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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第3章 2人の妹
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鮭は川を登りきる

虹の前女王ティティスは、サラから娘の覚醒の知らせを受けて、ものの30分ぐらいで駆けつけてきた。


「ネティア!!」


母親に呼ばれて、寝ていたネティア女王はすぐに目を覚ました。



「・・・・・母上・・・・」


車いすでやってくる母親を寝ぼけ眼で見つめる。

ティティス前女王は勢いよくネティア女王に抱き着いた。

いきなり抱き着かれてびっくりしたようだったが、安心して身を委ねる。


ナイトとフロントが離れると、ティティス前女王は娘の顔を覗き込む。


「どこか、痛いところはない?」


ネティア女王は子供のように首を横に振った。


「わたくしがわかる?」

「・・・・お母さん・・・・・?」


タドタドしく答えるネティア女王にティティス前女王は息を呑んだ。

ネティア女王は母親を『お母さん』とは呼ばない。

夢の中で自分を救ってくれた女性=母親のティティス前女王だと思ったようだ。


「ティティス様・・・」

「・・・・・記憶喪失というのは本当のようね・・」


ティティス前女王は深呼吸をしてから、ネティア女王の診察に入る。

掌を額に当てて、魔力を流し込んで、体の状態を見る。

緑色の光がネティア女王の体を包み込む。

気持ちがいいものなのか、疲れからか、ネティア女王は再び目を閉じた。

光が消えると、ネティア女王の体が傾き、ティティス前女王が支える。

ナイトとサラがネティア女王をベッドへと寝かせようと来た時、ティティス前女王は車いすでさっと離れる。


「フロント、こちらへ来なさい」


呼ばれると思っていたフロントは隣の部屋に入っていったティティス前女王についていく。


ナイト達の様子を伺ってから、扉を閉めた。

振り返るとティティス前女王の厳しい表情があった。


「ティティス様・・・ネティア様は大丈夫なんでしょうか?」

「体に異常は見られなかったわ。でも、魔力の波動が乱れれて、量が異常に少なくなっていたわね、霧の魔物を吸い込んだ影響だと思うけど・・・」


フロントもそれは感じていた。

しかし、それ以外で違和感があった。

ティティス前女王も何かを感じたようだ。


「・もしかしたら、・・・あの子は、ネティアじゃないかもしれないわ・・・・」


予想外の言葉にフロントは衝撃を受けた。


「ネティア様ではない!?それでは、まさか、あの魔物がまだ体内に居座っているのですか?」


大きな声を出してしまったフロントにティティス前女王は人指し指を口に当てる。


「言動からして、その可能性が高いわね。ネティアが負けることはないとは思うけど、今の魔力では浄化に時間がかかるでしょう」


フロントは高ぶる感情を必死に抑える。

フローレス姫を守れなかったばかりか、ネティア女王の身まで危険に晒してしまった。


「フロント、ネティアから離れないように。何かあったらすぐわたくしに報告なさい」

「・・・・・わかりました・・・」

「このことは、わたくしとあなただけの秘密よ」


フロントは無言で頷いた。

密談を終えて、元の部屋に戻ると、ナイトがやってきた。


「義母上、ネティアは大丈夫だったんですか!?」

「霧の魔物の影響でちょっと頭が混乱しいるみたいだけど、大丈夫よ」

「そうですか・・・」


妻であるネティア女王の容態を心から心配している。


「ネティア、大丈夫だ。俺が付いてる!まだ仕事中だけど、また来るから・・・」


眠っているネティア女王に熱心に語りかけている。

フロントはまずい、と思った。


『今夜は突破するかもしれない・・・』


ティティス前女王も同じように思ったのか、


「任せたわわよ・・・」


フロントに、信頼の眼差しを送って帰っていった。




***




長い1日が終わった。

月のない夜が更けていく。

ナイトはほぼ日課になっている妻である女王ネティアへの寝室へとやってきた。

いまだ親衛隊の妨害で、初夜は果たせていない。

親衛隊が他国の王子であるナイトを虹の王として認めないという意思表示だった。

虹の国には、よそ者のナイトに子孫を残させず、亡き者にしようと考えている輩がいる。

