後の祭り
ライガは腕時計を見た。
宰相カリウス邸の門を破壊してから5分が経過した。
邸からは警備の兵が増員されてくる。
ライガは頭を掻いてナイト王子を振り返った。
「・・・・・これ、ダメっすね・・・」
とあっさり手を挙げた。
「え、今ので終わりか!?」
「そうっすよ。だって、これ以上踏み込んだら反逆罪すっよ。だから、呼びかけて、フロント自身に出てきてもらうつもりだったんすけど、出てこなかったすね。これはもう終わったす」
「終わったって、フロントがマリアを選んだってことか?」
「・・・・・そうなるっすね、あの攻撃と大声でフローレス様の名前を出したのに出てこなかったっすから・・・」
ライガは諦めたようで、こちらに戻ってきた。
「ええ、お前、それでいいのか!?フロントを嫁にするつもりだったんだろう?」
「そうっすね、でも、相手はマリア様っすからね。諦めるしかないっす」
「フローレスの時は諦めてなかったじゃないか!?」
「フローレス様とは協定があったす。フロントを半分こする約束っす」
「半分こ!?」
「フロントは絶対うざいから、ライガに半分あげる、て約束してくれたっす」
ライガとフローレスが妙に仲が良かったのは、フロントを半分こするという協定のせいだった。
天敵と最愛の女が協定していたと聞いて、ナイトはフロントを気の毒に思った。
マリアを選んで正解だったかもしれない。
『いや、ここで諦めたら、俺達はどうなるんだ!?』
ナイトは頭をふって、ライガとフローレスの協定のことは脇に置いた。
ナイトもネティアもこの2人のためにどれだけ心を痛め、幸せを願ったことか。
「悪いが、俺はフロントとマリアの関係を認められない!フローレスに返す!」
ナイトは宣言した。
「え、どうやって?」
「乗り込むに決まってるだろう!」
「え、行くんなら、1人で行ってくださいよ。俺、嫌っすよ。だって、今フロントが犯られてるところかもしれないんすから」
勇み足で行こうとしたナイトは、ライガの一言で足を止めた。
今行くということは、現場に踏み込むことを指す。
「フロントが犯られてる、てどうやって?」
「そりゃ、マリア様が乗っかって・・・・」
ブシュウウウウウウウウ!!!!
レッドが鼻血を勢いよく吹き出して倒れた。
「レッド、しっかりしろ!!」
ブルーが慌てて止血を始める。
「こんなことになるくらいなら、若の方がましだったかもしれない」
ライガのフロントへ酒攻めを止めたことを悔いてブルーが呟くと、レッドは鼻血に加え、口から泡を吹きだした。
「レッド、死ぬな!!」
気を失ったレッドをブルーは必死に揺さぶる。
ライガはその様子に頭を掻く。
「そんなに、フロントが俺の女将さんになるのが嫌か?黙ってれば、かわいいだろう?」
「見た目はともかく、全然、可愛くないですよ!!それに、あの魔王が黙ってるなんて絶対あり得ませんから!!!!若だけじゃなくて、俺ら全員嬲り殺しですよ!!!」
「あははは、それは楽しそうだな」
「笑い事じゃないですよ、若!!」
「まあ、でも、もうそれも過ぎたことだ・・・」
ライガは楽しそうに笑った後、残念そうに呟いて、ナイトの方に顔を向けた。
「部外者の俺らができるのはここまでっす。後は、何とかできそうなのは身内のナイト様ぐらいっす」
「・・・・・・・・・・わかってる・・・・!」
ナイトは硬直しながらも、ネティアとフローレスの為に現場に踏み込む決心をする。
しかし、
「ほ、本当に行かれるのですか!?」
門番のリーダーがボロボロになりながらもナイトの前に立ちはだかった。
「も、もちろんだ!!」
ナイトは声が震えないように強気で言った。
「そうですか、他人のプライバシーをその権威で侵害されるおつもりなのですね!」
と、非難されたが、ナイトは虹の国に来てから、今もって自分の権威を感じていない。
護衛はいるのかいないのかわからないし、親衛隊には、初夜を妨害され、呼び捨てにされている。
女王の夫、水の国の王子という身分を状況で持ち出され、都合よく使われる。
「ああ、俺の義妹の婚約者でありながら、他の女にうつつをぬかしているんだ。黙って見過ごすことはできない!!」
「しかし、フロント様のプロポーズをフローレス姫は断れた」
「婚約解消はまだしてない!王族には面子がある!」
ナイトは突っ切ろうとしたが、門番は食い下がってきた。
「もし、現場に突入したとして、フロント様がナイト様のいうことを聞かなかった場合はどうなされるのですか!?」
「フロントが俺の言うことを聞かいないだと?」
そんなことはあり得ないと、ナイトは信じている。
なぜなら、血は繋がっていないが、フロントはナイトの兄だ。
フロントはナイトを可愛がってくれ、我がままを何でも聞いてくれた。
「そうです。フロント様がフローレス姫よりマリア様がいいと自分の口でおっしゃられたら、あなたは様はフロント様をお連れ帰りになりますか?」
ナイトの足が再び止まった。
あり得るかもしれない。
フローレスの為ならどんな状況でも必ず駆けつけるフロントが出てこなかった。
マリアの方がいいと言われれば、ナイトは成す術はないし、弟と女ではどちらをとるだろうか?
