変化
ナイトは公務で忙しい日々を送っていた。
妻である虹の女王ネティアは双子の妹フローレスと体を入れ替え、行方不明のまま。
魔物討伐はフローレスに憑依した『虹の女神』により、魔物の軍は結界外へ撃退されたが、今も結界への攻撃を続けているため、まだ、結界辺境にレイス軍と国王正規軍は駐屯している。
しかし、結界が完全修復しているため、侵入はまずないとみられているが、油断は許されない。
まだ魔期は終わっていない。
魔物の習性で、生まれ育った大地に里帰りする時期。
たとえ、奪われた大地だったとしても、彼らは故郷に戻ってくる。
その時期が過ぎるまでは、結界への攻撃は止まない。
ナイトは食堂へと向かう回廊の窓から外を見眺める。
方角はレイス領がある方だ。
『来年は、直接戦場を見たい』
ナイトは秘かに願った。
まだ隊を編成するほどの部下もいないが、自分で始めた戦争を終わらせるために早く戦場に出たかった。
しかし、そのためには様々な問題を片付けていかなければならなかった。
まずは、結界外部にいる妻ネティアを連れ戻すことだ。
午後から再び捜索隊派遣に向けての会議がある。
今度こそ、ライアス達にはネティアを見つけて連れ戻してもらわなければ。
ナイトはそう思いながら、朝食を食べるため、食堂に入った。
「おはよう、ナイト!!」
元気な声に思わず顔を上げる。
愛妻の声だったが、中身はフローレスだ。
「フローレス、起きて大丈夫なのか?」
「うん、全然、平気。なんか調子いいみたい!」
フローレスはまだ食事も来てないのに、ナイフとフォークを両手に持っている。
「お待たせしました、フローレス様」
「待ちくたびれたわ!!私のピザ!!」
フロントが料理を持って、やってきた。
どうやら、料理長にリクエストして作らせたようだ。
「ナイト様、おはようございます。ナイト様の分もすぐにお持ちしますね」
「ああ、頼む」
「お先にいただぎます!!」
ナイトは席について、食事を始めたフローレスを眺める。
ずっと伏せていて、一緒に食事をするのは久々だった。
元気になった義妹を見れるのは嬉しい。
ただ、ネティアの姿なのが、もの悲しいが。
「ナイト様、お待たせしました」
フロントがピザを持ってきた。
「お代わり!!」
フローレスが空のサラをフロントに突き出す。
「え、もう食べられたんですか?」
「うん、だって、なんか、もうお腹ペコペコなんだもん」
「俺のを食べていいぞ」
「え、本当に!ありがとう!」
フロントは仕方なくナイトに持ってきたピザをフローレスの前に置いた。
「すいません、すぐナイト様の分もすぐに持ってきますから」
「いいって、俺、今日はまだ時間あるから」
「フロント、私、まだまだ食べられるから、私の分もね」
「はいはい、わかりました。フローレス様に精をつけてもらわないといけませんからね」
フロントはため息を吐いて、再び調理場に戻った。
しばらくして、3枚の焼きたてピザを持ってきた。
フロントは自分の分も持ってきたつもりだったのだろうが、フローレスは2枚取った。
「え!?まだ食べるんですか!!」
「うん?うん、食べるわよ。後2枚は行けそう」
ナイトとフロントはドン引きした。
決して小さなピザではない、それを、計6枚。
ナイトは恐る恐るフローレスを凝視した。
「何?」
「フローレス、元の体に戻ったんじゃないのか?」
「何寝ぼけたこと言ってんのよ、まだ、ネティアの体でしょう?」
ネティアの双眸は美しいエメラルドグリーン、間違いない。
「でも、その食欲はフローレス様本人そのものですよ」
「何ってんのよ!自分の体だったら、20枚は軽く食べられるわよ!」
「20枚‥‥」
フロントは絶句した。
「あら、朝から賑やかね」
ティティティス前女王がウォーレス王と共にやってきた。
