表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の花婿  作者: ドライフラワー
第3章 2人の妹
114/134

フロントの悩みの種

夕刻、ゼインは1人ネティア女王の自室に呼び出された。

室内には護衛として1人だけ、その強さから魔王として恐れられる双子姫の騎士フロントが女王の傍らにいた。

フロントは即位前のネティア女王と女王の双子の妹フローレス姫の専属の騎士だった。

フローレス姫が親衛隊になってからはその任を解かれていた。

しかし、今回の霧の魔物事件で、女王専属護衛になっていた。

それ以外、警備の者の気配はなかった。

普通ではない状態に、ゼインは気を引き締めて膝を折る。


「女王陛下、ゼイン、参りました」


挨拶すると、フロントが歩み寄ってきた。


「ゼイン殿、女王陛下の近くへいらしてください。重要なお話があります」

「重要な話とは?」

「女王陛下御自身がお伝えになります」


フロントはそれだけ言うと、ゼインから離れた。

女王は扇で口を覆いゼインが来るのを待っている。

言われた通り、女王の膝元まで進み出た。

女王が持っていた扇を下ろして、弾けたように微笑みかけてきた。

その微笑み方に若干の違和感を感じた。


「よく来てくれたわね、ゼイン」


声をかけられ、更に違和感が強まった。

ずっと見てきた女王の仕草、そして、声。

ゼインはじっと女王を見つめた。

見た目はネティア女王その人に間違いない。

だが、何かが違う。

それが何なのか、ゼインにはわからなかった。


「…やっぱり、わかる?」


ゼインに見つめられ、女王が舌を出して聞いてきた。

本物の女王なら絶対に人前でそんなことはしない。


「あなたは、誰ですか?」

「ああ、やっぱり、ネティアになりきるなんて無理よ」


ゼインが尋ねると、返事ではなく嘆きが帰ってきて、


「私、私よ。フローレスよ」


女王の無邪気な微笑みは、双子の妹であるフローレス姫そのものと重なった。

ゼインは驚いて、女王の顔をマジマジと見つめる。

どこからからどう見ても、女王だった。

ネティア女王とフローレス姫は双子であるものの、明らかに違いが判るのは瞳の色だ。

ネティア女王は母親が受け継いだ緑の瞳だが、フローレス姫は父親似で、赤い瞳だった。

瞳の色は緑。

双子の妹であるフローレス姫の変装しての成り代わりではない。


「…あの…これは…一体…?」

「びっくりするよね。私もびっくりした。だって、霧の魔物と戦ってて、意識を失って、取り戻した時には、ネティアになってて、しばらく混乱してたんだよね」


フローレス姫のあっけらかんとした告白にゼインは言葉を失った。

事の真偽を確認するため、控えていたフロントに目をやる。


「女王陛下は霧の魔物からフローレス姫を守るため、互いの体を入れ替えられたようです」

「なんですと!?」


ゼインは叫んで、口を押える。


「この事実を知っているのはごく僅かです。隠し通すためには、親衛隊の協力が必要不可欠です。そこで白羽の矢が立ったのが、フローレス姫が最も信頼するゼイン殿だったのです」

「……なるほど…そういうことだったのですね‥…」

「ゼイン、協力してくれるわよね?」


フローレス姫がネティア女王の顔で懇願してきた。

絶対の忠誠を誓う2人から頼まれているようで、断れるはずもない。


「もちろんです。このゼイン、命に代えても、フローレス様と女王陛下の名誉をお守りいたします」

「ありがとう、ゼイン!」

「え、え、え、えええええ…!!?」


フローレス姫は喜んで、いつもの調子でゼインに飛びつこうとしてくる。

体はネティア女王である今、恐れ多くて、慌てふためき、目を瞑った。

だが、抱き着かれる感触がない。

目をあけると、フロントに首根っこを掴まれて、フローレス姫は宙づりにされていた。


「フローレス様、今はネティア様なんですから、このような軽率なスキンシップはしたらダメですよ!」

「あ、そうだった…」


フローレス姫は思い出して、バツの悪い顔をしたが、


「じゃ、フロントも控えないとね」

「はあ?何をです?」

「私は今ネティアよ、女王なのよ。女王の体を宙づりにしていいわけ?」


とやり返した。

今度はフロントが顔を引きつらせた。

いつもの調子でフローレス姫を扱ってしまったという顔だ。

すぐにフローレス姫をゆっくり下ろした。

フローレス姫はドレスを叩いて整え、フロントは大きなため息をついて仕切り直す。


「……ということです‥‥‥骨が折れると思いますが、フローレス姫をネティア女王に見せかけるため、協力してください」

「もちろん協力は惜しみません。ですが、私1人はでは到底カバーするのは困難です」

「ならば、あなたが信頼できる者を数名、選んでください。フローレス姫になっているネティア女王の捜索隊が編成されます。その中に親衛隊からも人を出さなければならないはずですから」

