残り物(ショートショート22)
ケイコは、とある会社のOL。アパートの一室を借りて一人住まいをしている。
一人暮らしを始めて十年になった。
けれど淋しくはない。
恋人がいるのである。
――わたしのこと、本気で考えてんのかしら?
最近、そんなことをよく考える。
彼とは三年もつき合っているのだが、プロポーズの言葉がいっこうに聞かれないのだ。
この日。
ケイコは夜の八時まで残業をして、疲れた足取りでアパートに帰ってきた。
遅い夕食となる。
あまり食欲もなく、前日の残り物があったので、それを食べてすませた。ところが、これがいけなかったようだ。
翌日の早朝。
ケイコは吐き気で目をさました。
とにかく気分が悪い。
おまけにひどい下痢までした。
――夕べ食べたものだわ。
ケイコは会社を休み、近所にある内科で診てもらった。するとやはり、医師からは軽い食中毒だと告げられ、下痢止めの薬を処方された。
帰ってから……。
冷蔵庫の中身をみんなゴミ袋に捨てた。
夕方のこと。
「今晩、一緒に食べようよ」
ノリコから食事の誘いがかかった。
――どうしようかな?
病み上がりの身ゆえに、つかのま迷ったが、すぐにノリコに付き合うことにした。
冷蔵庫はからっぽ。
ずっとベッドに伏せていたので、買い物にも行っていないのである。
「いいよ」
ケイコは誘いに乗った。
ノリコは学生時代からの親友。そしてケイコと同じ独身OL。ただちがうのは、ノリコは来月に結婚することが決まっていた。
知り合った男性とは、つき合ってわずか三カ月のスピード婚。カレってね、あたしにぞっこんなの。これからケイコと会うのもむずかしくなるんでね、とのろけられる。
郊外のレストランで食事をした。
「子安寺というお寺があってね。三カ月前、そこにお参りしてきたの。でね、そこでもらった石を財布に入れとくと、縁結びのご利益があるのよ」
ノリコが奇妙な話を始める。
子安寺という名前からして、もとは子宝や安産を祈願するお寺であったらしいのだが、今は縁結びの方が有名になっているという。
「これが縁結びの石なんだけどね」
ノリコは財布から小石を取り出した。
直径が一センチぐらいの、どこにでも転がっていそうな、なんの特徴もない石である。
「でね、ケイコにもと思って」
「あたしにもって?」
「彼とは三年もつき合ってるのによ、まだプロポーズがないんでしょ、だからケイコにも、縁結びのご利益をってね」
「でも信じられて?」
「わたしも信じてたわけじゃなくてね、ものはためしと参ってみたのよ」
そしたらノリコも、さっそく今の彼をゲットすることとなり、即プロポーズを受けたそうである。
「まさかだね」
まさかお寺の石のご利益で、ノリコが結婚に至ることになったとは思えない。
それはたまたまのことであろう。
けれども、彼からいっこうにプロポーズがない。
二人は本当に縁があるのだろうか、そんな不安をいだき始めていたところでもある。
ケイコも石のご利益をためしたくなった。
「じゃあ、あたしもそのお寺に参って、縁結びの石をもらってこようかしら」
「わざわざ参ることないわよ。これ、わたしはもういらなくなったでしょ。だから、ケイコにあげる」
ノリコが縁結びの小石をくれる。
「参らなくてもご利益があるのかしら?」
「一万円もしたのよ。半分ぐらい残ってるわよ」
「そうよね」
ケイコは小石を財布に入れた。
彼から即プロポーズがあるとは、そもそも思っていない。ようは、ものはためしなのである。
三カ月後。
ケイコは吐き気で目をさました。
――また食中毒?
そう思って、前回の内科で診てもらったところ、なんと今回はオメデタだと告げられた。
――これ、ご利益があったんだ。
ケイコは小石を見て思った。
ただ……。
縁結びのご利益はノリコで終わってしまい、子宝のご利益だけが残っていたようである。