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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第3章 2人の妹
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一発逆転の切り札

治安部に出勤したバルドはいつものように見回りに出かける兵士達に点呼をかけていた。

広い王都を見回るためにはせめて5人の班を10班欲しいところだが、5班しかない。

しかも、構成員は3人だった。

もし、事件があった時、詰め所に応援に駆け付けられる人員も確保しておかなければならない。

それに、事務仕事もこなす人材もいる。

特に、責任者であるバルドの仕事量は膨大だ。


「また、娘たちに怒られてしまう。年寄りには辛いわい‥‥・」


帰りを待つ娘たちは父である自分の健康を心配してくれているのだろうが、人員がいない今はどうすることもできない。

魔期で兵を出している王族派には。

反王族である4大貴族、別称王の一族は、王の座をまた逃したことで再び非協力的になってしまった。

水の国から来たナイト王子に次期王の座を奪われたからだ。

非協力的ならまだしも、妨害行動まで今回は起きた。

魔物討伐に出兵しないため、国の兵力の過半数を持つ王の一族は体力を増強している。

彼らが謀反を起こせば、戦いで疲弊している王族派は一溜まりもない。

だが、もし、彼らが協力してくれれば、国は安定し、魔物の脅威も薄れる。

先日、若いレイス領主シュウがその王の一族の協力を取り付けてみせると、豪語していった。

人望のある前レイス領主ビンセントならともかく、非力で養子の彼に不可能だと、バルドを始めとする多くの者がそう思っていた。

しかし・……


「バルド様、ランドの騎士がお目にかかりたいと申しております」

「何、ランドの騎士が?」


バルドはまさかと思いつつ、面会することにした。


「お久しぶりです、バルド様」


友好的な笑顔で入ってきたのは、ランドの将軍フォークだった。

ランド領主ジャミルの右腕にあたる人物だ。

フォークは王都の治安維持のため、ランドから兵を出すことを申し出に来たのだ。

バルドは目を剥いて、言葉が出なかった。

シュウ・レイスは本当に王の一族から協力を取り付けることに成功したのだ。




***




ランドが王都の治安維持のために、兵を出すという知らせはすぐに王都の留守を預かる女王の夫、ナイト王子の元に届けられた。


「シュウ、よくやってくれた」

「恐縮です」


シュウはナイトに褒められていた。

フロントも驚いていた。

まさか、一番辛酸をなめたランドが王家に歩み寄ってくるとは思わなかったのだ。


「一体、何をどうしたんだ?」


ナイトも不思議で仕方ない様子だった。


「それは後程わかると思います」


シュウはもったいぶったように言わない。


「まさか、飛んでもない条件を飲んできたんじゃないだろうな?」

「そういうことはではありません。頑張るのは私ですから」

「シュウが頑張る?」

「はい。その頑張り次第では、私を王の一族の一員として認めてくれるそうです」


ナイト王子とフロントはまた顔を見合わせる。

敵側に着くということかと思ったのだ。


「ご心配に及びません。レイスは常に女王の味方。ゆえに、ナイト様に反旗を翻したりいたしません」

「それは、良かった。だが、他の王の一族は、どうなるんだ?」

「私の下につきますから、心配無用です。もともと王の一族の筆頭はレイスですから」


フロントとナイト王子は再び顔を見合わせた。


「あの、ジャミルがシュウ様の下に着くと言ったのですか?」

「ええ、言いましたよ。ある条件を達成すれば」

「ある条件?」

「サプライズですので、秘密です」


困惑するフロントにシュウはさわやかな笑顔を返してきた。


「それでは、私はこれで。仕事が立て込んでおりますので」

「ああ、急に呼び出してすまなかった‥‥」

「いいえ、ナイト様に報告する手間が省けました。すべては、国のため、労力は惜しみません」

「さすが、俺の右腕だ」

「恐縮です。ナイト様方も、今の仕事に専念してください。もう少し頑張れば、きっと楽になるはずですから‥‥」


シュウは含みを持たせる言い方をして、恭しく退室していった。

フロントとナイトは閉まったドアをしばらく見つめていた。


「‥‥・どう思う?」

「‥‥・わかりません‥‥・ですが、あのジャミルが動いたということは、シュウ様の提案した条件がよほど重大だったということですね」


ナイトは椅子の背もたれに寄りかかる。


「シュウが出した条件って、なんだ?」

「さあ‥‥・あのジャミルが、あれほど見下していたシュウ様の下についてもいいという切り札は、私には思いつきません‥‥」


フロントとナイトは首を傾げた。

ナイトを始めとする虹の王家には王の一族を服従させるだけの切り札はない。

レイス領主であるシュウ個人が使える切り札になる。

だが、一領主が他の、対立する貴族達を従わせるほどの切り札を持てるのだろうか?

