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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第3章 2人の妹
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心構え

出発したネティア女王の捜索隊は竜の森にたどりついていた。

いつもは竜たちがいるのだが、騎士のパートナーと共に魔物討伐へ一緒に出発したためもぬけの殻だった。


リリィは森にある湖面を使って、主である前女王ティティスと交信を試みる。


『ティティス陛下、リリィです。聞こえますか?』


リリィが呼びかけると、すぐに湖面に人の顔が浮かんだ。


『聞こえるわ、リリィ。竜の森にたどり着いたのね』

『はい、皆、準備は整っています』


リリィは捜索隊の面々を見ながら言った。


『わかった、皆を一か所に集めて、しばらく待ちなさい』

『了解しました』


湖面の映像が消えた。


「みんな、一か所に集まって。これから転送されるわ」

「リリィ様を中心にして、転移する。リリィ様を魔物から守るんだ。魔物は魔力の動きには敏感だから、ついて早々攻撃を受ける可能性がある」


結界辺境へ行ったことがるライガが号令をかけた。

事実上の隊長はライガだ。

ライガ、ライアス、ニルス、レッド、ブルー、グリーンがリリィの周りを囲むように集まった。

リリィは杖を振うと全員を青白い光で包む。

リリィが張ったバリアだ。


『皆、準備はいいわね。転送します!』


ティティス前女王の声が聞こえ、青白い光のバリアをさらに金色の円柱の光が覆い、天まで一気に伸びた。

転移中、キーンと耳鳴りが鳴る。

金色の光が薄くなると、耳鳴りが回復。

視界に濃霧の漂う荒れた大地が入ってきた。


「ティティス様の結界の外周エリアに間違いないっす」


ライガがリリィに報告した。

リリィを始め、捜索隊のメンバーは息を呑んで初めて見る結界外部の大地を見回した。

大小さまざまな形の岩が転がり、土は重く湿っていて、低い草ところどころに生えている。

痩せた木が濃霧の中で見え隠れし、不気味に立ち並ぶ林。

その合間に、赤い光が点々と見えた。

その数が増えていく。


「魔物だ!全員戦闘態勢!」


ライガが叫ぶとライアスとニルスは剣を抜いた。

レッドとブルーは短剣を、グリーンは手裏剣を手にした。

リリィは杖を振って、全員に防御力アップの魔法を掛けた。


『皆、気を付けて行ってきてちょうだい‥‥』


転移魔法の光が消える直前、ティティス前女王の声が響いた。

ふわりと浮いた感じが消え、大地に足が付く。

遮断されていた濃霧と瘴気、魔物達の唸り声が押し寄せてきた。


「リリィ様、ここでは魔法は極力使わないでほしいっす」

「わかってるわ、範囲を絞って、最小の魔力で援護するわ。まずは、視界を確保します!」


リリィは杖を振って、半径5メートルに風を起こし、濃霧を払う。

視界が晴れ、魔物の数が視認できるようになった。

三つ目のオオカミのような魔物が群れに包囲されていた。


「ざっと、50体はいるな」

「じゃ、俺達で30体だな」


レッドとブルーが言うと、ライガが


「全員で一気に片づけて、すぐにこの場所を離れて、魔力の痕跡を消す!グリーンはリリィ様の傍を離れるな!」

「承知っす、若!」

「行くぞ!」

「「はい、若!」」


ライガを先頭にレッドとブルーが魔物の群れに突進していく。


「我々も行くぞ、ニルス!」

「はい、ライアス殿!」


ライアスとニルスも魔物の群れに切り込んでいった。

親衛隊として王宮内の勤務だったニルスは、人間以外の戦闘経験があまりなく、少々手こずっていた。

しかし、数々の修羅場を潜り抜けてきた忍び衆とライアスはドンドン魔物を片付けていった。


「血の匂いを嗅ぎつけた他の魔物が来るっす!すぐに移動するっす!」


最後の魔物を倒したライガはすぐに号令をかけて、駆けだした。

グリーンはリリィを背負ってライガの後を追う。


「ニルス、大丈夫か?」

「かたじけないです‥‥・」


息を切らせるニルスにライアスは肩を貸して、駆けだす。

その後を護衛するように、レッドとブルーが追随した。

上空を多数の鳥の群れが通り過ぎていく。

死んだ魔物の血の匂いを嗅ぎつけて集まっていっているのだろう。

他の魔物達も集まっているようだった。

それらをすり抜け、一度結界内部に逃げ込んで、魔物を撒いた。

その後、半日休んで、魔物達の気配が落ち着いてから、ネティア女王の支配する結界外部へと出発した。




