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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第3章 2人の妹
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始まりの合図

霧の草原から離れた南に小高い山があった。

そこに白のローブを身にまとった1つの人影があった。

決戦の地を傍観している。

結界外壁には魔蜂がびっしりと張り付て、臨戦態勢に入っている。

結界内部の上空には竜に乗った人間の軍が待機している。

地上には魔導士部隊、弓兵が待機している。

初回攻撃ファーストアタックで空いた穴から来る魔物を集中的に葬る体制ができていた。

しかし、それは毎年のことだった。

傍観者が気にしていることは、結界の脆弱さだった。

外側の2層の結界が新しくなった。

これは人間側の女王が代替わりを始めたことを意味していた。

しかし、今まで見たこともないほど脆弱だった。

人間側の女王が代替わりするが度に、結界は刷新され、1000年前と変わらぬ強度へと回復させていた。

それが今回は、ちょっとした攻撃でも広範囲で崩壊しそうなぐらいに脆い。

こんなことは大河のように長い歴史を遡っても1度もなかった。


『罠か?それとも、人間の女王に何らかの異変が起きているのか?』


傍観者は決戦の地と真逆の南の湿原に目を向けた。

壊滅された沼地と森に目をやってから、高速で浮遊する青白い光を目で追う。

そして、それを追いかけている人影に目を凝らす。

2匹の蜂が傍観者の腕から出てきた。



「見てまえれ!」



2匹の蜂は傍観者の腕から飛び立った。




***




「待って、フローネ、お願い!!」


ネティアは青白い発光体となって、浮遊している前世の妹を捕まえようと必死になっていた。

『フローネ』、と名前を呼ぶとネティアに近づいて来るものの、いざ捕まえようとするとすり抜けて飛んで行ってしまうのだ。

まるで、遊ばれているようだ。

追いかけまわして、ネティアが疲れると、フローネも近くの木の枝に止まって休む。

登って近づくと、瞬く間に飛んで行ってしまう。


『やっぱり、ダメだわ‥‥』


ネティアは逃げていくフローネを悲し気に見送った。

フローレスの身体能力を持ってしても高速で移動するフローネの依り代捕まえることはできそうになかった。

魔法が使えたらすぐに捕まえれただろうが、もう、時間はなかった。

ネティアは苦渋の決断を下した。


「ごめんね、フローネ。もう、帰らないと‥‥」


別れの言葉を囁くと、ネティアは前世の妹への未練を断ち切るように駆けだした。




***




レイスの各魔導士部隊の後方に結界師達が控えていた。

虹の女王が張っている結界を補強し、強力な魔物の侵入を防ぐ役目を担っていた。

後方にいる結界師だが、毎年、数名の死者が出ていた。

結界を維持するため、魔力が枯渇してしまう者がいるのだ。

今年はその死者が増加する暗示が出ていた。

即位したばかりの女王ネティアは体調不良、そのため、結界の脆さが目に見えてわかる程だった。

それを察しているのか、敵の魔蜂がかなりの広範囲に張り付いている。

ファーストアッタクで結界が壊れたら、一気に先発の魔蜂が突入してくるのはまず間違いない。

結界師達の心は暗く沈んでいた。

今年、死ぬのは自分かもしれない。

逃げ出したい、誰もがそう思っていた。

しかし、逃げ出さないのは、国と大切な人を守るという強い意志と、この地を治めてきた領主への信頼だった。


「ビンセント様!!」


魔物討伐の最高司令官、元レイス領主ビンセントが訪ねてきた。

開戦前の激励に来てくれたのだ。

長い間彼らを導き、国を守ってきた、彼らの守護神、英雄の登場に膝を折る。

家督は譲ったが、領民からすればまだ現役の領主だった。

領地に帰ってきて、共に戦ってくれるのだから。


「皆、今回の戦いは厳しいものになるだろう。結界が崩壊した場合、防衛線を下げることになるだろう。その際、そなたらには無理をさせるかもしれん」


最高司令官の重い言葉が響いた。

しかし、結界師達の心は決まっていた。


「心得ております。それが我々の役目ですから」

「‥‥‥すまぬ‥‥・」


最高司令官が頭を下げた。


「頭を上げてください、ビンセント様!!」


結果師達は慌てた。


「私は、そなたらの命を捨て石にするだろう。だから、せめて、謝らせてくれ」

「恐れ多いことです!覚悟のことです。我々は志願してここにいるのです。どうか、お気になさらずに。後世のため、我々は喜んで国の礎になりしょう」

