王の一族への秘策
ナイトは出立した捜索隊を物見台に上って見送っていた。
隊長のライアスが気付いたのか、手を振るのが見えた。
ナイトはそれに応えて手を挙げた。
捜索隊を不安な気持ちで見送る。
『大丈夫、きっと、大丈夫だ……』
双子の妹と肉体を入れ替えて魔物が跋扈する地にいる妻ネティアの無事を祈る。
魔物が跋扈する危険な場所ではあるが、結界師である彼女の支配領域だ。
宿敵である魔物達も気付いたからと言って、彼女にそう簡単に手は出せないだろう。
しかし、宿敵の虹の女王が目の前にいたら、何としても仕留めようと躍起になるはずだ。
『ネティア・……』
不安でいっぱいになる。
自分が蒔いた種で、愛する者が犠牲になるのは耐えがたい。
妻ネティアを始め、虹の国民はただナイトの思いつきに巻き込まれただけに過ぎない。
飛んで行って、妻をこの手で守りたい。
しかし、今の状況ではそれは叶わない。
信頼する部下に、任せることしかできない。
『ライアス・……頼んだぞ・……』
自分の思いを託して、ふと、思う。
『信頼する部下?』
疑念が湧く。
ライアスはナイトの最初の従者であり、任務を忠実にこなしてきた。
最も実績のある部下と言っていい。
だが、ライアスを信頼できる部下かと言ったら、違った。
確かに、彼に任せていれば、必ず任務を全うしてくれる。
しかし、彼に頼むと、副作用みたいなものが主のナイトに生じる。
それは日頃のナイトの行いの精でもあるが、ライアスの正直すぎる性格も起因している。
最近の例で言えば、親衛隊の件がある。
ライアスはナイトの仕打ちを打ち明け、すぐに敵対する親衛隊の仲間入りを果たした。
対して、ナイトは親衛隊から軽蔑の眼差しを向けられ、味方に引き入れるのに四苦八苦している。
ナイトは青ざめた。
『頼むから……ネティアに余計な事、言わないでくれよ……!』
前世から現世も夫婦になった最愛の妻と、絶対に不和にはなりたくない。
『ああ、やっぱり、連れてくるのアルトにしとけばよかったかな‥‥』
ナイトは後悔していた。
今までの経験上、ライアスによる副作用は必ず発生するのだ。
ナイトとネティアの愛が試される。
***
フロントはティティス前女王に呼び出されていた。
現虹の女王、国王ともに不在という前代未聞の事態、その留守中の役割分担の話だった。
女王を退位したとはいえ、まだ虹の結界の大半を支配していてるティティス前女王はまだ事実上、国の最高権力者だ。
「わたくしはネティアとリリィの代わりに神殿に立ち、捜索隊の帰りを待ちます。王の仕事はナイトに全部任せることになるわ。あなたにはナイトの補佐として、主に騎士達の取りまとめをしてもらいます。親衛隊はゼインに任せましょう。彼なら、親衛隊をまとめ、あなたの力になってくれるでしょう。政務の方はシュウに任せて問題ないでしょうから」
予期していこととはいえ、フロントに断ることはできない。
ただ、フローレス姫のことが気がかりだった。
「フローレスのことが心配なのはわかるわ。でも、国のこともおろそかにはできないでしょう。フローレスの専属警護はマイクに、不測の事態に備えて、ヘレンを傍に置いておくわ」
「……承知しました。ナイト王子の補佐に全力で当たります」
フロントはそう答えるしかない。
水の王家から来たナイトは現虹の女王ネティアの夫ではあるが、まだ国王にはなるには信用がない。
双子姫の騎士、別名、魔王と恐れられている自分なら騎士達をまとめることはそう難しいことではなかった。
『ナイトはできる子だ。しかし、きっと慣れない土地で心を許せる者も少なく、心細いに違いない。フローレス様にはヘレン様が付いていてくださる。きっと、大丈夫だ。何かあれば、私も、ティティス様もすぐ駆けつけられる‥‥・』
フロントはそう言い聞かせながらナイトの元へ向かった。
「ナイト様、王の一族の取りまとめ、このシュウにお任せください」
執務室に入るなり、シュウがそうナイトに申し込んでいるところだった。
いつになく熱がこもっている。
「だが、シュウには政務の方もあるだろう?」
ナイトが腕を組んで、考え込んでいる。
「政務もこなしてみせます。それに、王の一族の協力なしには、貴族達も政には協力しないでしょう」
「まあ、そうだが‥‥・」
言い淀むナイトに、
「私以外に適任者がいるでしょうか?私は腐っても、レイスの現領主です」
シュウは虹の国で、王族の次に尊敬を集める家の名を口にした。
「・……わかった、シュウに任せる……」
「ありがとうございます。必ずや、王の一族の協力を取り付けてみせます」
「‥‥・期待している‥‥・」
ナイトはそう答えたが、半信半疑だった。
今の王の一族の筆頭はジャミル・ランド。
虹の王の座を狙って、ネティア女王との婚約まで漕ぎつけたが、ナイトの登場でその野望は潰えた。