***




捜索隊を結界の外円に魔法で送り届けた後、ティティスは虹の民の願いを聞き、神殿に立ち、祈りをささげる。

重病人の治療も回ってくる。

いつもなら、右腕の最高司祭のリリィ、後を継いだ娘ネティアがいて分担ができた。

しかし、今は1人だった。

遠方へ複数人の転移魔法後に、日々の公務を1人でこなすのはかなりの負担がかかった。

しかし、それだけで仕事は終わらない。

夕食にフローレスが顔を出すようになっていた。

ネティアの体に少し慣れてきたようだ。


「ネティア、体の調子はどう?」

「だいぶ、いいです」


公の場では、体の方の名前で呼ぶ。

フローレスは言葉少なに答える。

言葉遣いでバレないためだ。


「では、この後、あなたの部屋にいってもいいわね?」


そう聞くと、伏せ顔だったフローレスが思わず顔を上げた。

一緒に食事をとっていたナイト、フロントも顔を上げた。


「陛下、今日はお疲れでしょう?後日にされては‥‥・」


控えていた侍女長ラナ、皆の思いを代弁するように口にした。


「そうも言ってられないでしょう?初回攻撃ファーストアタックがいつあるかわからないのだから」


そう言って、ティティスはフローレスの眼を見据える。


「心構えを教えておかないといけないわ‥‥‥・」


フローレスは息を呑んで、居住まいを正して、


「……はい、お待ちしております」


小さく答えた。

その声は震えていた。







全ての私用を済ませてから、ティティスはラナを伴ってフローレスの元を訪れた。

フロントが出迎えてきた。


「フロント、基礎練習の復習はちゃんとさせた?」


ティティスが尋ねると、フロントは神妙に答えた。


「はい‥‥・一応はちょっとした魔法を扱えるようにはなっています」


そう言って、中にいるフローレスに視線を向けた。

フローレスは水の魔法の練習をしていた。

蒸発させた水をコップの中に戻しているところだった。


「魔法が使えるのが面白いのか、夢中なんです‥‥・」


フロントが顔を綻ばせて言った。

魔法が使えないフローレスに魔法の講義をしていた彼は理解してもらえないことに苦悩していた。

魔法を実践してやって見せても、フローレスの反応は手品を見ているような感じだったのだ。


「ちゃんと、覚えていてくれたようです……」

「そう、良かったわ。あなたが辛抱強く押してくれたお陰よ…」

「恐縮です」


ティティスはフロントに労いの言葉をかけて、フローレスの元へ行く。

フローレスは水をコップに戻すと、居住まいを正して立ち上がった。


「座ってていいわ‥‥」


フローレスの額の汗を見て、ティティスはそう言った。

頑張ってはいるのだろうが、無理をしているのは明らかだった。


「フローレス、あなたはよく頑張っているわ」

「はい、ありがとうございます」

「でも、あなたが今いくら頑張っても、あなたでは無理なの」


頑張っている者に対して、辛い言葉だった。


「わかっています‥‥」


俯く娘をティティスは優しく抱擁する。

頑張る娘を労うためでもあるが、自らの顔を見せないようにするためだった。


初回攻撃ファーストアタックまでにはネティアは戻ってくるつもりだと思うわ。でも、魔物達がいつしかけてくるかは、誰も予想できない。‥‥もし、ネティアが戻ってこなかった時は、あなたは、自分の身を守りなさい。対策はちゃんと立ててあるから‥‥・」

「それは、本当?」

「ええ、レイスに戻ったビンセントに抜け目はなし、父上だって頑張るわ。たとえ、ネティアの結界が突破されてもわたくしの結界がまだまだ健在よ。だから、安心しなさい」

「突破された結界はどうなるの?」

「取り戻せばいいのよ」


ティティスはフローレスの髪を撫でながらできるだけ、優しく語り掛けた。

嘘がバレないように。

一度消えた結界を復活させることはできない。

魔物達はこの好機を逃すほど甘くない。

もう1000年近く戦っているのだから。

今まで7層の結界が脅かされたことなど一度もなかった。

今回が初めてで、ティティス自身が本当は不安でいっぱいだった。

しかし、何も知らない娘に弱気なところは見せられない。

もしもの時に備えて、フローレスにできるだけ魔力の扱い方を覚えさせる。

最悪の事態に陥ったとしても、フローレスが負うダメージを最小限に抑えられるように。


「フロントから呼吸法は習ったわね」

「はい」

「それを24時間いつでも自然にできるようになりなさい」

「24時間!?寝てる時も?」


フローレスは驚いて声を上げた。


「それが基本なの。その呼吸法をマスターできれば、魔力は血の流れと同様に体内を循環する。よどみなく循環すれば、体は楽になるわ。それどころか、元気になるわ。魔力で倍の力を出せるようになるわ」

