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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第3章 2人の妹
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混乱

日が暮れた虹の王宮は焚火が炊かれ、武装した騎士、術師達が虹の神殿とその周辺でフローレス姫の捜索に当たっていた。


「フローレス様!!」


各所からフローレス姫の名前を探す声が木霊していた。

その声を聞きながら、レイガル王は決断した。


「今日のフローレスの捜索を打ち切る」

「レイガル王、後、もう少しだけ・・!!」


親衛隊の伝達役で来ていたゼインが捜索の継続を願い出たが、レイガル王は首を横に振る。


「これだけ探したのだ。フローレスはもう近くにはいない」


ゼインは口を閉ざした。

誰もがそう感じていたのだ。

捜索を断念した騎士達は肩を落として、それぞれの持ち場に戻っていく。


そんな中、虹の国の三大魔女と呼ばれる、リリィ、ラナ、ヘレンは、フローレス姫が霧の魔物に連れ去られた現場を調べていた。


「どうなの、ヘレン?」

「この辺に木々の茂みの中に空間の歪みがあるわ」


ラナの問いにヘレンが答えると、リリィが驚きの声を上げる。


「嘘でしょう!?」

「本当よ、あなたも調べてみたら」


リリィは虹の神殿の最高司祭で何十年も過ごしてきたのだ。

この慣れ親しんだ神聖な場所に空間の歪みがあったなどとは到底信じられなかった。

自ら魔力で探知してみる。


「・・・・・・・・・・本当だわ・・・・・」

「そうでしょう?しかも、かなり大きいわよ」


ショックを受けているリリィをヘレンは気の毒そうに見つめる。

虹の神殿の最高司祭である彼女には大きな責任問題だ。


「ティティス陛下に報告しましょう」


ラナの言葉に、リリィとヘレンは重く頷いた。




***




翌朝、虹の前女王ティティスはフロントとナイトを自室に呼び出していた。

フローレスが霧の魔物に連れ攫われた件で2人から話を聴くためだ。

霧の魔物をフローレスの口から吸い出そうとしたネティアはいまだ目覚めていなかった。


「ナイト、大丈夫か?」

「ああ・・・何とか・・・」


入室してきたナイトはフロントの肩を借りていた。

霧の魔物との戦いで水の魔剣の魔力で対抗し、消耗した魔力が回復していないようだ。

心身を連携しているネティアが昏睡状態であるのも原因だと思われるが、


「ネティアが魔法を使えなかったというのは本当なの?」


開口一番、ティティスは尋ねた。


「はい、にわかには信じられませんが・・・フローレス様の体内に入りこんだ霧の魔物をご自身の口から吸い出そうとなさっていましたので、まず間違いないかと・・・」


フロントが神妙な面持ちで答え、苦悩をにじませた。


「私のせいです!ナイト様がネティア様に召喚されたことにもっと早く気付いて、駆けつけていれば、フローレス様は・・・!!」

「フロント、自分を責めないで。あなたのせいではないわ」

「しかし、私が不義理を働き、フローレス様のお傍を離れてしまったせいです!必ず、お守りすると誓ったのに!!」


フロントは悔やんでも悔やみきれない顔をして、ティティスの前に跪いた。


「ティティス様、どうか私にフローレス様の捜索をお命じください!!」


懇願の目で見つめてくるフロント。

ナイトとネティアがいなければ、霧の魔物に攫われたフローレスを迷わず追跡しただろう。


「ダメよ」

「ティティス様!」


ティティスが却下するとフロントは抗議の声を上げた。


「神聖な虹の神殿に魔物が出た。そして、女王であるネティアの魔力を封じた。あなた以外にネティアの警護を任せられる人間はいないわ」

「親衛隊がいるではありませんか!!」

「親衛隊はまだ信用できないわ」

「信用できる者もいるのではないですか!?」

「いるにはいるわ。でも、あなたほどの実力はない」

「ならば、ライガに援護させればいいじゃないですか!」

「ライガは強いけど、陰で活動する忍びよ。フロント、聞き分けなさい。あなたはまだフローレスの婚約者ではあるけど、もう専属の騎士ではないわ」


フロントは唇を嚙みしめ、うつむいた。

黙って話を聞いていたナイトが落胆したフロントの肩に手を置く。


「ナイト、霧の魔物の正体が何かわからないわ。あなたもしっかり自分の身を守るのよ」

「はい、義母上」

「フローレスの捜索は宮廷魔術師ヘレンに任せます。進展があり次第、また召集するわ。話は以上よ」


フロントとナイトは静かに礼をすると退室していった。

控えていた侍女長のラナが不思議そうな顔で近づいてきた。


「昨夜発見した神殿の空間の歪みのことはお話になられなかったのですか?」

「フローレスに関して、前々から気になることがあったの。それを調べてからにしようと思ったの」

「フローレス様に関してですか?それならフロントにお尋ねになればよろしかったのではありませんか?」


フロントには自由気まま行動するフローレスの世話をさせ、その様子を逐一報告させていた。

いわば、監視役だった。