だが、ナイトにはそんなことどうでも良かった。

今、ネティアは双子の妹フローレスを魔物に攫われ、傷心のさなかにいる。

その心を癒せるのは、やはり、夫である自分しかいないと、自負していた。


『どんな企みも、跳ねのけてみせる、ネティアのために!!』


そんな決意を胸に、ネティアの寝所の警備に当たっている親衛隊の前に立った。


「来たか、ナイト!」


アインが先頭に立って、ナイトを迎えた。

もう一人、相方の声が聞こえない。


「カインはいないのか?」


ナイトが静かな声で聞くと、アインは肩をすくめた。


「野暮ようだそうだ。まあ、俺らだけで十分だけどな」


アインは相棒のカインがいなくても防衛に確実の自信を持っているようだった。


「そうか・・・・それは好都合だ」

「はあ、今、なんつった!?」


激昂するアインを見据えて、ナイトは剣を抜く。

場の空気が冷えてくる。

ナイトの真剣さが剣から発せられる冷気となって漏れ伝わる。

アインは気を引き締めて、剣を抜いた。

他の親衛隊も各々の武器を構えた。

ナイトは剣を宙に振り上げる。


「氷雨!!」


冷たい雨がナイトに向かって走ってくる親衛隊に降り注ぐ。


「こんなじゃ、足止めにもならないぞ!」


斬りかかってきたアインに挑発されるも、ナイトは至って冷静だった。


「足止めなんてしない。足は滑らせる」

「はあ!?」


アインの攻撃をかわしたナイトは剣を床にしいてあるレッドカーペットに突き刺す。


「氷結!!」


降り注いだ雨が凍り付き、レッドカーペットが氷でツルツルになる。

突然、床が凍り付き、足元が危うくなった親衛隊にナイトは床を滑りながら鮮やかに倒していく。

全員を抜きさり、ネティアの寝室の扉の前に立つ。


「行かせるか!!」


アインと数名の親衛隊が火の魔法で氷を溶かしながら、後を追ってきた。

ナイトは振り返ると、自分の足元のレッドカーペットを切断し、


「霜柱!!」


カーペットの切れ端に巨大な霜柱が発生し、カーペットに乗っていたアイン率いる親衛隊を廊下の端へと滑らせた。

ナイトはそれを見届けると、剣を納め、ネティアの寝所の扉を開けた。


「ネティア!!」

「・・・・ナイト様・・・」


大きな声でナイトは愛妻の名前を呼ぶ。

寝間着姿のネティアは驚いていた。

もう寝るところだったようだ。

いつも親衛隊に阻まれてこの部屋に入ることさえできなかったのだ。

しかし、今夜、ようやく、ナイトは激流を登りきったのだ。

ナイトはネティアを熱いまなざしで見つめて、その想いを全身で伝える。

抱きしめて、唇を奪う。

勢いで、ネティアがベッドの上に座り込む。

そのまま押し倒してしまいそうな勢いで、熱い口づけを重ねる。


パン!!


突然、発砲音が上がった。

ナイトは口づけをやめ、驚いて振り向くと、横断幕を抱えたフロントが立っていた。


「ゴール、おめでとうございます!!ナイト様!!」

「に、兄ちゃん!!!???な、ななななななんでここに!!!!!?」


思いっきりネティアと熱いキスを交わしてしまったナイトは顔から火を噴きそうな勢いだった。


「・・・・・実は、ティティス様から、ネティア様から目をはなさないよう仰せつかっていまして、その、居合わせてしまったわけで・・・」


フロントも気まずそうに答える。

ナイトは咳払いをして、抱きしめていたネティアから名残惜しそうに離れる。

ネティアはナイトの激しいキスで頭がクラクラしてるようだった。


「ナイト様・・・・・今のは一体・・・」


聞いてきたネティアにナイトは慌てて謝る。


「わ、忘れてくれ。つい、熱くなってしまった!!」


ネティアは霧の魔物を吸い出し、双子の妹フローレスを攫われたショックで記憶喪失になっているのだ。

気持ちが高ぶったとはいえ、そんな状態のネティアを抱こうとしてしまったことを深く反省する。

居心地が悪くなったナイトは立ち上がる。


「俺、帰るよ」

「えええ、せっかく来たのに!!」


フロントが立ち上がって、ナイトを引き留めてきた。


『兄ちゃんいるし、ここにいてもすることないだろう?』

『初夜を行ったという、既成事実を作らないと』


ナイトは天を仰ぐ。

せっかく試練を乗り越えたのに、初夜は迎えらない。

なのに、一晩、何もせず、愛妻と一晩部屋に一緒にいなければならない。

これ以上の地獄があるだろうか?


