謎の虹の女王
突如現れた娘であり、虹の女王ネティアに一度本陣に転送されたレイガルは黒竜で戦場戻ってきていた。
魔蜂は結界外にすべて追い出され、ボロボロだった結界も完全に修復されていた。
この結界の主、虹の女王に以外にはできない業だ。
だが、出陣前、ネティアの中にいたのは双子の妹フローレスだった。
ネティアはフローレスと体を入れ替えて、前世の双子の妹の残留思念と共に行方をくらましていた。
そんな中、魔期が始まり、宿敵魔蜂との開戦でファーストアッタクが起きた。
魔力を扱えないフローレスでは持ちこたえられず、結界は崩壊寸前までいった。
その危機を察して、ネティアが戻ってきたのかと、最初は思った。
しかし、話しかけてきた言葉は、2人の娘のどちらでもないような気がした。
『戦場に現れたのは、本物のネティアか?』
正体を確かめるために、レイガルは戻ってきた。
戦場上空に、黄金の光が残っていた。
その中にネティアの姿があった。
間違いなく、姿は娘のネティアだった。
だが、様子が変だった。
打ちひしがれたように、呆然としていた。
「‥‥‥ネティア‥‥?」
レイガルが声をかけると、ハッとしたようにこちらを向いた。
その顔には涙が滲んでいて、焦った。
レイガルはネティアの泣き顔にものすごく弱かった。
父親であるものの、自らの異質な力のせいでネティアに酷く怯えられていたからだ。
「…どうしたのだ?」
本物のネティアかどうか確かめるのも忘れて、問いかけると、突然抱きつかれた。
「どうしよう!!私のバカバカバカ!!!!大変なことしちゃった!!!』
話し方からして、間違いなくネティアでもフローレスでもない。
泣きじゃくるのでレイガルは困惑気味に頭を撫でて、ネティアの中に入っている者をあやす。
「君は、何も悪いことしてないぞ、みんなを救ってれたじゃないか?」
ネティアもどきは顔を上げた。
「それは、虹の女王としての責務だもの、当然よ。そっちじゃないの‥‥プライベートなことなの!」
「プライベートなこと?」
「ああ、力使いすぎちゃった!!時間切れだわ!」
神々し金色の光が薄くなっていくと、ネティアもどきは慌ててレイガルから離れた。
「待て、君は一体何者だ!?」
レイガルが呼び止めると、ネティアもどきは泣きはらした顔で、
「ごめんさない!!私のせいで、ちょっと面倒なことになっちゃたの!大変だと思うけど、絶対、この人、ネティアを連れ戻してね!!お願い!!でないと、私、私‥‥」
最後に泣き出して、強烈な黄金の光を放ってそのまま消えていしまった。
「‥‥・ネティアを連れ戻せか・・・・」
レイガルは謎の人物から残された言葉を反芻した。
***
霧が晴れた小高い丘で人間と魔蜂の戦いを見守っていた傍観者は修復された結界を見上げた。
「‥‥これが伝説の虹の女王の力か…今までの女王とは桁違いだな…」
一瞬にして人間たちを転移させ、魔蜂の軍を追い払い、すぐさま結界を完全修復した。
こんなに短時間で転移と攻撃と修復のすべてをやってのけた虹の女王はいない。
伝令に送った蜂は戻ってこない。
どうやら、虹の女王の攻撃でやられてしまったようだ。
傍観者は一人で結界の外へ向かって歩き出した。
結界外では魔蜂達が決死の体当たりを試みているが、びくともしない。
再び結界に亀裂を入れて進軍するのは不可能に見えた。
今年は諦めて撤退するのが妥当だが、それを決める権限はこの者にはない。
「女王に報告せねば…」
傍観者は結界をすり抜けて外へ出た。
***
「女王陛下が消えました!!」
戻ってきたレイガル王から離れ、金色の光を爆発させて女王ネティアの姿が再び映像から消えた。
「ティティス陛下、こちらへ戻ってくきたのでは?」
リリィが訪ねると、ティティス前女王はネティア女王の帰還を察知した。
「いる、帰ってきてるわ!」
「どちらに!?」
フロント達は動き出す準備をしていた。
戻ってきたなら、消えた神殿の部屋だと誰もが思っていた。
しかし、
「王宮の、自分の寝室に戻っているわ」
「王宮ですか!?」
ネティア女王ならどこでも自分で好きな場所に魔法で移動できる。
だが、今その体にいるのはフローレス姫だ。
だが、それも、先ほどの映像を見る限り怪しい。
何者かかが、ネティア女王の体を操っている。
虹の女王を操れる術者がいるとは到底信じられないが、その正体を確かめなければならない。
「ナイト様はこちらに残ってください!!」