『いや、行ってみなければわからない!でも、もし・・・・』
ナイトが葛藤していると、ライガが大きなため息とともに大声でボヤいた。
「仕方ない、最後の手段を使うしかないっすね」
ライガに注目が集まる。
「最後の手段?」
「本当はお呼びしたくなかったんすけど、お呼びするしかないっすね、フローレス様を」
全ての時が止まった。
『フローレスを呼ぶ?』
誰もが石像のように固まる。
ブルーは安らかに目を閉じているレッドを落としてしまった。
「これはもう、フローレス様本人に誤解を解いてもらうしかないっしょ?」
「フ、フローレスをこの場に、連れてくるのか?」
ナイトが青ざめて聞くと、
「そうっす、フロントの誤解を解けるのはフローレス様しかいないっす」
ライガは事も無げに答えた。
正論だ。
しかし、ナイトには躊躇われた。
「いや、フロントの誤解は解けても、フローレスが誤解する・・・・」
「ナイト様、もう誤解じゃすみませんよ」
ブルーが事実を突きつけてきた。
ナイトは明後日の方を向いて、現実逃避した。
「じゃ、行ってくるす」
「ま、待ってええええ!!」
門番が総出でライガの前に立ちふさがる。
戦々恐々しているのはナイトだけではなかった。
「ほ、ほっほほほ本当に、フローレス様を、連れてくるつもりか・・・・?」
「もちろんす、当事者っすから、現場に踏み込むのに何の問題なっす。じゃ!」
「待て待て待て待て!!!!!もし!もしも、フローレス様をお連れしたら、修羅場になるぞ!!!」
興奮して言いまくる門番にライガは冷笑返し、
「流血沙汰になるっすね。フロントの奴、フローレス様にぶっ殺されること間違いないっす。マリア様も無傷では済まないっすね。まあ、仕方ないっす・・・」
物騒なことを言った。
しかし、フローレスの性格なら在りうる。
フロントは酔っぱらっていてまともに動けない。
我を忘れたフローレスはフロントをサウンドバッグにするかもしれない、そして・・・
最悪のシナリオがナイトの脳裏を横切る。
「やっぱ、俺、踏み込むわ!」
「な!?ダメです!」
「邪魔するな、フローレスが来てもいいのか!?もう誰にも止められないぞ!!」
門番のリーダーがナイトを羽交い絞めにして拘束する。
「どっちもダメでだ!!おい、みんな、あいつを止めろ!!!」
ライガに残りの門番が囲い込みをかけたが、
「そんなんじゃ、俺は捕まえられないぜ!」
あっさり突破して、邸の外に逃れる。
「じゃ、ひとっ走り、行ってくるっす!!」
「「「「待ってええええ、いくなああああ!!」」」
ナイトだけでなく、門番たちも絶叫した。
ライガの背に絶望を感じた時、カリウス邸から一発の花火が打ち上げられた。
ナイトと門番たちは、何事かと花火を見上げる。
ライガも足を止めて見上げる。
花火はハート形に花開いた。
「ことはなった!ベッドインしたぞおおおおおおお!!!」
カリウス邸の中からマリアのボディガードがものすごい勢いでかけてきながら叫んでいる。
『ベッドイン・・・・・・・』
生々しい想像をして、ナイトの体から生気が抜けていく。
「やった!!!やったぞおおおお!つに、この日が!!!!」
「マリア様、おめでとうございます!!!!」
一方、門番たちは重い鎧を脱ぎ捨て、涙を流しながら大はしゃぎを始めた。
その中で、ナイトは立ちすくんでいた。
前世からの苦労がすべて水の泡になってしまった。
「ナイト様、大丈夫っすか?」
戻ってきたライガが心配して顔を覗き込んできた。
「ど、どうしよう・・・・?」
「とりあえず、帰りましょうか?」
呆然自失にのナイトにライガはあっさり答えた。
かくして、フロントはマリアの手に落ちたのであった。
***
朝を迎えたフローレスは窓を開ける。
「ああ、今日もいい天気!」
外の新鮮な空気を吸い込み、近くの枝にやってきた小鳥に、おはよう、と挨拶をする。
特別に気持ちのいい朝だった。
その理由は昨夜のフロントのプロポーズだ。
思い出の場所でのサプライズにフローレスは久々にときめいた。
だが、その時、プロポーズは断ってしまった。
きっと、フロントは気落ちしていることだろう。
結婚する気がないわけではない。
ただ、やっと掴んだ親衛隊としての仕事を続けたかったのだ。
そこのところをフロントにわかってもらわなければならない。