「なるほど、私だけでは手に負えませんね。わかりました」

「わかっているとは思いますが、このとことは極秘事項です。人選は慎重にお願いします」


フロントから念を押され、ゼインは重く頷いた。




***




ゼインにフローレス姫とネティア女王の体が入れ替わっていることを打ち明けてから3日後、2人の親衛隊を連れて女王に謁見を申し込んできた。

フロントは人払いをして、ゼインと他2名の親衛隊員をフローレス姫の傍に近寄らせた。


「ゼイン殿、この2人に例の件はお話し済みですか?」


フロントは2人を精査するように見つめる。


「もちろん、承知しております。この2人は私とは同郷の出で、子供のからの友ですのでご心配には及びません。虹の王家への忠誠も私と等しく、固く誓っております」


ゼインが2人との関係を述べた。

2人が緊張しながら、口を開いた。


「ニルスです。この度は、大変、重要な任務に預かり、光栄に存じます」

「マイクです。ゼインとニルスと共にフローレス姫とネティア女王のために存分に働かせていただきます」


ニルスとマイクは一礼して、顔を恐る恐る上げた。

フロントが口を開く前に、


「ありがとう、ニルス、マイク。迷惑かけるけど、よろしくお願いね」


と、フローレス姫が立ち上がって、2人の手を取って頼んでいた。

2人は呆然とフローレス姫の顔を見つめている。

フロントは咳払いをする。


「フローレス様、無暗に地を出さないでください。今はネティア女王陛下なんですよ!」

「別にいいじゃない。だって、私のこと知ってるんでしょう?それにこれから私たちのために頑張てもらうのよ。お願いぐらいしなきゃ」

「そうですけど、まだ、信用できるかどうか…」

「信用できるに決まってるじゃない。だって、ゼインが信用できるって言ったのよ。私はそれを信じるわ」

「フローレス様・………」

「何の証も立てずに、一騎士である私の言葉を信じてくださるのですか?」

「だって、私の一番の部下でしょう?信じるわよ」


ゼインが感極まって、膝を折る。

ニルスとマイクもそれに倣う。


「我ら3人、必ずや、フローレス様の信頼にお応えしてみます!」

「虹の王家のため、我ら3人、命を捧げます!」


3人が絶対の忠誠を誓ったので、フロントは気後れしてしまった。


「ほら、見なさい!」

「・……わかりました、信用します」


フロントはゼインたちを認めた。

だが、勝ち誇った顔のフローレス姫を見て、額を抑える。

ゼインたちは信用できる。

だが、肝心のフローレス姫を信用することができなかった。

ちょっと、目を離すとすぐ地が出てしまうので片時も目を離すことができなかった。





『はあ、どうなることやら…』




仲間に引き入れたゼインにフローレス姫の見張りを一時頼んで、フロントはティティス元女王の元へ報告に向かっていた。


「フロント・・・・!」


悩みの種のフローレス姫のことを考えながら、廊下を歩いていると、宰相のカリウスに呼び止められた。


「カリウス様」

「・……女王陛下の傍を離れて大丈夫なのか?」


細心の注意を払って、カリウスが歩きながら聞いてきた。


「はい、ゼイン殿が代わりを快く引き受けてくれました」

「そうか…まずは一安心だな‥‥」


カリウスは上がっていた肩を落とした。


「ところで、マリアのことだが…」


マリアの名前が出てフロントは心臓が飛び出そうになった。

フローレス姫とネティア女王のことで頭がいっぱいですっかり忘れてしまっていた。

マリアとは交際中で、カリウス邸に居候の身分だった。


「今回の件は秘密にしておく。事実を知ったら、あの子も心穏やかではないだろうから」

「‥……そ、そうですね……」


破局寸前とはいえ、フロントが本命のフローレス姫の傍にいることをマリアが知ったら、きっと傷つけてしまうだろう。


「正直、私も心穏やかではない。何か間違いがないか‥‥」

「そ、そんなことは絶対にありえません!!」


フロントは思わず大きな声を出してしまった。

ネティア女王の体にいるフローレス姫に間違っても変な気を起こすことはない。

たとえ、双子であっても、全くの別人だ。

フロントにとって、ネティア女王は可愛い妹だった。

それに、ネティア女王は、フロントの大事な弟、ナイトの最愛の妻だ。

絶対に手などでない。


「……すまない……バカな妄想をしてしまった……つい、娘のこととなるとどうも・…」

