悩める若者
日が天中を過ぎた。
昼食を終えたフロントは何もやることがなく王宮を彷徨っていた。
いつもなら双子の姉姫ネティアと食後のお茶を楽しんでいた。
その後、妹姫フローレスのチャンバラの相手をするのが彼の日課だった。
しかし、2人は今王宮にはいない。
胸の中に寂寥感が溢れる。
双子姫の護衛になってからは傍を離れたことがなかった。
否、離れることはないと思っていた。
それなのに、ネティアは行ってしまった。
『ネティア様…もうちょっと待って下されば、あなたのご要望にお応えできたのに…』
フロントは心の中で呟いて、口角を上げる。
ネティアの引き留めには失敗したが、次の計画があった。
それはもう動き出している。
『さてと、噂の水の国の第一王子のお手並みを、高みの見物といくか…』
フロントは1人ニヤニヤしながら演習場にやってきた。
丁度、その空に伝令の鳩が現われた。
きっと、ランド軍に従軍している正規軍の騎士からの伝令だ。
フロントはウキウキしながら鳩を追いかけた。
鳩は逃げるように速く飛んだ。
そして、一足早く物見台へと飛び込んでいった。
伝令兵の腕に止まった。
当番の伝令兵2人が内容を読んでいる。
早く内容を知りたい気持ちを抑え、不機嫌な態度に変える。
フロントはネティアにお役御免を言い渡され、不貞腐れていることになっていたからだ。
入口に静かに立ち、低い声で話しかける。
「ランド軍についていった奴らからの伝令か?」
「フロント…!?」
突然現れたフロントに伝令兵達はビビった。
「ああ、そうだ…気になるか?」
伝令兵は警戒しながら答える。
「『帰りたい』ってネティア様が言ってきたか?」
「…残念だがそれはない」
「そうか…なら、ネティア様が泣きついてくるまで待つとするか」
「それもないと思うぞ」
急に伝令兵の警戒が薄れ、笑みがこぼれた。
フロントはすかさずそこをつく。
「何故そう言い切れる?」
「旅の途中でお前の代わりに『水の民の傭兵』を雇われたらしいぞ」
『水の民の傭兵』と聞いてフロントは内心大喜びした。
ナイトはうまくネティアに接近できたのだ。
しかし、ここは虹の双子姫の護衛の面子にかけてクールに流す。
「私の代わりならもちろん腕も確かなんだろうな?」
「ああ、そう書いてある。酒場でランド軍と乱闘になった時、100人ぐらい相手にして無傷だったってよ」
フロントは成長した弟の武勇を聞いてい深く感心した。
「ほう、それは興味深いな…是非、一度手合わせをしてみたいものだ」
「はは、そうなるだろうな、フローレス様がその傭兵に『呼び捨て』にさせるほど『ゾッコン』らしいから」
「何、フローレス様が『呼び捨て』…『ゾッコン』…?」
「バカ!!」
慌てて相方が手で口を塞いだが、時すでに遅し。
「お前達、暇だろう?」
笑顔のフロントに2人は後退りする。
「いや、暇じゃないよ…俺達にはこの伝令を報告するという役目がある」
手紙を持っていた伝令兵が仕事を盾にした。
しかし、
「そうだな、でも、その役目は1人で十分だよな」
フロントは音もなく手紙を持たない伝令兵に近づき、肩に腕を回す。
「ちょっと、付き合ってくれないか?」
死神が囁きかけた。
囁かれた伝令兵は涙目で頷くしかなかった。
悲壮な目で相方に助けを求める。
「待ってろよ、すぐ助けを呼んでくるからな!!!」
手紙を握り締め、伝令兵は相方を置いて上司の元へ走った。
「あの…わたくし伝令が任務なもので…その…お手柔らかに…」
「伝令が敵に奪われては大変だ。伝令兵とて鍛えておかないとな」
「ひいいいいいい!!!」
フロントは取ってつけたような理由で、嫌がる生贄を演習場へ引きずっていった。
***
日が沈む前に、ランド軍は虹の双子姫を2つ目の宿場町に無事到着させることができた。
切り立った深い山々に囲まれた街イズミは、温泉地で有名だった。
双子姫の御機嫌取りと、旅の疲れを癒すための宿場だ。
「ネティア、温泉入ろう!」
早速、フローレスがネティアを誘って温泉へ向かう。
ここでは正規軍の護衛はついていけない。
女騎士がいなかったからだ。
ランドの女騎士が護衛につくことになった。
正規軍の護衛のリーターは不安そうに主ネティアを見たが、