「‥‥‥‥感謝する‥‥‥」


彼らの英雄は短い言葉を残すと、去っていった。

事態の深刻なことを意味した。

例年ならもっと希望溢れる言葉をかけてくれた。


「運が悪かったな‥‥」

「ああ、まあ、これもまた、運命だろう」


結界師達は最期を共にする仲間たちと互いを慰めあった。




***




夜、フローレスは荒い息を吐きながら目を覚ました。

起き上がり、汗を拭う。

ベッドから出て、水差しから水を注いで一気に飲み干す。

早鐘を打っていた心臓が少しずつ落ち着いていく。

フローレスは鏡で顔を見る。

目には隈、頬はこけている、ひどい顔だ。

本当の体の主である双子の姉に申し訳なく思う。

フローレスは不眠に悩まされていた。

疲れているから、すぐに深い眠りに落ちる。

暗闇の中で人の囁き声のような音が響いてい来る。

始めは、泣いているような小さな声は、次第に不満を漏らすような呟き声になり、怨嗟の呻きへと変わっていく。

それと同時に、肌に何かが纏わりつくような嫌な感覚が全身を包んでいく。

まるで、ゆっくり、泥沼に沈んでいっているようで、息が次第にできなくっていく感覚に陥る。

息苦しくてもがくと、目が覚めるのだ。

それを毎夜、何度も繰り返していた。

始めは、サラやフロント、マイクが駆けつけてくれたが、来ないように頼んだ。

こればかりは姉の体の魔力をうまくコントロールできないフローレスの問題だった。

虹の前女王である母の見立てでは、魔物の結界への干渉にネティアの体が反応して、無意識に魔力を蓄えているらしい。

この悪夢は、ネティアの魔力にフローレスの意識が飲まれようとすることで起きているそうだ。

だから、意識がある起きている間は、大丈夫なのだが、寝た途端、呼吸困難に陥っていしまうのだ。

フローレスはベランダに出て、夜風に当たった。

風は冷たく、火照った体を冷ましてくれた。

しかし、次第に熱を奪われすぎて、寒さを感じる。

フローレスは両腕で体を抱いて、まだ明けない東の空を見つめた。


『ネティア、早く戻ってきて‥‥お願い‥‥・』


寒さに耐えられなくなったフローレスは孤独な戦場へとしぶしぶ戻っていった。




***




女王の私室への出入りを禁止される事態になったシュウはランド邸に来ていた。

フローレス姫への婚姻の申し出を女王に直接申し込んだため、ナイト王子の怒りを買ったからだ。

ランド領主ジャミルは歓迎してくれた。

他の仲間の来訪はなかったらしく、珍しく1人だった。


「お前、なかなかいい度胸をしているな」


ジャミルはシュウの勇気を称えてワインを注いでくれた。

彼は、敵味方関係なく勇気あるものは認めれくれる男だった。


「私は非力な人間です。知恵を振り絞って欲しいものを取りに行っただけです」

「ナイトの怒りは買ったがな」

「『時期が悪かった』ので仕方ありません。ですが、ナイト王子は聡明なお方です。きっと、理解していただけます」


シュウは時期が悪かったと言ったが、本当は最適だった。

なぜなら、今のネティア女王はフローレス姫本人なのだから。

しかし、トップシークレットなので、ジャミルは知る由もない。

魔物との戦いが始まろうとしている時期だからと、解釈しただろう。


「女王の容態はどうなのだ?」

「よくないです。ネティア女王の結界は破壊されるでしょう」


ジャミルは目を見開いて細めた。


「よく冷静でいられるな。自領の危機だぞ」

「人が住むエリアはまだティティス前女王の結界の範囲です。しかし、鉱山を失うのは痛いですね‥‥」


想定される事実を見据えて、シュウはワインを一気に飲み干した。


「だから、フローレス姫が欲しいのです。レイスの民に希望を持たせるために王族の力が必要なのです。二代目レイス領主のように」


二代目レイス領主は婿養子で、初代虹の女王の息子だと言われている。

魔物との戦いで陣頭指揮を執り、各領地から集められた騎士達を一致団結させ、国の守護神と崇められた。


「フローレスに新たな国の守護神の役をさせるつもりか?」

「ええ、そうですよ。だって、女性とはいえ騎士です。それに、王族の務めじゃないですか?」


この戦いはフローレス姫に重い十字架を背負わせる。

結界を維持できずに、魔物の侵入を許し、多くの犠牲を出し、失った領土は戻らない。

フローレス姫は自責の念に駆られ、自分がレイスのために何ができるか考えるだろう。


「大役だな‥‥・フローレスの奴、戻ってきたら苦労するだろうな‥‥」


ジャミルが小気味よく笑う。

シュウも微笑で応える。


『本当に大役ですよ。ですが、これがあなたの運命です。たとえ、あなたに、非がなくとも‥‥』


