霧の魔物
ナイトはフロント、ライアスを伴って、夕方の国王正規軍の訓練を監督していた。
国王になったら、ナイトが正規軍を指揮する。
将軍には腹心のフロント、ライアスを当てる。
今はその予行練習だ。
正規軍はナイトに協力的だった。
ランド領でナイトの活躍もあり、期待も大きいた。
自分が指揮することになる大軍を見てナイトの胸は震えていた。
『今度こそ、魔物達に勝てる!』
前世でナイトが命を懸けた魔物壊滅作戦は失敗に終わっていた。
今世に転生して発展して強くなった虹の国を見てナイトは確信する。
『魔期に終止符を打つ。この手で必ず!』
ナイトは心の中で誓った。
犠牲となった多くの民にナイトは報わなければならないのだ。
「よし、今日はここまで!!」
訓練が終わった。
「いかがでしたか?」
「素晴らしい出来だ。率いるのが楽しみだ」
フロントに聞かれてナイトは笑顔で感想を述べた。
「それは良かったです。ですが、まだまだ正規軍を率いるのは先だと思いますよ」
「そうだな、義父上が健在すぎるもんな」
「だから、焦らず、じっくりと作戦が立てましょう」
「期待してるよ。名参謀」
「はい、お任せください」
フロントとのまだ見ぬ将来の話して、微笑みが零れた。
子供の頃の夢が叶おうとしていた。
父達の後を継いで、兄弟2人で魔物討伐の先陣を切る。
そして、憧れの父達を超えるのだ。
魔物討伐を終え、帰ってきたナイト達は歓声と共に虹の民に迎えられる。
そして、家族の元へ帰るのだ。
妻ネティアの顔が浮かんだ。
その顔は不安そうだった。
『大丈夫だ。今度こそ終わりにできる。だから、今世は一緒に生涯を全うしよう』
そう心の中で語りかけた。
だが、妻の顔が大きくゆがんだ。
『助けて、ナイト様!!!!』
妻の叫び声。
幻聴か?
しかし、その声はあまりにも生々しかった。
ナイトは助けに行かなければと、焦燥に駆られた。
「ナイト様、今夜一杯どうです?」
フロントが振り返ると、ナイトの姿はどこにもなかった。
「ライアス殿、ナイト様はどちらに?」
「さあ、さっきまでそこにいましたが・・・・」
ライアスも目を丸くして辺りを見回したが、ナイトはいなかった。
***
ナイトの視界が突然真っ白になった。
それが濃霧であることに気付くまで数分かかった。
そして、ここがさっきまでいた訓練場でないことも。
『ここは、どこだ!?』
ナイトが霧の中で辺りを見回していると、すぐ近くに人の陰影がかすかに見えた。
座り込んでいる、女性のようだ。
「ネティア?」
「ナイト様!?」
座り込んでいた影が動いてナイトの元へやってきた。
「お願いします、フローレスを助けてください!!」
ナイトに縋り付きネティアは半狂乱で頼んできた。
現世で妻のこんな姿を見るのは2回目だ。
「フローレス!?」
ナイトはネティアを助け起こしながら、濃霧に目を凝らした。
「この!この!この!!」
剣が空振りする音と共にフローレスが何かと戦っている声が聞こえた。
「フローレス!!」
「ナイト!?」
フローレスがナイトに気付いた。
それと同時に霧が開けた。
敵が正体を現した。
ナイトは息を呑んだ。
白い女のような影がフローレスの傍に浮いていた。
剣の空振りの音からして、実体がない。
白い女はこの霧そのものなのだ。
「フローレス、そいつから離れろ!!!!そいつは実体のないエレメント系だ!普通の剣は効かない!!」
フローレスはすぐさま頷いてナイト達の元へ来ようとしたが、霧の魔物に拘束されてしまった。
「フローレス・・・!!」
「ネティア、しっかりするんだ!!!」
フローレスが霧の魔物に拘束されたのを見て、ネティアは絶望的な表情で座り込んでしまった。
ナイトはネティアを正気に戻そうとした。
エレメント系の魔物にはネティアのような魔法が使える術者が頼りだ。
しかし
「・・・・わたくしのせいだわ・・・・わたたくしが・・・・・・あんなこといったから・・・」
自分を責めていた。
フローレスと何かあったらしい。
ナイトは諦めて自分でなんとすることにした。
しかし、分が悪すぎた。
相手は霧の魔物。
つまり、水だ。
ナイトは水の民だから、もちろん属性は水。
所持している剣は水属性だ。
水対水では勝ち目はない。
相手は霧、水そのものだからなおさらだ。
『エレメント系の魔物なんて、現世では初めてだ』
混沌とした前世にあってもエレメント系の魔物は特別な場所にしか存在しなかった。
戦ったこともある。
対応する武器や装備を整え、更には魔術師などの術者を仲間に加えてから準備万端でのことだ。
こんな街中で、神聖な場所にでる魔物など聞いたことがない。