「心配いりません。わたくしはランド軍の騎士を信頼しています」
と言われたので、渋々頷くしかなかった。
手持無沙汰になった彼らは、行程の確認やらランド軍や王都への連絡やらで暇を暇を潰していた。
「おい、温泉入らないのか?気持ちよかったぜ」
温泉で汗を流してきたナイトが正規軍の騎士達に声を掛けた。
現在は身分を隠し、旅の傭兵ルークと名乗っている。
「傭兵は気が楽でいいな」
嫌味が返ってきた。
「だって、風呂だし、男の俺はついていくことできないだろう?」
「それでもだ、姫様方に何かあったら我々は駆けつけなくてはならん」
「そんなの交代でいいだろう?ランドの騎士だっているんだし」
「他にもいろいろやることがあるんだ」
ナイトは手に持っていたスポーツ飲料をグッと飲んで、気持ち良さそうに大きく息を吐いた。
「真面目だな、虹の民は。俺達水の民は温泉と海があったら飛び込む習性だからさ。まあ、大目に見てくれよ」
ナイトは人懐っこい笑みを浮かべながらピリピリしている正規軍の騎士達に近づく。
丁度その時、図ったかのように伝令の鳩が飛んできた。
「“彼女”が返ってきたぞ」
1人の正規軍の騎士が伝令係の若い騎士を揶揄う。
伝令係の騎士は嬉しそうに鳩が自分の腕に止まるのを待つ。
鳩の胸には赤いペンダントが見えた。
「彼女?」
「あいつ、あの鳩が一番好きなんだってよ。あのペンダントがあいつの愛の証だ」
ナイトの疑問に揶揄った騎士が答えてくれた。
その伝令係に興味が沸く。
年はナイトと同い年ぐらいだろうか。
「王都からの返事だ、一体何だろう?」
鳩の足には少し大きめの封筒が括り付けられていた。
伝令係の騎士が鳩からその封筒を取り、中を見る。
中を見た途端、表情が強張る。
「どうした?」
「フロントからです…」
近づいてきた隊長に封筒の中身を見せた。
隊長は大きな溜息を吐いてナイトを見た。
「ルーク、お前の『先輩』から手紙だぞ」
「え!?」
先輩=兄フロント。
兄から自分への手紙と聞いてナイトは嬉しくなった。
いそいそと封筒を受け取り、中を見た。
『果たし状』
たっぷりの墨でそう書かれていた。
周りの騎士達もその字面を見て、表情を強張らせた。
しかし、ナイトはカモフラージュだと思った。
きっと、中身は感動に溢れている。
即、果たし状を開封する。
『殺す!』
殺気の籠った二文字が飛び込んできた。
久方ぶりの兄の言葉は愛でなく、憎しみに溢れていた。
ナイトは凍り付いた。
『兄ちゃん、ひどいよ。俺、兄ちゃんのためにここまで来たのに…』
見合いはさておき、兄に会いたいがため、身分を隠して1人で会いに来た弟にはむごい仕打ちだった。
手紙の文字から殺気を感じ取ったのか、周りの騎士達が後退りす。
「ルーク、お前、虎の尾を踏んでしまったな…」
「フローレス様に手を出すから…」
「いや、俺何もしてないし!近づいてきたのはフローレス姫の方だぞ!」
「そんな言い訳、奴には通用せん。諦めるんだな、命を」
「俺、殺され殺されるのか!?」
「何々、どうしたの?」
殺伐とした会話に場違いな明るい声が割って入ってきた。
「フローレス様、ネティア様、もう上がられたのですか?」
湯上り姿の双子姫の姿を前に正規軍の騎士達は膝をつく。
「ええ、あなた方のことですから、せっかくの湯にも浸からず、警備をしているのではないかと思ったので早めに上がりました」
「ネティアの予想通りだったね」
「いい湯でしたよ。せっかく来たのですから、あなた方も浸かっていらっしゃい」
「お心遣いありがとうございます。では、我々も交代で入らせていただきます」
「ええ、そうなさい。ランドの騎士達もいますから」
ネティアは一緒に湯船につかったランドの女騎士達の方を振り返る。
「交替と言わず皆様でどうぞ。その間、我々が姫様方の護衛を引き受けさせていただきますよ」
「それは有り難い。しかし、そこまで甘えるわけには参りません。姫様方の護衛は我々の任務。でなければ、王都からついてきた意味がありませんから」
正規軍の隊長の言葉にランド側の女騎士達から笑いが漏れる。
「真面目なのですね。さすが、レイスの方ですね」
「真面目だけが取り柄なものですから」
レイスの者は王家に忠実だと世間に知られていた。
その事実が証明された。
