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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第1章 前世からの約束
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兄弟の終わり

 ゴン!


頭に強烈な痛みを感じて飛び起きる。

机を鉛筆が転がって行き、涎で頬に張り付いていたノートが落ちた。


「お目覚めかな、ナイト君?」


目の前で仁王立ちした老教師がナイトを燃えるような目で見降ろしてた。


「…神聖な国の歴史の幕開けに君は興味がないのかね?」


老教師の凄みのある声にビビりながら、ナイトは困った顔で弁解を試みる。


「…いや、そう言うわけじゃないんですけど…何かこの話になると眠くなっちゃうんですよね…」


返答を聞いた老教師の顔が引きつる。


「…………眠くなる…………だと!!!!!!!」


爆発した老教師の声が学校中に響き渡った。


「この国を命がけで築いた王と女王の最期の話だぞ!!!!?

涙こそすれ、眠くなるとは何事だ!!!!君には人の死を悼むという感情はないのか!!!!」


熱血老教師のマシンガン説教をもろに受けたナイトは再び気が遠くなった。





 放課後、虹の国の創世が書かれた分厚い歴史書を持って帰るナイトの姿が玄関にあった。


「やーい、居眠りナイト」


ナイトの帰りを待ち受けていた銀髪と赤毛の少年が靴箱の陰から現れた。


「ジークとニールか…揶揄うなよ…」


ナイトは頬を膨らませて意地の悪い笑みを浮かべる二人の元へ歩いていく。

三人は家が近くで一緒に帰る仲だった。


「はあ…」


大きな溜息をつくナイトを二人が両脇から覗き込む。


「重そうだな…その本…」


ジークはナイトが腕に抱える歴史書を指す。


「国の創世の物語だって…読んで来いってい言われた…」

「見せてみろよ」


ニールがナイトから歴史書を取って開いてみた。

ナイトとジークも覗き込む。

ぎっしりと詰め込まれた文字に三人は眩暈を覚え、すぐに本を閉じた。


「これ、読めんのか?」


脂汗を流しながら訪ねてくるジークにナイトは首を振る。


「…家族の人に読んでもらいなさいっていわれたよ」

「…だよな、俺らじゃ読めねえよ、こんなの…」


老教師熱血なだけで、入学して間もない児童にはそこまで鬼ではなかった。


「兄ちゃんに読んでもらうんだ」


ナイトはニコニコしながら歴史書を胸に抱える。

すると、二人は羨ましそうな顔になった。


「いいよな、頭のいい兄ちゃんがいて…」

「俺も兄ちゃん欲しいな…」


今度はジークとニールが溜息を吐く番だった。

ナイトの三つ年上の兄フロントは頭も運動神経も抜群。

魔法の才もある上に美形で優しく、村の子供達の憧れの的だった。


「おーい、ナイト!」


噂をすれば影。

前方にナイトを迎えに来たフロントの姿があった。


「あ、兄ちゃんだ!じゃね、また明日!」


二人に別れを告げて、ナイトは大好きな兄の元へ駆けて行った。






 家に帰ると早速兄に夕飯まで歴史書を読んでもらった。


「王様と女王様のお墓の上にこの国は建てるんだよ、悲しいね…」

「うん…そうだね…」


しみじみと感想を漏らす兄にナイトは困った顔になる。

この話を聞いて寝てしまったなんて口が裂けても言えない。


「ただいま!」


玄関から父親の大きな声が響いた。


「あ、父さんだ!」


ナイトは兄と共に部屋を飛び出し父を迎えに行く。


「お帰りなさい、あなた」

「ただいま、ミズホ…」


仲睦まじく抱擁を交わす両親にナイトは突っ込む。


「お帰りなさい!」

「おう、ナイト!!」


ナイトを受け止めた父は頭を撫でてくれた。


「お帰りなさい、父さん」

「ただいま、フロント」


後からやってきた兄とも父は抱擁を交わす。


「さあ、晩御飯にしましょう」


母が呼びかけると、ナイトは父の大きな手にしがみついて食卓へ向かった。


「いただきます!」


楽しい食事が始まる。


「ナイトは授業で居眠りしたのか?」

「う、うん…」


今日の学校での話になり、ナイトは恥ずかしそうに俯く。

怒られると思ったのだが、


