秘密の場所
「フローレス?本当にフローレスなのか?」
「はい、先ほど、ティティス様に強い口調で呼び止めてもらって確信しました。怒られると思って振り返る仕草がまさしく、フローレス様でした」
先ほどの義母が呼び止めた理由はわかった。
しかし、いくら双子とはいえ、ナイトが自分の妻と義妹を見間違えるはずはない。
「どう見ても、ネティアじゃないか?」
「わからないのも無理はありません。体はネティア様ですから」
「体は?」
「どうやら、ネティア様はフローレス様と体を入れ替えられたみたいです」
フロントの言葉を理解するまで、ナイトは数秒を要した。
「体を入れ替えた!!!??一体、なんで!!!?」
「それはまだわかりません」
フロントは口ごもった。
ナイトは顎に手を当てて考える。
「でも、もし、フローレスだったら、俺達のことすぐわかるんじゃないのか?」
もし、ネティアの体の中にいるのがフローレスなら、ナイトとフロントのことを知らないはずがない。
ナイト達のことをわからないと、言っていたが、
「ネティア様としての記憶で思い出そうとしたので、思い出せなかったんだと思います。ネティア様とフローレス様では立場が違いますから」
「立場?」
「例えば、ナイト様の場合、ネティア様とっては夫になります。フローレス様にとっては義理の兄になるわけです。それで、混乱が生じたのだと思います」
理屈は分かった。
「じゃ、フローレスとして呼びかければ、記憶が蘇るのか?」
「たぶん、そのはずです・・・」
フロントはネティアの体にいると思われるフローレスに語り掛ける。
「フローレス様」
「フローレス?」
顔は困惑していた。
今までネティアと呼ばれていたのに、違う名前で呼ばれて混乱しているようだ。
「そうです、あなたは、フローレス様です」
「フローレス・・・・私は・・・・・フローレス・・・・・」
自分の名前を反芻すると、記憶が呼び起こされたのか、急にハッとした表情になった。
「そうだ、私は・・・・フローレス・・・・・ネティアが私を助けた・・・・ネティアを・・・・追わなくちゃ・・・!!」
記憶が蘇った。
自分のことをフローレスだと認めている。
フロントの推理が証明された。
だが、急に体が傾いた。
フロントがその体を支える。
「フローレス!?」
ナイトはフロントに支えられたフローレスの顔を覗き込むと、気を失っていた。
「急激に記憶を取り戻して、意識がショートしてしまったみたいですね。体の記憶と魂の記憶が違いますから・・・」
フロントはネティアとなったフローレスを抱きかかえて、ティティス前女王の方を向く。
「フローレスを休ませたら、またここへ戻ってきなさい。あなたたちに聞きたいことがあるわ」
「わかりました。すぐ、戻ります」
フロントはそういうと、フローレスを抱えて退出していく。
ナイトはいまだに信じられない表情で、ネティアと入れ替わってしまったフローレスを見送った。
*
フロントはフローレス姫をネティア女王の寝室に連れ帰って、ベッドに寝かせた。
「また、お倒れになったのですか!」
ネティア女王の専属の侍女であるサラは心配そうにやってきた。
世話役の彼女には事情を話しておかなければならない。
『静かに聞いてくれ、このネティア様はフローレス様だ。ネティア様が体を入れ替えて魔物から守られたようだ。フローレス様とバレないように、フォローを頼む』
サラは驚いた顔をしたが、無言で頷く。
「後は頼む」
「・・・・・・承知しました」
フローレス姫をサラに託すと、急いでティティス前女王の部屋へと戻った。
ナイトとティティス前女王が席について待っていた。
レイガル王は執務に戻ったようで、いなかった。
フロントはナイトの向かいに座った。
「ティティス様、我々に聞きたいこととは一体何でしょうか?」
「もう少し待ってちょうだい、もう1人来るから」
「もう1人?」
「ライガも呼ばれてるらしい」
ナイトが教えてくれた。
ライガまで呼ばれていると聞いて、フロントは驚いた。
「ライガもフローレスの傍にいたでしょう?」
「はい、そうですね・・・」
フロントとライガが主にフローレス姫を陰日向から見守っていた。
ティティス前女王の意図が読めないでいると、待ち人が窓からやってきた。
「ティティス様、お待たせっす!!」
明るい声でグレイ、レッド、ブルーを引き連れてライガは現れた。
フロントは現れたライガ達を見て、固まった。
