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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第3章 2人の妹
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ファーストアタック

フローレスは虹の神殿で寝食をすることになった。

母、ティティス前女王の決定だ。

表向きは神殿にこもって、魔物と戦う戦士達へ向けて加護の祈りを捧げることになっていた。

魔物の初回攻撃、ファーストアタックが起きた後の慣例だった。

しかし、まだファーストアタックは起きてない。

本当の理由は、ネティアに継承させた結界を母が再び取得するためだった。

虹の国始まって以来、前女王による結界の再取得は初めてのことだった。

現女王の名誉のため、結界の再取得は秘密裏に行う。

慣れない部屋のベッドの上でフローレスは浮かない顔をしていた。


「フローレス様、お眠りになられませんか?」


最高司祭のリリィが新たにフローレスの世話役になっていた。

頷くと、リリィはフローレスの手を取った。


「わたくしが近くにおります。だから、安心してお休みください」

「ありがとう、リリィ‥‥でも、ダメ。悪夢もあるけど、部屋も変わって、私が不甲斐ないから、ファーストアッタク前なのに結界を母上に返す儀式をしなきゃいけなくて、ネティアに申し訳なくて‥‥‥」


フローレスは溜まっている不安を吐き出していく。


「フローレス様、ご自分を追い詰めないでください‥‥」

「でも、このまま、ネティアが戻らなくて、ファーストアッタクの日を迎えたら、きっと、たくさん犠牲者が出る。もしかしたら、ビンセントも‥‥」

「大丈夫ですよ!!」


リリィが力強く断言した。

フローレスの言葉が止まる。


「ビンセント様は百戦錬磨の名将ですよ。そう簡単に負けませんし、犠牲者も最小限に留められる方です。フローレス様もご存じでしょう?」


フローレスは小さく頷いたが、


「でも、いくらビンセントでも、私が結界の主じゃ‥‥」

「大丈夫です!!!」


リリィはもう一度大きな声でフローレスの不安をはねつけた。


「フローレス様のままでも大丈夫です。ネティア様はちゃんと『ここに』いらっしゃいます」

「‥‥‥え?‥‥・}


理解できずにリリィを見つめると、胸の前で固く握りしめているフローレスの手をリリィの手が優しく包み込む。


「ちゃんとネティア様はここにいらっしゃいます。体だけですけど、魂がなくても、大丈夫です」

「‥‥どういうこと?」

「みんな、フローレス様に魔力をコントロールしろって、うるさく言ってますけど、わたくしはしなくていいと思います」

「え、でも、それじゃ、ネティアの魔力に私、呑まれちゃう‥‥」

「そんなことにはならないとわたくしは思います。きっとネティア様が守ってくださいます。魂は不在ですが、体が魔力のコントロールを覚えてるはずです。生涯を魔力とともに歩まれてきた方ですから」