フロントが行く前に女王ネティアの夫のナイト王子に声をかけた。
しかし、
「ナイト様はいません!!もう行ってしまわれたようです!!」
マイクが慌てた様子で叫ぶ。
「何、一体いつ!?」
「わかりません…しかし、ティティス陛下が場所を言われる前から姿がありませんでした」
フロントは達は血相を変えた。
戻ってきたネティア女王が別の人物かもしれない以上、ナイト王子を近づけるのは危険だ。
「急いで、王宮へ!」
フロント達は王宮へと走った。
***
虹の女王の個室前。
アインとカインが2人で見張りの番をしていた。
「暇だな…」
「不謹慎だぞ。ここは女王陛下のお部屋だ。重要な仕事だぞ」
アインの本音に相棒のカインが生真面目に答える。
今、体調不良を押してネティア女王は神殿に移り、魔物と戦う兵士たちのために祈りを捧げているところだろう。
そのため、親衛隊のほとんどは神殿の方の警備に当たっている。
「そうだな…でも、暇だ」
「何者かが女王が留守の部屋に入り込んで悪さをするかもしれんだろう」
「そんな命知らずいんのかな…第一、俺達親衛隊がいつも警備してるから不可能だと思うんだよな…」
「それでも、万が一ということがある」
カインは再度アインに説く。
アインのやる気は回復しない。
カインはため息を吐いて、目を閉じた。
アインはボーと誰もいない長い廊下の先を見つめていた。
「あ‥‥・いた、いたぞ、命知らず!!」
万が一の事態が起こり、アインが叫んで、隣にいるカインに知らせたが、反応がない。
立ったまま寝ている。
「おい、カイン、寝るな!」
カインの眼が突然カッと開く。
「寝てないぞ!精神統一をしていたんだ!!」
「嘘つけ、絶対、寝てた」
「寝てない!」
「じゃ、あれに気付いてるよな?」
「あれ?」
「任せたぞ」
アインは寝ぼけ眼のカインにその場を任せて、離れる。
カインがそれに気づいたときにはもう目の前に来ていた。
「ナ、ナイト!!!?」
「邪魔だ、どけ!!」
猛スピードで走ってきたナイト王子にカインは突き飛ばされた。
カインは成す術もなく、床に転がる。
ナイト王子は一目散に女王の部屋へ入っていった。
「なんだあいつ?気でも触れたか?誰もいない部屋に入っていったぞ」
アインは乱暴縫いに閉じられた扉を見て首を傾げた。
「不覚を取った…」
カインも倒れたまま、扉を見つめた。
*
ネティアの部屋に入ったナイトは急いで寝室へ向かった。
ティティス前女王が感知する前に、ネティアがここに返ってくことがわかっていた。
探し求めていた最愛の妻の姿を見つけた。
「ネティア!!」
淡い金色の光を放つネティアが振り返った。
疲れ切った顔に弱弱しい笑顔を浮かべている。
ナイトが駆け寄ると、ネティアが倒れこんできた。
「ご、ごめんなさい…」
抱き留めたネティアは消え入るような声で謝ってきた。
「よく頑張った…よく、戻ってきてくれた…」
ナイトは震える腕でネティアの体を強く抱きしめた。
宿敵がいる最前線にネティアが姿を現した時、ナイトは生きた心地がしなかった。
「‥‥ごめんなさい‥‥」
ネティアはまた謝った。
「謝らなくていい、今はゆっくり休め…」
ナイトそう言って、体をさすると、ネティアは涙を流して眠りについた。
涙を拭ってから、眠ったネティアをベッドへ寝かせた。
「ナイト様!!」
フロント達が駆けこんできた。
「今眠ったところだ…」
ナイトはネティアの寝顔を見ながら椅子に腰かけた。
フロントが傍によってきた。
「…ネティア様でしたか?」
「…それはわからない…だが、大丈夫だ」
「…なぜ、そう思われるのですか?」
ナイトは妻の寝顔に手を触れて、
「みんなを助けて、魔物を追い出し、ここに戻ってきた。ネティアじゃなくても、絶対に俺達の仲間だ」
ナイトは断言した。
前世でこんなことは何度もあった。
王宮、まだ王宮とは呼べなかったが、魔物との戦いの後、みんなでここに集まり無事を確かめ合った。
ナイトは生還した仲間達への声掛けを忘れたことはない。
それは、自分が下した決断への自責の念からでもあった。
人間と魔物では圧倒的な生命力の差がある。
人間の持つ知恵と魔法、竜族の力を借りてやっと互角の戦いができるぐらいだ。
無謀だとわかっていた。
悪いのは魔物達ではなく移住してきた自分たち人間の方だと。
住処を変えれば、この無謀な戦いは回避できた。