「そうだ、トランプで遊びましょう!」


ナイトをネティアの元へ引っ張って戻りながらフロントが提案する。


「トランプ、いいですね。わたし、眠れなくて・・・」

「それはちょうどよかったです。今夜はトランプで遊びまくりましょう!」


フロントとネティアはノリノリだったが、ナイトにはそんな元気は残っていなかった。

日昼はフローレスの騒動と公務、夜は親衛隊と戦いでもうヘトヘトだった。


「ごめん、俺、寝ていい?」

「ああ、ナイト様はお疲れでしたね。おやすみなさい」


フロントににこやかに言われて、ナイトはソファに横になった。


「では、カードを切りますね」


フロントとネティアが楽しそうにトランプ遊びを始める。

ナイトはちょっと不機嫌そうにその様子を見つめていたが、いつの間にか眠っていた。


夢に落ちる。

世界は激流だった。

ナイトは鮭になっていた。

激流に揉まれ、体は傷だらけになる。

それでも源流を目指し、頑張って激流を登りきると、水の流れが穏やかになった。

そこには美しい雌の鮭が泳いでいる。

子孫を残すため、ナイトは雌の鮭に近づいた。

突然、横っ腹に衝撃を受ける。

次の瞬間、ナイトは水しぶきと共に宙を舞っていた。

熊がナイトを捕まえようとしたのだ。

しかし、高く弾かれたナイトは運よく川に落ちて、激流に流された。

こうして、ナイトはまた下流に戻され、振り出しに戻った。




「ナイト、ナイト、起きろ」


体を揺すぶられ、ナイトが目を覚ますと、フロントが目の前にいた。

日の光が眩しい。


「おはよう、兄ちゃん・・・・ネティアは?」

「さっき眠られた・・・」


フロントが後ろにあるテーブルに目をやる。

ネティアはトランプをしながら、眠ってしまったようでテーブルに顔をうずめていた。

フロントはネティアの元に戻ると、抱き上げてベッドに運んだ。

ナイトもネティアの元へ行き、寝ている頬に触れる。

寝顔は綻んでいていた。

フロントとのトランプ遊びがとても楽しかったのだろう。

ちょっと、恨めしく思う。


「ナイト、スマイルだ」


不機嫌な顔をしていたからか、フロントが真顔で言ってくる。


「私はここにいないとこになっている。お前とネティア様は2人だけで過ごし、初夜を無事終えたことになった。だから、勝利の笑みを周囲に振りまいて、次期虹の国王への条件を満たしたことを知らしめるんだ」


とナイトに言い聞かせてきた。

しかし、それは実際には難しい。

現に、フロントは目の前にいる。

初夜はお預けになった。

落胆のナイトは疲労困憊だ。

どうやって、勝ち誇った表情を作ればいいのだ?