「ところで、王都から何の知らせ?」
フローレスが話を現実に戻す。
「フロントからです」
「フロントから!?」
フローレスが喜んでその手紙を持つナイトのところへ飛んでくる。
『殺す』
『果たし状』
の順でフローレスは手紙を目にした。
「やだ、フロント、ルークのこともう知ってるの?」
「知らせるつもりはなかったのですが、見られてしまったようです」
封筒には果たし状の他に一枚の手紙が入っていた。
それはフロントの八つ当たりの餌食になった正規軍の仲間からのものだった。
「フローレス、浮気がばれたわね」
ネティアは妹にちょっと意地悪を言った。
ところが、
「私って罪な女!」
フローレスは喜んで絶叫した。
ナイトはズッコケた。
「私を取り合って2人の男が戦うなんて、ロマンチック!」
有頂天になっているフローレスに、ネティアと正規軍の騎士達は溜息しかでなかった。
しかし、一番大変なのは当事者のナイトだ。
大好きな兄を怒らせてしまったのだから。
正規軍ほどではないが、ナイトも兄フロントの強さは知っている。
フロントはナイトの目標だったのだから。
だが、武者震いが起きる。
本心では兄とは本気で手合わせはしてみたいと思っていたからだ。
「私、フロントが勝つ方に100ゴールド賭けるわ!」
突如、フローレスが賭けを始めた。
「俺に賭けてくれないのか!?」
ナイトは兄と仲違いの原因になった張本人に叫んだ。
「だって、一応、許嫁だから」
屈託のない笑みをフローレスは返してきた。
ナイトを持ち上げるだけ持ち上げて、結局は元の鞘がいいのだ。
ナイトは周囲を見回す。
自分に賭けてくれる者を探すためだ。
「掛けるのなら、断然フロントだ。100ゴールド」
「そうね、虹の国一の術者で双子姫の護衛相手じゃ、勝ち目はないわね」
正規軍騎士達は全員フロントに賭けた。
金は賭けなかったが、ランドの女騎士達も全員一致でフロント。
無論、ネティアも、
「あなたの負けです。フローレスに手を出した罰です」
と冷たく言い捨てられた。
これでは賭けは成立しないし、やる気も出ない。
「誰か俺に賭ける奴はいないのか!?」
と、叫ぶと風に乗って1枚の紙が飛んできた。
『俺、ルークに賭ける!』
惟1人、ナイトの正体を知るライガが賭けてくれた。
たった1人だが、心強い。
「みんな、覚悟しろよ!破産させてやるからな!」
ナイトは自分の誇りにかけて賭けに乗った。
***
エルクは夜の酒場にやってきた。
酒場に双子姫が雇った傭兵が1人で飲んだくれているという情報を聞きつけたからだ。
酒場に入ると、カウンターで飲んだくれている青い髪の傭兵の姿があった。
酒場には他にランドの騎士達も集っていたが、誰も彼に近づこうとはしない。
先の宿場町でこの傭兵に手を出し、痛い目を見たからだろう。
おまけに驕った態度を庶民に取ったと言う理由で、司令官から大目玉を食らったから、酒を抑えている。
ランドの騎士達は、見て見ぬふりをしているが、双子姫が雇った傭兵の一挙一動に注目していた。
「ずいぶん荒れてるな、ルーク」
エルクはさりげなく双子姫の傭兵ルークに声を掛けた。
「あ、おっさん、あの時の…」
ルークはトロンとした目でエルクを思い出してくれた。
「エルクだ、この間はすまなかったな。隣、いいか?」
ルークが頷くのを見て隣に座った。
エルクが座る間にもルークは安酒を一杯グッと飲み干した。
まだ日が沈んで間もないというのに、カウンターの上には空になった瓶がもう5本もある。
「…何かあったのか?」
何者か探るために近づいたのだが、この言葉は本心からの気遣いだった。
何かショックなことがあったのは間違いない。
人生の先輩としては悩める若者を見てむぬふりはできなかった。
「おっさん、聞いてくれるのか…?」
ルークは酒を飲むのをやめ、エルクの方を向いた。
「ああ、俺で良ければ聞いてやるぞ」
「実はさ、俺、王都にいる双子姫の護衛から『殺す』って『果たし状』貰っちゃったんだよね」
「…………何でそうなったんだ?」
手紙を見せられたエルクには展開が読めない。
「フローレス姫が俺に気があると思ったらしい」
「親密に過ごしているとは聞いている…」
「間違って、呼び捨てにしちまったけど、俺にはその気はないんだ。だけど、フローレス姫が寄ってくるんだ」
