7・お姉ちゃん、いい顔しているもん
「お姉ちゃん、付き合っている人、変わった?」
「は?」
ベッドでごろごろとマンガを読んでいた同室の妹が、着ていく洋服を選んでいる私に声をかけてきた。寝癖によって天然パーマがあちこち跳ね上がっているけど、本人は至って気にしない無頓着さだ。
むしろ、私のほうが気になって、いつも直してあげている。
「今度は本気っぽいね」
「なんでそう思うわけ?」
「えー、だって、オシャレしてるじゃん。いつもの男なら、どんな服にしようか悩んだりしない。5秒で決めて、さっさと出掛けていってたよ。しかも、あいつ、ヘタレでダッサいじゃん。お姉ちゃんが勿体ないから、別れて正解だよ」
妹は、古屋くんにいい印象を持っていない。彼の話題が出るたびに「別れろ」だった。
「人の彼氏の悪口言わない」
「元カレでしょ?」
「別れてないってば」
「なら、別れな。あいつは、お姉ちゃんをダメにするダメな奴だ」
「どういうところがよ?」
ちょっと前の私なら、妹に怒鳴りつけていただろう。
だけど、姫子の件で思うことがあって、気になってしまった。
「初めてできた彼氏なのに、全然浮かれてなかった。そいつとデートするとき、ウキウキしてないもん。付き合っているからデートしなきゃいけないって、使命感があるみたいな、めんどくさい、って顔で出かけてた。帰ってきたら、疲れちゃっててさ、進展もなくて、色々と諦めている感じ。まあ、あいつとはなにもない方がいいだろうね。絶対後悔するもん」
見てないようで、よく見ている。
この2つ下の妹は、他人に興味なさそうで、ドキッとさせられる鋭いところがあった。
「今日は、ウキウキしてるよね」妹は私の下半身に指をむけた。「その下着、オニューでしょ。見せても大丈夫なやつだ」
下着姿の私は、手でショーツを隠す。
「見せないって。ただ、ちょっと、たまにはいいかなって思って。そう、気分転換よ」
とりあえず否定する。
相手は姫子であるし、学校のトイレの件がある。何されるか分からない。万が一のために買っておいた、淡い水色のレースの入った下着があったので、それを着用することにした。ブラジャーとおそろいだ。ピンク、黒、白が定番のようだけど、ピンクと黒は、私には大人びているし、白は恥ずかしいしで、水色で落ち着いた。
元々は古屋くんに見せる日が来るかもという気持ちで奮発して買ったものだけど、そんなことはありそうになかったし、普段着用するには勿体なかったので、奥にしまったままの状態だった。
「まあ、いっか」
妹はベッドの上で、ゴロッと仰向けになってマンガを読む。
パラッとページをめくりながら、
「お姉ちゃんは、さっき着ていたワンピースが似合っているよ」
と言った。
「リボンのついたやつ?」
「そうそう」
真ん中にリボンがついたボーダーワンピースだ。
「あれ、可愛すぎるでしょ」
セール品で買ったものの、家で着てみたら、理想と現実の違いを教えてくれるほどのギャップがあって、後悔した一品だ。
「だからいいんだよ。お姉ちゃんは、自分で思っているより可愛いの似合っている。恋するお姉ちゃんは、特に似合っている。相手のひと、絶対に喜ぶよ。私が保証する」
「だから彼氏変わってないし、恋だってしてないし。デートじゃないってば。友達に付き合うだけ。相手は女。男じゃありません」
「美人?」
「え? まあ、美人かな」
「だよねぇ」
マンガを見ながら、意味ありげに笑った。
「あー、やっぱ、似合わなくない?」
鏡の前で、オススメされたワンピースを合わせてみるけど、やっぱり自分向きじゃない。妹のほうが似合っている。
「似合ってる。お姉ちゃん、自信もちなよ」
「そうかなあ」
「そうそう。やっぱり恋してるね。着ていく服を気にするお姉ちゃん、初めてだ」
「だから違うってば。姫子――その女の人だけど――はちょっとファッションにうるさいから、それで気になっただけ」
「はいはい、分かってるよ」
妹はパンと音を立ててマンガを閉じた。
「わたしは別に、お姉ちゃんがどんな人と付き合おうと気にしない。応援する」
「古屋くんは?」
その、どんな人の内に入っている相手なんだけど。
「あいつはダメ。付き合っている内に入らない。でも、いまの人ならいいよ。お姉ちゃん、いい顔しているもん」
「あー、だから……」
「いってらっしゃーい」
妹は全て分かっていると言いたげに、にこやかに手を振った。
待ち合わせ場所に向かっている電車の中。窓ガラスに映る自分の姿をぼんやり眺めているとき、妹は姫子のことを、いや、姫子自体は知らなくても相手は同性であることに感づいていたのではないか、とふと思った。
だからこそ、どんな人と付き合おうと気にしない、と意味ありげなことを言ったのだろう。
恋、ねぇ……。
妹のいうとおり、私は恋する顔になっているのだろうか?
ガラスに映った私はいつものようなマヌケ面で、そのようには見えなかった。