「元気になる……?」


大量の魔力を持て余し、体が押しつぶされそうになっているフローレスには信じられない話のようだ。


「奇跡でも起きない限り、あなたがその領域に到達するのはまず不可能でしょう」


そう言って、ティティスはフローレスから離れた。


「ラナ、持ってきたものを出してちょうだい」


ラナが進み出て、手のひら大の箱を出してティティスに渡す。

ティティスは膝の上に置いて蓋を開けた。

青い魔石をはめ込んだ一対のブレスレットを取り出した。


「これは魔力を制御することができる装具よ。これをつければ少しは楽になるはずよ」


そう説明して、自らの手でフローレスの腕にブレスレットをつけた。


「あ‥‥・!」


フローレスが小さく声を上げた。


「どう?」

「……だいぶ体が楽になりました‥」


フローレスの声に若干明るさが混じっていた。


「サラ、このブレスレットが目立たないように服装を気を付けてね」

「はい?見えてはいけないのですか?」


サラがきょとんして聞くと、ラナが説明する。


「そのブレスレットは魔力を制御するもの。そのようなものを虹の女王が公然と身に着けていたら、不審に思われる」

「も、申し訳ございません!バカな質問をしてしまいました」


サラは顔を真っ赤にして頭を下げた。


「‥‥・そういうことだから、フロント、気を付けてちょうだいね」

「かしこまりました」

「フローレス、明日から公務に出てもらうわよ」

「はい、母上」


少し元気を取り戻したフローレスの頭を撫でて、ティティスはラナを伴って自室へ帰っていった。




***




翌日、フローレスは姉である女王ネティアとして虹の神殿に立っていた。

しかし、神殿の業務ができるほど魔力がコントロールできないので、母、前女王ティティスが参拝に訪れた者たちに加護を授けたり、治療を行っていた。

フローレスは神殿に来た相談者の話を主に聞いていた。

魔術師だがヘレンが補佐として傍らにいた。

マイクとサラは陰で秘かに見守ってくれていた。


「女王様、お加減はもうよくなりましたか?」


相談者の老婆に声をかけられ、フローレスはビクリとした。

むろん、本調子ではないが、そんなことは言ってられない。


「ええ、良くなりました‥‥」

「それは良かったです。この魔期の季節に女王様に倒れられたら、出兵した孫たちが無事に戻ってこれませんから」


老婆はフローレス(ネティア)に手を合わせる。


「私は夫も子供も魔物に命を奪われました。どうか、孫はそうならず、天寿を全うできるよう、お祈りください」

「………わかりました‥‥祈りましょう‥‥お孫さんとあなたのために虹の女神の加護を‥‥」


フローレスは責任の重さを強く感じながら、祈りを捧げた。

銀色の光が老婆を包んでから、願いを載せて天に昇っていく。

その際、魔力が消費されるのか、フローレスは体が少し楽になったような気がした。


「ありがとうございます‥‥」


老婆は礼を言って、フローレスの傍らにいる魔術師のヘレンに目に不思議そうに眼を向けた。


「ゴホン、今、最高司祭は不在なの。魔物の襲来もあったから、私が護衛も兼ねて、最高司祭の代わりを務めているの」

「そうでしたか、失礼しました‥‥」


老婆は頭を下げて、帰っていった。

フローレスとヘレンは大きなため息を吐いて、再び仕事に戻った。

その後も、相談者から不思議そうに視線を投げられたが、何とかやり過ごした。

部屋に帰った時はフローレスもヘレンももうヘトヘトだった。


「これが毎日続くかと思うと辛いですね」

「ええ…本当に‥‥」


ヘレンの言葉に同意しながらフローレスは相談者の話を聞いて祈りを捧げた時のことを思い出していた。


「ヘレン、私の祈りで、ちゃんと届いてるかな‥‥」


ヘレンはキョトンとした顔をしていたが、微笑みを浮かべてフローレスの頭を撫でる。


「大丈夫ですよ、フローレス様の祈りでも、ちゃんと虹の女神には届いてますよ」

「‥‥・ありがとう‥‥・」


祈りが届いているか、本当のところは誰にもわからない。

でも、きっと虹の女神は聞いていくれている。

そう信じることにした。





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