捜索隊
フローレス姫の捜索宅隊が編成されたという話はあっという間に虹の王都中に広がった。
その中に最高司祭のリリィが入っていたことに誰もが驚いていた。
「フローレスは霧の魔物と共に虹の結界の外側近くに飛ばされてたらしいよ」
ミゲイルが不機嫌そうに話す。
捜索隊の話は虹の王家と対立する王の一族の4人にも当然届いていた。
「結界の外側、なんでそんな場所に?」
考えることをしないブラッドが必然の謎を口にすると、
「ネティアが霧の魔物を転移させた時に、フローレスも連れて行かれたそうだ」
ヘイゼルがコーヒーを飲みながら説明した。
「全く、はた迷惑な話だ!」
ミゲイルは憤慨して、足を組む。
「最悪な時期だ」
ヘイゼルも追随する。
「魔期か……レイス領は災難が続くな・……」
ジャミルは窓からレイス領の方角を見ながら呟き、引退した元レイス領主に思いを馳せた。
魔物との戦いの季節が始まる。
毎年多くの血がレイス領で流れる。
その戦場の近くに、王女フローレスが霧の魔物と共にいるとなれば、ビンセントも捜索に手を貸さなければならなくなる。
戦場に赴く、レイガル王率いる国王軍もそちらを気にかけないわけにはいかない。
「全く、何をするにも邪魔な女だ」
ミゲイルは吐き捨てるように呟いた。
他の3人は何も言わなかったが、考えは同じだった。
***
捜索隊が編成されたことについて、女王の間でフロントは仲間に引き入れたゼイン、マイク、ニルスから話を聞いていた。
「捜索隊にはニルスに行ってもらうことにしました。ニルスは攻撃魔法よりも回復や防御などの魔法が得意ですので、癒し手として、リリィ様の補佐に適任です。私は残って、ゼインの補佐に当たるつもりです。ゼインは正直者なので、顔に出てしまうところがありますから」
「それはリリィ様も助かるだろう。忍び衆は皆、頑丈な奴らばかりで、癒し手がいなかったんだ」
マイクの説明に、フロントも妥当な人選だと思った。
この3人はバランスがとても良い。
マイクは攻撃魔法を得意としていた。
話し上手でもあり、3人の中では盛り上げ役のようだ。
他の2人はどちらかというと大人しい。
ニルスは読書家で、ほぼ聞き役。
ゼインはニルスよりは喋るものの生真面目の努力家だ。
大斧を扱うゼインは物理攻撃では、親衛隊で3本の指に入る実力者だ。
3人は足りないものを補い合い、とても仲が良かった。
正直、羨ましいと思った。
フロントには、足りないものを補い合う仲の良い友人はいなかった。
「それで、他の親衛隊には怪しまれなかったか?」
フロントは懸念事項を確認した。
「それは、大丈夫です。ゼインはフローレス様に最も信頼されていましたから、私やニルスの人選については、アインもカインも何も言いませんでした」
フロントはほっと胸を撫で下ろした。
ゼインたちのお陰で、親衛隊の方は心配はなくなった。
後はネティア女王が戻るまで、バレないようにフローレス姫に女王を演じてもらわなければならない。
今まさに、魔期が始まろうとしてる。
そんな中で、国の柱である女王不在が明るみになれば、国は大いに混乱する。
下手をすれば、いつもの倍の戦死者を出すかもしれない。
それだけは、何としても防がなければならなかった。
「フロント、話しは終わった?」
フローレス姫が侍女のサラに支えられて寝所からやってきた。
ゼインたちは、女王の姿を見て、癖で敬礼する。
フローレス姫がおかしそうに笑うが、それは弱弱しい。
「お加減は大丈夫ですか?」
フロントが心配してフローレス姫の顔色を見る。
ネティア女王と体が入れ替わってから、フローレス姫の体調は思わしくなかった。
それは、魔力のコントロールがうまくいってないことが原因だと推測された。
魔力を持たない特別体質のフローレス姫が突然、膨大な魔力を宿した双子の姉の体になってしまったのだ。
魔力の溢れる姉の体をどう扱っていいか、わからないのだ。
これを解消するには、ネティア女王の所作を真似、魔力をコントロールする術をフローレス姫自身が身に着けるしかない。
女王の身代わりとなっている今、いつまでも体調不良で伏せさせるわけにはいかない。
それは、フローレス姫本人も重々承知しているようだ。
無理を押して、起きてきたのだろうから。