没落寸前のレイスは虹の王家の次に敬われ、貴族の頂点に立つ家柄だ。

今もそれは変わらない。

前領主ビンセントが存命の内は‥‥


『今のレイスに‥‥・シュウ様に一体何ができるんだ?』


非力で人望の薄いシュウの秘策にフロントは疑問が尽きない。




***




ジャミルは執務室で物思いに更けていた。

シュウの提案を聞いて、心穏やかではなかった。


「ははは、何だ、ジャミル。シュウに出し抜かれたのが悔しいのか?」


部屋に入るなり、ブラッドは笑いながら近づいてきた。

ヘイゼルも一緒だった。


「フォークが治安部へ行ったぞ」

「そうか……」


ジャミルが力なく返事をすると、ブラッドが肩を叩いてきた。


「シュウの奴、貧弱だけど、度胸はあるよな」

「……そうだな、まさか、あいつがあんなことを考えていたとは思いもしなかった‥‥」


ジャミルは素直にシュウを認め、行動を起こした。


「シュウもレイスを守るために必死なのだろう‥‥・」


ヘイゼルは窓に立ち外の景色を眺めてから、


「だが、実現すると思うか?」


振り返りざまに2人を問う。


「……それは、何とも言えないよな‥‥だってよ‥、今あいつ、行方不明じゃん‥‥‥」

「すぐに見つけられるだろう。あれでも一応王族だ」


ブラッドが歯切れ悪く言うと、ヘイゼルは即答した。


「なんにしても、シュウの条件は完璧だ。あいつとて無碍にはできんだろう」


ジャミルも意見を言う。


「受け入れると思うか?」

「現状、受け入れるしかない。あれを庇護する者はいないのだからな。断ったら本物の大馬鹿だ」


懐疑的なブラッドにジャミルは考えを述べた。


「シュウの計画が成功したら、我々の悲願は一応達成されるな」

「自らの手で達成したかったが、止むを得ん」

「本当か?本心はほっとしてんじゃないか?」


ブラッドの指摘にジャミルは口ごもる。


「ミゲイルも同じ気持ちだと思うぞ。シュウに感謝だな」


ブラッドが大笑いする横で、ジャミルは咳払いをして、


「ところで、ミゲイルは何をしているんだ?」


ヘイゼルに訪ねる。

だいたいいつもジャミルの傍にいるのだがここ最近不在だった。


「手を打ちに行ったぞ」


その言葉にジャミルの顔が青く変色する。


「シュウの話を聞いて、落ち落ちしてられないと思ったんだろうな」

「お前がぐずぐずしてるからだぞ」


珍しくブラッドにもいじられるジャミルだった。




***




ナイトは執務室で1人、書類をチェックしハンコを押し終わったところだった。


「ああ、疲れた‥‥・」


フロントとシュウはまだ戻ってきていない。

2人とも忙しいのだろう。

ナイトは伸びをしてから、自分でコーヒーを入れて飲む。

久々の1人の自由時間を満喫する。

レイガル王が出兵してから、ただひたすら、書類チェック、ハンコ押し、会談や視察、兵士、官僚への激励、調べ物、勉強、シュウとフロントが裁ききれない重要な決定などをこなしてきた。