「ティティス様、早速フローレス様に異常が!」
フロントはフローレスが食べたピザの皿の枚数を見せる。
「あら、よく食べたわね」
「これのどこが異常なのよ!正常でしょう!」
フローレスはフロントに抗議した。
「ネティア様はこんなに食べられませんよ!」
「そう?ネティアでもこれくらい食べると思うけど」
「見たことないですよ…」
ナイトも見たことがなかった。
それどころか、ネティアは少食だと思っていた。
「まあ、食べる量が多くなることはあるでしょうね、とんでもない魔力を消費したんだもの。わたくしも、10枚くらい食べたことあったわ」
「ほら!!」
母の体験を聞いて、フローレスはフロントを見返した。
「まあ、そうですね…」
フロントは苦笑しながら、認めた。
しかし、フローレスの変化はここからだった。
午後、ネティアの捜索隊の会議が開かれた。
出席者は前回のメンバーに、レイス軍からグリス、ハトオ、国王正規軍からロイ、そして、ウォーレス王が加わった。
「もう一度ワープ拠点を作り直す必要があると思います」
虹の神殿から結界外部への直通のワープ拠点。
旅程の大幅短縮と、人目につかないように、ネティアを速やかに連れ戻すための重要な拠点だ。
リリィが作った前回の拠点は、霧の魔物によって巨大な湖の上に移動されてしまい、使い物にならなくなってしまった。
そのため、魔物討伐中のレイス軍に救助を求める羽目になってしまった。
「もう一度、わたくしが同行して、ワープ拠点を2拠点気付いてい来ようと思います。いかかがでしょう?」
リリィの案にティティス前女王は顔をしかめた。
「それは手間がかかりすぎるわ。場所探しは直接現地を見て判断しないといけないでしょう?」
「それもありますが、1拠点を確立した後、警備が必要かと思います。2つ目を作っている間に、潰されているかもしれません」
グリスも問題点を指摘した。
「陛下、ワープ拠点を複数築くのは難しそうですね」
ラナが話に入ってきた。
「そうね、1つでも潰されてしまったものね」
「ワープ拠点は1つで、防衛に力を注ぐべきですね」
「防衛ね…敵は精神体だから、強力な術者じゃないとだめね。わたくしの結界内だったら、わたくしの力でなんとができるんだけど…」
「では、わたくしが参りましょう」
宮廷魔術師のヘレンが進み出た。
そして、もう一人。
「魔法だけのヘレンだけでは力不足です。私もついていきます」
ラナも申し出た。
ティティス前女王は難しい顔になった。
宮廷魔術師のヘレン、高名な魔法剣士のラナのタックは申し分ない。
だが、彼女たちはティティス前女王の側近だ。
2人にもしものことがあれば、ティティス前女王の足元が揺らぐことになる。
「お2人が行く必要はありません!!」
ナイトの隣でそわそわしていたフロントが叫んで、ティティス前女王の前に立つ。
ずっと、捜索隊に加わりたくてうずうずしていたようだ。
「私を行かせてください!私1人行けば、すべて事足りるではありませんか!」
「そうなんだけど…」
ティティス前女王はフローレスの方をちらっと見る。
フローレスを安心して任せられるのは、やはり、ずっと、従者として傍に居たフロントしかいなかった。
難しい判断を迫られ、唸っている。
「3人とも行かなくていいわよ。私が何とかするから」
フローレスが突然、口を開いた。
その発言に皆、驚いて、注目する。
「フローレス、今、あなたなんて言ったの?」
「え、私が何とかするって、言ったけど、母上」
ティティス前女王は頭を抱える。
「そんなこと、出来るわけないでしょう?ファーストアッタクの時、あんなにネティアの魔力に振り回されて危なかったのに」
「そうだけど、今なら大丈夫な気がするの!だって、虹の女神が私に力を貸してくれたんだもの。きっと、出来るわ!」