「……いえ、私もつい大きな声を出してしまって、すいません・・・・・」


しばらく無言で歩いた後、


「多忙だと思うが、たまには顔を見せにきてくれたら、マリアが喜ぶ」


別れ際にカリウスはそう言い残して言った。




「陛下、フロントが参りました」




侍女長のラナに案内されて、フロントはティティス前女王がいるバルコニーへ案内された。

先客がいた。


「リリィ様、いらしてたんですか?」

「ええ、ティティス陛下にネティア様の捜索計画を報告にね」


リリィは微笑んで教えてくれたが、フロントは神妙な表情で口を結ぶ。


「大丈夫よ、フロント。リリィに無茶をさせるのは1回きりよ」


ティティス前女王が笑いながら入ってくる。


「1回きりとは?」

「わたくしは結界の主よ。集中すれば、結界内ならだいたいどこでも行けるし、人を転移させることも可能よ。でも、広大な結界を維持しながら、それらを実行するのはかなりの負担がかかるわ。1、2回が限度ね。結界が広大であればあるほど、わたくしの力は微々たるもの、魔力の制限と異常の感知ぐらいでしょうね」

「それは、わかります」

「初回の捜索隊の任務はネティアの結界の境界近くに神殿とのワープの拠点を作ることよ」

「神殿とのワープの拠点、つまり、初回の任務が成功すれば、神殿からネティア様がいらっしゃる場所まで直通で行けるということですね」

「そういうこと、王都を出て、竜の森辺りから、ティティス陛下がわたくしたちを転移させてくださるわ」

「ただ、境界ギリギリは無理ね。少しは頑張ってもらわないといけないわ」

「その点はご安心を。わたくしとて、いざという時のために修練を重ねてまいりましたので」


リリィは決意のこもった目でティティス元女王に向けた。


「頼もしいわ。さすが、わたくしの右腕ね」

「恐縮です」



ゼインと他2名の親衛隊員を味方に付けたことを報告すると、フロントはすぐに辞した。


「フロント、待って!一緒に帰りましょう」


リリィが追いかけてきた。

本当は逃げ出したかったが、リリィを待った。

横に並んで歩いたが、話せずにいた。

突然、リリィがフロントの前に立ちふさがった。


「心配してくれてありがとう。でも、わたくしは本当に大丈夫だから。あなたの親友のライガ君がちゃんと守ってくれるわ」


下から笑顔でフロントを見上げてくる。

フロントは不機嫌そうに答える。


「ライガは確かに強いです。でも、私の方がちゃんとリリィ様を守れます」

「ふふふ、そうね。でも、今回はお留守番しててね。せっかくフローレス様と2人きりになれるチャンスなんだから」

「え、チャンス?」


フロントは目を丸くする。

前はよくフローレス姫の護衛として2人きりになることはよくあったから、ピンとこない。


「そうよ!フローレス様と仲直りできる絶好のチャンスじゃない!護衛として、誰にも邪魔されずに2人だけで話しができるでしょう?」


リリィに言われて、フロントはやっと合点が言った。


「そうでしたね…ですが‥‥」

「これは神様が与えてくれたチャンスだと思うの、だから、フロントも頑張って。わたくしも応援してるわ」


意気込むリリィにフロントは躊躇いがちに答える。


「私はフローレス様を裏切ってしまいました。許してもらえるでしょうか?」

「きっと、許してくれるわ。いいえ、本当は許したいはずよ。フローレス様は誰よりもあなたに傍にいてほしいと思っているはずだから」


リリィが熱く語って、フロントを見つめる。

フロントは宙を見つめて、


『そうだろうか?』


と心の中で呟く。

フローレス姫が自分に傍にいてほしいと思っているとは到底思えなかった。

口うるさいお目付け役は、どこかに行ってしまえ、と思っているようにしか見えなかった。


「とにかく、話しをして、自分の正直な気持ちを伝えて。きっと、フローレス様は心を開いてくださるわ」


自分のことを想ってい言ってくれているリリィに、本心を言えず、フロントはアドバイスをとりあえず受け取った。

フローレス姫が自分のことをまだ思ってくれていると信じたい気持ちがあった。

だが、一度壊れた物が再び元に戻ることは、果たしてあるのだろうか?


『善処するか‥‥』


望みは薄いが、せっかく与えられたチャンスをフロントは生かすことにした。





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