メッセージ
グリーン達は無事王都に帰ってきた。
神殿の地下の儀式の間にワープで帰ってきた。
「ここは?」
「虹の神殿の地下です。ここで重要な儀式を行います」
リリィ最高司祭はこの場所を知らないグリーン達に簡単に説明してくれた。
普段は利用されず、静寂に包まれている空間に遠くから足音が聞こえてきた。
「リリィ!」
ティティス前女王がラナに車椅子を押されて駆けつけてきた。
「ティティス陛下、ただいま戻りました」
リリィが膝を着くと、帰ってきた捜索隊メンバーはそれに倣った。
「皆、ご苦労だったわね。まずは体を休めなさい。神殿の仕事が終わり次第、報告を聞きたいわ」
「了解したました。では、後ほど」
リリィが恭しく礼をすると、ティティス前女王は神殿の仕事に戻っていった。
「それでは、一旦解散しましょう。夕刻にティティス陛下の執務室で会いましょう」
「了解しました、リリィ様」
ニルスが元気よく敬礼した。
リリィは体を休めるため、自室へ向かった。
残されたグリーン、ニルス、ライガ、ライアスは顔を見合わせた。
「一時はどうなるかと思ったが、無事に帰ってこれて良かった」
ニルスは背伸びをしながら、
「早速、ゼインたちに私の武勇伝を聞かせに行かなければ」
右腕を上げ、剣を天に指すようなポーズして完全に羽目を外している。
一同から苦笑が漏れる。
「ライアス殿はサラ様に顔を見せに行かないといけませんね」
グリーンがヒューと冷やかし、ニルスはニヤニヤした表情を向ける。
ライアスは照れて頭を掻く。
「プレゼントは後日のお楽しみということで、今日はお花でも持って行ってください」
「かたじけない…」
ライアスは洞窟で見つけた水の魔石をグリーンに預けていた。
アクセサリーに加工してもらうためだ。
グリーンはその足で水の魔石を職人に持っていくつもりだ。
「若はどうなさいます?」
「俺はもちろん、フロコに顔を見せに行く」
自身が所属する忍び衆の若頭ライガの予定を聞いたグリーンは固まった。
「きっと、俺の帰りを首を長くして待っているに違いないからな」
「‥‥いや、それはまずないですよ‥‥」
グリーンが顔を引きつらせながら言ってから、あることを思い出して、緊迫した表情になった。
「そういえば、出発前にフロントが若に渡した爆弾は!?」
「ああ、ちゃんと、持ってるぞ」
ライガは大事そうに懐からどす黒い塊を出した。
「「ひやー!!!」」
グリーンとニルスは抱き合って震えあがった。
まだフロントの本性をよく理解していないライアスはライガが持つどす黒い塊に顔を近づけ、
「ドクン、ドクンと脈打って、何やら呪詛っぽい声?が聞こえるが、爆弾ではないようだったぞ」
観察して教えてくれた。
「ライガ、帰ったか。待ちかねたぞ‥‥・」
どこからともなくフロントが現れた。
突然現れたフロントにグリーンとニルスは悲鳴を上げる。
「おお、今帰ったところだ、ハニー。俺の武勇伝聞きたいだろう?」
「いや、いい‥‥」
フロントはライガからどす黒い塊を奪い取ると、宙に浮かせた。
黒い塊は大きくなり、ドームのようになって5人を囲んだ。
ドームの壁に映像が映し出された。
「あ、これは結界の中の映像だ」
ニルスが叫んだ。
「なるほど、結界の中はこういう場所なのか‥‥」
フロントが映像を見ながら頷いている。
どす黒い塊は時限爆弾ではなく、映像記録装置だった。
フロントも結界内部の様子に興味があったようだ。
ライガに持たせて、情報収集に使ったのだ。
グリーンとニルスは安堵のため息を漏らして、離れた。
映像を映し出している黒いドームから1粒の光が排出されると、映像が消えた。
「ご苦労だったな、ライガ」
「おう、役に立てたようだな」
「ああ、貴重な資料をありがとう。だが、やはり、魔物が多いな‥‥」
フロントはそう呟いてから、ライガに会心の笑みを浮かべる。
「ご苦労ついでに、『もう一働き』してきてくれ、ライガ」
「え?」
「ワープ拠点の周辺の沼地や森には狂暴な魔物がいるから、頼んだぞ」
「それって、今から?」
「今すぐだ」
キョトンとしてるライガにフロントは天使の微笑みを作って、
『いってらっしゃい、ライガ。頑張ってね』
甘い女の声で囁いた。
ライガの顔がだらしなく緩む。
グリーンは嘔気を催し、ニルスは寒気を覚え、自身をきつく抱きしめた。