フローレスはそう断言して、壁に映し出されたワープ拠点をの前に立つ。
ワープ拠点は霧の魔物によって湖のど真ん中に移動させられてしまい、使い物にならない。
「私がこのワープ拠点を元の場所に戻して見せるわ」
一瞬時が止まった。
「なんですって?」
「だから、私が元に戻すって言っているの。だって、ネティアの結界内でしょう?だったら、私が移動させることができるでしょう?」
「‥‥・それは、ネティアならできるでしょうけど、魔力を使いこなせないあなたにできるとは、思えないわ」
「そんなの、やってみなきゃわからないでしょう?やってみて、うまく行ったら儲けものでしょう。とりあえず、やらせてよ!」
言うが早いか、フローレスは映し出されたワープ拠点に手をかざした。
「フローレス様、回復されたとはいえ、そんな大魔法を使われたらまた倒れますよ!!」
「フローレス、無理するな!」
フロントとナイトはあわわてて制止しようとした。
「もう、邪魔しないで!集中できないでしょう!それに、今無理しなくてどうするのよ!!」
フローレスは聞く耳を持たず、魔力を集中させた。
映し出されていたワープ拠点から湖に幾重にも波が放たれ、空へと昇っていく。
「浮いた…」
そのティティス前女王は呆然と呟いた。
最高位の術師である、リリィ、ヘレン、そして、フロントも信じられない顔をしている。
術者ではないが、ナイト達、他の者達もその光景に言葉を失った。
「ほら、出来た!よし、このまま元の場所に戻りなさい!」
ワープ拠点はフローレスの命令通り、上空を飛んで元の場所へと戻っていった。
『大地の精よ、この地を守護せよ』
フローレスは仕上げにワープ拠点に結界を張った。
「これで、完璧でしょう?どう?」
得意げに振り返るフローレスに、はじめ誰も反応できなかったが、リリィがハッとして、ワープ拠点の魔力供給を確認に動いた。
「そうですね、完璧ですね…」
ワープ拠点は作り手であるリリィの魔力反応した。
「ほら、出来た!虹の女神が私に力を残してくれたのよ!これでいつでもネティアを探しに行けるわよ、ライガ!」
「そ、そうすっすね。さすが、フローレス様!」
ふられたライガは気後れしながらも応えた。
しかし、フロントとティティス前女王は絶好調のフローレスへと駆け寄る。
フロントはフローレスの額に手を当てる。
ティティス前女王はフローレスの手を握る。
「熱はないみたいです」
「手はちょっと冷たいわ」
「ちょっと、何、私疑われてる!?」
フロントとティティス前女王はフローレスをじっと見つめている。
「もう、私大丈夫だって!ねぇ、ナイト!」
2人のもとから逃げてきたフローレスがナイトの元へ来る。
しかし、その途中、体が傾いた。
「フローレス!!」
ナイトが慌ててその体を抱き留める。
「あれ、やっぱり、ダメだったかも…」
「当然ですよ。あんな大魔法つかったら、たとえ、ネティア様でも倒れてしまわれます」
フロントは駆け寄ってきて、ナイトからフローレスを受けとり、抱き上げる。
「魔力を扱えるようにはなったようだけど、魔力消費量に比例して起こる体の負荷がわからないみたいね。まあ、これは経験がないとわからないから当然ね」
「そんな…」
「無暗に、魔力を使わないように」
「え、せっかく魔力を扱えるようになったのに。練習したらいいでしょう?」
「ダメよ。経験も積まず、いきなり巨大な魔力を扱えるようになってしまったのだから、使いすぎる危険性があるわ」
ティティス前女王はフローレスに注意して、
「フロント、フローレスを休ませて、監視を怠らないように」
「はい。行きますよ、フローレス様」
「は~い…」
フローレスは残念そうな顔のままフロントに連れられて部屋を出て行った。
「困ったわ。まさか、急に魔力を扱えるようになるなんて」
「本当に虹の女神がフローレス様に力を残しっていったのですね」