リリィの言葉でフローレスが抱えてきた不安が少し薄らいだ。


「リリィのいう通りかも‥‥少し、寝てみるから、傍に居てね‥‥」

「ええ、もちろん。あ、良いものがありました!!ちょっと、お待ちください!」


リリィは思い出したように、一旦部屋を出てすぐに戻ってきた。


「ラベンダーのお香です。安眠の効果があるんですよ」


サイドテーブルでお香をたくと、ベッド横の椅子に腰を掛けた。

フローレスがベッドに入ると、手を握ってくれた。

とても安心する。


「‥‥いい匂いね‥‥・お休みなさい‥‥‥」

「おやすみなさい、良い夢を‥‥」


フローレスはすぐに眠りに落ちた。




意識が闇に閉ざされていく。

それとと共にどこからともなくざわめきが忍び寄ってくる。

泣き声から、怒号、悲鳴、そして、狂気に狂った笑い声。

絶望の渦に落ちた者たちの怨嗟の声がフローレスを襲う。

頭が割れそうになり、汗が噴き出て、息が荒くなる。


『‥‥息ができない‥‥』


いつもの感感覚に逃げ出しそうになった。

しかし、その時、ギュッと強く手を握られた。

『頑張れ!』、そう聞こえたような気がした。

リリィが眠っているフローレスの手を握っていてくれているのだ。

フローレスは深呼吸をし、


『大丈夫、大丈夫‥‥きっと、ネティアが守ってくれる‥‥』


自分に言い聞かせた。

しかし、怨嗟の嵐は留まることなく押し寄せてくる。

得体のしれない無数の手が体にしがみ付てい来る。


「…大丈夫‥‥・怖くない‥‥!!」


フローレスは闇の中に引きずり込まれた。




***




湖面に浮かぶ島になってしまったワープ拠点からライガ達は脱出する術を探していた。

一度、虹の神殿に戻ろうとしたが、ワープ拠点は使えなくなっていた。

ハトオがペットの鳩、ハトコ(本人は恋人と言っている)を飛ばし対岸を探させていた。

ハトコが飛び立ってから2時間が経った頃、ハトコが帰ってきた。


「ハトオ、対岸まではどれくらいだ?」


ハトコを腕に止まらせたハトオにグリスが訪ねた。


「だいたい60㎞ぐらいだね」

「60km!?霧のせいで対岸が見えないのかと思ったけど、そんなに距離があるのか?」


ロイは霧の湖を見て唸った。


「泳いで渡るしかないっす」

「え、ライガ、それ本気か!?」


ロイが悲鳴を上げる。


「遠泳はしたことがないが、1分で25mぐらいだとして‥‥‥泳ぐとなると、40時間ぐらいかかるな‥‥」


グリスが計算してみて、頭を振る。

船があればもっと速いかもしれないが、この孤島と化したワープ拠点にはほぼ岩と砂しかなかった。


「時間かかっても、泳ぐしかないっす!!」

「そんな、僕、泳げないよ!!!」


ハトオが悲鳴を上げる。


「私も金槌ではないが、そんなには泳げない」

「俺も…」

「私もです…」


ハトオに続いて、グリス、ロイ、ニルスが音を上げる。


「私は水の民なので泳ぎは得意だ」


騎士組の中ではライアスだけが手を上げた。


「じゃ、俺とグリーンとライアス様で湖を泳いで、助けを呼んでくるっすから、ここで待ってるっす」


ライガとグリーンは水の抵抗を減らすためパンツ以外を脱いだ。

ライアスもそれに倣って服を脱ぎ、バッグに詰めた。

そして、騎士にとって大事な剣を背中に括り付けた。


「そんな軽装で大丈夫か?ここは結界外部の未開の地だぞ」


パンツ一丁の3人をグリスが心配する。


「大丈夫っすよ、そこそこの魔物や獣ぐらい素手でも俺とグリーンは戦えるっすから」


ライガが豪語した。


「でもさ、それって陸での話だよね?水中でも同じこと言える?この湖、何かいるかもよ」


ハトオが湖面を覗き込んで言う。

湖はかなり深そうだ。


「‥‥‥‥‥・まあ、何とかなるっしょ!」


少し間があったがライガは胸を張る。

この湖に何かいたとしても、泳いで助けを求めに行く以外方法はなかった。

そうわかっていても、グリーンとライアスは湖に飛び込むのを躊躇った。