「よ、フロント、何、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してるんだ?」
「お、お、お前ら、何だ、そのふざけた格好は!?」
ライガは白のキラキラのタキシードを着ていた。
グレイ、レッド、ブルーもライガよりは控えめだが、ラメの入った黒のスーツを着込んでいた。
「何って、バイトのホストの衣装だけど」
「ホスト!?バイト!?」
フロントは顔を引きつらせながら、ライガの胸倉をつかむ。
「ふざけているのか?フローレス様とネティア様が大変な時なんだぞ!!?」
「ふざけてねぇよ。一体、誰のせいで、バイトなんかする羽目になったと思ってるんだ?」
ライガは心外そうにフロントの手を払った。
言われて思い出す。
ライガは、フロントのマリアと浮気を妨害しようとして失敗して、宰相邸を破壊して多額の借金を背負ってしまったのだった。
「・・・ごめん・・・」
「ご免で済むか。でも、フロコが店に来てくれたら許してやらないこともないけど・・・」
ライガが前髪を掻き揚げて、名刺を渡してきた。
フロントの後ろめたい気持ちは一瞬で吹き飛んだが、
「・・・・もらっとくよ。私の精だし、お前の借金返済に協力するよ」
「ふ・・・・待ってるぜ」
カッコつけたポーズで、フロントにウィンクしてきた。
客の女性だったら、ハートを射止めたかもしれない。
だが、フロントは男だ。
吐き気がこみ上げてきたが、必死で堪える。
「そろそろいいかしら?」
ティティス前女王が席に着くように、フロントとライガを呼れた。
2人並んで座る。
「ティティス様、すぐ終わるっすか?俺、この後すぐ予約入ってるんすよね」
「それはあなたたち次第かしら」
「じゃ、ちゃっちゃ、いきましょうっす。俺らに聞きたいことってなんすか?」
予定があるライガが話の進行を促す。
「フローレスが魔物に連れ攫われた場所を調べたら、大きな空間の歪みを発見したわ」
ティティス女王が切り出した言葉に、フロントは顔を強張らせた。
チャラチャラしていたライガの動きも急に止まった。
ナイトが思い出したように、訪ねる。
「そういえば、どこだったんですか?義母上・・・」
ナイトはネティア女王に召喚され、魔物との戦いで疲弊して、その場所がどこだったか知らなかった。
「虹の神殿の一角よ」
「虹の神殿・・・・・・」
ナイトが呟いて、黙る。
沈黙が流れた。
ティティス前女王はフロント達の顔を見回す。
「やっぱり、あなたたち、何か知ってるわね?」
聞かれて、ライガは宙を見上げ、フロントは俯いた。
ナイトは頭を掻いている。
ティティス前女王が疑問に思っていたことを話し出す。
「ずっと、不思議に思っていたわ。わたくしがフローレスを叱った後、よく姿を消していたわ。どこを探しても見つけられなかった。王宮と神殿の外に出た形跡はない。食事の時になると、ひょっこり現れた・・・」
いったん言葉を切ってから、
「あの場所にいたのね?」
「・・・・・・・はい・・・・」
視線で指名され、フロントは観念して答えた。
「あんな異空間があることをわたくしに報告しなったのはどうしてなの?」
「フローレス様にも、その、一息つける場所が必要だと思ったんす。それに、危険な場所ではなかったす。ネティア様も心配はいらないと仰ってたっす!本当っす!!」
ライガが弁解する。
「ネティアが・・・・・・・・・どういう場所だったの?」
「祠がありました。それが結界を作っていたと思われます。フローレス様はその祠の主に気に入られてたみたいでした。フローレス様が認めた人間しか入れない特別な場所でした」
「その祠は調べたの?古かった?」
「はい、おそらく、虹の神殿が建つ前から存在していたものと推測されます」
「神殿が建つ前から・・・」
ティティス前女王は呟きながら、ナイトに目を向けた。
「ナイト、あなたも行ったことがあるのね?」
「はい・・・そこで、フローレスから騎士になりたいと相談を受けて、剣の稽古の相手をしてました」
「そう・・・」
話を聞き終えたティティス前女王は腕を組んで考え込む。
「あの、あの場所はどうなったんですか・・?最近はほとんど行ってなかったのですが・・・」
フロントは忙しいのとフローレス姫とのたびたびの衝突で久しく訪れていなかった。
「閉じられたいたわ」
「閉じられていた!?」
フロントが驚いて叫ぶと、ライガが苛立たし気に、
