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秋桜と黒い一画

森を抜けると、すぐにカロスィナトスの機嫌がいい理由がわかる。



「ヒマワリ!咲いたんですね!」



数日前から膨らんでいたヒマワリのつぼみは開き、黄色の大きな花を咲かせていた。東から上る太陽にその顔を向けている。黒い地面に鮮やかなヒマワリが立っているは圧巻だった。花開いているのはまだ一輪だけだが、ほかのつぼみたちも花開くのを今か今かと待っている。きっと小さなヒマワリ畑が満開になるのも遠くない。



「ぐんぐん育ちましたね。」

「本当だよ。あんな小さな種がこんなに大きくなるなんてね。」



背の高いヒマワリは私の背丈を越えていて、カロスィナトスとさして変わりないほどだった。何も考えず、渡された花の種をもっていきここに蒔いた。あの時私はこんなに大きな花が咲くとは想像もしていなかった。この花が一番最初。一番最初に蒔いて、一番最初に咲いた花。始まりの花だ。



「感慨深いですね。長かったような、短かったような……。」



季節は春から夏に変わった。たった三ヶ月、されど三ヶ月だ。いろいろなことが大きく変わった。

細々と家で針仕事をしていたのに、今ではほぼ毎日外へ出かけ庭仕事をしている。新しい友達ができた。自分の仕事が確立された。そこまでの道のりはあれど、どれも良い変化だったと言える。



「華やかでいいね。いかにも夏って感じがする。今までここに季節感なんてものはなかったから。」



精々感じて日の光や雪くらいだから。そう言ったカロスィナトスに目を瞬かせる。グラオザームでは一年中その季節にあった花が咲いているため、季節感がないという状態がいまいちピンと来なかった。天候よりも、花が咲き始めたり香り始めることの方がずっと季節を感じさせる。しかしよく考えれば屋敷周辺の森は背の高い常緑樹がほとんどを占めている。それに真正面にある庭は真っ黒の荒れ地。季節感のある植物は周りにはないのだと気づく。



「……じゃあ季節感持たせるために季節にあった花もたくさん植えましょうか。」

「季節にあった花?夏はヒマワリのイメージがあるけど秋とか冬とかはどうなんだろう。」

「秋ならコスモスや桔梗、冬ならデージーとかヴィオラ、スノードロップとかですかね。」

「素敵だね。……でもそれだと常に庭のどこかが枯れてる状態になってしまう。」

「それです!そのためにバラの苗を買ってきたんです。」



手押し車にのるバラを指さすがカロスィナトスはピンとこならしく小首をかしげている。

バラの苗を買ってきたのは、常に植物がある状態にしたかったからだ。ヒマワリは一年草だ。一度咲いたら種を残してそのまま枯れてしまう。

花が咲き乱れる状態、というのが私たちの最終目標だが、実際どのレベルなのかわからない。季節ごとに合わせて咲く花だと、花が咲いていない状態もあり得るのだ。冬にはデージーやスノードロップが咲くけれど夏の間その一角は咲いていない、ということになる。他の季節に咲く花も同様だ。しかしある季節に、例えば春にすべての花が満開になる庭と言うのはやはり他の季節寂しくなってしまう。そこで草本ではなく低木や灌木など、咲く季節は限られるけれど盛り以外でも枯れない系統が欲しくなる。



「咲く季節は限られますが、冬の間も枯れませんし植え直しの必要もありません。」

「なるほど。バラが咲くのは春かい?」

「はい。大体は5月くらいみたいです。あ、でも今回買ってきたのは春に咲くものですが、春夏秋冬それぞれ開花する四季バラという種類もあるみたいです。」



初めて育てるなら無難な春咲きのバラの方が良いだろうが、そのうち四季バラを育ててみたい。

この庭を花でいっぱいに。その基準はよくわからないが、枯れてしまっているよりも緑が植わっている方がまだ良いだろう。



「とりあえず、このバラに合わせてみようか。」

「合わせる?」

「詳しいことはわからないけど、これから植える花の開花時期を合わせれば、次の春には完全な満開の状態を作れるんじゃないか?」



秋にはヒマワリが枯れる。そして代わりにマリーゴールドが咲くだろう。だがそれ以降はまだ決まっていない。越冬できるものや、冬先の一年草を植え、春間近に春先の一年草を植えられれば、次の春には確かに満開の花畑を作ることができる。