「俺が先行するっすから、2人は続くっす!」


言い出しっぺのライガがそう言って飛び込んだ。

50メートルほど泳いでから、


「大丈夫っす!グリーン、ライアス様もくるっす!」


とライガが叫んだので、2人は頷いて湖に飛び込もうとした。


湖面が大きく盛り上がり、巨大な生き物が顔を出した。

そして、湖面を泳いでいたライガをパクリと飲み込んで潜った。

それにより津波が起こり、島にいたライアス達は波を被った。

全員ずぶぬれになった以外は被害はなかった。

静寂を取り戻した湖面を呆然と見つめる。


「‥‥‥言わんこっちゃない‥‥・」

「なんまいだ~なんまいだ~」


グリスは呆れて呟き、ハオトは念仏を唱える。


「…若‥‥」

「気を確かに…」


化け物食われてしまったライガを見て、呆然自失のグリーンの肩にニルスが手を置いて慰める。


「どうしたらいいんだ‥‥これじゃ、助けを呼びにいけない!!」


ロイが絶望的な声を上げてしゃがみ込む。


「みんな、あれを見てくれ!!」


ライアスが湖面を指して叫ぶ。

ライガが化け物に呑まれた辺りに泡が次々と浮かんできていた。

泡の数はどんどん増えていき、湖面が再び盛り上がった。

再び化け物が顔を出した。

長い首が天に伸び、クネクネと振っている。

苦し気な声を上げて天を仰いで口を開けた。

その口からライガが飛び出してきた。

ライガを吐き出した、化け物は湖に潜ろうとした。


「逃がすか、『大風雪』!!」


ライガが叫ぶと、化け物を風雪に包まれあっという間に凍り付いた。

ライアス達は呆然とライガが落ちてくるのを待った。


「乗り物確保っす!!こいつを手懐けてこの湖を脱出するっす!」


帰ってきたライガは何事もなかったかのように、笑顔を振りまいた。




***




霧の戦場の上空では国王正規軍とレイス軍の竜騎士隊が待機していた。

率いるのは国王正規軍のウィル将軍だ。

物静かな壮年の男だが、見た目はとても若く、少年のようにさえ見えた。

しかし、その見た目とは裏腹に単身魔物の群れに突撃する過激さ、大岩を一刀するほどの力の持ち主だった。

ウィルはレイスにほぼ常駐していて、レイス兵から信頼されていた。

ほぼレイスの人間と言っていい。

補佐に相方のロン将軍がついた。

国王正規軍の両翼の1年ぶりの再会である。


「ウィル、元気そうで何よりだ」

「ロンもな。ところで、ナイト様は健やかに成長されていたか?」


レイスに常駐していたウィルはナイト王子にまだ会っていなかった。


「いい男になっていたぞ。ネティア女王がほれ込むほどに」


ロンがニヤニヤして答えて、真顔に戻る。


「お前もナイト様に顔を見せに来い。ついでに、ヘレン様にちょっとだけでも顔を見せろ」


ウィルは苦笑いを浮かべる。

ナイト王子には挨拶に行かなければと思っている。

しかし、母には会いたくなかった。

一人息子のウィルに早く結婚して子供を作って欲しいと思っているのだ。

どこにでもいる母親の願いだ。

だが、別れさせられた恋人のことをまだ引きずっていた。

生まれから盗賊となった彼女だったが、ウィルと一緒になることで足を洗うはずだった。

今、彼女がどうやってい生きているのか、ずっと気がかりでならなかった。


「お前の気持ちもわからんではないが、血を分けた親子じゃないか。顔ぐらい見せてやれ」

「‥‥そうだな…ちょっとだけ、顔を見せるよ。この戦いが終わったらな…」


そう言ってウィルは上空から結界の一部集中して張り付いた魔蜂の群れを見下ろした。

魔蜂は紫色の怪しい光を点滅していた。


「そろそろ結界を破壊して仕掛けてくるぞ」

「今年は数が多いな…これは大量に入り込んでくるな‥‥」

「一騎一騎の持ち場を広くとっているすばっしこい小、中蜂は竜達と魔導士たちに当たらせる。騎士は竜に近づく蜂どもを蹴散らす。白竜と雷竜が先陣だ。ロン、火竜のお前は下で待ってろ」

