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13/21

13・ありがとうございました


 禁煙席の長いソファー。テーブルの上のカフェラテはとっくに空になっている。

 手前の椅子に座るはずの待ち人は、約束の時間よりも45分も遅れてやってきた。

 デートの時は、時間通りに来る彼だ。ここに来るのに相当、葛藤したのだろう。


「来てくれたんだ」


 イヤホンを外して、勉強用具を鞄にしまった。


「ああ」


 古屋くんは、両腕を組んで無愛想に返事をした。私と顔を合わせづらそうにしている。

 二人きりで話をするには、学校よりも、勉強に使っているコーヒーショップが良いと考えてメールしたのだった。返事はなかったから、来ないと諦めてたけど、ちゃんと来てくれた。


「怒っていると思っていたけど、違ったんだね。私と会うの、気まずかったんでしょ」


 噂の出所は古屋くんだ。

 童貞卒業宣言をして、私の耳に入ったときと同じだ。自分の彼女が他の女と仲良くしていると友達に不満を述べたのが広まってしまった。


 その噂を真っ先にキャッチした姫子は、私に気を使って、あえて避けているのだと思った。


「違った?」


 彼は何も言わなかった。


「とりあえず、言い訳をさせて。古屋くんに出した死ねメールは私じゃない。日曜日に外に出掛けたんだけど、ケータイを忘れていったの。古屋くんが何度もメールをしたものだから、人のケータイを勝手に見た妹が、あんな文章を送っちゃったの。妹には怒っておいたし、本人も反省している。不愉快な思いをさせてごめんなさい」


 私は頭を下げると、古屋くんはバツが悪そうにする。


「別に、その、俺は、なんでか彩花の妹に嫌われてるし」落ち着かなさそうに膝を大きく揺らしている。「おまえの家に電話をかけたとき、妹が出て、よ、お姉ちゃんは素敵な人とデート中、あんたは捨てられたんだ、ザマーミロって言われたんだ」

「あー」


 元凶は妹だった。


「デートしてたんだろ?」

「といっても友達だよ。相手は女性」

「緑川姫子」


 フルネームで言った。当然のことだけど、彼女のことは避けて通れなかった。


「そうだけど、友達と遊びにいくには彼氏の許可が必要とか言わないよね?」

「そうじゃなくって、この前、宣戦布告されたんだよ。日曜日に彩花とデートする、そのとき、えっと、いただくって……」

「あー」


 元凶は姫子でもあった。


「ごめん。そりゃ、私でも荒れるわ」


 だから、何度もメールをしてしまったのだろう。


「彩花が謝ることじゃないだろ」

「あー、でも、なんかごめん」


 姫子を好きなようにさせていた自分の所為でもあるから、申し訳なかった。


「おまえ、緑川の味方なの? あいつは彼氏にんなこと言ってきたんだぞ、普通、怒るだろ」

「え?」

「え? じゃなくってさ」古屋くんは呆れていた。「あいつはハッキリと言ったんだ。俺から彩花を奪うって。そんなのが、友達といえるか? そんな女でも、まだ友達を続けたいのか? というか、すでに奪われてるのか?」

「あー、いやそういうことは、ないけど。あー、って、ごめん、さっきから、あー、しか言ってない」

「あと、ごめんもな」

「そうだね、うん、許せない。姫子は、本当に許せない奴だ」

「なんで、ニヤニヤしてんの?」

「え?」


 そのつもりなかったけど、古屋くんにはそう見えたらしい。


「もういい」古屋くんは諦め気味に言った。「彩花は、緑川の味方だもんな。俺のことはどうだっていいんだ」

「どうでもよくない、私は古屋くんのこともちゃんと考えている」

「も、なんだな。考えているのは、俺のことだけじゃないんだ」


 失言だった。


「どうせ俺のことなんて、どうすれば傷つけないで済むかぐらいしか考えてないんだろ?」


 中途半端な優しさ、という姫子の言葉が浮かんできた。

 ほんと、私の性格に的確な表現だ。嫌でも思い知らされてしまっている。


「元から俺たち、冷めてたもんな。緑川のことがなくても、長続きしなかったんだ」

「そんなことない」

「じゃあ、聞くけど。俺が別れ話をしたならどうする? 俺のことが好きだから、別れたくないって引き留めるか?」


 言葉が出なかった。

 私と距離を取ったこの三日間で、古屋くんなりに考えてきたのだろう。

 それで彼は一つの結論が出ていた。

 彼がここに来たのは、私の弁解を聞くためではない。

 別れ話をするためだ……。


「傷つくこともなく、笑ってさ、そのほうがいいねって、あっさり別れるんじゃないか」


 ぐうの音も出なかった。

 そうなったなら私は失恋の傷よりも、開放感でホッとするだろう。

 現に今、ホッとしている私がいた。


「じゃあ、私の方から、別れ話をしたら古屋くんはどうした?」

「嫌だっていう。俺、彩花のこと好きだし」

「初めてじゃない。古屋くんが私のこと好きっていうの」

「恥ずかしいんだよ。コクったのこっちだし、言わなくても分かるだろって……」

「でも、言わなきゃわからない事もある。私って一番じゃなかったもん」


 古屋くんは私が何を言っているのか分からない様子だった。そして、思い出したのだろう、私が古屋くんにとって三番目であったことに。


「一番だよ。一番になったんだ」と天井を見上げた。「そっか、告白するまえから、俺、失敗してたんだな」

「さすがに、コクる子の耳に入っているようじゃね。後から聞いたとしても、嫌な気持ちなっただろうね。友達にセッティングしてもらったのも、外堀を埋めてるようで、いい印象なかった。私がフッたら、みんなからブーイングがきそうな雰囲気で怖かったもん」