ナイトがむくれた顔をむけると、フロントは申し訳そうなため息をついて、


「ごめんな、ナイト。これも私の役目なんだ。頑張ってくれたら、今夜、美味しい焼き鳥と酒を好きなだけ御馳走するから」


と言ってきた。


「・・・・・・・・約束だからね・・・・」

「ああ、もちろんだとも!!」


フロントの返事を聞いて、ナイトはむくれたまま、身支度をして扉へと向かう。

しかし、部屋を一歩出ると、顔をキリっと引き締める。

外に出ると、昨夜一戦交えたアイン率いる親衛隊が整列して待っていた。

ナイトはこれ見よがしに微笑を零すと、速足で彼らの前を通り過ぎた。


『焼き鳥!!!!酒!!!!!!!腹いっぱい食わせろよ!!!』


ナイトは心の中で繰り返しそう叫びながら、丸一日に演技をし続けた。

そんな状態で出て行ったため、アイン達、親衛隊がナイトに対して、敬礼したか、全く見ていなかった。







『よし、ナイト、いいぞ!!』


代わりにフロントが見ていた。

アインを始めとする親衛隊はナイトに対して敬礼していた。

彼らはやっとナイトを次期虹の王として認めたのだ。

フロントはほくそ笑んで、そっと覗いていた扉を閉めた。


『さてと、次はこっちだな・・・・・』


フロントは寝ているネティア女王を見つめる。

心は複雑だった。


『・・・いや、間違いない・・・・・・』


フロントはあることを確信していた。

寝ているネティア女王に近づき、耳元で名前を囁く。


「うん・・・・・・・あと、5分・・・・・・・・」


フロントはため息を着いて、困った顔になった。




***




夕刻、ナイトは仕事終わりにまた義母ティティス前女王の自室に呼ばれた。

フローレスの行方に関して何か手がかりが得られたのかもしれない。

部屋に入ると、義父レイガル王、フロント、妻ネティアも着ていた。


「ネティア、起きて大丈夫なのか?」

「ええ、もう大丈夫みたい」

「そうか、じゃ、記憶の方は?」


ナイトが期待を込めて聞くと、ネティアは顔を曇らせた。


「ああ、ごめん、まだだめか・・・」

「ごめんなさい・・・」

「いいって、焦らなくていいから・・・・」


ナイトは慌てて落ち込むネティアを慰めてから、話を変える。


「義母上、フローレスの捜索で何かわかったんですか?」

「まだ何も手がかりはないわ・・・・」

「え、じゃ、これは一体何の集まりなんですか?」


フローレスの捜索に進展があったら召集するという話だった。

ナイトの疑問にティティス前女王は困った顔をフロントに向ける。

フロントの提案だったようだ。


「ちょっと、気になることがありまして、それを確かめるために集まっていただいんです。ですが・・・・私の勘違いでした」


フロントがバツの悪そうな顔で言ったので、


「なんだ、それなら、もういいですよね、義母上?」


ティティス前女王に聞くと頷いたので、ナイトはいそいそとネティアの元へ行く。

できるだけ傷心の愛妻と一緒にいたかった。


「疲れただろう?部屋まで送っていくよ」

「え、ありがとうございます」


ネティアは嬉しそうにナイトと腕組んだ。

夫婦は幸せそうに微笑みあい、ゆっくりとドアへ向かって歩き始めた。

その仲睦まじい後姿を、フロント、ティティス前女王とレイガル王が黙って見つめている。

ドア付近に差し掛かった時、フロントがティティス前女王に目配せを送った。

ティティス前女王は咳ばらいをして、


「2人とも、ちょっと、待ちなさい!!」


強い口調で、呼び止めた。

その声に驚いたネティアは肩を竦めて、体を強張らせた。

そして、恐る恐るティティス前女王を振り返った。

一緒に歩いていたナイトも怪訝な顔で振り返った。

呼び止めたはずのティティス前女王はあっけにとられた顔をしていた。

フロントは困った顔をしていたが、どこかほっとしているようにも見えた。

レイガル王は難しい顔をしていた。


「フロント、お前の言ったとおりだな・・・」


レイガル王は感心してフロントを見る。


「まさか・・・・・・本当に・・・あなただったなんて・・・・・」


ティティス女王が脱力して、頭を抱えた。

3人がネティアに関して共通する何かに気付いたようだが、ナイトには何が起きたのかわからなかった。

記憶をなくしているネティアも当然わからない。


「一体、何なんだ?」


ナイトが聞くと、フロントがやってきて告げる。


「その方は、ネティア様じゃありません」

「・・・・・・・え!?ネティアじゃない!?」


ナイトはネティアを何度もよく見る。

どう見ても、ネティアだが…


「じゃ、一体誰なんだ?」

「フローレス様です」

「・・・・・・・え?」


フロントは真顔で断言した。

ナイトは理解不能に陥り、言葉を失った。



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