それと同時に展開していた黒いドームが収縮し始めた。
「早く出てください!この中にいたらまた結界内逆戻りです!!」
グリーンは他の2人に呼びかけドームから慌てて脱出した。
中に残されたライガはドームが閉じる瞬間、叫んだ。
「フロコ、愛してる‥‥・!!!!」
黒いドームはライガと愛の言葉をあっという間に飲み込み消えた。
静寂が訪れた。
グリーン、ニルス、ライアスは恐る恐る悪魔の所業を成し遂げたフロントを見やる。
「あの程度の魔物の掃除ならあいつ1人で大丈夫だろう。これでネティア様の捜索がしやすくなるはずだ」
そう言ってからグリーン達を振り返るフロントはどこまで穏やかな笑みを浮かべていた。
「3人とも、ここで見たことは黙っててくださいね。これもすべては、『ネティア様の捜索をしやすくするため』ですから」
ともっともらしい言い訳を理由に口止めをし、さわやかに手を振って去っていった。
グリーン達は恐怖でしばらく動けなかったが、
「ライガ殿は大丈夫だろうか?」
ライアスがいち早く呪縛から脱して、心配の声を上げた。
「まあ、大丈夫でしょう。いつものことですから‥‥」
グリーンはため息交じり答えた。
「なら、ライガ殿ことはひとまず置いといて、我々は体を休めますか」
気持ちを切り替えたニルスの言葉に、グリーンとライアスは頷いて解散した。
***
「捜索隊が戻ったんですって!?」
寝室で体を休めていたフローレスが飛び起きた。
「はい、今ティティス陛下の執務室で報告がなされているはずです。フロント殿が出席されいます」
マイクから聞いて、フローレスはいてもたってもいられなくなった。
「私も行くわ」
「フローレス様!そのような格好ではいけません」
寝起きのまま出かけようとするフローレスを慌ててサラが呼び止める。
部屋着のドレスから普段着のドレスに着替える時間はイライラした。
フローレスは部屋着も普段着も一緒だったからすぐに出掛けられた。
しかし、今は女王である姉ネティアの体だ。
ずぼらな格好では品位が傷つく。
着替え終わるとすぐに部屋を出た。
マイクとサラが慌ててついてくる。
「もう、なんでフロント教えてくれないのよ」
フローレスは憤る。
ネティア女王の捜索隊のことなら真っ先にフロントが気付いたはずだ。
しかし、フロントからは何の知らせも受けなかった。
その理由を知っているマイクとサラは背後で苦笑いしていた。
「リリィ、ライガ!!」
母ティティス前女王の執務室の扉を開けると、フローレスは一番親しい2人の名前を呼んだ。
母の前で報告を行っていたリリィが振り返った。
しかし、もう1人、ライガの姿が見当たらない。
「『女王陛下』、ただいま戻りました」
振り返ったリリィが恭しく礼をしてきた。
フローレスは我に返る。
ここは前女王ティティスの執務室。
リリィの両脇には同じ捜索隊のライアス、ニルス。その後ろには仮面をつけたグリーンがいた。
報告を受ける側の前女王側には、現女王の夫ナイト、その側近のフロントとシュウ、宮廷魔術師ヘレン、宰相カリウス、女王の親衛隊からはゼインが出席していた。
ほぼ身内だが、皆、公務の様相だ。
「ご苦労差様。無事に帰ってきてくれて、良かったわ」
フローレスは姉ネティアになりきり、母の横に立つ。
「はい、女王陛下もお元気そうで、わたくしも安堵いたしました」
「それで、結界内はどうでした?」
挨拶もそこそこにフローレスは切り出した。
「はい、結界内は深い霧に覆われ、魔物が群生しておりました。しかし、今は魔期のため、レイス領の境界周辺に集中しているようです。見つけたワープ拠点はとても神聖な場所で魔物は近づけいないようでした」
レイス領の現状を聞いて列席しているシュウがわずかに眉を潜めた。
「結界内にそんな場所があったのね…ご苦労だったわ」
前女王ティティスの労いにリリィ達は恭しく礼をする。
「ところで、ライガの姿が見当たらないようだけど?」
フローレスが気になっていることを母が聞いた。
ライアスとニルスがびくっと反応した。
すると、フロントが横から進み出て、進言する。
「ライガはワープ拠点の安全を完全にするために、『自主的に』魔物退治をしに結界内に戻りました」
「自主的に?」
フローレスが睨むと、フロントは目を反らした。