ナイトに対する恨みは根強い。
それに、たとえ、シュウが名門レイス領主と言えど、非力すぎて騎士になれなかった彼の話をジャミルが聞くとは到底思えなかった。
「シュウ様、何か秘策でもおありなのですか?」
質問を投げかけながら、フロントはシュウの顔を注意深く観察する。
頭脳明晰な彼がなんの考えもなしに大それた話はしないことをフロントは知っていた。
「ええ、とっておきの秘策があります、見ていてください‥‥・」
シュウは不敵な笑みを返してきた。
しかし、その内容については何も語らなかった。
相当な自信があるようだったが、フロントは心配だった。
「何かお手伝いできることがあったら、手伝いますよ」
「いいえ、結構です。あなたにはできることはありません」
と冷たく、バッサリ斬られた。
いつも通りだ。
ところが、背を向けたシュウが急に振り返った。
「私の仕事をお譲りましょう。魔物討伐に出た正規軍のために、物資の補給の管理をお願いします」
「お安い御用です」
フロントは快諾したが、少し引っ掛かった。
物資の管理はシュウの専門分野と言っていいほど、自分で管理していた。
迅速で公正な分配が彼の信念だ。
過去には遅延させたり、また、横領をして私腹を肥やす不届き者がいた。
だから、自ら責任をもって仕事に当たっていた。
貧乏貴族故に、物に対する執着が強いこともあるが、清貧であった。
そのシュウが、物資の管理をフロントに頼んだ。
『信頼してくれてるんだ‥‥・』
フロントはちょっと嬉しくなった。
「では、ナイト様、出かけてまいります」
***
シュウはナイトのところを出た後、まず、治安部の部長バルドのところによっていた。
魔物討伐で多く兵が出兵してしまったので、王都の警備が人手不足になっていた。
「フロントがナイト様の側近として騎士達の取りまとめ役に付きましたので、人を回してくれると思います」
「それはありがたい。何分、王都の警備兵と自警団だけでは心もとなかったのです」
吉報にバルドは心から安堵した様子で喜んでいた。
「詳細は後日、フロントの方から話があるでしょう。実は、今日は私事でバルド殿に相談があってまいりました」
「なんでしょうか?」
「私は今から、ランド卿の元へ行って、王の一族の協力を取り付けて来ようと思っております」
「な、なんですと!?」
バルドは驚いて、シュウを食い入るように見つめてきた。
「まさか、お1人でですか?」
「ええ、もちろんです。彼らは、私には危害を加えないでしょうから」
シュウは建国以来の大貴族レイス家の当主だ。
また、貴族達から絶大な信頼を集める前領主ビンセントもまだ健在だ。
ビンセントが怒るようなことはしないが、養子で、騎士ではないシュウを貴族達はレイス家の当主として認めていない。
「ですが‥‥なぜです?」
「先ほども申し上げた通り、王の一族の協力を取り付けるためです。彼らの協力を得られれば、我々の負担は大いに軽減されます」
「はい、それは、もちろん、その通りですが‥‥・彼らは今まで一切の協力を拒んできました。その彼ら応じてくれるのですか?」
戦死したマルコ王の従者に過ぎなかったベルド王が立ってから、代々虹の王の座を独占してきた王の一族は分裂し、離反した。
現在も、その地位を取り戻そうと躍起になってたが、またしても果たせなかった。
「今、絶好の好機が訪れているのです。虹の王家と王の一族の亀裂を埋める手札が出てきました」
「何ですと!?それは本当ですか?」
水の国の王子ナイトがネティア女王と結婚して、更に亀裂が深まった王の一族と虹の王家の関係を修復できる手札があると聞いて、バルドは色めき立った。
「ええ、だから、あなたの力も貸してほしいのです」
「そんなことができるなら、是非、協力させてください」
シュウはバルドから条件付きで協力を取り付けた。
それから、ランド領主ジャミルの邸へ赴いた。
「何の用だ、ナイトの犬」
邸に一歩足を踏み入れると、辛辣に出迎えてきのはミゲイルだった。
シュウはレイス家の現当主であるにも関わらず、名前さえ呼ばれない。
あまりにひどい対応に従者を邸の外で待たせて正解だった。
ヘイゼル、ブラッドも姿を見せた。
ジャミルの元へ集っていたようだ。
刺すような視線が突き刺さってくる。
しかし、シュウは臆さなかった。
自分を認めてくれた偉大な養父ビンセントのため、レイスの民のため、ありったけの勇気を振り絞った。
「おや、皆さん、お揃いでしたか」
恐怖を微笑に替え、ミゲイル達に歩み寄る。
彼らは敵ではない、建国から国を支えてきた貴族と、言い聞かせる。
「お前がごときがくる場所じゃないぞ」
ブラッドが立ちふさがる。
「そうですか?資格はあるはずですが、レイスは貴族の頂点に立つ家柄ですから」
「養子のお前は違うだろう!!」
シュウを押し返そうとするブラッドを制したのはヘイゼルだった。