一般的なガーデニングではそう言ったことは考えない。季節に合わせてその時期に咲く花を育てるだろう。しかし私たちが花を育てるのには意味が、目的がある。



「……良いですね。次の春を目指しましょう。」



チューリップ、ヒヤシンス、ポピー、ガーベラ。鮮やかな色に彩られるように願う。

私たちの目標は、来春に果たされる。




**********




10月も終わりに差し掛かったころ、夏のうちに蒔いていたコスモスが一斉に咲いた。コスモスの花言葉「野生の美しさ」という言葉の通り、コスモスはほとんど放置していても種さえ蒔けば簡単に花を咲かせる。黒い土地を耕しただけのところに蒔いた種は逞しく育ち、白、ピンク、紫、秋空によく似あう色を一面に広げていた。庭中花いっぱい、ではないが、庭の大半は花畑になっている。マリーゴールドもちょうど咲いて、庭はすっかり黒い土地を覆いつくしていた。死んだ土地、枯れた大地、その名の名残はもはやないと言ってもえ過言でない。今咲いていないのは間に合わなかった端の方の土地、白バラの木が植えられているところ、それから屋敷のすぐ前。そこだけが黒い四角に切り取られたようにぽっかりと黒い地面を晒していた。

ぼう、と黒い地面を眺める。

そこはカロスィナトスが夏の間、頑なに耕そうとしなかったところだ。理由はわからない。けれど気分とか、なんとなくとか、曖昧なものではない。カロスィナトスは確固たる意志をもって、四角い土地を残した。



「カロスィナトス、そこにもコスモスの種を、」

「ここはいいんだ。」

「屋敷の出入り口に近いからですか?」

「いや、そういうわけではないけれど。」



すこし逡巡し、言葉を選ぶように金色の眼を彷徨わせた後、藍色の眉を下げて困った風に彼は笑った。



「ここは、何も植えなくていいんだ。」



言いたくはない、けれど上手い誤魔化しの言葉も見つからない。正直なカロスィナトスらしかった。だからこそ聞けないでいる。花でいっぱいにしなくてはならないけれど、彼はその一部に決して手を加えない。


そこは黒い土地であるけれど、他の場所とは少し違った。

遠くから庭全体を見るとわかる。その四角い部分だけ、色が違うのだ。

黒は黒だが、色が微かに違う。近づいてみれば表面の土の大きさも違う。そこだけ、少し柔らかいのだ。他の地面はカチカチで、真っ黒に干からびているようなのに、その四角い土地だけ柔らかい土が表に出てきている。



「何かを、埋めた……?」



私の囁きは、せっせとあたりを耕す怪物の鼓膜へは届かなかった。誰に聞かれるでもなく、推測は空気に消えていく。いろいろと想像するけれど、それはあくまでも想像の域を出ない。少なくとも私は一度想像を盛大に外しているのだ。


この屋敷の当主たる青年が、何らかの形で怪物になった。

カロスィナトスからの言葉を借りるなら、病気により、当主の青年は怪物になってしまった。

しかしそれは外れていた。当主だった青年カタラ・ポルタ。消えてしまったカタラ・ポルタと怪物たるカロスィナトスは別人らしい。話を聞いてみると、カロスィナトスとカタラ・ポルタは知り合いだった。二人ともこの屋敷にいた。


たぶん、当主カタラ・ポルタもカロスィナトスと同じ病気にかかったのだろう。人の姿を失い、怪物へと変貌を遂げる奇病。


今、この屋敷、屋敷の周りにはカロスィナトスしかいない。他に誰も、何もいない。

けれどカロスィナトスは言った。


「異形の身となった患者に、逃げ場はない。どこにも行けない。だから、」


患者は何人もいた。どこにも逃げられない。異形は人里では暮らせない。だから、


「私もみんなも、ここにいるんだ。」



ここ、とは一体どこなのだろうか。


奇病に罹る人々。

怪物に変貌する当主。

逃げ出す人々。

与えられた予言。

燃やされた庭。

逃げられない患者たち。

いなくなった患者たち。

一人残された怪物、カロスィナトス。


一画だけ、手の加えられない土地。



いったい、どこに。

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