「…それは気の毒だな…」
「本当に気があるならやりがいもあるんだけどよ…フローレス姫酷いんだぜ。俺じゃなくてフロントが勝つ方に賭けやがったんだ」
ルークは急に怒り出した。
「…まあ、許嫁らしいからな…」
「1人を除いて、皆フロントの方に賭けやがった。ネティア姫なんか俺の負け確定みたいに言いやがった」
「無理もないな、ネティア姫はフロントに絶大な信頼を寄せていらっしゃるからな」
「はあ、俺、王都に行ったら死ぬのかな?」
溜息を吐くルークの背をエルクは軽くたたいた。
「ははは、それはないだろう。むしろ、その果たし状は正規軍からのお誘いってところだ。正規軍に入る気はあるのか?」
「まあ、別に入ってもいいけど。俺、行くととこないし」
「家出でもしてきたのか?」
「そんところかな…実はさ、俺んち裕福で、俺長男だったんだけど、親父と折り合いが悪くてさ。跡目は腹違いの弟が継ぐことになったんだ」
「…そうなのか?」
腹違いの弟が跡目を継ぐと聞いてエルクは同情を禁じ得なかった。
格式ある家柄ではよくあるトラブルだ。
「ああ、俺に残されたのは親父が王様から賜った『形見の剣』と『遺言』ぐらいだ」
「遺言?」
「虹の国には親父の遺言で来てるんだ」
水の国の富豪の遺言がどう虹の国に結びつくのか、エルクは疑問に思った。
「どんな遺言だ?」
「こっちに親父の親友がいてさ、その娘と見合いしろって勧められたんだ」
「会ったのか?」
「うん、まあな…でも、突然の話でさ。相手も俺のこと知らないんだ。俺も会った感じ、ちょっと無理かなって思ってさ」
何かを諦めたような若い傭兵の横顔にエルクは胸が苦しくなった。
「そうか…これからどうするんだ?」
「こっちに俺の『腹違いの兄ちゃん』がいるんだ。その兄ちゃんに会ってから今後のこと決めようと思ってる…」
「腹違いの兄に弟か…お前、苦労したんだな…」
「あははは、親父『女好き』だったから…」
エルクはルークの人生を想像し、思わず目頭を押さえた。
複雑な生い立ちではあるが、こんな好青年が何かを企んでいるなどと思えなかった。
「ああ、良かった」
安堵から思わず言葉が漏れた。
「え、何が?」
「いや、実はな。私はお前を疑っていたんだ」
「何の疑いだよ?」
ルークに疑問を持たせてしまった。
さっきの話を信じるのなら話してもいいだろうと、エルクは思った。
「お前がネティア姫と我が主の御婚礼の妨害を企てているのではないかと疑ってしまったのだ」
「ああ、そんなことか。それならフローレス姫が俺を当て馬にしようとしているのは確かだぞ」
「何、フローレス様が!?」
少々意外な情報が飛び出してきたが、予想できないことではなかった。
ルークの顔色を窺う。
一度晴れた疑惑が再び盛り返してきた。
「でも、今のところ俺にはその気はないよ。だって、ネティア姫、俺に冷たいし」
「…本当か?」
「本当さ。でなやきゃ、普通言わないだろう?」
「まあ、そうだな…」
「ネティア姫の意志は固い。これを覆すのは至難の業だ。この短い道中で口説き落とせって言うのはのは土台無理な話だ」
「そうか、そうだよな…」
安堵で思わず、笑みがこぼれた。
これで安心と思えたが、
「だけど、婚礼妨害は当たりかな」
ルークの意外な答えにエルクは戸惑った。
「何だと…?」
「実を言うとさ、俺の兄ちゃんは闇の民なんだ」
「闇の民…」
「確か、ランドの領主は闇の民嫌いで有名だったよな」
「……」
酔っぱらっていたはずのルークの視線がいつの間にか鋭くなっていた。
「ネティア姫を口説くことはないが、俺の陳情を訴えることはすると思うぜ」
ルークはエルクにウィンクを投げてきた。
そして、
「あ、すっきりしたぜ。ありがとな、おっさん!」
「…?ちょっと、待て、勘定は!?」
悩みが吹き飛んだルークは勘定を忘れ、素早く立ち去った。
「全く、悩みに聞いてやったんだから逆に酒の1本位おごれよ!」
エルクは文句を言いながら、勘定を払った。
その後、モヤモヤしたものが心を覆った。
「闇の民か…」
呟いて、危惧を覚えた。
結界の外にある国から来た謎多き民族。
彼ら闇の民を生み出した国を、こちら側から見に行って戻ってきた者はまだ誰もいなかった。