「虹の国の創世の話はお前には難しい話だからな。まあ仕方ないさ」


父はニコニコと慰めてくれた。

大好きな父に慰めてもらったナイトは元気になりモリモリと食事を運んでいく。


「おお、食べろ、食べろ。そして、大きくなれ」


ナイトの食べっぷりを見て家族皆が笑った。

食べながら、大好きな家族を密かに観察する。


「父さん、今回の魔物退治はどうでした?」


早々に食事を済ませた兄が父に問いかけていた。

父の顔が厳しい顔になる。


「今回も多かったな…だが、まだ人里からは遠い場所だ。心配はいらん」

「…僕も早くお手伝いしたいです」


真剣な兄の声に父は優しく笑みを零した。


「そう焦るな、いずれその時は嫌でもやってくる。今は力をつけておくんだ」

「………はい……」

「そう落ち込む!お前には期待しているんだぞ!」


肩を落とした兄の背を父が思いっきり叩いた。


「私の部下のロンを剣術で負かしたそうだな!」

「いや、あれはマグレで…」

「照れるな!さすが、私の子だ!」


父に褒められて兄は照れていた。

ナイトはそれが羨ましかった。


「早く、僕も大きくなりたいな…」

「なるわよ、父さんやフロントよりも強くね」

「母さん、本当!?」


ナイトは目を輝かせた。


「ええ、だって、あなたが一番多く食べてるもの」


母はニコニコ笑いながら断言した。

それを横で聞いていた父と兄が渋い顔になった。


「え、僕より?」

「ミズホ、いくらなんでもナイトが一番強くなるなんてないだろう?」

「フフフ、どうかしら…小さくて可愛いのは今だけですよ。大人になったら、きっと誰よりも強くて素敵な騎士になりますよ」


母はナイトの頭を優しく撫でて太鼓判を押す。

それにナイトは気分を良くした。


「うん、僕、兄ちゃんや父さんより強くなる!」

「こら、調子に乗ると今度の稽古の時に虐めるぞ」

「へへん、怖くないもんね!」

「こいつ〜」

「きゃははは!!!」


生意気な弟を捕まえた兄はくすぐり攻撃をしかけた。

じゃれ合う兄弟を両親は楽し気に見つめていた。




 食事の後、じゃれ合いながらナイトは兄と共に風呂に入った。

そして、またリビングに集まり家族で眠くなるまで父の魔物退治の武勇伝や他の国の話を聞く。

 父ウォーレスは魔物討伐隊の隊長だった。

とても強くて優しくてカッコいいのだ。

ナイトとフロントの憧れの存在だ。

水の国の出身で髪が青い。。

 ナイトは父の髪の色を受け継いでいた。

 兄フロントは黒髪で母ミズホと一緒だ。

黒髪は闇の民の特徴で、珍しい髪色だった。

闇の民とは虹の結界の外から来た人間のことを指す。

彼らの話では結界の外に国があるらしい。

しかし、その国の確認はできていなかった。

調査隊が何度も派遣されたが、誰も戻ってこなかった。

結界の外は獰猛な魔物が跋扈していて、結界を抜けてこちらにたどり着けるということは奇跡的なのだそうだ。

そういう理由から、故郷に戻れなくなった闇の民が虹の国に住みつき、子孫を増やしたのは自然な流れだった。

 差別する者もいるが、それは貴族階級がほとんどだった。

平民達はさほど気にしていなかった。

なぜなら、闇の民以外の民も多く住んでいるからだ。

ナイトの友達のニールは赤毛で炎の民の特徴を持つ。

ジークは銀髪で虹の民の特徴を持つが、かなり少数だ。

虹の国は移民が多数を占める国なのだ。

 魔物が多いことを除けば、とても平和な国なのだが、他の国は違うらしいことをナイトは父から聞いていた。

他の国は魔物は少ないが、人間同士が醜く争っているというのだ。

虹の国から出たことがないナイトとフロントには信じられなかった。

なぜなら、虹の国では皆で力を合わせなければ生きていけないのだ。


「他の国に行けば民族同士の差別があるが、虹の国はいいな。皆仲良しで…」


遠い目をして呟いた父にナイトは目をパチクリした。

いつも陽気な父がどこか悲しげに見えたのだ。


「だったら、ずっと虹の国にいればいいんだよ。ここにいれば差別なんかないし、する奴が来たら皆が追い出してくれるよ」


ナイトの声に父は目を丸くした。


「僕、虹の国から出ない。兄ちゃんと一緒に騎士団に入ってこの国を守るんだ。ねぇ、兄ちゃん?」

「そうだな、二人で虹の騎士団を最強にしよう!」


ナイトの夢の話に兄は楽し気に乗った。


