複雑な状況好転
ナイトは悩んでいた。
フロントとフローレスのことだ。
2人が離れてから、驚くほどすべての問題が好転していたためだ。
まず、フローレスは順調に親衛隊長への道を登ってきている。
先日、正式にレイガル王より騎士として叙された。
それを機にティティス元女王も何も言わなくなった。
親衛隊も彼女を認めている。
その1つにあの殺人ダンスがあった。
親衛隊はあらゆることに精通してなければならない。
そのための数多くの授業があり、あの殺人ダンスが科目に追加されていた。
フローレスとまともに踊れるのは発案者のフロント、レイガル王、ナイトの3人だけだった。
殺人ダンスは達人の域に達しているフローレスは、超エリート集団の親衛隊を相手にしても無双だった。
並みの男達なら逃げ出すところだが、
「さすが、我らが親衛隊長になるお方だ・・・・」
「ダンスに見せかけての攻撃か、盲点だったな。こんな刺客が現れたら、パーティー会場は瞬く間に制圧される」
「ああ、何としてもこの技を取得せねば!」
親衛隊の中でも1,2を争うアインとカインが床に伏した状態でフローレスを称賛していた。
「まだまだ!!」
「来なさい、ゼイン!!」
仲間が次々とギブアップしていく中、ゼインはドレスを着たフローレスに最後まで挑み、壁まで蹴り飛ばされ果てた。
「フローレス様、ラブ・・・・」
ちょうどその壁から稽古の様子を覗き見ていたナイトとフロントはその呟きを聞いて、思わず苦笑いした。
「護身術に格好つけたいい男除けだと思ったのに、親衛隊には効かないみたいだ・・・」
殺人ダンス習得に向かう親衛隊の意気込みに、フロントは脱帽した。
彼らならまず習得できる。
「フローレス様は順調のようですね・・・・私じゃなくても、嫁の貰い手はいそうだ・・」
フローレス主導の親衛隊の稽古現場を盗み見た帰り、フロントが寂し気に呟いた。
未練がある彼だが、彼もまた新たな幸せを手にしようとしていた。
フロントはカリウス邸から通うようになって、丸くなった。
以前は、ストレス過多でたまに狂暴化し、訓練と称して、主に正規軍の騎士を捕まえては暴虐の限りを尽くし、魔王と恐れられていた。
しかし、労いの言葉など優しい言葉をかけるようになり、魔王と呼ばれることがなくなった。
以前は、フローレスとの仲はいまいち、相棒のライガからは求婚を受け、最強すぎるレイガル王の稽古相手になったり、その他、仕事に忙殺されていたストレス超過状態だった。
だが、今はそのすべてから解放されていた。
マリアとの仲は良好、それにともないライガからの求婚もなくなった。
レイガル王の稽古相手にもあまり指名されなくなった。
マリアとカリウス親子が抗議するのだそうだ。
そして、マリアも。
フロントを手に入れたマリアは、ブラッドからの執拗な尽きまいとはなくなっていた。
美人を鼻にかけた高飛車なところがなくなり、心優しい本物の天使ようになっている。
フロントもそんな彼女に確実に心を惹かれていた。
***
フロントの浮気事件はライアスにも飛び火した。
兼ねてより、娘の婿にと要望していたバルドが奮起した。
「ライアス殿が独り身の内に我が娘と是非とも引き合わせたい!!」
とナイトは強く申し出を受け、了承。
秘密裏に見合いの手筈を進めていたが、話が漏れ出て、ライアスへの見合い話は一気に50人に膨れ上がった。
あまりの数の多さに、ナイトは説明するのが面倒になった。
そのため、何も伝えずにライアスを王宮の一室に呼び出した。
「お前に客人だ」
「え、私にですか?」
「ああ、お前の人生を左右するかもしれん客だ。慎重にな」
ナイトはそう言って、バルド達が待機している部屋のドアを開けた。
「ライアス殿!!我が娘をもらってくだされ!!!」
まず最初にバルドが娘の写真を掲げライアスに突進していく。
「我が姫は器量よしです!是非とも一目見てください!」
「私の孫娘の方が美人です!!ぜひ、ご覧ください!!」
ライアスは50人分の見合い写真を抱える羽目になった。
「王子、私の見合い話だったんですか!?」
「水の国でのお返しだ。よく吟味しろよ」
「あれは、王子の為を思ってウォーレス王の手伝いをしたのです」
「ああ、為になったよ。女が怖くなった・・・」
見合い写真を抱えて王宮の廊下を歩くライアスを見ながら、ナイトはしてやったりと、ほくそ笑んでいた。
ビシャン!!
