女王補佐と捜索隊の人選
フローレス姫と体が入れ替わり、行方不明となっているネティア女王の所在がティティス前女王によって明かされた。
待ちに待った報だが、沈黙が流れていた。
誰もが、聞き間違いか、と思うような場所だったからだ。
「母上、今、結界の一番外側?レイス領と闇の国の堺って…」
フローレス姫がオズオズと尋ねた。
「ええ、そのままよ。ネティアはレイス領と闇の国の堺にいるわ」
ティティス前女王は同じ言葉を繰り返した。
「ど、どういうことでしょうか?」
ナイトが困惑してやっとの言葉を絞り出す。
ネティア女王は失踪する前、この王都にいたのだ。
それが国のはずれ、しかも、未知の地である闇の国との境にいたのだ。
「その答えは、ネティアに継承した虹の結界の範囲だからよ」
「継承した結界の範囲?」
「そう、結界の継承は層ごとに7回に分けて行うの。その層は世界の安全上一番外側から受け渡すとこになっているの。つまり、ネティアが継承した結界は外側の2層。その2層はネティアの支配領域、わたくしの力の及ばない場所よ」
そういわれても、なぜ、ネティア女王がその場所にいたのか疑問が残る。
「みんな、ネティアは攫われたと思っているけど、実際は違うのよ。ネティアは自分の意思で霧の魔物と共に転移したのよ」
誰もが言葉を失った。
ネティア女王はほとんどこの虹の王宮から出たことがない。
それなのに、自らの意思で魔物が跋扈する危険な場所に転移した。
霧の魔物を連れて。
「…信じられないでしょうけど、それほど霧の魔物は前世のネティアにとって大事な人だったのよ」
フロントは言葉を絞り出す。
「…それは、わかりました。ですが、危険な辺境の地に飛んでまで、何をなされるつもりなのでしょうか?」
「霧の魔物を封印するためでしょうね」
「封印ですか…浄化ではなく?」
フロントはトーンを落とした。
怒れる魂を鎮めるのは容易なことではない。
たとえ鎮められたとしても、完全にはいかないはず。
「そうよ。浄化するなら、ここでできたわ。しかも、自分の手を下すことなく、あなたが」
フロントは頷いて質問を続ける。
「ネティア様は、霧の魔物を封印して、また虹の神殿に封じられるおつもりなのでしょうか?」
「さあ、それはネティアも思案しているでしょうね…」
「え、なんで?もともとここにいたのに。それに、前世のネティアの大切な人なんでしょう?」
フローレス姫が話に割って入ってきた。
ティティス前女王はじっと、フローレス姫を見つめた。
「わたくしが許さないからよ。もし、ネティアが封印した霧の魔物を連れ帰ったら、わたくしが問答無用で浄化します」
「そんな、ひどい、母上!ネティアの大切な人なのよ!?」
フローレス姫が抗議するも、
「何が酷いものですか、霧の魔物せいでどれだけの騒動になったと思っているの?また同じことが起きないとも限らないのよ?」
「それはそうだけど、ネティアが封印してくるのよ。きっと大丈夫よ。だって、現に、今まで何もなかったじゃない?」
「今まではね。でも、残念だけど、これからは違うのよ」
「何が違うの?」
フローレス姫の疑問は尽きない。
体質のせいで、魔法の本質を知らず、また、頭の回転が良いと言えないもう一人の娘にティティス前女王は大きなため息と共に答える。
「あなたがいるからよ」
「え、私?」
疲れた表情でできの悪い娘を見る。
「あなたが霧の魔物を目覚めさせてしまったからよ」
そう指摘されてようやく、フローレス姫はハッとした。
「霧の魔物はあなたに怒っているの。ネティアはあなたと霧の魔物の板挟みになって、今の状況になったのよ」
「ネティアが私のために…」
フローレス姫はショックを隠し切れないようだった。
フロントはすぐさま助け舟を出す。
「ティティス様、フローレス様をそんなに責めないでください」
「そうね、フローレス、あまり気に病まないように。いずれ起こることだったのよ。切っ掛けがたまたまあなただっただけよ」
母親の慰めの言葉にフローレス姫は小さく頷いた。