「こいつは一応レイス現領主だ」
「こんな下民を認めるのか!?」
「認めるとは言っていない。だが、ビンセント様の後継者であることは間違いない。だから、見定める」
ヘイゼルは冷徹な視線をシュウに向けてきた。
「ジャミルはお前には会わないと言っている」
「なぜです?」
「お前をレイス領主として認めていないからだ」
「そうだ、下民はさっさと帰れ!」
ヘイゼルの横で野次を飛ばすブラッド。
「では、ますます会わなければなりませんね」
「なんだと!?」
「『ジャミル』に私をレイス領主と認めさせるために来ました。取り次いでください、『ヘイゼル』」
シュウの発言にその場が凍りつく。
「ジャ、ジャミルとヘイゼルを呼び捨てにしやがった」
「あなたはうるさいですね、『ブラッド』」
「うるさい、呼び捨てにするな!」
頭に血が上り、剣の柄に手をかけようとしたブラッドをヘイゼルが強く制止する。
「我々を下に見るか、大した度胸だな」
「当然です、私はレイス領主です。それに、次の宰相の地位も約束されています。私と誼を結んでいた方がいいですよ」
「下民のくせに、バカにしやがって!」
暴れそうになるブラッドをヘイゼルは更に強く押さえつける。
「なるほど、一理あるな」
「ヘイゼル!!?」
「どうする、ミゲイル?」
ヘイゼルがミゲイルに判断を仰いだ。
「こんな奴、ジャミルに会せるわけないだろう。虎の威を借る狐が!」
ミゲイルが吐き捨てるように言い放った。
しかし、シュウは怯まない。
「それは認めます。私は力ある者の庇護なしには生きていけませんから」
実際シュウは守られていた。
偉大な養父と次期王ナイトの庇護化にあるから、自らの才能を生かすことができたのだ。
「認めるなら、帰れ。ここは狐のくる場所じゃない」
「それはできません。狐にも意地があるので。それに手ぶらで帰ったら虎に顔向けできません」
シュウは一歩も引かずに、足を一歩足を踏み出した。
気圧される形で、ミゲイルが一歩下がってしまった。
「し、使用にの息子のお前は、仮のレイス領主だ。我々の仲間じゃない!」
「仮のレイス領主で結構です。私の役目は『真のレイス領主』が誕生するまでのつなぎですから」
「真のレイス領主だと?」
シュウの意外な切り返しに、ミゲイル達は困惑の表情を浮かべた。
ビンセントの実子ジェラードは当の昔に亡くなっている。
引退したビンセントが復帰するとは考えにくい。
真のレイス領主なれる人間は存在しない。
「面白いことを言うのだな、シュウ」
階上から朗々とした声が降ってきた。
「ジャミル・…」
ミゲイルが驚いた表情で上を見上げる。
ヘイゼルとブラッドも驚いている。
「何か面白い話を持ってきたようだな、上がってこい」
ジャミル自ら許可を出してきた。
「ええ、もちろん。あなた方にとって、悪い話ではありません。ただ、気に入っていただけるかどうかはわかりませんが……」
シュウの不敵な笑みに対しジャミルは冷笑で応えた。
***
久々に体調が良かったフローレスは起きて、サラ、ヘレンとお茶の時間を飲んでいた。
「フローレス様、今日はお元気ですね」
「ええ、サラもね」
フローレスはニヤニヤしながらサラに振る。
「え?」
「ライアスと仲直り出来たから、元気がありまっているのね」
「それは、もう・……」
フローレスにいじられたサラは赤く熱くなった顔を冷ますため、手で頬を挟む。
「はあ、羨ましいわ‥‥・」
重いため息が横から漏れる。
「うちの息子にも何か浮いた話はないかしら‥‥」
フローレスとサラが目を丸くしてヘレンを見る。
ヘレンの一人息子ウィルは三十路を超えたが、いまだ独身だった。
ウィルに魅力がないわけではなかった。
レイガル王の右腕で正規軍の将軍だ。
見た目は優男だったが、騎士として最高位、宮廷魔術師のヘレンの血も引いているため、魔力も高い。
性格は早くに亡くなった父親に似て、強いが心の優しい持ち主だった。
ちょっと、押しには弱いが。
こんな男がモテないはずはない。
むろん、女たちはウィルに群がった。
今もそれは続いている。
しかし、誰一人としてウィルの心を開いた女はいなかった。
母であるヘレンもあの手この手を使って、ウィルに見合いを勧めるもすべて退けられた。
そして、母を避けるように魔物退治の前線地であるレイス領に赴任したきり戻ってこなくなった。
「今年の魔期が終わったら、帰ってきてくれるかしら、あの子‥‥・」
「帰ってくるわよ。だって、ネティアが女王に即位したし、ナイトと結婚したんだから、挨拶に戻ってくるはずよ」
「そうですよ、その時に、きっとヘレン様にお顔を見せに来てくださいますよ」
フローレスとサラはヘレンを元気づける。
「そうだといいですね‥‥・」
ヘレンは寂し気に笑うとお茶を飲んで、またため息を一つ零した。