目が回る忙しさで、物思いに更けいる時間がなかった。

やはり、一番の心配は妻ネティアのことだ。

現世の妹フローレスを前世の妹フローネから守るため、自ら体をフローレスと入れ替え、自分が支配する結界へフローネと共に飛び、彼女を再び眠りにつかせようとしている。

魔期に結界の外側に行くことは非常に危険だ。

宿敵の魔物が大軍を率いて押し寄せてくる時期だからだ。

国主である女王のネティアがもし魔物達に見つかったらと思うと、ゾッとする。

しかし、ネティアも考えなしに危険なことはしないはずだ。

ライガから生存の確認を聞いてほっとしていた。

入れ替わったフローレスの無魔力体質のお陰か、魔力に敏感な魔物達から付け狙われてはいないようだ。

もし、自分の体だったとしても、ネティアには結界がある。

それに、前世の記憶もある。

魔物達への対処法もネティアなら知っているはずだ。

故に、妻への心配は多少は薄らいでいる。


今、一番問題なのは、義妹フローレスだ。

姉のネティアと入れ替わったがために、やったこともない女王の公務をしなければならなくなった。

フローレスは王女でありながら騎士になりたいと、反発していて、ほとんど貴婦人としての教育を放置していた。

そのつけが、まさかこんな形で返ってくるとは思いもしなかったことだろう。

不幸中の幸いか、体調不良が活発なフローレスの性格を押し隠してくれている。

フローレス(ネティア)が魔物に連れ攫われたショックがあるからと、周囲も静観している。

しかし、今は魔期、いつまでも体調不良を理由に女王が人前に出ないわけにはいかない。


『ボロがでないように、みんなでサポートしないとな…』


不意にフローレスの元へここ2、3日プライベートで会っていないことを思い出す。

今夜、手土産をもって、フローレスのところに行くことに決めた。

きっと、ストレスをためているに違いないから、愚痴を聞きにいかなくては。


そして、次に浮かんだのがシュウのことだ。


『それにしてもシュウの奴、一体、どうやってジャミル達を丸め込んだんだ?』


シュウは頭脳明晰であるが、もったいないことに他は不足している。

名門レイス家の当主だが、養子なので嫌煙されていて人材はごく少数。

術者でも、騎士でもなく、文官で、執事の息子だったという身分から騎士達からも不人気だった。

1番の強みである領地も、度重なる魔物の襲来で年々力をそがれ、貧しい。

あるのは、虹の王家の次の地位、貴族の頂点という名誉だけだ。

金も、人も、物もなく、あるのは地位と彼の頭脳だけだ。


『…一発逆転の発想・…シュウにはレイス領主の地位しかない。ないなら、何かを持ってくるしかない‥ジャミル達を従わせられるもの‥?』


ナイトが考え込んでいると、遠慮がちに執務室のドアが開いた。


「ナイト様……今、お1人ですか?」


バルドは部屋の中を見回しながら、聞いてきた。


「ああ、今ちょうど1人だ。仕事が早く終わって一息ついていたんだ。フロントとシュウはまだかかるだろうな」


ナイトがそう答えると、バルドはさっと中に入り込み、ドアを閉めて鍵までかけた。


「バルド?」

「内々にナイト様にお話ししたいことがあります」


バルドは深刻そうな顔をナイトに向けた。




***




シュウは資料をまとめて、本棚に直してから汗を拭っていた。

超特急で仕事を終わらせ、時間を見る。

時計の針は午後の3時30分を指していた。


「シュウ、行くのだな?」


背後から声をかけられた。

宰相のカリウスだ。

シュウはカリウスと共に仕事をしていた。

彼ら2人の仕事は各部署や団体の意見を集めてまとめること。

それらをもとに経費の予算の分配を決める。

最終確認をナイト王子に行ってもらう。

シュウたちの今日の仕事は思いの他早く終わった。

それもこれも、貧弱だった財務部がナイト王子の後ろ盾を得てまともに機能するようになったおかげだ。

ナイト王子が後ろ盾に立つということは水の国が支援してくれることでもある。

予算が足りない場合は、外戚の水の国を頼ることが可能になったことも大きい。


話を戻して、公務の定時は午後5時。

残業しても午後6時までとシュウは決めている。

シュウにはレイス領主としての仕事もあるからだ。

どうしても残業がしたくない時は、早めに出勤するか、同僚のフロントに頼む。

しかし、彼には頼りたくない。

文武両道に加え、才色兼備で性格も良く、人望もある彼に任せておけば、失敗はない。

それでも、頼りたくない。

嫉妬もあるが、彼には負けてはならないのだ。

絶対に。


今日、シュウは勝負をかけることにしていた。

シュウは時間を作るために、早朝から仕事を始め、カリウスも手伝ってくれた。


「シュウ、君には期待している」


カリウスが仕事の手を止めて、見送りに来る。

本当はまだ仕事は山積みなのだが、今日はシュウの分までカリウスが引き受けてくれた。

カリウスはシュウの一番の支援者と言っても過言ではない。


「あまり期待しないでください。成功するとは限りませんから…」

「しかし、王の一族が動いた。君の計画が成功すると見込んでのことだろう」


シュウは答えずに微笑だけを返した。

ジャミルが動いたのは、『やってみろ』という圧力だ。

だが、それは期待の裏返し。

なぜなら、シュウがやろうとしていることはジャミル達には到底真似できないことだった。

だから、支援に回ったのだ。

環境を整えるために。


「それでは、行ってきます」

「健闘を祈っている」


ことは動き出した、もう後戻りはできない。

何があろうとも。

シュウは覚悟を決めて、運命の場所へ赴く。




























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