金の花
ある所に金を愛する男がいました。
その男の商売は人を騙してお金を奪い取るようなものでした。
とても褒められた商売ではありません。しかし男には人を騙す才能がありました。
男のあくどい商売に、たくさんの人たちが騙され、泣くこととなりました。
男を恨む人間もたくさんいました。
しかし男は気にもしません。
金の調度品を買い集めるためには、たくさんのお金が必要だったからです。
なによりも、男にとって大切なモノは金だけだったのです。他人の関心など男にとってどうでもよいことだったのです。
男の自宅は沢山の金の調度品で溢れていました。金に囲まれている時こそが、男にとって最も幸せな時間でした。
「ふう。金はいい。金は素晴らしい。いくら見ていても飽きない」
半日だけですが、今日は久しぶりの休日です。男は自慢の金の調度品に囲まれ、ご満悦でした。
と、その時、電話が鳴り始めました。
どうやら次の仕事の時間が迫ってきたようです。
「旦那様、まもなく飛行機の出発の時間です」
「ああ判った。すぐに準備をする」
そう連絡すると、男は名残惜しそうに飾られた金の調度品を見ながら、用意しておいた鞄を手に取りました。
「ふぅ。商売が上手くいきすぎるのも考え物だな。こう忙しくては金をゆっくり眺める時間が無い」
男の商売は順調でした。男は沢山のお金を稼ぎ続けました。
しかし人を騙すには時間がかかるものです。
最近の男はろくに家に帰ることも出来ないくらい、忙しかったのです。
「やれやれ、この仕事を終えたら少し長めの休みを取りたいものだ」
そう呟き、男は鍵を閉めて家を出ていきました。
用心深い男は家にいくつもの防犯設備を設けていました。
もしも窓や扉を壊そうものなら、即座に防犯アラームが鳴って警備員が飛んでくるのです。
ですので、男は安心して家を離れることができました。
今回の商売は、海外のある企業を騙すことです。
時間はかかりました。しかし、あらかじめ事前準備をしっかり行っていたので上手く騙せました。
恐らく男に騙された企業は倒産するでしょう。沢山の社員の人たちが路頭に迷うことになるかもしれません。
ですが男はそんなこと気にもしません。
男の頭の中には、騙し取ったお金で新しい金製品を買うことで一杯だったのです。
「ははは、儲かったぞ。さて儲けた金で新しい金製品でも……んん?」
商売を終え、街角を歩いていた時です。
見たこともない花を抱えた老婆と男は出会いました。
男は花に詳しくありません。ですが、その花が特別な物だということはすぐに分りました。
なにしろその花は金色をしていたのです。金色の花など聞いたこともありません。
「君、その花はなんだね。金色をしているではないか」
「おや、異国の方のようですね。この花は黄金花という特別な花です」
「黄金花だと。初めて聞く名前の花だ」
「はい。この花は名前の通り、金を養分にして咲く花なのです」
「なに? 金をだと?」
金を養分にして咲く花。それは男の好奇心を大いに刺激する物でした。
「異国の方は大地や川の水に僅かながら金が含まれていることはご存知ですか」
「聞いたことはある。ほんの僅かだが土や川の水には金が含まれていると。しかしそれを取り出すのはとても手がかかり、採算が合わないとも聞いた」
「さようです。普通の方法では土や水から金を集めることは難しいです。ですがこの花は大地に広く根を広げて僅かな金を集めて金色の花を咲かせるのです」
「土や水から金を集めるだと。それは凄い。それなら放って置いても自然に金が集められるではないか」
この花を植えれば金を集められる、そう思った男は興奮しました。
しかし老婆は首を振りました。
「いいえ。あくまでも花は養分として金を集めるのです。集められた金は、花が枯れると分解されて土へと染み込んでいってしまいます」
「そうか。それは残念だ」
老婆の説明に男は少しがっかりしました。
しかし老婆の抱える花は実に素晴らしい金色です。
見ていると、だんだん男はその花が欲しくなってきました。
「それにしても美しい花だ。気に入った。君、その花を私に売ってくれないかね」
「申し訳ありません。この花は売ってはいけない物です。それにこの花は咲き始めて一週間たちます。明日には枯れるでしょう」
「たった一週間しかその花は咲かないのかね」
男は目の前の金色の花を見つめた。見れば見るほど美しい金色の花だ。
それが僅か一週間しか咲かないとは、なんとも勿体なく男には思えた。
同時に、ますますその花が欲しくなってきた。
「はい。ですが花は散るからこそ美しい物です」
「なるほど。確かにそうかもしれない。しかし種ならあるだろう」
「もちろんです。ですが種も売ってはいけない物なのです」
老婆は申し訳なさそうな顔で、懐に持っていた種の袋をチラリと男に見せた。
「そこをなんとか。私に種を売ってくれないかね」