しかし、人口が増えすぎ、世界中が戦火に包まれている時世では、変わりの移住先など見つけられるはずもなかった。
そのため、この地にとどまり、魔物達と戦い続ける決断に至った。
「今は、眠らせてやってくれないか。俺が見てるから…」
「わかりました。では、私も一緒に」
フロントは自分の座る椅子を持ってきて、ベッドの反対側に座った。
「ありがとう」
ナイトは安堵の笑みを浮かべて、ネティアの寝顔を見守った。
***
霧の大地で魔物討伐の最高司令官を務める、ビンセントは戦死者の収容と戦況を確認するための情報収集を行っていた。
突如現れた虹の女王ネティアにより、結界外へ魔蜂達は一掃されたが、まだ結界への攻撃を続けている。
しかし、女王ネティアにより修復された結界は強固で突破はまずありえないとみているが、油断はできない。
結界は一度、崩壊寸前のところまでボロボロだったのだ。
それに、極秘だが、虹の女王ネティアと双子の妹姫フローレスは体が入れ替わっていた。
ネティア女王に戻っていれば問題は解決だが、まだその情報はない。
レイガル王がネティア女王本人か確認しに戦場へ行っていた。
その帰りを今は待っている状態だった。
「ビンセント様!!」
レイスの騎士が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「どうした?」
「フローレス姫の捜索隊の者がやってきてお目どりを願っております」
「‥‥わかった」
ビンセントはその場を他の者に委ねて、本陣のテントへ入った。
「ちーっす、ビンセント様!」
最高司令官に無礼な挨拶をしてきた者がいた。
忍び衆の若頭ライガだ。
「こら!最高司令官になんと無礼な!!」
「すいません、すいません!!」
激昂するレイスの騎士にひたすら謝る緑の髪の男は同じく忍び衆のグリーンだ。
「よい、私の知人だ。お前は下がっていなさい」
「は、はい…」
ビンセントに言われた騎士はオズオズと退出していった。
「お前が直接ここに来るとは何か問題が起きたのか?」
「起きたどころじゃないっす。霧の魔物に一杯食わされたっす」
「どういうことだ?」
「はい、リリィ様がせっかく作ってくださったワープ拠点を巨大な湖のど真ん中に移動されてしまいまして、王宮に戻ることも連絡することもできなくなってしまったので、助力をお願いに参った次第です」
グリーンが途中で説明を代わった。
「…なるほど、状況は理解できた。レイガル王が戻り次第、戦況報告も兼ねて王宮と通信する予定だ。同席するといい」
「ありがとうございます」
「ところで、グリス達はどうした?」
「急いでいたので、我々だけ先に来ました。ハオト様がレイス軍の陣に鳩を飛ばして馬を運んできてもらっています。すぐこちらへ来られる思います」
「そうか」
「ビンセント様、戦況は落ち着いている見たいっすけど、一体何が起きてるんすか?強烈な金の光と青白い光の波にあったすけど」
戦場の落ち着きようが気になっていたのか、ライガが聞いてきた。
「戦場にネティア女王が現れた」
「ネティア様が!?元に戻られたんすか?」
ライガとグリーンは驚いて、身を乗り出した。
「それはまだわからない…」
「わからないって‥‥あんな所業、虹の女王以外誰ができるんすか?」
「私もそうは思うが、レイガル王が今確認しに行っておられる」
ライガとグリーンは顔を見合わせる。
『ビンセント様、レイガル王がお戻りになりました!!』
テントの外からレイガル王の帰還の知らせが届いた。
「王宮との通信の支度をしよう」
ビンセントは重い腰を上げ、レイガル王を出迎えに外へ出た。
***
フロント達が女王ネティアの部屋に着た後、義母であるティティス前女王も部屋にやってきた。
ナイトは休ませるよう懇願し、聞き入れられた。
本当は起こして本物のネティアかそれともフローレスのままなのか、確認したかったが、戦場で魔力を使い果たしたようで、一向に目覚める気配はなかった。
「ティティス陛下、レイスの本陣と通信がつながりました」
宮廷魔術師のヘレンが報告に来た。
「それじゃ、ナイト、フロント、シュウ、ゼイン、同席しなさい。残りの者は女王の警護にあたりなさい」
ナイトの近習と、女王の親衛隊からゼインが選ばれ、魔術師が管理する通信室へ案内された。
神殿は信仰などで広く公に公開される場所だが、魔術師達がいる場所は研究室のような閉鎖的な場所だった。
ごく限られた者しか入ることが適わない。