「了解、死ぬなよ」

「お前もな‥‥」


国王正規軍の両翼は配置についた。




***




フローレスは闇の中を漂っていた。

リリィの言葉に従い、ネティアを信じ、魔力の荒波に呑まれたのだ。

その結果、今に至る。

一旦は溺れて完全に息が出来なくなったものの、体が自然に浮かび上がって水面に出たのだ。

一度浮かび上がると、息ができ、沈むことはなかった。

洪水のように激しく流れる魔力に乗って、フローレスは流されるままになっていた。

あまり寝心地は良くないが、休息は取れた。


『私、魔力を恐れすぎてたんだ…』


そう理解すると心が落ち着いていく。

すると、それに呼応するように魔力の荒波が少し穏やかになった。


『‥‥なんか、魔力の操り方が少しわかったかも‥‥』


フローレスは魔力の海を漂いながら久々の休息を得た。




***




リリィは汗を拭って、穏やかな眠りについたフローレス姫を見て微笑みを零した。

自分のアドバイスが正しかったか、本当は不安だった。

ティティス前女王とフロント、同僚のヘレンを説得して、自分の考えが正しいことを証明するために、自分に世話をさせてほしいと願い出たのだ。

思った通りの結果に、リリィは心底安堵した。

フローレス姫が苦しみだしたときは、やっぱり、自分の考えは間違えだったと心底後悔し、許しを請うために死を覚悟したほどだった。

しかし、今、自分の考えが正しかったことが証明された。


『勇気を出してよかった‥‥』


リリィは心の中で自分を褒めた。

しばらくフローレス姫の寝顔を眺めていると、扉が開いた。


「リリィ様…」


入ってきたのはフロントだった。

隣に立って、眠っているフローレスの顔を見ると、安堵の表情を浮かべた。


「‥‥‥お眠りになられたんですね…」

「ええ、ついさっき。もう大丈夫だと思うわ」

「良かった‥‥リリィ様、少しお休みになられてください。私が代わりについてますから」


リリィは少し考えてから、微笑を零した。


「じゃ、お言葉に甘えさせていただくわ…」

「はい、お任せください」


リリィはフロントに座っていた椅子を譲って、部屋の外に出た。

が、休みにはいかず、ドアの隙間から中の様子を覗き見る。

フロントはフローレス姫の手を取り、じっとその寝顔を見つめている。


「寝顔にキスでもすればいいのに」

「今は、ネティア様のお体からダメよ」


突然、自分以外の盗み見する人間の声にリリィは思わず声を上げそうになったが、その1人に口を塞がれた。

ラナだった。

ヘレンとティティス前女王もいる。


「ああ、じれったいわね‥‥なんで、ネティアの体なのかしら‥‥」


娘の母とは思えないティティス前女王の言葉にリリィは唖然となった。


「いつからいるの?」

「え、様子を見に行くと言ったフロントの後をつけてきてからだから、ついさっきよ」

「リリィがどうせ、気を利かせて出てくると思ってね」


中を覗きながら、ラナとヘレンが悪びれなく答えた。


「リリィ、礼を言うわ。あなたの言うとおりだったわね…本当は心配だったの。でも、もう大丈夫みたいね…」


ティティス前女王がリリィに礼を言ってきた。

娘のことを本当は心配していたのだろう。

だが、そう言った後すぐ、覗き魔の仲間入りをした。

色恋大好きな前女王は好奇心に負けていた。


「義母上!!」


ナイト王子がシュウとゼインを伴って駆けてきた。

ティティス前女王を始め、覗き魔達の顔が引き締まった。


「始まりそうなのね?」

「はい、結界に張り付いている主力の発光していた魔蜂が点滅し始めたそうです」


ナイトが緊張した面持ちで報告した。

ティティス前女王は考えるように宙を見つめる。


「どうされますか?」


ヘレンが訪ねると、


「‥‥儀式は中止よ。リスクが大きすぎるわ‥‥」


そう言ってから、部屋の中を再び覗きこみ、


「今はゆっくり眠らせて、女王に体力を温存させた方がいいでしょう。そして、目が覚めたら、結界の解除方法を教えることにします。それくらいの時間はあるはず」

「「かしこまりました」」


リリィとヘレンが重々しく答えた。


「ところで、フロントは?」


辺りを見回して、ナイトが訪ねてきた。


「中にいます…」

「フローレス様の手を取って寝顔を見ていますね」


ナイトについてきたゼインとシュウが部屋を覗き込んで言うと、


「何!?」


ナイトも部屋を覗き込む。


「ああ‥‥俺、ネティアの顔全然見れてない‥‥」


遠くから、自分の妻の寝顔を覗き見てナイトがぼやく。


「中身はフローレス様ですけどね」


シュウが呟くと、ナイトの顔が青ざめる。


「な、何もなかったですよね!?」

「安心なさい、フロントは分別のある子よ」

「‥‥ですよね…」


ナイトが安堵してまた覗き込む。

やはり、心配らしい。