「まあ、素敵。そうなったら、あなた、引退ね」

「なぬう!」


母の言葉に父は激しく首を横に振る。


「私もまだまだ活躍するぞ!」

「駄目だよ。父さんにはやってもらうことがるんだから」

「何をだ?」


自分に役割があることを知った父が興味を示す。


「僕と兄ちゃんの子供の面倒だよ」

「…だから、私はまだ引退せんと言っとるだろうがががが!!!」

「まあ、私もうお祖母ちゃんなのね。孫は何人かしら?」


叫ぶ父を押しやって母は楽しそうにナイトに未来の設定を聞く。


「兄ちゃんの子供は四人で、僕の子供は二人だよ」

「あら、フロントの方が多いわね」

「うん、だって、兄ちゃんは僕より三つ上だからね」

「じゃ、どっちのお嫁さんが可愛いかしら?」


兄を立てるナイトに母はちょっとした悪戯を仕掛けたが、


「それは僕のお嫁さんに決まってるよ!」


譲られないものはちゃんと心得ていた。


「僕、母さんみたいな人をお嫁さんにするんだ」

「あ、抜け駆けするな!僕だって母さんみたいな人がいい!」


慌ててた兄がナイトと張り合う。

母のような人は何人もいない。


「じゃ、競争だね」

「望むところだ」


兄弟は激しく火花を散らした。

その様子を母は嬉しそうに見守る。


「ふふふ、私ってモテモテだわ…」

「ゴホン!」


横から不機嫌そうな咳払いが聞こえて振り向く。


「あら、焼いているんですか?」

「まさか…」


そっぽを向く父に母が寄り添って何かを呟くいた。

すると、父は照れくさそうに自分の頭をかいた。


「楽しみだわ、あなた達がどんなお嫁さんを連れてくるのか…」


ナイトと兄は満面の笑みを両親に返した。

二人が大人になって、恋人を連れてくる。

当たり前の未来だと、この時までは誰も信じて疑わなかった。




トントン



ドアを叩く音に一家は息を飲んだ。

もうかなり夜も更けていた。

こんな時間に訪ねてくる者など普通はいない。

怪訝な顔で玄関に近づこうとする母を父が止める。


「私が行く。お前は子供達を頼む…」


ナイトは兄と母の元に行き、父を見送る。

父は怖い顔をしていた。

手は剣の柄を握っていた。

戦士の顔になった父を固唾を飲んでナイトは見守る。

またドアを叩く音が響く。

それと同時に声も聞こえた。



『ウォーレス、私だ!開けてくれないか?』



聞いたことのある声だった。


「レイガル?」


知り合いだと気づいた父は剣の柄から手を放してドアを開けた。


ガバ!


ドアが勢いよく開いたかと思うと小さな女の子が飛び込んできた。


「フローレス!」


女の子を追いかけて母親も入ってきた。


「ティティス?」


母が目を丸くして入ってきた母子を見つめる。


「こんな夜更けにすまない、ウォーレス、ミズホ…」


女の子を抱えて父の友人レイガルが入ってきた。

抱えられた女の子は先に飛び込んできた女の子と同じ顔をしていた。

だが、性格はまるで逆なようでナイト達を見るや否や父親の首にしがみついて顔を隠してしまった。


「どうした、こんな夜更けに?しかも、家族連れで…」


突然の友人一家の来訪に父は面食らっていた。


「お前達に大事な話があってな…」

「大事な話?」


レイガルは重く頷くと抱えていた女の子を下ろして、ナイトを見た。


「ナイト、すまいが、この子達の面倒を少し見ててくれないか?」


突然、幼い女の子達の面倒を見るように言われてナイトは面食らって、助けを求めるように兄を見上げた。


「…フロント、お前にも同席してもらう」


レイガルの言葉に兄が動揺した。

ナイトが心配して腕を引っ張ると、兄は優しく微笑んで屈んだ。


「…ナイトはもうお兄さんだ、小さな子の面倒ぐらい見れるだろう?」

「…うん…」


ナイトが頷くと兄は優しく頭を撫でて立ち上がった。


「ネティア、フローレス。ナイトお兄ちゃんに遊んでもらいなさい」

「はーい!」


母親に言われ、フローレスが元気よく返事をしてネティアの手を引いてナイトの元にやってきた。


「では、頼んだぞ」


レイガルはナイトに双子の娘達を託して、両親と兄を連れ別の部屋に行く。

見送る兄の後ろ姿がなぜかいつもより小さく見えてナイトは不安に駆られた。

しかし、次の瞬間、そんな気持ちは吹き飛んでいた。


ドカ!!