「そうだ!」
フローレスはいいことを思いついて、急いで部屋を後にした。
***
ナイトは一睡もできずに朝を迎えた。
重い体を起こし、憂鬱な気持ちで時計を見つめる。
朝食の時間が近づいている。
『どんな顔をして、フローレスとネティアに会えばいいんだ?』
ナイトは失神しそうになりながらも気を保つ。
「ナイト様・・・」
「ああ、イエローか・・・」
天井から遠慮がちに顔をのぞかせていたイエローが降りてきた。
「ライガ達はどうなった?」
「はい、その、宰相邸を破壊した罪で罰せられることになりました。ただ厳罰ではないようです」
ナイトはほっと胸を撫で下ろした。
昨夜、ナイトの帰路はすんなりと行かなかった。
帰ろうとした矢先、宰相邸の騒ぎを聞きつけた、頭ガイルを筆頭に残りの忍び衆が集結してきた。
「ナイト様、ご無事ですか!?こら、ライガ!!!!てめぇ、何やってんだ!!!?」
「げ、親父・・・」
ライガは、父親に猫のように首根っこを掴まれて、事情聴取を受ける。
ライガが破壊した門の爆音がかなりの広範囲に轟いていたようで、見回りをしていた警備隊や近くに住む貴族や豪商などの私兵などが駆けつけて大騒ぎになってしまった。
「あなたは、ナイト様!?一体何があったのですか!?」
当然、その場にいたナイトに疑問の雨が投げられる。
困ったナイトは笑うしかなかった。
「い、いや、その、俺の連れが酔っぱらって・・・・」
「お連れ様が、宰相閣下のお邸の門を破壊されたと・・・・・?」
「まあ・・・・・・・そんなとこ・・・・・」
事実を言えなくて、ライガ達に濡れ衣をかける羽目になってしまった。
宰相邸を襲撃したとして、ライガ、レッド、ブルーは逮捕された。
そして、ナイトは義母ティティス元女王の元へ連れて行かれた。
「ナイト、これはいったいどういことなの!?」
ナイトはことの顛末を一晩中義母に話すことになって、今に至る。
「大丈夫ですか、目の下のクマがすごいです」
「今すぐにでも寝たい。だが、時間は止まってくれない・・・・・ネティアとフローレスは知っているのか?」
イエローは首を横に振った。
誰も言えるわけがない。
しかし、誰かが伝えなければならない。
その役目が自分だと思うとナイトは胃が痛くなった。
『誰か代わってくれ!!』
逃げ出したい衝動を心にしまって、ナイトはイエローに支えられながら食堂へと歩いていく。
フロントが迎えに来ないのは知っているが、今日はシュウもライアスも来ない。
大方、フロントの事件を知ってわざと遅れてくるつもりだろう。
家族であるナイトは逃げることができない。
重い足取りで、食堂への廊下を歩いていると、途中の部屋から黒い影がすっと出てきた。
出てきた人物の顔を見て、ナイトは固まった。
「に、兄ちゃん!!!?」
ナイトとイエローは辺りを確認してからフロントを出てきた部屋に戻すように入り込む。
「フロント、お前宰相邸から帰ってきたのか!?」
イエローの問いにフロントは小さく頷く。
そして、恨めしそうにナイトを見つめる。
「ナイト・・・なんで、無理矢理にでも連れ帰ってくれなかったんだ・・・?」
「つれて帰ろうとしたよ!でも、マリアが、『兄ちゃんの子供を1000人産む』、って言ったら、兄ちゃんマリアについていっちゃんだよ!!」
「子供、1000人!?そんなんでついて行っちゃったのか、お前?」
イエローが呆れて、そんなに産めるわけないだろうとボヤいた。
フロントはうつ向いて、呟く。
「だって、フローレス様にフラれたてしまったから・・・」
「ただプロポーズを断られただけだろう?まだふられてないよ」
「え、フラれてない?」
「だって、『嫌い』、『別れて』、『これで終わりにしましょう』とか言われてないだろう?」
ナイトの指摘を吟味しながらフロントは頷く。
「じゃ、これから、どうしよう・・・・」
青ざめるフロントの肩にナイトは手を置く。
「謝るしかない」
「・・・・・そうだな・・・・」
フロントは青い顔をさらに青くして覚悟を決めていた。
謝るだけでは済まないだろう。
フローレスは、ビンタだけで済ませるような女ではない。
トントン
突然、入ってきたドアを誰かがノックしてきた。
ナイト達に緊張が走る。
誰もいないことを確認してから入ったのに、気付かれた。
誰が、気付いたのか?
