジャミルが食いついた。

周囲が凍り付く。


「男なら、女の我がままぐらい聞いてやれって言ってんだよ」

「ふん、通りすがりの傭兵風情が大口をたたく」


ジャミルは鼻で笑う。


「通りすがりの傭兵風情にも男の意地はある。あんた、ランドの領主なんだよな?虹の王になるつもりなんだよな?」

「その通りだ」

「だったら、度量を見せろよ!女1人の願いも聞いてやれねぇ、王になんて誰も従わないぞ!」


ナイトの指摘にジャミルの顔が見る見る変わる。


「知った口を聞くな、傭兵。意地だけでネティア姫の願いが叶えられるというのか?」

「ああ、叶えて見せるさ!」

「それはな、意地ではなく見栄と言うのだ。聞くところによると腕は立つそうだが、賊は精鋭ぞろいの闇の民。しかも、何でもありの術者をもいると聞くぞ。そんな賊どもにお前たった1人で何ができるというのだ?」

「1人で挑むつもりはないさ。ちゃんと対抗できる術者を連れて行く」

「そんな者が今この場にいるとでも思っているのか?」

「わたくしがいます」


突然、ネティアが立候補してジャミルは言葉を失った。


「…あなたは自分の立場がわかっているのか?」

「わかっています。ですが、わたくしはフローレスの姉と言う立場も捨てられないのです」


ネティアはジャミルの傍を離れてナイトの元へ戻ってくる。

それを見て、ジャミルが狼狽する。


「例え、血を分けた姉妹とはいえ、あなたとフローレスの立場は全く違う!その違いが分からないのか!?」

「違わねぇだろう、同じ虹の国の王女で双子の姉妹だ」

「ネティアは次期女王だ。だが、虹の王家の姫でありながら魔力を持たないフローレスは、何の役にも立たない『無能な王女』だ」


ジャミルの言葉でナイトはカチンときた。


「お前が知らないだけで無能な王族なんて世界中にゴロゴロいるだよ!たかが、魔力がないだけでフローレスを無能呼ばわりするな!」


ナイトはやってきたネティアに手を差し出す。

迷いのない手が力強く握り返してくる。


「ネティア姫!」


呼び止められたネティアは振り返り、


「ジャミル、わたくしはあなたのそんなところが大嫌いです!」


言い放った。

ジャミルの顔が呆ける。


『転移!』


その顔を見てすぐ、ネティアは魔法を唱えた。

ナイトはネティアと共にその場から姿を消した。








「………………………………えっと、これは大変なことになりましたな……」


2人が消えた後、凍り付いた場にグリスの呑気な声が響いた。




***




「皆、聞いてくれ!虹の国ランド領の北の橋が何者かによって落とされたそうだぞ!」


ライアスが外から帰ってくるなり大声で怒鳴り散らした。


「へぇ…」


リュックが本を読みながら上の空で反応した。


「はい、上り!」


ルビとアルトはトランプでババ抜きをしていた。

満面な笑みのルビに対して、アルトは俯いていた。


「シリウス、寒いよ。もっと、薪足して」


リュックが本から目を離して、エプロン姿のシリウスに頼む。

今日の炊事当番はシリウスだった。


「いまくべる…」


シリウスは薪をくべる。

そして、何事もなかったかのように台所へ行こうとする。


「こら!お前ら無視するな!」


ライアスは叫んで、リュックをソファから蹴落として、ドカリと座り込む。


「王子は見つかったか?」


アルトが他人事のように訪ねた。


「見つかるか!というか、お前らも探せ!」


ナイト王子探しをライアスは1人で行っていた。


「王子だって、1人で出かけたい時もあるよ」

「そうそう、触らぬ神に祟りなし」


ルビとリュックが呑気に答える。

彼らはナイト王子がなぜ失踪したか真相は知らない。

だが、薄々感づいているようで、シリウス達に行動を合わせている。

ナイト王子に仕えている仲間同士だけに、こちらの考えていることが何となくわかるようだ。

惟1人、過去に仕えていたライアスだけは仲間外れだった。

何も知らずに1人職務を全うしようとしている。


「これは俺の感なのだがな…」

「どんな感だ?」


アルトがにわかに興味を示す。

シリウス達も密かに聞き耳を立てる。

頭が切れる方でないライアスにも侮れないものがあった。

それは、感。


「ズバリ、王子は虹の国に行っている!」


核心をついてくるライアス。

だが、この程度の予想は誰にでもできる。


「橋を落とした犯人だと言いたいのか?」


アルトが質問する。


「いや、それはない。だが、王子はそれに乗じて虹の姫を攫う予感がするのだ!」


沈黙が流れる。


「わあ、国際問題だね…」


リュックがしらける。


「ははは、そんな常識のないことうちの王子がするはずないってい」


あまりのバカバカしさにルビは大笑いする。

あり得ないと思いながらシリウスは一抹の不安を覚える。

アルトは可もなく不可もなくと言った感じで、首を傾げている。

しかし、ライアスは大真面目で口を開く。


「いや、わからんぞ。虹の姫が王子の思い人にそっくりだったら」


初耳で、4人の目が点に変わる。


「…何、王子に思い人なんていたの?」


興味津々のリュックがライアスの横に座る。


「ああ、いた、現実の人間じゃないがな…」

「詳しく聞かせろ」


アルトもライアスの横に腰を下ろした。


「王子の思い人と言うのは実は、夢の中の乙女なんだ」

「夢の中の乙女?」


リュックが反芻する。


「そう、いつも昼寝と称して湖に行かれていたのはあれは、夢の中でデートしていたからなのだ」

「夢の中でデートって、アブねぇ…でも、あの王子が…?」


ナイト王子を良識人だと信じているルビは信じられてない顔をする。

ライアスは沈痛な顔で続けた。


「王子は幼いころよりその乙女の夢ばかりを見られていた。そのせいで、大国の王子でありながら浮いた話が1つもなかった。それを国王陛下が危惧されて、世界中から縁談を集められたのだ」

「なるほど、それであの縁談の山だったというわけか…」


アルトが納得して手を打つ。


「笑ちゃうだろう?初恋が夢の中の女なんて…」


話し終えたライアスが忍び笑いを漏らす。

それを4人は冷めた目で見つめる。

リュックが質問を投げる。


「ライアス、その話、いつ王子から聞いたの?」

「王子の従者になってすぐの頃だな」


ナイトは6歳で水の国に来た。

ライアスはその時からつけられた最初の従者だった。

嫌な予感を覚えながらシリウスが続けて質問する。


「その話を聞いた後、お前笑っただろう?」

「よくわかったな」


悪びれもなく答えたライアスに4人は溜息を吐いた。

純情だった6歳の少年の心を深く傷つけたことに、この犯人は気付いていない。

その後、ナイト王子が夢の乙女の話をしなくなったことは容易に想像できる。

なぜ、ライアスが嫌われているのか4人は今理解した。


「ライアス、お前、夕飯抜きだ!」

「な!?それはどういうことだ、シリウス!」

「王子を侮辱した罪だ!」

「侮辱なんかしてない、王子はもともとそういう性質なのだ!」

「信じないぞ!夢の乙女のことも、虹の姫を攫うことも!」

「言ったな!もし、王子が本当に虹の姫を攫ったらお前がずっと炊事当番で、私の飯は超豪華にしてもらうからな!」

「ははは、望むところだ!もし、外れたら、毎日豚の飯食わせてやる!!」


シリウスとライアスはいがみ合い、鼻息荒くそっぽを向いて、その日の戦いは終わった。




後日、預言者ライアスの言が証明されることになるとは、シリウスは夢にも思わなかった。





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