視界が反転し、天井が見えた。

何が起こったのか?

ナイトが混乱しているとフローレスが覗き込んできた。


「馬!馬!」


ナイトの上に乗っかり、フローレスが連呼する。

馬にさせるために突き倒されたのだと自覚した。


「…わかったから…」


ナイトは一旦フローレスを下ろすと四つん這いになった。

すぐさまふわりと飛び乗って来る感触が背中に伝わってくる。

その軽やかさにこの子は将来男の子顔負けのお転婆になるだろうな、と苦笑した。


「ヒヒヒイインン!!」

「きゃははは!!」


ナイトの馬の嘶きにフローレスは大喜びだった。

背中に乗せて部屋をグルグルと何周かした。

その間ナイトはもう一人の女の子を盗み見る。

ネティアは部屋の隅にいた。

楽しそうにこちらを見ている。

ナイトは安堵した。

つまらなそうにしてないか心配したのだが、それは徒労に終わった。

しかし、いつまでも放っておくのは不平等だと思う。

ナイトは足を止めた。

乗り足りないのかフローレスが覗き込んできた。


「交替しようか?」


ナイトがネティアを見て言うとすぐに納得してくれた。

ネティアの元まで行くと、フローレスは軽やかに降りた。


「たたいま!」


ネティアはニコニコとフローレスを迎い入れた。

フローレスも笑顔で応えて、手をナイトの方に向けた。


「次!」


それを見てネティアの表情が強張った。

フローレスと違い、ネティアは人見知りが激しいようだ。


「大丈夫、怖くないよ」


ナイトは微笑みかけたが、なかなか近づいてこない。

フローレスに背中を押されてようやく近くに来たが、躊躇って乗ってこない。

すると、業を煮やしたフローレスが強引にネティアをナイトの背に押しやった。

そして、自分も飛び乗ってきた。


「グエ!」


一気に二人分の体重が背に圧し掛かり、ナイトは呻いた。

小さな子とはいえナイトもまだ六歳。

正直二人はきつかったが、何とか潰れずに踏みとどまる。


「はいどうどうどう!!」


動かないでいると容赦なくフローレスから尻を叩かれた。

ナイトは二人を乗せてゆっくりと部屋を周回した。


「うわあ…」


背中でネティアが感嘆する声が聞こえた。


「ねぇ、大丈夫でしょう?」


フローレスが聞くとネティアが『うん』と頷いた。

それから姉妹は楽し気に馬上の景色を楽しんだ。

そんな雰囲気を壊すまいと、ナイトは必死に馬として歩を進めた。

しかし、そう何周もする体力はナイトにはまだなかった。

ガクッと腕が折れた。


「「きゃあ!」」


双子の姉妹は短い悲鳴を上げたが、転がり落ちることはなかった。

二人が下りたのを確認してナイトは仰向けになった。

フローレスが怒った顔で覗き込んできた。


「ごめんよ、お兄ちゃん、もう限界だったんだ…」


顔だけ上げてナイトは謝った。

フローレスは腕を組んで怒っていた。

だが、ネティアに宥められてるとその怒りを収めた。

怒りが収まると眠気が差してきたようで、フローレスは欠伸をした。

夜はかなり更けていた。

小さな子なら眠くなって当然の時間だ。

ネティアは腰を下ろすと膝枕をした。

すると、フローレスはものの数秒で寝てしまった。

そんなフローレスをネティアは優しく見つめていた。

その光景を見てナイトは不思議な感じがした。

まだ小さいがネティアはどこか大人びて見えた。

ナイトは起き上がるとネティアの横に腰を下ろした。


「ネティアがお姉ちゃんかな?」


ナイトが話しかけると、ネティアは一瞬ビクッとして、コックリと頷いた。


「そうか、やっぱり。しっかりしてるもんな」


褒めると、ネティアは頬を赤くした。


「妹、可愛いか?」

「…うん…」


頷くとネティアは優しくフローレスの髪を撫で始めた。


「…大切な妹だから…」


ムニャムニャと寝返りを打った妹を見て、愛おしそうに微笑む。

その横顔にナイトは見惚れた。

