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17・お願いがあるんだ。私の言うことに合わせといてね


「お姉ちゃん、食パンを口にくわえていかないの?」

「なに、バカ言ってんの」


 朝食はちゃんと、食パン二枚をジャムをつけて食べている。

 学校に出掛けようと玄関で靴をはいていたら、食事中だった妹が見送りにやってくる。モグモグと咀嚼し、スマホをいじりながらだ。妹は父のお下がりのを使っている。


「朝練は?」


 いつもなら、朝6時に登校するのに、今日はのんびりとしている。


「あったら、いるわけないじゃん」とバカにして、「いってらー」と目線はスマホに向けたまま言った。

 なんのために、来たのやら。


「ゲッ」


 答えは、玄関を出てドアの鍵をかけてから振り向いた時に判明する。


「おっはよー」


 門前に、姫子がいた。にこやかに手を振ってる。


「それで食パンねぇ」


 妹と姫子はLINEをやっている。スマホでやりとりをしていた相手は姫子だったというわけだ。


「なんのこと?」

「なんでもない。なんで、姫子がいるのよ。学校とは逆方向じゃない、わざわざ遠回りして迎えに来ることない……あ、もしかして……」


 朝チューを狙ってのこのこと来たんじゃ、と唇を手の甲で隠して後ろに下がった。

「ないない」と否定する。「さすがの私もこんな朝っぱらからは遠慮し……」


 急に真面目な表情になる。


「なに?」


 姫子は無言で門を開けて中に入ってくる。私の手を取って塀の方へと移動させる。

 私の髪の毛を後ろに払うと、顔を近づけていって唇を奪った。


「うん。ここなら誰にも見られないもんね。良い一服でした」


 塀の前にある木が影となり、外からは見えないけど、家の窓からはバッチリ見えている位置だ。

 私は玄関、二階のベランダ、庭の辺りを目を向ける。覗いている家族はなかった。


「やめて、家族バレしたら最悪」

「最高」

「なわけない。さっさと行くよ。見られたくないんだから。まったく恥ずかしい。ほんと、姫子ったらデリカシーない」

「なんでこんな奴、好きになったのかしら」

「んな続き、言ってたまるか!」


 スクールバッグを姫子に向かって振り回した。姫子は笑いながら、体を後ろに退けてかわした。


「ふん!」


 姫子の横に並びたくないと、私は足を速める。


「待ってよ。腕組んで……」

「いきません!」


 いつもより歩行速度が速かったので駅に付いた時は息切れしていた。姫子も同じく、苦しそうにしている。ホームで電車を待っているとき、私たちは無言だった。

 姫子は唐突に私から離れていった。

 3分ほどで戻ってきた。キオスクか、その傍にある自販機で買ったのだろう。ミネラルウォーターを美味しそうに呑んでいる。


「はい。彩花も飲みたいでしょ?」


 お言葉に甘えることにした。


「ありがと」


 何口か飲んで、姫子に返した。

 姫子はその飲み口を見つめる。


「えへへ」


 大切なものをいただいたようにそっとミネラルウォーターに口をつける。

 ドキっとさせられた。

 恋する女の子そのものだ。見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいに、甘ったるい表情だった。

 彼女は、どれだけ私のことが好きなのやら。


「なに?」

「別に」


 暫くのあいだ、顔を合わせづらくなってしまった。

 いつもより一つ前の電車に乗ったけど、いつもと同じ混み具合。

 私たちと同じ制服の生徒たちもちらほらと交じっているし、駅が停止するたびに増えている。

 噂になっている私たちだ。

 学校が近づくにつれ、見られているという錯覚が強くなってしまう。


「緊張してる?」


 耳元で姫子が囁いた。


「学校いきたくない」

「サボろっか?」


 できるわけがないと、姫子を睨み付ける。


「姫子。一緒にいるとマズいから、車両を変えていい?」


 二人でいる現場を見られたくなかった。


「いいけど。私も行くよ」

「それじゃ、意味ないじゃない」

「いいからいいから。ところで彩花」

「なに?」

「おっぱいでかいね」

「ほっとけ」


 大きいといっても、ワンカップ上なだけだ。

 満員電車の中だ。私と姫子は胸と胸がくっつくほど密着している。姫子は私よりも5センチほど高いので、見あげる事になってしまう。ちょっと背伸びをすればキスができる距離だから警戒してしまうけど、さすがの姫子も電車の中ではしてこない。


「彩花、お願いがあるんだ。私の言うことに合わせといてね」


 降りる駅が近づいてきたとき、姫子が小声で言った。


「は?」

「決して知らなかったって顔をしてはダメ。彩花が否定したらまずいことになっちゃうんだ」


 それをいいたくて、わざわざ私の家にやってきたようだけど、なんのことか分からない。


「それが彩花のためでもあるの。決して悪いことじゃないよ」


 怪訝とする私に、姫子は意地悪く微笑んだ。

 そして、キスの代わりだと、人差し指で自分の下唇を撫でて、その指で私の唇をツンと触れた。


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