シュウはワインを再びジャミルに注いでもらって、乾杯する。

こうして、ジャミルとの関係が構築された。




***




ナイトは自室でイライラしていた。

ここにある職務を放り出して、霧の大地へ直行したい気持ちでいっぱいだった。

行方不明の妻ネティアを探し出し、体を入れ替えているフローレスに体を返して、一刻も早く元に戻って欲しい。

魔物との戦いに自らも臨みたい。

しかし、国の留守居役であるため、それはできなかった。


フロントも同じ気持ちだった。

フロントは何度もティティス前女王に直談判に行っていた。


「どうか、私もネティア様を探しに行かせてください!これ以上、フローレス様の痛々しい姿を見てられないのです!!」


傍にいても何もすることができないことにフロントは苦しんでいた。

ワープを使えば、神殿から直接結界内に飛ぶことができた。

フローレス姫とは婚約解消の危機ではあるが、人目を気にしなくていいはずだ。

しかし、


「ダメよ。あなたは王宮にとどまり、ナイトの補佐を続けなさい」

「ティティス様!!」

「今、シュウが王の一族に接近しているでしょう。ナイトを支えられる人間は今はあなたの他いないわ」


フロントは口ごもった。

シュウが虹の王家に対し反旗を翻したとは思わないが、自己の利益のために動いている。

転び方によっては、王の一族側につくかもしれない。

ティティス前女王は大きなため息を吐いて、


「ラナ、フローレスを神殿に連れてきなさい」

「はい」


ラナが心得たとばかりに退室していく。

フロントはその真意を測りかねた。


「ティティス様、神殿で何をなさるおつもりなのです?」

「わたくしもこれ以上は堪忍袋の緒が持たないわ。事態は思ったより深刻よ。だから、ネティアに継承させた結界をまたわたくしの結界に戻す用意よ」


フロントは仰天した。


「そ、そんな、そんなことをしたら‥‥・!!」

「ネティアの女王としての面目は丸つぶれね。でも、このままだとフローレスの命に係わるかもしれないわ。あの子は魔力のコントロールができていない。結界を放棄するよう言ってあるけど、解除できるかも怪しいわ。それに、最前線で戦うレイス兵を無駄死にさせたくないの」


フロントは何も言えなかった。


「ネティアに2層の結界を早々に渡してしまったのはわたくしの落ち度よ。あの子なら大丈夫だと思ったのに‥‥」

「ティティス様、魔物との開戦直前ですよ。お体に障ります」

「みんな無理をしているわ。前女王であるわたくしが傍観など許されるわけがないでしょう」


もはや、黙ることしかフロントにはできなかった。




***




ライアス達はワープで再び結界内に戻ってきた。

到着すると、3人の人物が待ち構えていた。


「ライアス殿、お久しぶりです」

「あなたは、グリス殿。そして、ハオト君か」


レイス側用意した人員はネティア女王が王女の時、ランド行きを決行した時に護衛としてついていた2人騎士だった。

顔見知りでホッとした。

彼らなら、虹の王家の諸事情を察してくれる。

国王正規軍からはロイ、こちらもライアスは知っていた。

行方不明になったネティア王女の捜索駆り出された時、ライアスの後輩リュックにぶつかり、ルビに有り金すべてを差し出し、その後返却された騎士だ。

返却理由がロイの有り金がとても少なすぎたからだった。

その後、ナイト王子の直属の部下にと志願してきた。

志願理由は給与アップ。

しかし、今のナイト王子に余裕はなく、辞退したらしいが、まだ諦めてはいないようだ。

こちらも、トップシークレットを話しても問題はない。


「ライガ、派手にやったな。おかげですぐにたどり着けた」

「ネティア様が魔物に襲われて帰ってこれなかったら困るっすからね。それに、フロコに頼まれたから」


ライガは自慢げに答えて、顔を引き締める。


「さあ、ネティア様を迎えに行くっす。この近くに絶対来てるはずっす。ここに来る途中、高速で移動する青白い光を見なかったすか?」

「青白い光‥‥見た!なんか、ものすごく速いから、流れ星かなって思ってたよ!」


ハトオが勢いよく口を開いた。


「確かに見たな。あれが、虹の神殿に眠っていた魔物か?」

「そうっす。詳しくはよくわからないっすけど、前世のネティア様にとってはとても大切な人だったみたいす」

「‥‥なるほど、そういうことか‥‥フローレス姫に危害を加えた魔物がネティア女王の前世の近しい者だったということが漏れたら、ややこしいことになるな‥‥」

「そうっす。とりあえず、魔物の方は放っておいて、今はフローレス様が第一優先っす!このままじゃ、結界がファーストアッタクを受けただけで、一発アウトになってしまうっす!!」