外部の者に絶対知られてはいけない時に最適だ。
通信室では、神殿の祈りの間と同じように壁にスクリーン状に映像が人物が映し出されていた。
映っていたのは最高司令官のビンセント、レイガル王、そして、なぜか、ライガとグリーンの姿があった。
「ライガ、なんでお前たちがいるんだ?」
『すいませんっす、ナイト様、霧の魔物にワープ拠点を巨大湖のど真ん中に移動されちゃて、そっちに帰ることも通信することもできなくなって、ビンセント様の元にきたっす』
「なんですって、リリィのワープ拠点を移動させたですって!?」
宮廷魔術師のヘレンが声を上げた。
ワープ拠点を築いたリリィはただの術者ではない。
虹の神殿の最高司祭だ。
彼女に限って、簡単に移動されるようなワープ拠点を作るはずはない。
「霧の魔物は、前世のネティアの縁者よ。できてもおかしくないでしょう」
ティティス前女王が冷静に分析した。
「まずは、戦況を聞きましょう」
『ネティア女王の力によって、魔物達は結界外に押し出され、再び中に入らんと結界を攻撃しておりますが、修復された結界は頑丈で侵入は許されておりません』
ビンセントが説明した。
「レイガル、ネティアだったの?」
ティティス前女王は唯一直接戦場に現れたネティアと接触した夫に尋ねた。
「ネティアではなかった…」
「なんですって!それでは、ネティア様の体が第3者に乗っ取られたことになります!!何か手を打たれた方がいいのでは?」
フロントが声を上げた。
『その心配はないと思う』
ナイトが抗議する前に、レイガル王が口を開いた。
「どうしてそう思うの?」
『虹の女王の責務だから当然だと言っていた』
「虹の女王の責務ですって?」
ティティス前女王は眉を潜めて、顎に手を当てる。
この世に虹の女王の地位にある者は2人しかいない。
現女王ネティアとその母親であるティティス前女王だけだ。
『それから、『ネティアを絶対連れ戻せ』、と必死の形相で言い残して私の前から消えた』
「その言葉から、ネティアでないのは確実ね。なら、戻ってきてないってことよね…」
謎が謎を呼び、ティティス前女王は頭を抱える。
「なら!フローレス様はどうなってしまったのでしょうか!?」
「まさか、ネティア様の体を乗っ取った者に体から追い出されてしまったのでは!?」
ゼインとフロントが半ば狂乱したかのように叫ぶ。
「そんなことはしない!!」
ナイトは叫んでいた。
辺りは一瞬にして、沈黙した。
「ナイト、あなた、心当たりがあるの?」
ティティス前女王の問いにナイトは苦渋の表情で、
「あるような、ないような、よくわからないんです。ですが、これだけは断言できます。フローレスは無事だと思います。彼女が守ってくれたと思います。俺、たぶん、彼女を知ってると思います」
確かな自信はなかったが、心の内で感じたことを話した。
「よくわかった。前世のあなたの記憶を信じましょう」
「ありがとうございます、義母上」
ナイトは安堵した。
しかし、これで問題は解決しない。
「これからどうするのですか?」
フロントが困ったように聞く。
「とりあえず、フローレスが起きるのを待ちましょう。あの子に聞くのが一番だわ」
ネティアの体にいたフローレス姫ならすべてを知っているはずだ。
それで、ネティアの体を操った者の正体がわかる。
『ティティス陛下、ナイト様、待っている間に一仕事しなけらばなりませんぞ』
「一仕事?」
ビンセントの言葉にナイトは首を傾げる。
頭はネティアのことで頭がいっぱいで他のことを考える余裕がなかった。
「そうよ、あれだけの大事になったから、世界中の国から状況報告を求められるわね…」
ティティス前女王がぐったりした顔になる。
「ですが、実際に来るのは縁戚関係にある水の国と風の国の使者で、後は、書簡が送られてくるくらいでしょう」
シュウが答えるが、
「それに誰が目を通して、返事をすると思っているの」
「ティティス前女王陛下ですね」
『これ、シュウ、カリウスと共にティティス陛下を手伝いなさい』
「はい、父上」
「使者の方はナイトとフロントに任せるわね。どうせ来る人間は決まっているから」
「了解しました」
ナイトは快諾し、気を引き締めた。
ネティアの体に入ったフローレス以外の何者かの介入で結界の崩壊はひとまず防がれた。
フローレスは大丈夫だと思うが、まだ確認はできていない。
それに、ネティアはまだ行方不明のままだ。