霧の魔物と双子の姉の失踪の原因が自分であったことにショックを受けているのは間違いない。
フロントは駆け寄って励ましたかったが、会議はまだ始まったばかりだ。
ネティア女王の居場所と目的は分かった。
次は捜索に行かなければならない。
場所が場所だけに、捜索隊の人選は精鋭でなければならない。
だが、精鋭なら誰でもいいわけではない。
ネティア女王とフローレス姫の体が入れ替わっている事実はトップシークレット。
この秘密守りつつ、虹の王家に真に忠誠を捧げられる者でなければならない。
その人数はかなり限られる。
「ティティス陛下、捜索隊はいかがいたしましょう?」
宰相のカリウスが聞くと、ティティス前女王は頭を押さえて、考え込んでいる。
まだ人選については検討中のようだ。
「ティティス、魔期がもう始まる。私が出兵した際に、正規軍から人を出して探させよう」
「ダメよ、あなたはいつも以上に魔物討伐に集中して。そして、ネティアの所在を絶対に魔物達に嗅ぎ付けられないようにして!」
レイガル王が申し出たが、ティティス前女王は即座に却下した。
その場にいた全員が押し黙った。
宿敵である虹の女王がたった一人で自分たちの近くにいると分かれば、魔物達は絶対に殺しに行くだろう。
一刻も早くネティア女王を連れ戻さなければならない。
「ティティス陛下、わたくしが参ります。強力な魔物が出る場所です。わたくしの力がお役に立てると思います」
リリィが名乗り出た。
フロントは驚いて止めに入る。
「リリィ様、いけません!魔物が跋扈している場所は危険です。あなたは虹の神殿の最高司祭で、なくてはならない人です。ティティス様、どうか、私を捜索隊の一員として派遣してください!私なら、前衛として魔物との戦いに後れを取りませんし、後衛でも攻撃、防御はもちろん、回復魔法も使えます」
フロントはリリィの代わりに名乗り出た。
「そうね、あなたほどの適任者はいないわ。でも、ダメよ」
意外な返答にフロントは一瞬言葉を失った。
「適任なのに、なぜですか!?」
「それはね、あなた達が喧嘩しているから」
ティティス前女王はフロントと後ろにいるフローレス姫にも理由を告げた。
フローレス姫は気まずい顔をしていた。
「婚約破棄の危機に瀕しているのに、探しに行くのはおかしいわよね?」
「……そうだけど、今は緊急事態でしょう?」
フローレス姫は手を広げて、入れ替わっている姉、ネティア女王の体を見せる。
「そうなのよね‥‥こっちの問題もあるのよね」
ティティス前女王は車いすを滑らせてフローレス姫の前に来ると、マジマジと見つめる。
「母上、こっちって?」
「あなたのことよ。あなたは今ネティアなんだから、女王の仕事をしないといけないのよ」
フローレス姫は『あ!』と小さな悲鳴をあげて、絶句する。
「魔法が使えず、騎士になりたいと言い張って、王女として知識、礼法作法もほとんど身についてないあなたにはとても無理なんだけど、やってもらわないと、困るのよ」
フローレス姫は固まっている。
無理もない、フロントが貴婦人としての礼法作法を教えようとすると、毒を盛られたような状態になってしまうのだ。
そんなフローレス姫に女王である姉の代役など務まるはずもない。
「だ・か・ら、あたなにはフローレスのフォローをしてもらいたいの。こっちの方が重要な仕事よ。フローレスとネティアのことをよく知っているあなたにしかできないわ」
フロントはぐうの音も出ない。
確かに、自分にしかできないし、こっちの方が重要だ。
ネティア女王とフローレス姫の体が入れ替わってることは絶対にバレてはいけないのだから。
「ちょっと、何なのよ、その嫌そうな顔は…!!」
フローレス姫がフロントの暗澹たる顔を見て抗議の声を上げる。
「‥‥そういわれてもですね‥‥できの悪いフローレス様を、できのいいネティア様であるかのように見せかけなければならないなんて…考えただけでも、胃が痛くなってきました…」