花瓶が割れる音にナイトとライアスが振り返った。
「サラ殿・・・」
「ライアス様、そのお抱えになっているものは?」
「ああ、見合い写真です」
「・・・・どなたの?」
「私のですが」
ライアスが事も無げに答えると、サラは手で口を押えて走り去った。
その様子にナイトはピンと来たが、ライアスは鈍感だった。
「サラ殿!?どうなされたのですか!?」
「ライアス、追いかけろ!!」
「え!?花瓶は?」
「いいから!お前の人生がかかってるぞ!」
「人生ですか!?」
「そうだ!」
「しかし、この写真が・・・」
「・・・・・・・・預かる」
ライアスはナイトに見合い写真を預けてサラを追いかけて行った。
夕刻、帰ってきたライアスはデレデレだった。
サラの告白を受け、付き合うことになった。
ナイトがライアスに作った水の国での借りはこれでチャラになった。
***
めでたい話が続くが、ライガの災難は続いていた。
ライガは父親の屋台でレッドとブルーと共にアルバイトをしていた。
フロントの浮気を止めるため、宰相邸を破壊したその修理費を払うためだ。
ナイトが1人で訪れると、珍しい女性客の姿があった。
「ガイル、繁盛しているみたいだな」
「これはこれはナイト様、バカ息子ですが、顔がいいもんでいい客引きなってます」
「ライガ目当てか・・・」
ライガは専ら注文を取りに行かされていた。
1度訪れた客から口コミでイケメン店員がいると、広まり、日に日に女性客増えて行った。
「儲かってるな、ライガ」
「儲かってるのは親父だけっす。俺は安月給でこき使われてヘトヘトっす!」
再び訪れたナイトが声をかけるとライガは不満を爆発させた。
「お前がカリウス様のお邸をぶっ壊すからだろうが!給料が安いって言うなら、売り飛ばすぞ!」
「売れるもんなら、売ってみろ!俺、男だし!」
売り言葉に買い言葉で親子喧嘩が勃発。
「売り飛ばす・・・」
その言葉に反応したのはグレイだった。
頭のガイルの店が忙しくなったので忍び衆が交代で手伝いに入っていた。
「若ならいけるかもしれません」
「何が?」
「ホストですよ。若なら夜の街でナンバー1間違いなしです!」
「そううまくいくか?その前にライガがしたがるのか?」
「若は一本気ですから、普通なら無理です。ですが、今は金に困ってます。一晩で大金が稼げると聞けば飛びつく可能性大です」
グレイはやる気満々だった。
後日、ナイトが訪れると屋台にキラキラスーツを着たライガがいた。
本当にホストになったそうだ。
そして、グレイの目論見通り、あっという間に人気ナンバー1に躍り出てしまったらしい。
「ライガ、儲かってるみたいだな」
「ジャンジャン稼がせてもらってるっす。こんな安屋台で働いてられないっす!」
「あん、安屋台で悪かったな!とっとと金返せ!」
「言われなくと、ちゃっちゃっと払って、自由を取り戻す!」
ライガはガイルに啖呵を切ると、ホストクラブへと帰っていく。
その後をブルーとレッドが続く。
グレイの誘いに乗って、ライガと一緒にホストになったらしい。
それには別の理由も潜んで至ることを、ブルーの首にかかったカメラが物語る。
新たなスクープを探していた。
スキャンダルにより、フロントとフローレスのラブラブシーンのスクープはもう取ることができない。
しかし、新たなスクープの種が生まれていた。
「若に女ができたところをスクープしたら、頭が借金チャラにしてくれることになってるんです」
ブルーとレッドは新たなスクープの種をえて、ライガの行動のすべてに目を光らせていた。
「フロコを諦めた今がチャンス!若に真っ当な女性を娶わせて見せます!!」
グレイはそう宣言し、元気に客引きに行く。
ライガが普通の女性と結婚してくることは忍び衆の悲願だった。