「みんな、迷惑かけてごめんね」
「迷惑だなんて、我々はそんなこと思ってませんよ」
ゼインがマイクとニルスに同意を求めるように顔を見る。
「そうですとも、こんな大事に、我々は頼ってもらってとても嬉しいのです」
「女王とフローレス姫のお役に立てるのですから、光栄の極みです」
マイクとニルスは胸に手を当てて、ゼインと同じ気持ちであることを示した。
「頼もしいは、ありがとう…私も頑張るね」
フローレス姫が胸の前で握りこぶしを作ると、
「あまり、無理をなさらないでくださいね」
「そうです、大事なお体なのですから」
ゼインとマイクはハラハラしながら、フローレス姫を見つめる。
「でも、ネティアが帰ってくるまで寝てるわけにはいかないでしょう?」
その言葉を聞いたゼインとマイクはニルスに鋭い視線を送る。
その視線を受け、
「このニルスがネティア女王をお見つけし、すぐお連れします!」
直立不動で宣言した。
いや、友人たちに言わされたと言った方がいいだろう。
ネティア女王の捜索隊に加わるニルスは責任重大だった。
「期待しているわ、ニルス」
フローレス姫は3人のやり取りを見て爆笑していた。
フロントも和んだが、やはり、フローレス姫が心配だった。
***
シュウは王宮に用意されたビンセントの客室に足を運んでいた。
ビンセントは慌ただしく帰り支度をしながら、対面した。
魔期が始まろうとしている。
養父は元領主として、指揮官として、レイスの民を導かなければならない。
「女王陛下の容態はどうだ?」
最後の身支度をしていたビンセントは背を向けたまま聞いてきたが、今のネティア女王がフローレス姫であることはとうに報告済みだった。
レイス領に戻り、魔期の準備に当たっていたのに、霧の魔物と共にフローレス姫が行方知れずになり、現女王と前女王が相次いで体調を崩して、王の一族たちが騒ぎ出しため、彼らを鎮めるために再び戻ってきてもらっていたのだ。
「あまり、思わしくないようです」
「……そうか・・……」
そう答えたビンセントの声には重いため息が混じっていた。
重い沈黙が流れたのち、ビンセントがシュウの方を向いた。
その顔はとても厳しい顔だった。
「今年の魔期は一段と厳しい戦いになるだろう‥‥」
虹の女王は、最前線で戦う騎士達に加護を与えてくれていた。
今年はその加護がない。
前女王ティティスの結界の範囲なら、その加護は受けることはできるが、魔物達はそれを許しはしないだろう。
シュウは何も言えずに、唇を噛みしめて俯く。
無力な彼に死地に赴かんとしている勇まし養父を直視することはできなかった。
「お前は、今、お前がすべきことをやればよい」
シュウの気持ちを察してか、優しく語り掛けながら近づいて来る。
俯く視界に養父の騎士の足が入った。
突如、肩を力強く掴まれた。
「私が必ずレイスを持ちこたえさせてみせる」
絶望でない、希望の言葉にシュウは思わず顔を上げた。
養父の不敵な笑みが待っていた。
「シュウ、お前の使命を忘れるな」
「・……はい…・・……父上、ご武運を…・……」
シュウはこみ上げてくる熱いものを抑えて、旅立つ養父を見送った。
そして、見送ったのちは心に秘めていた計画を実行する決意を固めた。
***
前女王ティティスの部屋に夫のレイガル王が来ていた。
「ビンセントがレイスに戻ったそうだ。私も軍を率いて明後日には出発する」
「あなたが発った後、捜索隊をすぐ派遣するわ」
ティティスは離れたところに立つ夫の元へ車椅子で近づく。
そして、不安げに夫を見上げる。
「まだ、魔物達にはネティアのことは気付かれてはいないようだけど…今年は、どうなるかわからないわ‥‥」
まだ結界への魔物達の攻撃は確認されていない。
しかし、ネティアへの代替わりはしていることはわかっているはずだ。
新しい結界を精査して、脆弱な部分を探しているのかもしれない。
「万が一、ネティアが戻らなくて、魔物の結界への攻撃が始まったら、フローレスは耐えられないかもしれない‥‥・」
「大丈夫だ、私が何とかして見せる」
頼もしい言葉だが、ちょっと、考えが足りないのが難点だ。
レイガルは強い。
だが、それは個の力だ。
一点は守れても、全体は守れない。