明らかに嘘をついている。
しかし、
「わかったわ。ライガなら問題ないでしょう」
母は追及せず、
「それで、あの子の足跡はあったの?」
行方不明の娘ネティアに話を変えた。
「いいえ。ですが、わたくしたちが来たことはお気づきになっていると思われます。ですので、メッセージを残してまいりました」
「さすが、リリィね」
「恐れ入ります」
「今日はゆっくり休んで、次から本格的な捜索開始してもらうわ。ライアス、ニルス、頼んだわよ」
「「はっ!」」
「リリィは今回限りだけど、ワープ拠点の場所をレイガルとビンセントに伝えて、人員をよこしてもらうわ。誰が来るかはわからいけど、それなりの者がくると思うから協力して頂戴ね」
「経験豊富な騎士の応援があるのであれば、ありがたいことです」
ライアスとニルスがほっとした様子をみせる。
捜索隊の隊長に任命されたライアスは水の国からまだ来たばかりで、ニルスも女王の親衛隊でほぼ王宮内の仕事が主で外や結界内のことには疎かった。
「それでは、ヘレン。レイガルとビンセントに早急に知らせを出してちょうだい」
「承知しました、ティティス陛下」
「連絡が付くまで、捜索隊は待機を」
「はい」
「では、解散」
捜索隊のライアス達は敬礼して速やかに退室していった。
その後に、ヘレン、シュウとカリウスが続いた。
リリィは退室する前にフローレスの元へやってきた。
「大丈夫ですよ。手紙を読まれたらきっとすぐ戻ってこられます」
リリィは安心させるように言ってくれたが、フローレスのネティアへの不信は強い。
「‥‥本当に、すぐ帰ってくるかな‥」
「戻ってきますよ。だって、この国の女王ですもの。それに、大事な妹のために」
俯いていたフローレスが顔を上げると、リリィは優しく微笑んで、
「ネティア様は今のフローレス様の状態を知らないのです。今のあなたの状態を知ったらすぐ帰ってこられます。前世の妹より、生きているあなたを絶対お選びになります。だから、信じて待ちましょう」
母がさらに言葉を継ぎ足す。
「リリィの言う通りよ、ネティアは絶対にあなたを不幸にはしないわ。前世の妹の残留思念が出てきて一時的に感情に流されてしまったのよ。冷静になれば、すぐに戻ってくるわ。今がどんな時か、前世の記憶を持つ女王のあの子なら嫌というほどわかっているでしょうから」
フローレスはナイトとフロントに視線を送ると、2人も頷いた。
「そうだね、ネティアを信じて、もうちょっと頑張る」
フローレスは弱弱しいが希望に満ちた微笑を零した。
***
静まり返った洞窟でネティアは反省していた。
リリィが残しっていった手紙を読んでフローレスの体調が優れいないことを始めて知ったのだ。
結界が不安定な感じはしていた。
それはフローレスと体を入れ替えたことで、多少の影響が出ているとだけ思っていたが、事態は思ったより深刻なようだ。
冷静になって考えてみれば当然のことだった。
フローレスは無魔力体質。
膨大な魔力を宿すネティアの体になじむわけがなかったのだ。
魔物達の総攻撃も始まろうとしている。
すぐにでも王宮に戻って、女王として結界を盤石なものにしなければならない。
前世の妹を追いかけまわしている場合ではない。
だが、フローネを放ってはおけない。
そんなことを考えている場合ではないのに、頭から離れない。
フローネはただの残留思念。
魔物に襲われる心配はないし、この魔力を含む濃霧があれば思念を保つことができる。
後で探しに行っても問題はない。
優先すべきは、現妹フローレスと魔物と戦く兵士達。
自分に言い聞かせるも、踏ん切りがつかない。
王宮に戻ったら再びフローネを探しにいくことができるだろうか?
説得すれば、許してくれるかもしれない。
だが、きっと、監視が付く。
それに、フローネを捕まえた後どうするか?
ネティアの希望としては虹の王宮に再び連れ帰りたかったが、それは絶対に許されないだろう。
だが、今、フローネを捕まえることができたなら、どこか他の場所に封じることができる。
ネティアは迷った末、ワープの魔法陣を見つめて、
「フローレス、もう少しだけ、待ってて。後1回だけ、フローネを探させて。それでダメだったら、諦めて戻るから」
王宮で帰り待つフローレスへ誓って、洞窟の外へ走り出した。