「そうね、でも、フロントはフローレスの秘密は守るはずよ」

「フロントが陛下に何か報告していないことがあるということですか?」

「フロントだけではないわね。きっと、ライガも、ネティアも何か知っているかもしれないわ。もしかしたら、ナイトも・・・」


ティティスはしばらく考え込むんでから、


「ラナ、わたくしを神殿にあった空間の歪みのところに連れて行きなさい」


ラナは目を見張る。


「陛下自らお調べになるのですか?」

「虹の神殿はまだわたくしの管轄、この目で調べてみる必要があるわ。それに、ネティアが魔法を使えなかった理由がわかるかもしれないわ」

「わかりました。お連れしたします」




***




前女王ティティスの居室を出たフロントは速足で廊下を歩いていく。

専属の騎士ではないため、もう自由にフローレス姫を探しにいけない。


『命に代えても守ると誓ったのに、探しにも行けないなんて!!』


どうしようもない焦燥感を隠すことはできなかった。

ナイトは黙ってフロントの後をついてきている。

王宮内を突っ切って外に出た。

もくもくと突き進み、いくつもの庭園を通り過ぎ、一番外側の城壁にたどり着く。

街並みが見渡せる場所にたどり着くと、フロントはようやく足を止め、街を見下ろす。

勝手に1人で街へ出かけて行ってしまったフローレス姫を探すために、ここからよく探したのだ。


「兄ちゃん、大丈夫?」


ナイトから遠慮がちに声をかけられると、フロントは街を眺めたまま、俯く。


「不甲斐ない。肝心な時にフローレス様を助けにいけないなんて・・・」


タイミングが悪かった。

今までずっと傍にいたのに、勘違いからすれ違い、離れてしまったのだから。

フロントはしばらく街を黙って眺めていた。

いつものように街の中にいてくれれば、すぐにでも見つけ出せるのにと、心の中で呟く。


「これからどうする?」


気持ちが落ち着いたフロントは振り返ってナイトに聞いた。


「まずはネティアの見舞いに行くよ」

「そうだな・・・もしネティア様がお目覚めになっていたら、何があったのか聞いてみよう」


力のないフロントの言葉にナイトは静かに頷て、2人でネティアの寝室へと向かった。




***




まるで溺れているようだった。

とても息苦しい。

暗闇の大海の波間に今にも飲まれそうな感覚だ。

もうだめだ。

諦めかけた時、急に息苦しさがなくなった。

誰かが引き上げてくれたようだ。

だが、姿は見えない。


『もう大丈夫よ。ここなら安全よ』


母親のような、優しい女性の声。

しかし、次の言葉は悲しそうだった。


『ごめんね、ここでしばらく待っててね・・・』


その言葉は語尾に行くにつれて、消え入るように小さくなっていった。

助けてくれた女性が急速に離れていく。

置いて行かれると思い、暗闇の中、女性の後を追いかける。

闇雲に歩いていると、光が見えた。

そこから、女性の声が聞こえた。

その光の方へ、走った。




***




ナイトとフロントはネティアの寝室にやってきた。

警護している、親衛隊は神妙な面持ちでナイト達を黙って通した。

元気がないのは、親衛隊の一員でもあるフローレスが魔物に連れ去られて行方知れずになっているからだろう。

それと、主である女王ネティアが目覚めてないからだと知れた。

ナイトはネティアの顔だけ見てから帰るつもりでいた。

部屋の扉を開けようとしたら、中から突然開いた。


「ナイト様!それにフロント様!!ちょうどよかった!!」


中から涙目で出てきたのは侍女のサラだった。

サラはずっとネティアの看病をしていたのだ。


「もしかして、ネティアが目を覚ましたのか!?」

「はい、たった今、早くお入りください!!」


サラに引っ張られるようにナイトとフロントはネティアの寝室へと入っていく。

天蓋のついたベッドに体を起こしたネティアがいた。


「ネティア!!」


感極まってナイトが妻の名前を呼ぶと、ゆっくりとこちらを向いた。

表情がない、まだボーとしているようだった。

駆け寄って、腰を落として、真正面からネティアの顔を見つめる。


「ネティア、良かった・・・」


そういったナイトをネティアがボーとしたまま見つめ返してきて、


「・・・・ネティア・・・・・?」


自分の名前を繰り返して、小首を傾げる。

違和感を覚えたナイトはフロントとサラの顔を見る。

2人も同じ違和感を感じたようだ。

再びネティアに視線を戻すと、部屋全体を見回していた。


「・・・・・・・・・・ここは・・・・・・・・・どこ・・・・・・?」


その言葉にナイト達は衝撃を覚えた。

真っ先に動いたのはサラだった。

ナイトを押しのけ、ネティアの肩を抱いて、


「ネティア様!わたくしがお分かりになりませんか?サラです!あなたの侍女のサラです!」


必死に訴えかけたが、ネティアは小首を傾げるばかりだった。


「・・・・まさか、記憶喪失?」


ナイトが声を絞り出すと、フロントが重く頷く。


「・・・一時的なものかもしれません、目覚めたばかりで記憶が混乱しておられるのかも・・・魔法が使えず、魔物を吸い出すというご無理をなされたから、邪気を体内から出し切れてないのでしょう」