全体のことは参謀のビンセントが考えてくれるだろう。
もし、フローレスが耐えきれなかった時のことも、ビンセントなら考えてあるだろう。
『ビンセントにはいつも苦労させてしまっているわね‥‥』
ティティスが考えていると、夫のむっとした顔が目の前にあった。
「信用されてないな……」
「そ、そんなことはないわよ。いつも、頼りにしてるわよ。オホホホホ」
取り繕うも、レイガルは信じていない。
「どうせ、ビンセントのことを考えていたのだろう?」
「まあね、また苦労かけちゃうわって‥‥」
ティティスは白状した。
「確かにな…」
レイガルは微笑を零して立ち上がる。
フロントのことで疎遠にはなってしまったが、ビンセントは陰から助力してくれていた。
「もし、ネティアの結界が破られそうになったら、わたくしの結界まで下がってね。絶対無理をしないでね。あなたは大丈夫でも、他の騎士たちは大丈夫じゃないのだから」
「わかっている‥‥」
レイガルはまた子供っぽくむっとした。
自分の心配をしてほしいのだ。
ティティスは行こうとする夫の手を掴んで自分の頬に当てる。
意表を仕えたレイガル振り返る。
「あなたは絶対、大丈夫。だって、わたくしがあなたを守っているのだから。だから、他の者たちを守って‥‥」
レイガルの顔が降りてきた。
「必ず守るよ」
「フローレスとネティアのことは任せて、2人まとめて再教育するわ」
「それは大変だな、2人とも…」
滅多に見ることができない夫の破顔を見て、ティティスはその頬に口づけをする。
「‥‥・それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、帰りを待っているわ」
レイガルの機嫌はすっかり良くなっていた。
元気よく部屋を出ていく夫の背をティティスはおかしそうに見送った。
レイガルが出て行ってから、しばらくして、入り口近くの柱の陰から人影が2つ出てきた。
「相変わらず、仲がよろしいですね、ティティス様達は…」
「本当に、当てられてしまいました‥‥」
ヘレンはニヤニヤしながら、リリィは頬を赤らめて出てきた。
「何を当り前のことを言っているの!両陛下は『出会った時』からラブラブだったわ!」
奥の部屋からお茶のワゴンを押して、ラナが断言しながら出てきた。
『出会ったときは、違ったけどね‥……』
ティティスは苦笑いを零したが、特に言及はしなかった。
初めて出会った時、レイガルは闇の国の外れの森に住んでいた。
その森は虹の結界の中にもつながっていた。
孤児だったレイガルはその森で育ち、狩りをして生活をしていた。
年頃になった彼は嫁探しに出かけたのである。
他の生物が伴侶を得るのを知って、自分もと思い立ったからだそうだ。
そして、偶然か、必然か、お忍びで外出していたティティスとばったり出くわした。
一目で気に入られたのだろう、そのまま攫われてしまった。
虹の国に世継ぎ姫が攫われたと、国中大騒ぎになってしまったのだ。
レイガルは一目ぼれだったかもしれないが、ティティスはそうではない。
お転婆だったとはいえ、深層の姫だったティティスにはレイガルの原始的な生活は苦痛だった。
しかし、彼の無邪気でひたむきな心に、徐々に惹かれていった。
『新婚当初からが妥当かしらね‥‥』
と心の中でラナの発言を訂正した。
ラナが4人分のお茶の支度を終わらせると、
「ティティス様、本当にフローレス様は大丈夫ですか?」
リリィが開口一番口を開く。
「難しいわね、魔物の初回攻撃にはたぶん、耐えられないでしょう」
「その場合の対処はどうなさるのですか?」
「‥‥‥・前線の指揮官の技量にかかっているわ‥‥」
リリィは口ごもって俯いた。
誰のことを考えているのか、みんなわかっていた。
今回ネティアの捜索隊に行くと言い出したのも、きっと元恋人のためだ。
「あなたにも苦労をかけるわね。魔物の初回攻撃が起きる前に、ワープポイントを確保して戻ってきてちょうだい」
「はい、もちろんです!」
リリィの熱のこもった返事にティティスは一抹の不安を覚えた。
「くれぐれもネティアを無理に見つけようなどと思わないでね」
「‥……も、もちろんです」
声のトーンが落ちる。
念を押して正解だった。