しかし、当のライガはというと、まだフロコ(フロント)に未練があるらしく。
「フロコみたいな女はいないな」
仕事が終わるとぼやいている。
「若、フロコは実在しませんから。フロントの女装で、男ですから」
「ああ、フロコ・・・」
グレイが何度言い聞かせても、フロコへの愛は冷めないようだった。
しかし、グレイ達も諦めず、
「いつか、若の前に女将さんのような素敵な女性がきっと現れる!」
大量の女性客を送り続ける。
***
ほぼ全てがいい方向に向かっていた。
ナイトだってその恩恵を受けている。
フローレスの存在が親衛隊の中で大きくなり、ナイトに少しずつ敬意を表すようになっていた。
フロントがマリアとの仲を深めることで、宰相のカリウス強力な味方になってくる。
フロントが力を持つことで、レイガル王の権勢も強まり、同時に配下の正規軍の権勢も強まった。
シュウもその好機を生かし、頭脳をフル回転して頑張ていた。
協力が得られ、各部署の予算の不平等が是正されていく。
ナイトの誓約が実現すると、国民の支持が得られる。
まさに好循環。
しかし、それはフローレスとフロントの別れが起因となっていた。
それが唯一の悩みだった。
前世でナイトは義妹と彼の仲に反対していた。
その理由は彼には婚約者がいたからだ。
結局2人は想いを秘めたまま、別れた。
それが互いのためだと、信じていた。
だが、義妹が結界の人柱にされたとき、後悔した。
愛する者を救えなかった彼は謀反を起こして、彼方へと旅立った。
幾多の障害が2人を引き裂いた。
しかし、現世は違う。
フロントとフローレスは婚約していた。
フロントに前世の彼のような高貴な身分はない。
フローレスも前世の義妹のような暴走させるような魔力は持っていない。
それなのに2人は破局しそうだ。
そして、前世と重ね合わせる。
もし、前世で何の障害もなかったら、2人は本当に結ばれていただろうかと?
ナイトはたまに手を当てる。
考えても詮無いことだ。
問題はネティアだ。
彼女は2人の仲を信じている。
2人が別れると言っても、反対するかもしれない。
***
ネティアは神殿の休憩室で横になっていた。
「ネティア、具合はどう?」
「大丈夫です、母上」
母ティティス元女王が心配そうに見つめてくる。
ネティアは眩暈を起こして、伏せていた。
「ネティア、結界継承の件だけど、やっぱり、延期した方がいいじゃないかしら。あなたは本調子じゃないみたいだし、フローレス達のこともあるし」
「いえ、大丈夫です。ぜひ、やらせてください」
ネティアはゆるぎない決意で母に申し出る。
フローレス達のことがあるから結界の継承を急ぎたかった。
『なぜなの・・・』
ネティアは離れていくフローレスとフロントを思って問いかける。
2人は前世で思いを告げぬまま、一度は別れた。
妹は彼の身分と婚約者の存在を知って、身を引いた。
だが、運命が2人を再び引き合わせた。
巨大な魔力を有し、危険人物と認定された妹は結界の人柱にされてしまう。
世界を救うための犠牲。
しかし、ネティアには到底受け入れっれなった。
なぜなら、たった1人の血を分けた双子の片割れなのだから。
その思いを共有ししてくれる人間がもう1人いた。
彼だ。
ネティアの懇願を聞いた彼はすぐに駆けつけてくれた。
『他の誰かと幸せになっていると思っていたのに・・・』
もう二度と会うことがないと思っていた妹も彼との再会に涙して喜んだ。
必ず戻ると約束していった彼だったが、儀式まで間に合わなかった。
生贄に捧げられる儀式の前に、妹は弱音を吐いた。
『あの人にもう一度会いたい』
とネティアはその願いを叶えてやりたかった。
だから、前世から現世にかけて壮大な計画を秘かに企てたのだ。