「余計なことをしてくれたわ。あの子の性格上、手に入れた魔力を試さずにはいられないでしょう」
「フロントが見ているので大丈夫ですよ。それより、ワープ拠点が元に戻って使えるようになったのは良かったですね」
リリィはフォローを入れた。
「そうね、それは助かったわ」
ティティス前女王は捜索隊のメンバーの方を見る。
「ワープ拠点は無事に復旧しました。ネティアの捜索を速やかに再開して頂戴」
「は、準備でき次第、すぐにでも再開いたします」
隊長のライアスが全員を代表して答えた。
***
会議翌日。
ナイトの元に疲れた顔のフロントがやってきた。
「兄ちゃん、フローレスはあれから大丈夫だった?」
「ああ、大丈夫だ。一夜明けたら、元気になってた。目を離すと、部屋の外へ1人で出かけようとする始末。まるで、元の体に戻られたようだ」
フロントが大きなため息を吐くのを見て、ナイトは笑う。
「元気になってよかったよ」
「元気になりすぎだ。あれでは、ネティア様ではなくなってしまう。いつボロがでるか毎日冷や汗ものだ」
ナイトは笑うのをやめた。
ネティアの体である以上、女王として振る舞ってもらわないと困る。
もし、中身がフローレスと気付かれたら、一体どんなことになるのか想像を絶する。
幸い、まだ体調不良ということで、人前には出していない。
だが、じっとしていられない性格のフローレスは早く外へ出たくて堪らないようだ。
「今は大丈夫なのか?」
「今はサラが見ていてくれている。お菓子を大量においてきたから大丈夫だ。だが、食べつくす前に戻らないと」
フロントはまた大きなため息を吐いた。
「退屈してるんだな。ちょっと、顔を見せてから仕事に行こうかな」
「そうしてもらえると助かる。体がネティア様だから、なんか、疲れるんだ」
疲れているフロントの負担を軽くするため、ナイトはフローレスを見舞うことにした。
***
「ああ、退屈!!」
ネティアの部屋ではお菓子を食べつくしたフローレスがベッドに横たわって、天井を見つめている。
サラは片づけをしていた。
昨日、ワープ拠点を元の場所に戻すという大魔法を使って、倒れてしまったが、今日はもう回復していた。
しかし、まだ部屋の外に出ることは許されていなかった。
「ねぇ、サラ、誰か来ない?」
「もう少ししたらフロント様が戻ってこられますよ」
「フロント以外で!」
「そうですね、捜索隊の皆様が午後からお見舞いに来られると、ライアス様が仰ってました」
「午後ねぇ…」
フローレスは時計を見てため息を吐く。
まだ9時半を回ったばかりだった。
昼食もまだまだ。
「フロントね、いないよりはましだけど、ネティアの体じゃ、思うように体が動かないのよね」
フローレスは自分の体の時、毎日部屋にやってくるフロントに勝負を挑んで、日々のストレスを発散させていた。
虹の女神のお陰で使えるようになった魔法も制御具で抑えられている。
魔法の練習はお付きのフロントか、母のティティス前女王、リリィ、ヘレンの誰かがいなければできなかった。
起き上がって、ベッドから降りると、長いロングドレスが足に纏わりついてうっとおしい。
「ナイト来ないかな…」
ナイトも忙しくて、たまにしか会いに来てくれない。
うっとおしいドレスの裾を引いた時、フローレスは閃いた。
今、人に会うことができない。
なら、部屋の中で自分のやりたいことをすれば、気が晴れる。
幸い、フロントは今はいない、試すには絶好の機会だ。
「ねぇ、サラ、お願いがあるんだけど…」
「なんでしょうか?」
フローレスは耳打ちする。
「ねぇ、お願い。これの部屋でしかしないから。持ってきてくれたら、大人しくするから、お願い!!」
「…わかりました」
サラは少し迷ったようだが、この部屋のみでということで協力してくれた。