「フローレス様がもう必要ないって言んだ」
「え、必要ないって、なぜ?」
あの秘密の場所はフローレス姫の聖域だった。
嫌なこと、辛いことがあったら、逃げ込める、フローレス姫が唯一自由に過ごせる避難所だ。
だから、最近、すれ違い気味のフロントはその場所に行くことができなかった。
「念願の親衛隊になって、剣の稽古も公にできるようになったからだ」
「そうだったのか・・・」
フロントは腑には落ちなかったが、納得して、腰を下ろした。
「ならば、閉じられたはずの空間からなぜ魔物が?」
「それには、たぶん、ネティアが関係しているわね」
「ネティア様が、ですか?」
フロントを始め、その場にいた全員が驚く。
「そう驚くこともないでしょう。ネティアはこの国を魔力で統べる女王よ。ネティアの魔力が魔物、祠に眠っていた人物を目覚めさせた可能性があるわ」
「まさか、ネティア様と魔物が通じているのですか!?」
「神殿が建つ前からある祠よ。前世の記憶を持つネティアと深い関係があった人物が祭られたとしてもおかしくないでしょう?」
「前世のネティア様と関係が深い人物・・・だから、ネティア様の様子がおかしかったですね・・・」
フロントが霧の魔物を消滅させようと、戦っている時にネティア女王は妨害してきた。
「・・・それでは、フローレス様は何かしらの粗相を犯して、ネティア様を怒らせてしまい、その魔物が目覚めてしまったということでしょうか?」
「その可能性が高いわね」
「霧の魔物が出てきた理由はだいたい分かったっす。次は、霧の魔物に持ってかれたフローレス様の体の行方っすね?」
ライガが次の話題を切り出した。
「それはね、まだ、調査中よ」
「え、ティティス様でもわからないんすか?」
ライガが驚く。
忍び衆が探してもわからない時は、ティティス前女王を頼っていた。
ティティス前女王は虹の女王の座を退位こそしたが、まだ大半の虹の結界を支配していた。
つまり、ネティア女王が支配している以外の結界の範囲を物見できるのだ。
その範囲はかなり広範囲だ。
しかも、他人を探すわけではなく自分の娘だ、感知するのは難しくないように思われた。
「ライガ、わたくしは万能ではなくてよ。それに、フローレスは魔力を持たない特殊体質よ。探し出すのは骨が折れるの」
「ああ、そうした・・・・」
ライガは反省する。
「でも、変なのよね・・・」
「変とは?」
ティティス前女王の言葉にフロントが反応した。
「霧の魔物は虹の神殿に封じられていたもの。虹の神殿を出て、果たして存在していられるのか疑問なのよ」
「確かに・・・エレメント系の魔物は自分たちの縄張りから出ることはできませんね・・・」
「そうでしょう?だから、いるとしたら、近く、遠くても王都の周辺だと思うのだけど・・・それなら、絶対にわたくしの眼にとまらないはずはないのだけど・・・」
ティティス前女王は頭を悩ませている。
「ティティス陛下の眼に止まらないのなら、地中ではないですか?」
グレイが発言すると、
「地中はあるかもしれないわね。調べてもらえる?」
「もちろんです!」
グレイは敬礼した。
「ヘレン達と他の線でも調査を続けるとして、今日はこれまでにしましょう」
ティティス前女王の言葉で事情聴取は終了した。
「それじゃ、俺、急ぐんで、ブルー、行くぞ。グレイ、後は頼む」
客の指名を受けていたライガはブルーを伴って、一足先にバイト先へと向かった。
グレイとレッドは仲間に地中の捜査のことを伝えてから向かうようだ。
フロントはグレイに近づく。
「グレイ、これをライガに渡してくれ」
「これは?」
2つにおられた紙を受け取ったグレイは、開いて見る。
「私の女性の友人リストだ」
「ほう、貴族令嬢ばかりだな」
「きっと、上客になってくれるだろう。ライガの役に立つよう。手紙を出しておく」
「ありがたく頂戴しよう」
グレイはメモを懐に大事そうにしまったところで、フロントが口を開く。
「ライガなら、逆玉をねらえるかもしれん・・・・最大限力を貸す!だから、『ライガに、嫁を』!!」
フロントの力強い言葉に、グレイははっと顔を上げる。
「恩に着る!!」
気持ちは同じだった。
グレイはフロントと熱い拳を合わせると、手を振りながら急いでライガの後を追う。
フロントも手を振りながら、健闘を祈った。
それを見ていたレッドはぼやいた。
「逆玉はまずいだろう。若がいなくなったら、忍び衆は誰が率いるんだよ?」