同じ双子なのに母子を見ているような感覚に襲われた。

ナイトは拳骨を作って自分の頭を小突く。

寝ぼけていると思ったのだが、違った。

年下のはずなのに、自分より精神年齢が上に見えた。


『一体、この子は大人になったらどんな女性になるんだろうか?』


ナイトは成長したネティアの姿に興味を持って見つめる。

あどけない横顔から、ちょっとだけ想像してみると、少し胸がドキドキした。

ナイトは自分の頬を引っ叩く。


『馬鹿じゃないのか、俺!こんな小さな子にドキドキするなんて…先のことなんてわからないのに…』


そう自分に言い聞かせるも、ネティアの姿を見ると将来を期待してしまうのだった。


「どうかしました?」

「いや、何でもない!ちょっと、眠くなってさ!頬を引っ叩いたんだよ、ごめん!」


ナイトは慌てて言い繕った。


「遅いね、何話してるのかな?」


慌てて話題を変えた。

その時、部屋のドアが開いた。


「あ、兄ちゃん!」


入ってきたフロントにナイトは飛びついた。

温かい腕がナイトを包み込み、屈み込んできた。

いつもならここで楽し気な声をかけてきてくれるのだが、今日は様子が違った。

兄は無言でナイトを強く抱きしめていた。


「兄ちゃん?」


ナイトが戸惑っていると、兄は重い口を開いた。


「…ごめん、ナイト…約束は守れそうにない…」

「…え…?」


意味がわからないでいると、今度は父と母が部屋に入ってきた。

二人とも表情が暗かった。

兄がナイトから離れると、父がナイトの前に屈み込んできた。


「ナイト、落ち着いて聞いてほしい…」

「…うん…」


父が話を切り出すその後ろに父の友人夫妻が見守るようにこちらを見ていた。

嫌な予感がした。


「私の兄、つまり、お前の伯父さんが亡くなったんだ…」

「え?」


ナイトは目を見開いた。

伯父がいるなど初耳だったのだ。

沈黙が流れる。


「…それで、どうなるの?」


気持ちを落ち着かせ、ナイトは先を促す。


「水の国に帰らなければならなくなった」

「お葬式でしょう?」

「いや、引っ越しする」


ナイトは目を見開いた。

虹の国を離れるなど想像もしていなかったのだ。


「どうして?伯父さんが亡くなったからって水の国に引っ越さなくてもいいんじゃない?」

「それがあるんだ…」


父は一旦言葉を切って、覚悟を決めるようにして口を開いた。


「お前の伯父さんは水の国の王だったんだ」

「…水の国の王?」


自分の伯父が他国の王と聞いてナイトは息が止まりそうになった。


「伯父さんには子供がいなくてな。弟の私が王位を継ぐことになった。だから、お前は私の跡取りとしてすぐにでも水の国行かなくてはならなくなったのだ」

「ちょっと待って、跡取りって、兄ちゃんは!!?」


父の話を遮って、ナイトは兄を見る。

兄は目をそらした。

母がやってナイトの顔の高さまで屈んできた。


「今まで黙っててごめんなさいね。あなたとフロントは血が繋がってないの」


母の言葉にナイトはショックのあまり言葉を失った。


「フロントは私達がレイガルから預かっていた子なの。だから、連れていけないの…」



ナイトは信じられない顔で兄を見つめた。


「…そういうことなんだ…」


兄が無理して笑顔を浮かべて言った言葉を聞いて、ナイトの心の中で何かが弾けた。


「い、嫌だ!!!!」

「ナイト…!」


ナイトは叫んだ後、二階に駆け上がった。

現実を受け入れられず、ナイトは自分の部屋に逃げ込んだ。

鍵を閉め、追いかけてきた兄を入れないようにした。

拗ねて、閉じこもっていれば兄はどこにも行かないと思ったのだ。

しかし、強情を張ったがために、これが兄との最後の別れになった。

兄はその夜のうちにレイガル夫妻に引き取られていった。
















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