18・それは僕のほうからなんとかするよ
校門の所に、登校する生徒たちを観察するひとりの男子生徒がいた。ブレザーのネクタイは3年を示す緑色、腕には生徒会の腕章がついていた。
服装チェックかと身だしなみを確認してしまうが、そうではなかった。
「緑川さん」
私たちを呼び止めて、手招きをする。
「天都先輩おはようございます」
生徒会長だ。
彼の前に来ると、姫子はスマイルを作って礼儀正しく挨拶をする。私はその後ろで、軽く頭を下げる。
「おはよう。田中先生から聞いたよ。生徒会選挙に出てくれるんだってね」
はぁ!と喉から声が漏れそうになった。
姫子が言っていたのはこのことだった。驚かせたかったのだろうけど、一瞬でも顔に出てしまったので、前もって知らせてほしかった。
「はい。私に務まるか不安ですけど、これも経験と思って引き受けることに決めました。返事が遅くなってしまい申し訳ありません」
「いや、いいんだ。無茶なお願いだと思っていたから、よく引き受けてくれたと驚いているよ。ずっと断っていたんだろ?」
「生徒会に縁がないですから、頼まれるまで考えもしてませんでした。わたしって、こう見えても人見知りが激しいんです。知らない人に声をかけるのは怖いですし、全校生徒の前でスピーチなんて緊張で声がでなくなりそうです。協力してくれる友達もいないし、心細かったです。それで、こちらの宇津さんに相談してみました。彼女はクラスメイトで、私とは違って人見知りをしなくて、口が堅いから、色々な子の相談相手になっています」
「あ、ども」
姫子の紹介通りの、人見知りしない性格とは遠そうな返事をしてしまった。
相談相手については、私は投げやりな受け答えをするので『真面目に考えていた自分がバカみたいになってきた』と、好評だか不評だか良く分からない評価をもらっている。
「宇津さんが、出ないのは勿体ない。心配しなくていい。私が手伝ってあげる、と言ってくれたから立候補を決めました。ねっ?」
私を見た。それに合わせて、生徒会長も私を見る。
「うん」
とだけ返事をする。否定したら立場が悪くなるだけだ。
「そうなんだ。宇津さんのお陰だね、ありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです」
なにが当然なのかと、心の中でツッコミをいれてしまった。
「でも、相談のタイミングが悪くて、彼女にヘンな噂が立っちゃって、悪いことをしました」
「はははは、そういうことだったんだね。それは僕のほうからなんとかするよ」
私たちの噂は、生徒会の耳にも入っていたようだ。
「お手数かけて申し訳ありません」
「いや、これは僕の責任でもある。噂が大きくなって、緑川さんが心変わりするとこっちも困る。引き受けてくれてありがとう。君が当選するよう協力させてもらうよ」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
私もお礼をいった。
生徒会長と別れて、校舎へと歩いて行く。
登校中の生徒たちが多くいる中で、大きな声で喋っていたのだ。
「緑川さん立候補するんだって」
「あー、そういうことだったんだ」
という声が聞えてきた。
噂を帳消しにする最高の手を姫子は打ったわけだ。
「そういうことね」
色々と言いたいことがあったけど、他の生徒に聞かれる可能性があった。それだけを口にする。
姫子も口ではなにもいわなかった。誰かにキスを目撃されたら一発でアウトだ。学校や公衆の場では友達として接してくるだろうし、怪しまれることはしないだろう。
下駄箱で上履きに履き替えるとき、姫子と目が合った。
彼女は、上手くいったでしょ?とほくそ笑んだ。