「ネティアもそれなりの覚悟を持って結界内にとどまっているはずよ。無理に連れも戻そうとすれば、魔物に見つかるかもしれない。そうなっては、すべてが終わるわ」
「‥……はい、肝に銘じます」
リリィは俯いて小さく答えた。
ビンセントだけでなく、フローレスのことも心配してくれたのだ。
「大丈夫よ、何とかなるわ」
「そうよ、フロントが何とかするでしょう」
「「え!?」」
ヘレンは奇跡を願いながら慰めの言葉をかけたが、ラナの発言は、形容しがたい。
「フロントがどうにかできるわけないでしょう!」
「そうよ、フロントだって、何とかしたいでしょうけど!」
ヘレンとリリィは非難したが、ラナはあっけらかんとしている。
「フロントはフローレス様の前世の恋人でしょう?何とかするんじゃないの?」
「それ、ただの願望でしょう!!」
「現実を見て!!このままじゃ、前世の悲恋を繰り返しちゃうわ!」
ヘレンとリリィは叫んでいた。
フロントとフローレスの恋の行方は一寸先も見えない。
***
恋……
恋に悩む男がいた。
ライアスだ。
彼は今、恋人の部屋の前に花束を持ってい佇んでいた。
「サラ殿、機嫌を直してください」
ドアの向こう側にいる恋人に話しかける。
サラは怒っていた。
危険なネティア女王の捜索隊の総責任者を即決で引き受けたからだ。
主、ナイト王子の命である以上ライアスが引き受けるのはごく自然な流れた。
今までは当然のように任務をこなしてきた。
しかしそれは今まで独り身だったからだ。
今回は、サラがいた。
そのサラの目の前で、いつものように躊躇なく引き受けてしまったのが悪かった。
あの場で相談などできるはずはない。
だた一瞬でも、彼女に視線を送って、気にかけていることを示せばよかった。
彼女もライアスが任務を断れないことはわかっているはずだ。
ライアスは呼びかけるのをやめた。
つい最近、恋人になったばかりだが、彼女はライアスを心から思ってくれていたようだ。
ライアスとて、好きだと言われて有頂天になった。
これは運命だと、神に感謝した。
しかし、彼女と同等の想いがあったかと言えば、違ったのかもしれない。
彼女を想う前に、ナイト王子を虹の王にするという使命の方が勝った。
そのことを悟ったのだ。
「私は、あなたの運命の人ではなかったようです・…サラ殿、どうか、お幸せに‥‥」
ライアスはドア越しに別れの言葉を言って、持っていた花束をドアに立てかけた。
そして、背を向けた。
絶対に後ろを振り向かない覚悟で歩き出した。
キィ‥‥・
ドアが開く音がして、ライアスは足を止めた。
「ライアス様‥‥・」
サラが呼びかけてきた。
最後に、弁解のチャンスが訪れた。
しかし、別れる決意は変わらない。
「サラ殿、私はナイト王子を虹の王にするためにはるばる水の国から来ました。ですから、ナイト王子の命は絶対であり、国のため、虹の王家のために、騎士として命を捧げなければなりません。ですから、きっと、私にはあなたを幸せにすることはできません。今日でお別れです」
ライアスは言い切った。
そして、後ろ髪をひかれる思いを振り、歩き出そうとした。
突然背後から抱きしめられた。
「行かないで!わたくしだって、わかっています!わかっているんです!!でも、どうしても、気持ちが抑えられなくて!!ただ、ライアス様と一緒にいたいって!!ただ‥‥」
サラの涙がライアスの服を濡らした。
ライアスは細い腕を優しくほどいて、振り返った。
涙に濡れた恋人の顔を見て、語り掛ける。
「サラ殿、私はただフローレス様を探しに行くのですよ。それは誰かが絶対に行かなければならない。死に行くわけでではないのですよ」
「ええ・……ええ…そうですね………絶対に帰ってきてください……!」
「もちろん、帰ってきますよ、あなたの元に……」
ライアスはサラを優しく抱きしめた。
「私で良ければ、いつまでも一緒にいますよ。出発までまだ時間がありますし。少しだけでも星空を見ながら、お話しませんか?」
「はい、喜んで……捜索隊の総隊長になられたのに、お祝いも言ってなかったですね……」
サラは涙を拭って、笑顔を見せてくれた。
ライアスは改めて、サラを運命の人だと確信した。
そして、大切にしなければと誓い、手を差し出した。