フロントがそうであってほしと願うように見立てた。


「フローレスを助けるために、無理したんだな・・・」


ナイトは目頭が熱くなった。

前世の記憶が蘇る。

双子の妹を失った彼女は何年もの間、抜け殻のようだった。

子供が生まれても、それは変わらなかった。

結界による環境変化で世界各地に天変地異が起こり、それも彼女のせいにされた。

住処を追われ、乳飲み子を抱えたまま混沌とする世界中を放浪する旅を余儀なくされた。

最愛の妹を結界の生贄にされ、天変地異を引き起こした術者と人々から蔑まれ、安住する場所はなかった。

目を離すと、義妹の後を追ってしまうのではないかと、ナイトは気が気ではなかった。

現世の今、フローレスが死んだわけではないが、魔物に攫われたのだ。

ネティアのショックは相当なものだろう。

自分が傍で支えなければ。

ナイトは強く決意した。


「・・侍女?・・・サラ?・・・・わからないわ・・・」


サラがショックを受けて、涙目で後ずさる。

記憶を失ったネティアはフロントとナイトの顔をゆっくり見てから、


「あなたたちは・・・・誰?」


と聞いてきた。

衝撃を受けたナイトとフロントはネティアに近づく。


「俺はお前の夫のナイトだ。大丈夫だ、すぐ思い出せる・・・今は少し、疲れてるだけだ・・・」


そう言って、ナイトはネティアを強く抱きしめる。


「ナイト・・・・」


呟かれるた名前は、覚えようとしている感じだった。


「私はフロントと申します。『ネティア女王陛下』、ずっとあなたとあなたの『双子の妹』君の傍で護衛を務めていたものです」

「フロント・・・」


ネティアに名前を繰り返されてから、フロントは跪く。


「この度は、私がすぐに駆けつけられず、『フローレス姫』が魔物に拉致されてしまいました。申し訳ありません!!ですが、必ず、フローレス姫はご無事です・・・!!」


フロントが土下座するように頭を下げる。


「フローレス・・・・姫?魔物?拉致?・・・・・『わたしの双子の妹』?・・・・女王陛下??」


事件の状況も、双子の妹の名前も忘れ、自分の地位も忘れてしまっていた。


「・・・・・・・・ネティア様・・・・・・?」


フロントが驚きの表情で顔を上げて、ネティアの顔を食い入るように見つめる。


「ネティア様をティティス陛下に、直接診てもらいましょう!」


サラが涙をハンカチで拭いながら、ネティアの横に来たので、ナイトは頷いて離れた。


「そうだな、義母上ならすぐにネティアを治してくれるかもな」

「はい!ティティス陛下はネティア様の『お母上』で、世界最高の術者ですから!」


ナイトとサラはティティス前女王を絶対視していた。

フロントは苦笑いしながらも一応同調する。


「お母上?・・・・・母上・・・・・母・・・・・母親・・・・」


ネティアが『お母上』を必要に言い換えた後、


「・・・・・・会いたい・・・・」


とポツリと呟いた。


「では、早速、ティティス陛下に来ていただきましょう!!」


サラは使いを出さず自ら走って行ってしまった。

よほど気が動転しているようだった。

ネティアはお付きの侍女にほったらかされてしまった形だ。


「ティティス陛下が来られるまで、少しお話しを聞かせてください」


待ち時間を潰すようにフロントがネティアの横に腰を掛けた。


「何か覚えていることはありませんか?」


フロントが尋ねると、ネティアはしばらく考え込んだ後、ポツリと喋り出した。


「・・・・・とても息苦しかった・・・・・」


魔物を吸い込んだ時の記憶だと思われる。

フロントが先を促す。


「息苦しかったですか、それから・・・」

「・・・・・・・もうダメかなと思ったときに、急に楽になったの・・・・・・誰かが引き上げれくれたの・・・」

「引き上げてくれた?それは男ですか?」


フロントが聞くと、ネティアは首を強く横に振った。


「女の人、とても優しい声・・・・・・お母さんみたいな・・・」

「お母さんみたいな、ですか・・・」


ネティアが必要に『母上』という言葉を言い換えていた理由がわかった。


「でも、すぐに聞こえなくなって・・・・その声を追いかけたら、光が見えて‥‥ここにいたの」


目覚める前の夢の話だったようだ。


「覚えているのはそれだけですか?」


フロントが聞くと、ネティアは小さく頷いた。


「聞いたことある言葉もあるみたい・・・でも、何か、頭に靄が掛かっているみたいで・・・」


無理に思い出そうと顔をゆがませるネティアをフロントが止める。


「無理に思い出さなくていいですよ、体に障りますから、今はゆっくり休んでください」


フロントは優しく語り掛けてから、ネティアの頭を撫でた。

ネティアは小さく頷くと、ウトウトし始め、フロントの肩に寄りかかって寝てしまった。


「ティティス様が来るまで、もう少しだけ寝かせてあげましょう」


ナイトは頷いてベッドの脇に腰を下ろして、フロントと共にネティアの寝顔を見守った。

































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