フロントはネティア女王の姿のフローレス姫から目を背けて、胃を抑える。
とても愛する女性にする態度ではないが、プライベートと公務は違う。
「‥…ティティス様、その大役辞退させてもらえませんか?素行不良のフローレス様をあの品行方正なネティア様に見せかけるなんて、私にはとてもできません。命に代えてもネティア様を魔物が巣くう地から必ず連れて戻りますから、私をぜひ、捜索隊に!」
フロントはダメもとで嘆願した。
「気持ちはわかるけど、あなたにしか任せられないから、諦めなさい」
「はい」
ティティス前女王に肩を叩かれて、フロントは涙を呑んで承諾した。
残留が決まったフロントは死にそうな顔でフローレス姫の元へ行く。
「‥‥そんな顔しないでくれる…」
「そんなの無理ですよ。ずっと近くであなたとネティア様を見てきたんですよ、私は。ああ、双子なのにどうしてこんなに出来が違うのか…ネティア様と体が入れ替わっていても、どう見てもフローレス様はフローレス様ですよ」
「たとえそうでも、絶対にバレてはダメ!どんな手段を使っても構わないわ!絶対にフローレスとネティアの体が入れ替わっていることを悟られないように!ナイト、あなたもフォローしてね」
「もちろんです」
ネティア女王の夫であるナイトも必然的にフローレス姫のフォロー役なった。
「何とかなるさ…」
ナイトが優しく語り掛けるとフローレス姫はコクリと頷いた。
とても頼もしい。
だが、一番捜索隊に加わりたいのはナイトだろう。
愛する妻が宿敵の魔物の大軍の近くにいるのだから。
「微力ながら、私もお手伝いさせていただきます」
ナイトの従者であるシュウも名乗りをあげた。
「ありがとう、シュウ。とても心強いわ」
「陛下、親衛隊はどういたしましょう?ネティア様とフローレス様が入れ替わっていることを隠し通すには、親衛隊の協力が必要不可欠です」
カリウスが懸念事項をいう。
親衛隊は女王直属の騎士団だが、王の一族の息がかかった者も数多くいる。
一概に信用することはできない。
「親衛隊の中から信頼に足る者を数名選んで、フローレスの傍に置きましょう」
「なら、ゼインが適任だわ。私の一番の部下だから」
「では、ゼインと他数名にだけ事実を伝えて、こちらに付かせましょう」
「ゼインたちの中から1人を捜索隊に加えましょう。親衛隊であるフローレス様の捜索に親衛隊からも人を出すでしょうから」
「そうね、そのように計らって、カリウス」
「はい、かしこまりました」
フローレス姫のサポートメンバーはだいたい決まった。
次はいよいよ、捜索隊のメンバーだ。
「ライガ達忍び衆を捜索隊の中核に据えたいのだけど、彼らは陰の存在だから公にはできないわ。それなりに地位のあるものに捜索隊を率いてもらわないといけいないのよね、誰か適任者はいなかしら?」
「ならば、母上、ライアスを捜索隊の隊長に推薦します。ライアスは俺が最も信頼する部下で、類まれなる騎士ですから」
ナイトが即座にライアスの名前を挙げた。
サラが息を呑んで、ライアスを見つめる。
2人は恋人同士だった。
だが、推薦されたライアスは恋人には目を向けることなくまっすぐ進み出て、ナイトとティティス前女王の前に膝をつく。
「行ってくれるな、ライアス?」
「もちろんです、王子の命とあらばどこへでも参ります。そして、王子の代わりに必ずやネティア女王を連れ戻してみせます」
ナイトの問いにライアスは迷いなく答えた。
隊長はライアスに決定した。
術者は、最高司祭リリィが癒し手として同行することが決まった。
そして、正規軍からも1人、レイス軍からもグリスとハトオが駆り出されることが決まった。
グリスとハトオはネティア女王がランド行きを強行した時も同行していたので、信用があった。
後は、親衛隊のゼインに事実を告げ、信頼できる他の隊員を選出することとが課題として残った。
ゼインに事実を告げるのは、フローレス姫に一任されることなった。
親衛隊のメンバーが決まり次第、ネティア女王の捜索隊が派遣されることが決まった。