「ですから、それは出来ないことなのです」
男は必死に老婆に頼み込んだ。
しかし老婆はどんなに男が頼み込んでも首を縦に振ろうとはしなかった。
次第に男は腹が立ってきた。
俺がこんなに頼み込んでいるのになぜ売ってくれない。この婆さんはごねていればもっと高値で俺が買うと思っているんだ。なんて強欲な婆さんだ。
そう思うようになってきたのだ。
「これほど頼んでも売ってくれないと言うのか」
「ですから異国の方、申し訳ありませんがこの種を譲るわけにはいかないのです」
「そうか、そういう事なら判った」
そう言うと、男は懐に忍ばせていたナイフを手に取りました。
「これで代金を支払うことにしよう」
「な、なにを言って……、ぎゃああああ!」
男はためらいなく老婆の胸にナイフを突き立てたのです。
路地裏に老婆の叫びが響きました。
素早い動きで男は老婆の懐から種の入った袋を奪い、そのまま飛行機に飛び乗り、その国から逃げ出したのです。
自国に戻った男は、さっそく奪った種を自宅の庭に植えることにしました。
「やれやれ。あの婆さんめ、大人しく渡していれば殺されずに済んだものを」
しかし種を植え終えた男は、直ぐに老婆の事など忘れてしまいました。
頭の中は金色の花のことで一杯でした。
「さてと、花はどれくらいで咲くのだろうか。また様子を見に来ないとな」
出来れば花が咲くまで家に居たいところでした。しかしそういう訳にはいきません。
男には仕事が山積みだったのです。
男は自宅に帰ることなく、離れたホテルで仕事をしながら過ごすこととなりました。
一週間後、ようやく小一時間ほどの休みが取れた男は大急ぎで自宅へと帰りました。
男が自宅へと帰ってくると、庭は一面、金色の花が咲き乱れていました。
数百本もの美しい金色の花畑。その情景に男は胸が熱くなってきました。
「す、素晴らしい。こんなに美しい景色は始めてだ」
男はその美しさに感動しました。
出来ればそのままいつまでも過ごしたい気持ちに男はなりました。
しかしそうはいきません。男の仕事はまだまだ山積みだったのです。
一時間後、男は後ろ髪を引かれる思いを胸に、仕事へ帰ることとなりました。
「残念だ。あんな美しい景色をのんびり見る暇もないとは。急いで仕事を片付けないと」
それから男は急いで仕事に取り掛かることにしました。
なにしろ早く仕事を終わらせないと、花は枯れてしまうからです。
しかし仕事は大量でした。どんなに急いでも一週間はかかる量です。
「なんてことだ。このままでは花が枯れてしまう」
男はなんとか仕事を片付けようと働きました。
それでもやはり、仕事を終えるには一週間かかってしまいました。
仕事を終えた男は大急ぎで自宅へと帰りました。
だが既に遅かったのです。
庭の花は既に枯れてしまっていたのです。
「ああ、なんてことだ。あの美しい景色を見逃してしまった」
枯れ花を見て、男はがっかりしました。
しかしこれは仕方のないことでした。
花は一週間しか咲かない、それは男も最初から分かっていたことです。
「残念だが諦めるしかない。それに種はまだある。別の場所にまた咲かすことにしよう」
確かに老婆から奪った袋には、まだ種が沢山残っていました。
種はまだある。そう思って、男はなんとか気を取り直しました。
それにしても数粒の種であれほどの花が咲くとは思わなかった。この辺りの土地は金が多く含まれていたのだな。
そんなことを考えながら男は久しぶりに自宅へと入りました。
思い返してみれば自宅に入るのは二週間ぶりです。先週来た時は庭の花を見ただけでした。
「やれやれ、久しぶりの……、こ、これは!」
自宅へと戻った男は驚愕の声を上げました。
自宅には何もなかったのです。男が長年にわたって集めた沢山の金製品が一つも無くなっていたのです。
「こ、これはどういうことだ。まさか泥棒か?」
最初、男は家に泥棒が忍び込んだのかと思いました。
しかしそれはありえないことです。この家の窓や扉を無理やり開けたらアラームが鳴りだして警備員が駆け付けるはずなのです。
男は金の調度品を飾っていた台の一つを調べました。
よく見ると台の上には小さな糸くずのような物が沢山残っています。
乾ききったそれは、何かの枯れた植物の根でした。
「……ま、まさか」
枯れた植物の根は窓や扉のほんの僅かな隙間から伸びています。
そしてその先には、金の花が咲いていた男の庭が広がっていたのです。
そうです。
男が長年に渡って集めた金製品たちは、全て金の花に栄養分として吸収されてしまったのです。
そして花が枯れると同時に分解され、土へと染み込んでいったのです。
男は大変悔しがりました。しかし全ては遅かったのです。
その後、男は老婆を殺した罪で警察に捕まりました。
それに沢山の人たちを騙してきた罪もあったので、一生刑務所から出ることは出来ませんでした。