連れて、ティティス前女王もまた覗き魔に戻ると、ラナ、ヘレンも続いていた。


「憎らしいですね‥‥寝ている女の手なんか握って…」

「羨ましすぎる‥‥ネティア女王とフローレス姫の手をずっと握ってい居られるなんて…」


劣等感の塊であるシュウと羨望の眼差しをフロントに向けるゼインのぼやきにナイトが声なく頷く。


「ちょっと寝てきます」

「休めるうちにおいてちょうだい、これから大変だと思うから」


リリィは覗き魔と化したティティス前女王達を残し、名残り惜しくはあったが、少し眠ることに決めた。




***




傍観者の手から飛び立った2匹の蜂は結界を超えると、魔蜂の大軍の後方に聳えるごつごつした岩山の中へと入っていった。

すると、大きさが10歳ぐらいの人間の子供ぐらいに変化した。

中には白、黄色、黒、赤、青、紫の2m級の魔蜂が垂れ下がった巨大な繭の前に整列していた。

ここは魔蜂の女王の間だった。

繭の中に大きな影が鎮座している。

偵察から戻った2匹の蜂がその影を見上げて、ひれ伏す。


『あれは、何をグズグズしていたのだ!!』


報告前に繭から発せられた怒声に衝撃を受けて、2匹の蜂が吹っ飛び、反対側の繭の壁に衝突する。


『申し訳ございません。しかし、重大な報告があります』

『重大な報告だと?』

『罪人どもが時空を超えて戻ってきた、と、姫は仰っていました』

『罪人どもだと?あの忌々しい結界を張った人間どもが戻ってきたというのか?』

『はい‥‥』

『嘘を申せ!!あの女の結界がこんなに脆いはずはあるまい!!』


魔蜂の女王の逆鱗に再び触れたが、必死に報告を続ける。


『それは、今、仲違いしているらしいのです!!』

『仲違いだと?』


しばしの沈黙が流れる。

反対側の繭には戦場が映し出されていた。

先発隊の魔蜂が張り付てい点滅する結界は薄く、今にもひびが入りそうだった。


『人間の女王は双子です。結界の元になった人間の女が現れて、人間の女王の妹の体を欲しているようです』


報告を聞き終わった女王から、忍び笑いが漏れた。


『…そういうことか‥‥これは面白いことになった‥‥』


魔蜂の女王は高らかに笑い出した。


『セキ!!』


魔蜂の女王が名を呼ぶと、赤い魔蜂が静かに前に進み出た。


『行け!!』


出撃命令を受けたセキが飛び立つと、同色の魔蜂の軍が出撃した。




***




魔力の水面に浮いていたフローレスは身を起こした。

いつまでも寝ているわけにはいかない。

体力は万全ではないが、時間がない。

暗闇の天井を見上げる。

星を見るように。

小さな光が見えた。

それと同時に意識が浮上した。


目を覚ますと、フロントが隣に座っていた。


「お目覚めになられたんですね?」


フロントは心底ほっとした様子で見つめてくる。

助けを借りながら、フローレスは身を起こした。


「よく眠れましたか?」

「ええ、少しね…ところで、リリィは?」

「リリィ様には少し休んでもらっています。あ、でも、他はそろっていらっしゃるみたいです」

「他?」


フローレスが不思議そうに聞くと、フロントは入り口のドアを見やる。


「ゴホン、フローレス、元気か?」


ナイトが咳払いしながら入ってくると、ゼインとシュウも続いてきた。


「フローレス様、お久しぶりです」

「少し、やつれましたね…」


シュウは心配そうな表情を向けてきた。


「フローレス、起きてすぐで悪いけど、よく話を聞いてちょうだい」


母ティティス前女王が割って入ってきた。


「儀式は中止よ。そろそろ開戦なの。今のあなたでは結界を持ちこたえるのは無理だから、解除方法を教えるわね。一番外側の赤い結界をイメージて、胸の前で腕をクロスして、『解放』といって、腕を広げなさい。両扉を開くイメージで。結界は2層あるから、2回やるのよ」


身振り手振りで早口に説明を受けた。


「できそう?」

「大丈夫だと思う…」


フローレスは自信なさげに呟いて、ベッドから降りた。

その時、リリィも戻ってきた。


「フローレス様の身支度をしますから、皆さん、外へ出てください」


リリィに言われて、ナイト、シュウ、ゼインが外に出た。


「お水をどうぞ」


フロントは出る前に水を入れたコップを渡してくれた。


「ありがとう…」


フローレスは素直に受け取る。

寝ている間、少し魘されていたので、喉が渇いていたのだ。

一口の飲んでほっとする。

フロントは満足そうに微笑んで部屋を出ていく。

その後姿が灰色が掛かる。

突然視界が歪み、胸を刺す強烈な痛みに、フローレスは膝をついた。


ファーストアタックが始まりを告げた。































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