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11・ごめんなさい


 クマのぬいぐるみを抱きながら私はベッドで仰向けになっていた。小学校の頃から使っている二段ベッド。壁側はもらい物や景品などで手に入れたぬいぐるみがいっぱい並んでいる。高校生に成長した私の背丈には小さくなり、軽く動いただけで軋んだ音を上げているけど、一人暮らしを始めない限り、新しいベッドで寝ることはないだろう。

 特に考えていることはない。

 ただ、ジッとしていた。

 無心にはなれない。私の思考をすべてを姫子が支配していた。姫子が私の上に乗っていた体重や、私の体を愛撫する感触も浮かびあがってくる。特にディープキスの後味は、うがいをしても消えることはなく、いつまでも残ってしまっている。

 忘れようとしても忘れられない。そもそも忘れたいという気持ちがあるのかも分からない。

 姫子にあんなことをされても、おぞましくはなかった。むしろ、おぞましいと感じて欲しいと願っている、私がいた。

 一線は越えなかったとはいえ、そのスイッチは入りかけていた。私は姫子に身を委ねかねていた。彼女にすべてを許そうとしていた。好きな人と結ばれたい要求ではなく、性欲が高まったことによるものだ。

 それは私は、女性にたいして性的な感情を抱いた、ということを意味している。

 男である古屋くんではなく、女である姫子のほうが受け入れられるなんて……。

 認めたくなかった。

 姫子が家に入れるまでキスをしなかったのは、私の警戒心という鍵穴を開けるためだったのだろう。私はまんまと姫子の狙い通りに、狼のねぐらに入ったウサギとなったわけだ。一瞬の恐怖心さえ起きなければ、彼女の欲望のままになり、未知の快感に溺れていったはずだ。

 正直にいって凄かった。自分の体が体じゃないような、どうにかなりそうになっていた。同じ女性だけあって、女の体がどんなものか良く分かっていた。

 私が逃げられたのは、姫子が女性だからだ。体力系の古屋くんなら、私がいくら抵抗しても力には勝てずに犯されていた。確実に。

 考えてみれば、私のほうがバカだ。私に好意を持っている人の家に、無防備でのこのこと入っていったのだから。


「ごめんなさい」


 妹が上段の手すりに手をつけて、私のことをのぞき込んでいた。


「は?」


 なにを謝っているのか、さっぱり分からなかった。


「だから、ごめんなさい。言ったからね」

「なんのことよ?」

「これ」


 顔の近くに小さな物を置いた。スマートフォンだった。

 姫子に取られたまま、返してもらってなかったし、これを見るまでそのことも忘れていた。


「姫子がきたのっ!」


 私は起き上がった。


「姫子さんって言うんだ。綺麗な人だね」

「性格は残念だけどね」

「完璧なら、お姉ちゃんのこと好きになるわけないじゃん」

「どういう意味よそれ。あ、別に姫子とは、特別、なにかあるわけじゃないからね、勘違いしないでよ、あれはただの友達」

「はいはい。別に誰かに言うつもりないし、あったとしても応援するから気にしないでいいよ」

「だから、なにもないんだってば」

「キスマークついてるよ?」

「ええっ」


 首筋を確認するけど、そんな跡は見えなかった。


「応援するから」


 妹は、ガンバレと親指を立てた。

 こんな簡単な引っかけに騙される自分が情けない。

 スマートフォンをチェックする。姫子のことだから、古屋くんのデータを全部消していそうだ。


「スマホは触ってないって言ってたよ。それほんと。メールが五つ来てたけど、未読になっていたもん」

「既読になってるんだけど?」

「私が見た」


 電源を入れたのも妹だった。


「あのね、何度も言うことだけど人のを勝手に見ないでよ」


 妹は、私にメールがくると勝手に取って、勝手に覗いてしまう悪癖を持っている。


「私の勝手に見ても良いし」

「私とあんたとは違うんです」

「返事もしておいたよ」

「だから、勝手にそんなことするな」


 着信メールは古屋くんからだ。あれから五通も出してきたということで、さすがにしつこさを感じた。


「ったく、なんて書いたのよ」


 妹が出したという送信メールを確認してみる。


『ウザい、死ね』


 と書かれてあった。


「なに出してるのよ、あんた!」

「これでこなくなった」

「そりゃ、ビックリしてこなくなるわよ。ああ、なんて書けばいいんだろ」


 メールを出すよりも明日、学校で直接謝ろう。電話のほうが早いのは分かっているけど、浮気に近いことをやらかした後だ、彼の声を聞くのは気が引けた。


「元彼なんか気にしなくていいじゃん。今カノを気にしなよ、なんかあったんでしょ。私にスマホ預けて、ごめんなさいって伝えといてって言ってたもん。反省しているようだよ」

「顔はしてなかったでしょ?」

「うん」


 正直に頷いた。反省といっても、どうせエッチを持っていくタイミングを外したことへの反省だろう。

 あいつは次のチャンスを狙っている。


「分かりましたっていったら、良い子だねって、私の頭なでて、彩花に似てて可愛い、我慢できないって、キスされた」

「あいつ、なにやってんの!」

「おでこだけどね」


 その部分を擦った。


「やいた?」

「んなわけないでしょ……」


 とりあえず、姫子がそれほど傷ついてなさそうなのでホッとした。


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