「俺、初めてだったから、緊張してどうしたらいいのか分からなかったし、舞い上がっていたから、気付いてなかった」


 古屋くんが私に告白したのは「あー、彼女ほしー」とボヤいたのが友達の耳に入ったのが切っ掛けだ。そして彼女にしたい女子をランク付けしていき、一番、二番の攻略難易度はベリーハードだから、三番目の私がターゲットになった。

 悪く言えば、私がちょろそうに見えた、ということだ。

 恋愛は何が切っ掛けとなるか分からない。それで上手くいったケースもあるし、事実、私たちの共通の友達がそうだった。けれど客観的に見たら、スタートからして間違っていると言えた。

 特に古屋くんの間違いは、口の軽さだ。なにからなにまで友達に話してしまう。そして、その友達は噂を広めるのが早い。古屋くんは気にしないからペラペラ言ってしまうのだけど、彼女である私の事なのだから、たまったものじゃない。


「もしかして童貞卒業宣言も、私の耳に入ってないって思ってた?」


 思っていた、という顔をしていた。


「もし、私が古屋くんとエッチしちゃってたら、どうなってただろうね。そのこと、みんなに黙っている?」

「……言ってしまう」


 どんな胸をしていたとか、具合はどうだったとか、私の体にあった人に言いたくないことまで、隠さずに喋ってしまう。


「言っとくけどな、俺は別にペラペラ言っているわけじゃないんだ。あいつらが聞いてくるんだ、それがしつこくて……つい……」

「同じことだよ。喋っているんだから。それが私の耳に入るほど広まっちゃうんだよ」


 言い訳にならない言い訳だった。


「で、男子にニヤニヤとエロい目を向けられてしまう、私の気持ちは?」


 分かってなかった。そのことが顔に出ていた。


「だから嫌だったんだな」

「それでも私、流されやすいほうだから、強引に迫っていたなら上手くいっただろうね」


 現に姫子がそうだった。

 彼女は同じ性別なのもあって、男子力が高かったというか、女の子に対する心遣いが非常に上手かった。デートのとき、男の子にやってもらいたいことを自然とこなしていて、良い意味で振り回してくれていた。だから楽しかったし、警戒心を解いてしまい姫子の部屋に入ってしまった。


「でも、私は後になって後悔した。だから、古屋くんの押しの弱さには感謝している。されて欲しくないことだろうけどね」


 もし姫子と関係を持ったとして後悔しただろうか。

 たぶん、しなかった。良いわけではないけど、少なくとも嫌ではない。それが、自分の答えなのだろう。

 それに姫子の場合は、人に言うことは絶対無い。そういう安心感があった。


「私、古屋くんのこと嫌いじゃない。どっちかというと好きなほう。付き合ってみたら、上手くいくかもしれない、なんて思いもあった。だからオッケーしたんだ。これは本当のこと。でも、雰囲気に呑まれての付き合いは、アルコールが入った一時の迷いみたいなもので、やっぱり違うんだよね。これじゃないって思いが強かった。でも、嫌いじゃないしって、ズルズルと続けようとしてた。そういう中途半端さが良くなかったんだろうね。さっき、古屋くんが私のこと好きっていうの初めてだって言ったけど、逆に私の方からは、一度も言ったことなかった。それ言ったなら、嘘になっちゃうから……」


 古屋くんは無言だ。

 私が続きを言うのを待っている。無意識に揺らしていた膝は止っていた。


「妹に言われちゃった。古屋くんとは付き合っている内に入らないって。私、デートのときウキウキしてなくて、使命感で行っているように見えるんだって。同じ部屋で暮らしているだけあって、私以上に私のこと見えていたんだろうね。あ、ごめん、気を悪くしちゃうよね」


 奥歯の痛みを我慢するような顔をしていた。


「いや、いい。ショックっちゃあショックだけど、本当のことなんだろうし、言ってくれてむしろありがたい」


 私たちがダメだったのは、お互いに遠慮したり、肝心なことをはぐらかしたりして、宙に浮いた会話ばかりで、本音をぶつけ合わなかったことかもしれない。

 お互いに初めて同士。

 一緒に成長していこうという気持ちはなく、最初から最後まで、ちぐはぐなカップルだった。


「ごめんね。三ヶ月だったけど、付き合えて楽しかった。これは本当のことだから。ありがとうございました」


 私は笑顔を見せた。作り笑顔だったけど、言葉は本心によるもの、気持ちは伝わったはずだ。


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