だが、今2人は別れようとしていた。
それが2人の本心だとは思っていない。
しかし、2人の仲がどうしたら元に戻るのか、正直わからなかった。
夜、思い悩んだネティアは1人で部屋を抜け出した。
そして、虹の神殿を訪れる。
フローレスの秘密基地への入り口がある茂みへと足を運んだ。
しかし、その場所が閉ざされていることに気付いた。
「フローレス、あなた、本気なの?」
フローレスが許可したものだけが入れた秘密の場所。
そこは、前世の妹フローネの指輪を納めた祠があった。
恋人を想いながら死んだ彼女の墓、その場所を閉じたということは別れを決意した現れた。
「嘘でしょう・・・フローネ・・・・」
ネティアは前世の妹の名を呟いて夜空に浮かぶ虹を見上げた。
***
ジャミルは久々に王の一族のメンバーに集合をかけた。
フロントとフローレス姫の婚約解消がいよいよ真実味を帯びてきたからだ。
ブラッドはイライラしていた。
執着していたマリアを仇敵のフロントに取られたのが悔しいらしい。
「これで心着なく、マリアを忘れられるな」
「ああああ!!うるさい!女男!」
ミゲイルの意地悪な指摘にブラッドは暴言を吐いた。
その後、何かを思いついて、ジャミルの方を向いてきた。
「お前、フローレスはどうだ?」
ミゲイルの意地悪の仕返しと言わんばかりに、ジャミルに話を振ってきた。
「フリー同志、いいんじゃないか?ネティアはダメだったが、フローレスを嫁にすれば、一応面子は立つんじゃないか?あいつ、ネティアの双子の妹だし」
「論外だ」
ジャミルは吐いて捨てた。
「ジャミルがフローレスを妻にするわけないだろう。ジェラードを死に追いやった張本人だぞ」
「そ、そうだったな・・・・・・悪い・・・・・」
ブラッドはバツが悪そうに謝った。
しかし、それで、腹の虫が納まるブラッドではない。
今度はミゲイル話を振る。
「じゃ、お前はどうなんだ?」
「え、僕!?」
「由緒あるミューズ家を存続させるために子孫を残さないといけないだろう?お前もジャミルを見習って、嫁を探せ。当主なんだから」
「フローレスなんて、絶対、お断りだね!それに、僕はお前と違って女が大嫌いなんだ!」
「じゃ、ミューズ家はお前の代で終わりだな」
「ローズがいる!」
「ローズ?」
ミゲイルの口から出た女の名前をブラッドは反芻する。
ジャミルは聞き耳を立てる。
「ローズ?ああ、そういえば、居たな。地味な妹が」
「侮辱するな、僕の妹だぞ」
「腹違いだろう?それに、お前とは雲泥の差、醜いとはまではいかないが、パッとしない外見といるかいないかわからない存在感。あれによって来る男がいるのか?」
「いる!申し出もあった!」
ジャミルは思わず顔を上げた。
「本当にいるのか!?」
ジャミルがしたかった質問をブラッドがしていた。
「本当だ!僕の部下が、手柄を立てたらローズをくれと、進言してきた」
「部下?なんだ、やっぱり貴族じゃないのか」
「うるさい!貴族だろうがなんだろうが、見る目がない奴に妹はやらない!」
「はいはい・・・あのローズをね・・・」
ブラッドは追及をやめて、こみ上げる笑いを抑えていた。
ミゲイルは柄にもなく、殴りかかりそうな雰囲気をかもしだしていた。
「ミゲイル・・・」
「・・・・・何?」
ジャミルが呼びかけると、ミゲイルが振り返った。
ジャミルは躊躇いながら、
「今の話は本当か?」
「本当だよ」
「・・・そうか・・・」
事実を確かめてから、ため息を漏らした。
ミゲイルがブラッドを殴るのをやめて、ジャミルの方へやってきた。
「ジャミル、悪いけど、ローズはやれないよ」
「・・・・・わかっている」
ジャミルは小さく呟いた。
ヘーゼルは2人のやり取りを見て、小さくため息を吐いた。