『どうやって、入ってきたんだ?ここは虹の王都、虹の女王の結界の中心点だぞ?』
疑問が浮かぶが、まずはフローレスの救出が急務だ。
『どうする!?』
ナイトは方法を考えるが、何も浮かばない。
「ナイト、私は大丈夫だから、ネティアを連れて逃げて!!」
囚われのフローレスが叫ぶ。
大丈夫では絶対にない。
しかし、今の状況ではナイトも手も足もでない。
ナイトは苦渋の決断を下した。
「フローレス、フロント達を連れて、すぐ戻る!」
「うん!!」
フローレスが力強く頷くのを見届けるとナイトはネティアを連れて一目散に逃げだした。
しかし、
「ダメ!!」
5メートルほど走ったところで、ネティアがナイトの腕から逃れ、フローレスの元へ戻ろうとした。
ナイトは連れ戻そうとしたが、囚われのフローレスを見て愕然とする。
フローレスは宙に釣り上げられ、霧の魔物がフローレスの口から中に入り込んでいた。
『ダメだ!今、何とかしないとフローレスは助からない!』
ナイトは覚悟を決めて、ネティアの横に立った。
フローレスの危機にネティアは正気に戻ったようで、火の魔法を起こそうとしていた。
しかし・・・火の魔法は発動しなかった。
ネティアが驚愕の表情でナイトを見る。
ナイトも驚愕の表情で見返した。
この虹の国で最も魔力を持ち、その力でこの国を支配ているはずの女王ネティアの魔法が発動しない。
「ナイト様・・・・わたくし、魔法が使えません・・・・」
ネティアの声は今に消え入りそうだった。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
ここで諦めれば、前世と同じ轍を踏むことになる。
「わかった、俺がなんとする!」
ナイトは剣を振り上げた。
「散れ、ミズホ!!」
ナイトの水の剣から大量の霧が放出される。
ナイトの霧を魔物の霧と混在させる。
そして、
「戻れ!!」
ナイトは放出した霧を剣の中に戻し始めた。
魔物の霧も巻き込みながら剣の中に引きずり込む作戦だ。
魔物の霧とナイトの霧で綱引きの様相になった。
同じ水のエレメントなら引っ張りあうことができる。
「ゴホゴホ!!」
フローレスの口の中に入る霧が中断され、大きくせき込んでいる。
しかし、フローレスを解放するまでには至らない。
それどころか、またフローレスの中に入ろうとしている。
それを必死にナイトが引き留める。
ナイトができるのはせいぜいこれぐらいだ。
『早く来てくれ!兄ちゃん!ライアス!』
2人の前から突然消えたのだ。
フロントとライアスはナイトに何かあったと気付いてい探してく入れているはずだ。
しかし、ここがどこかナイトにはわからない。
恐らくネティアによって召喚されたのだろう。
兵士の訓練場からは遠く離れているようだ。
だが、推測はできる。
行動範囲が限られているネティアとフローレスがいる場所は限られている。
神殿か、王宮内か?
辺りを見回すが、霧はさらに濃くなり、何も見えなかった。
「はああ・・・!!」
霧の魔物がフローレスの口をこじ開けた。
「フローレス!!」
「クソ・・・・・!!」
悲鳴を上がるネティア。
ナイトは必死に霧を引き戻そうとするが、もう限界だった。
剣の稽古はしてきたが、水の魔剣の魔力で水のエレメントと綱引きをする訓練など想定さえしたことがない。
水の魔剣はかなり使いこなせているほうだが、水のエレメントに適うはずがなかった。
ナイトが諦めかけた時、辺りが光に包まれた。
光が消えると、霧も消えていた。
「ナイト様!!?」
フロントの声だ。
「ここだ!兄ちゃん!!ネティアとフローレスもいる!!」
ナイトが叫ぶと、フロントが空から降ってきた。
降りてきたフロントはまず、ネティアを助け起こした。
安心したナイトは力尽きて、尻もちを地面につく。
「フロント、お願い、フローレスを助けて!!」
「フローレス様を!?」
到着したばかりで事態が飲み込めていないフロントは少し離れた場所に霧の魔物に囚われているフローレスを見つけて驚愕した。
しかし、疑問に思ったのだろう、ナイトに視線を送る。
「・・・・よくわからないが、ネティアは魔法が封じられているみたいだ」
「なんですって!!?」
フロントは驚きつつも、すぐに冷静になった。
「わかりました。ここは私が!」
フロントは炎の魔法を掌に出した。
霧の魔物はフローレスを捉えたまま後退する。
「フロント・・・」
「フローレス様、今、お助けします・・!!」
フローレスの弱弱しい声にフロントは答えた。
火魔法を手に宿しながら、霧の魔物へ接近するもすぐに距離を取られてします。
『火の壁!!』
