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キャンパス内は冬休みらしく、いつもの喧騒とはかけ離れた静けさを蓄えていた。学生の姿はまばらで、吹きすさぶ北風が校舎の合間を勢いよく走り去っていく。僕は亀のように首を縮めて、駐輪場から部室棟までの道のりを足早に通り抜けた。
長期休暇中であっても賑わいが絶えない大学の部室棟だが、年末年始を控えた冬季休みだけはさすがに例外だ。帰省する学生がほとんどだし、運動部なんかもこの季節はオフシーズンである部が我が校には多い。そんなわけで、本日の部室棟はなんだかひっそりとしていた。冬の空気に浸食されてしまったような様子だ。冬らしい、といえばそうなのかもしれないのだけれど。学生らしい熱さというものが鳴りを顰めてしまっているのは少しばかり物足りないような気もする。もっとも、人っ子一人いないわけではないから異常さまでは感じないけど。
ラジカセでBGMを流しながらダンスの練習をしている二人組の後ろを抜けて、僕は部室の前にたどり着いた。ドアノブに手をかける。創部18年――旅研究会の扉は、その歴史を物語るかのようにキリキリと古ぼけた音をたてて開いた。
「ん……、晴輝?」
部室には部員が一人。プレイ中のテレビゲームから意識を逸らして、ちらっと僕を見ると彼はどことなく驚いたような声を上げた。僕の登場はそんなに意外か? そりゃまあ片桐ほどここに入り浸っちゃいないけど。
「お疲れ。片桐。やっぱいたね今日も」
若干の皮肉を込めて僕は爽やかに挨拶をした。光熱費を浮かすために毎日この部室に朝から晩まで居座っている旅研の主――片桐祥吾といえば、部内では中々の有名人だ。引きこもって何をしているのかといえば、一昔前のすごろくゲームだというのだから暇人もここに極まれりといったところだろう。ある意味で一番キャンパスライフを満喫している学生かも知れない。
「あ、おう。そりゃいるけどさ」
なんとなく歯切れの悪い応答。ついで、
「晴輝お前、もう大丈夫なのか?」
なんて、心配そうな質問まで飛んできた。
「大丈夫って……、なにが?」
「何がってお前」
深刻そうな顔で何事かを続けようとした片桐はしかし、
「いや、まあお前がそう言うならいいんだけどな」
渋面をぶらさげたまま疑問を封じ込めた。
「んで、何しに来たわけ? 今年はもう旅研の活動終わってるけど」
それはお互いさまじゃないのか。
「片桐だって活動無いけど来てるじゃん」
言って、僕は片桐の隣のパイプ椅子に腰かけた。
「俺のはほら、自主練みたいなもんだから」
「すごろくゲームが?」
「そうだ。ゲームで日本各地を巡っておけば、いざ実際に現地に行ったときに語れるだろ? 名物とか観光名所とかさ」
「そりゃ偏った知識は身につくけどさあ」
日本の物件買いあさって億万長者を目指すこのゲーム。昔大ヒットしたやつだけど身に着く知識なんて本当に浅はかであると僕は思う。
「無いよりゃマシだ。知識は武器だぞ。旅行は行き当たりばったりじゃ得るものなんてわずかだからな」
そうかな?
「僕はぶらり途中下車とかの方が好きだけどね」
「けっ、そんなもん金持ちの道楽だろ。持ち金で計画立てて、目一杯楽しむのが旅研部員の正しい在り方ってもんだ」
コントローラーを握り直し、片桐はゲームの設定をいじり始めた。
「ほら」
続いて差し出される2P用コントローラー。どうやらゲームのCPUキャラクターを一人プレイヤーモードにしたようだ。
「先に北海道に上陸した方が勝ちな。負けたら学食おごりで」
ゲームには搭載されていない謎ルールを持ち出す片桐。
僕の現在地を確認すると、大海原に船のアイコンがぷかぷか浮かんでいた。
「いやちょっと、僕のキャラ沖縄近海にいるんだけど……」
不条理だ。
と抗議の声を上げようとしたところで片桐はにんまりと笑った。
「心配すんな。俺のキャラはハワイ上空にいるから」
すごろくの次の目的地は鹿児島になっているのに、片桐はなぜハワイに……。
さっきまでどんなプレイングを行っていたんだろうか。謎だ。
お疲れ様です。いやはや、すっかり季節の変わり目にやられまして、体調を崩しておりました。一人暮らしで風邪をひくと本当につらいものがありますね。皆様も体調管理にはくれぐれもお気を付けくださいませ。