ライガの説明にグリス、ハトオ、ロイは仰天する。


「そんなにお悪いのか?」

「ネティア様の魔力をコントロールできなくて、膨大な魔力に呑まれそうになって寝ることができない状態っす」

「なんと、お労しや…ネティア女王はこのことを御存じなのか?」

「ワープ拠点を作った時、手紙をリリィ様がしたためてくれたっす。魔物退治に戻ってきて、手紙がなくなっていたから、読まれてるはずっす」

「よくわかるな?」


ロイが不思議そうに聞くと、ライガは得意顔になる。


「ネティア様がつけてきてるのに気づいてったす」

「何!?気付いてて、見て見ぬ振りしたのか!?」

「無理矢理連れ戻すのはよくないっす。だって、ネティア様は女王様っすよ」


ロイは言いかけてやめる。

自分がライガの立場だったら強制的に連れ戻させたか、考えたようだ。


「さあ、行くっすよ。きっとそろそろ諦めて戻ってくるころっす」


ライガに促されて、ライアス、ニルス、グリーンに加え、グリス、ハトオ、ロイの6人はネティアを出迎えに動き始めた。

ワープ拠点の洞窟を出て、広大な窪地から這い上がる。

そこから、干しあがった沼地と焦土と化した森が見えるはずだった。

異変に気付いたのは、沼の主と白い怪鳥を壊滅させたライガとここまではるばる馬でやってきたグリス、ハトオとロイの4人だった。


「どうかしたのか?」


ライアスが不思議そうに立ちすくむ4人の背中に声をかけた。

後ろから来たグリーンが4人の前に出て驚愕の表情を浮かべる。


「ここ、以前着た場所と違います!!」

「なんだって!?」


ニルスと共にライアスも4人の前に出て息を呑んだ。

辺り一面、水面だった。

ワープ拠点は巨大な湖に浮かぶ島になっていた。


「‥‥・ここは‥‥・どこだ?」


ライアスが掠れた声で呟くと、


「わからん‥‥‥だが、どうやら転移させられたらしいな‥‥」


グリスが答えた。


「転移!?一体、誰が!?」

「あいつの仕業っす!!」


ライガが空を指して叫んだ。

青白い光が大きく円を描いて高速で飛んでいくのが見えた。


「あの魔物にこんな力があったなんて‥‥」


グリーンが呆然と呟く横で、ライガは傍に立ってた岩に拳を叩きつけた。


「クソ!やられた!!あいつ、ネティア様を返さないつもりっす!」


ライガの言葉に一同騒然となった。




***




ワープ拠点を目指して走っていたネティアも異変を感じて、足を止めた。


「え、嘘…ワープ拠点の窪地をがなくなってる‥‥」


道を間違えただろうか?

いや、そんなはずはない。

干からびた沼地、焦土と化した森、すべての目印がここにワープ拠点があったことを示していた。


『どういうことなの?』


急いで帰らないといけないのに、帰れない。

ネティアが混乱していると、その答えがすぐに明らかになった。

漂っていた霧が濃くなっていく。

辺りが見えなくなるほど霧に包まれたとき、それは姿を現した。

生まれ変わってからも、夢に見るほど愛していた妹の微笑みを目にして、衝撃に震えた。




***




傍観者は小高い山の上から南の大地の異変をずっと見ていた。

消えた窪地、そして、霧が台風のように集まっている場所に、青白い光とそれを追いかけていた人物が対峙しているのを見ていた。

偵察で飛んで行っていた2匹の蜂が傍観者の元へ帰ってきた。

そして、袖の中に入っていく。


「‥‥‥なるほど、時空を超えて、罪人どもが帰ってきたか‥‥・」


傍観者は薄く笑うと、2匹の蜂が再び顔を出した。


「慌てるな、今すぐ進行を開始する。罪人どもが内輪もめをしている。これは絶好の好機だ。今こそ、我らの土地を取り戻すのだ!!」


傍観者が号令を出すと、2匹の蜂はすぐさま決戦の地に飛び立った。














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