逃げられないように火で包囲したが、霧の魔物は霧を吹きかけて火を消してしまう。
その隙にフロントがフローレスを奪い返そうとするも、宙にあげられてしまった。
「兄ちゃん、もう一度!俺も加勢するから!!」
限界が来ているナイトだったが、もう一回くらいは霧の魔物と綱引きができる。
フロントは頷いて、再び火で霧の魔物を包囲した。
霧の魔物が再び、火を消し、その隙にフローレスへ近づく。
フローレスがまた宙に上げられそうになった時、ナイトは最後の力を振り絞って、水の魔剣の霧でフローレスを下へ引っ張る。
「フローレス様!!」
フローレスに届こうとしたとき、強烈な霧の風でフロントは吹き飛ばされた。
「クソ・・・」
ナイトは悔しそうに呟いて崩れ落ちた。
もう限界だった。
ナイトの水の魔剣の霧も消失した。
霧の魔物は完全に自由を取り戻した。
全ての霧を戻し、目当てのフローレスの体の中へものすごい勢いで入っていく。
「まだ、ダメよ!!」
ネティアは叫んでいた。
頼りのナイトとフロントがやられてしまった今、もう自分しかいない。
ネティアは単身、フローレスと霧の魔物化した前世の妹の元へ走る。
「ネティア様、お下がりください!!」
吹き飛ばされたフロントが戻ってきて、ネティアを追い越して2人の元へ走っていく。
手にもつ槍には火の魔力が宿っている。
それで、フローレスと霧の魔物を一刀のもとに切り離した。
『きゃやややっややややy!!!!!!!!』
痛々しい、前世の妹の悲鳴にネティアは卒倒しそうになった。
そんなことは知らないフロントは手を緩めることなく、残りの霧を火炎で消滅させていく。
その度に悲痛な悲鳴が上がる。
フロントは前世の妹の愛した人の血を引いている。
その彼に殺されるところなど耐えられるわけがない。
「・・・・・・やめて・・・・やめて・・・・・!!」
ネティアはフロントの前に飛び出した。
「ネティア様!一体どうなさったのです!?」
突然飛び込んできたネティアにフロントは困惑した。
「お願い、もうやめて!」
「しかし、このままではフローレス様が・・・!!」
後ろを振り向くと、霧はほとんどなくなっていた。
フローレスがゆらりと立ち上がる。
「ご無事でしたか、フローレス様・・・」
フロントが安堵の声で呼びかけたが、フローレスは無表情な顔を上げた。
そして、口から霧の風を吐き出して、フロントを吹き飛ばした。
ネティアが驚愕の表情で、フローレスを見る。
もう、彼女は中に入ってしまったのだ。
フローレスの体を手に入れた霧の魔物、ネティアの前世の妹フローネはそのまま立ち去ろうとする。
「ダメよ!!」
ネティアはフローレスを助けるため、立ちはだかり、無我夢中で口づけをした。
「ネティア!?」
「ネティア様、なんてことを!!!」
ナイトとフロントが叫ぶ。
「兄ちゃん、ネティアは何をしてるんだ!?」
「フローレス様の口から魔物を吸い取るおつもりだ!」
「そんなことできるのか!!」
「魔法の体現はできずとも、ネティア様の体の中の魔力までは封じることはできない。しかし、いくらネティア様とてあまりにも危険だ!!」
フロントとナイトは頷きあって、ネティアとフローレスを引き離しにかかった。
ただ口づけを交わしているだけとは思えないほど、強力な引力だ。
「ネティア様、お許しください!ナイト、手を離すなよ!」
ナイトが頷くのを確認してから、フロントは手加減をししつつも、強めの雷撃を放った。
フローレスを通じて、ネティアからナイトにも伝わる。
雷撃を受けて、ネティアが崩れ落ちる。
ナイトが慌てて受け止める。
何と引き離しに成功した。
「フローレス様!!」
フロントがフローレスに呼びかけると、宙を見上げた。
「きゃやややややああああああああああ!!!!」
悲鳴と共に霧の魔物がフローレスの口から出てきた。
その勢いは凄まじく、ナイトはネティアを抱えたまま、フロントは単身遠くに吹き飛ばされた。
霧を吐き出したフローレスはその場に膝をついた状態で動かない。
気を失っているようだ。
霧の魔物はフローレスの周りをぐるぐると回っていた。
ナイトはネティアを背後に隠して、剣を杖に立ち上がる。
霧の魔物がフローレスの中に再び入り込むのを阻止しなければならない。
「フローレス様!!」
遠くに飛ばされたフロントが炎の槍を構えてものすごい勢いて戻ってくる。
霧の魔物はナイトの後ろにいるネティアを伺い見た後、霧を発生させた。
「フローレス様の中にはもう入らせん!!」
フロントが炎の槍を一閃させると、霧は消滅した。
それが最後の霧だったのか、霧の魔物は姿を消した。
しかし、同時に、フローレスの姿をなかった。