通りすがりのただの侍女や警備の兵、官吏で会ってほしい。
「あ、やっぱり、ナイト達だ!!」
ドアを開けて入ってきたのは、まさかのフローレスだった。
フロントはこの世の終わりのような顔になっていた。
「声がしたから、もしかしたらと思って。ネティア、サラ、やっぱり、ナイト達だったわ」
フローレスに呼ばれて、ネティアとサラも現れた。
ナイトにもこの世の終わりの風景が見えてしまった。
「まあ、ナイト様、こんなところでフロントと内緒話ですか?」
何も知らないネティアがニコニコと話しかけてきた。
「そんなとろかな・・・・ところで、そっちも2人一緒だったのか」
「はい、フローレスにちょっと、頼みごとをされましたので」
「頼み事?」
「お気づきになりませんか?」
ネティアとナイトの会話にサラが入ってきた。
サラはフローレスの横に立って、
「朝、突然私達のところに来られて、お化粧をしてほしいと仰ったんです」
フローレスが恥じらいながら化粧をした顔を見せる。
よく見ると頬紅と口紅がうっすらと施されていたこと気付く。
「いかがですか、フロント様?」
とサラが残酷な質問を投げかけてきた。
「え・・・・・・・・・・・・とても・・・・・・きれいです・・・・・・・」
フロントは感動しながらも、恐怖で震えていた。
だから、言ったのにと、言う意味を込めてフロントの脇をナイトは突っついた。
フロントは泣きそうな顔でひきつった笑顔を見せた。
フローレスがはにかみながらフロントの元へ歩み寄っていく。
「あ、あのね、フロント・・・昨日は・・・・」
「あ、フロント様!!」
フローレスが話し始めたところに、突如マリアが乱入した来た。
フロントの表情が恐怖で凍り付く。
マリアはフローレスを押しのけて、当然のようにフロントの横に立った。
「ちょっと、マリア、なんであなたがここに!?」
「探しましたわ、フロント様。お食事の準備中にご出勤されてしまうんですもの」
マリアの言葉にフロント達、男は凍り付いた。
フローレス達、女は頭に?マークが回っている。
「え、食事?フロント、マリアと一緒にいたの?」
「ええ、そうの通りです!」
フローレスの問いにマリアがフロントに代わって答えた。
「ど、どういうこと?」
「どうもこうもありませんわ。フローレス様がフロント様をお捨てになったんでしょう?だから、わたくしがフロント様をお慰めして差し上げったんです」
「慰めたって・・・」
ネティアとサラは顔を見合わせる。
ナイトとイエローは項垂れた。
意味を理解したフローレスは震える声で尋ねる。
「浮気したの?」
「浮気ではありませんわ。フロント様はあなたにフラれた後ですから」
「ふってないわよ!ただプロポーズを断っただけよ!」
「プロポーズを断ったのなら、別れたも同然でしょう?昨晩フロント様にお会いした時に、酔いつぶれてひどい有様でしたわ」
フローレスはフロントに視線を投げる。
フロントは申し訳なさそうな顔を伏せる。
「私はただ・・・・親衛隊の仕事をまだしたかっただけで、結婚はまだしたくなかったの。そんなの、言わなくてもわかるでしょう?」
フローレスはうつ向いているフロントに本心を訴えた。
しかし、それはもう後の祭りだ。
「傲慢ですわね。言わなくてもわかるなんて。どのような言葉をフロント様に返されたのしりませんけど、あなたはそんな気持ちで答えたのでしょう?フロント様は本気だったのに」
マリアの言葉の棘がフローレスの心に突き刺さっているようだ。
「結局、あなたは自分のことしか考えてなかった。フロント様のことなんて・・・」
「マリア様!!」
フローレスを責め続けるマリアをフロントが制した。
「その辺でやめてください・・・私は大丈夫です。昨日はありがとうございました。これから仕事があるので、仕事が終わってからまたお会いしましょう・・・」
マリアの顔がすがるような表情をフロントに向ける。
「それは、また我が家にお越しくださるということですか?」
「ええ、そうです。必ず、行きますので」
「では、お待ちしてます」
マリアは天使の微笑みを浮かべて、帰っていた。
マリアが去った後、地獄の静けさが残された。